第16話 謎の咆哮
醜い獣に危うく殺されかけたアレスはさらに警戒を強めながら隔離区画を歩いていた。
途中、アレスは二人組の獣人ゾンビと出会したことで戦闘になった。
この二人組のゾンビはクワのような農具を武器にしていたのだが、柄の部分が木で出来ていたこともあり、クワの柄ごとゾンビを両断することで容易に対処することが出来た。
その際、ゾンビの首を落とさずに心臓を剣で突き刺し、仮死状態になるのかを確認してみたが、このゾンビは醜い獣とは違い、心臓を潰すだけでも仮死状態に持っていくことが出来た。
他にも体を両断された場合でも仮死状態まで持っていくことができることが分かり、獣人ゾンビはあまり普通の生物と変わらないことが分かった。
そうして、二人組の獣人ゾンビを倒しながらも順調に時計塔を目指して歩いていると、
『ウウウォォオオオーーーー!!!!』
どこからか放たれた超巨大な獣の咆哮が隔離区画全域に響き渡った。
あまりの咆哮の大きさにアレスはその場にかがみ込み、鼓膜が破れないように必死に耳を押さえて耐えた。
そうして、アレスが必死に咆哮から耳を守り続けてからしばらく時間が経った時、隔離区画に響き渡っていた咆哮は収まった。
咆哮が収まったことでアレスは耳から手を外し、周りを確認してみると、特に先ほどと変わっている様子はなかった。
周りの様子が変わっていないことを確認したアレスは先ほど聞こえてきた咆哮は一体何だったのかと思考していると、
『ガチャ』
鍵が開くような音が後方から聞こえてきた。
その音を不審に思ったアレスは音の聞こえた方へ視線を向けてみると、先ほどまで閉ざされていた建物の扉が開いていた。
そして、開いた扉からは外で徘徊している獣人ゾンビよりも小綺麗な服に身を包んだゾンビが出てきた。
このゾンビは外で徘徊している者よりも体の状態も良いようであり、多少の腐敗はあるが、原型をとどめていた。
そんな扉から出てきたゾンビの手には手斧が握られており、それも錆のないしっかり手入れされているものだ。
アレスは何故、このゾンビが手に持っている手斧がしっかり手入れされているのかと不思議に思っていると、自然と目が合った。
ゾンビと目が合ったアレスはすぐに理解した。
何故なら、目の前にいるゾンビはアレスのことを獲物を見るような目で見つめ、不気味な笑みを浮かべていたからだ。
アレスが今まで戦ってきた獣人ゾンビは完全に正気を失い、本能のまま獲物を追いかける本物のゾンビと遜色ない存在である。
だが、今アレスの目の前にいるゾンビは明らかに彼のことをいいかもを見つけたと笑みを溢している。
これはこのゾンビが本能のまま動く者たちとは違うことを証明しており、彼らには本能ではなく、意志があることが容易に想像できる。
だが、意志があるのと正気を失っているのは別の話だ。
彼らが意志を残していたとしても正気を失ったことで思考が歪まされている可能性が高く、現にアレスのことをただの獲物としか見ていない様子から発狂している可能性が高い。
元々好戦的な種族であれば、そのような態度でもおかしくないのだが、彼らの目には確かな濁りがあった。
これは彼らが正気ではないことを証明する十分な理由であり、話が通じる可能性はとても低い。
そのことをアレスは心の中で厄介だなと呟いた。
そうして、アレスが扉から出てきたゾンビを警戒していると、更に扉の中から新たなゾンビが出てきた。
それも一人、二人などの少人数ではなく、数十人を超える大人数であり、一気に道路には獣人ゾンビの群れが形成された。
そして、この群れに呼応するように様々な場所から小さな咆哮と共に鍵が開くような音が聞こえてきた後、扉の中からゾンビたちの同胞が溢れ出した。
その連鎖は止まることを知らず、気がついたらアレスの後方にはゾンビたちの大行列が完成していた。
アレスも最初のうちは一、二対程度なら相手にしても大丈夫かと考えていたのだが、今ではその考えも吹っ飛んだ。
流石のアレスでも大きな道路を埋め尽くすほど巨大なゾンビたちの群れを相手するなど不可能だ。
そうして、アレスは道路に溢れかえったゾンビたちの相手などできるはずもないので、その場から全速力で逃げ出した。
アレスがゾンビの群れから逃げるために走り出した途端、ゾンビたちもアレスを追いかけるために走り始めた。
そのようにして、アレスとゾンビたちの追い掛けっこが始まったのだが、最初のうちはアレスが有利であった。
その理由としては単純にアレスの方がゾンビたちよりも足が早かったためである。
アレスは群れに襲われる前に何体ものゾンビや数体の醜い獣の魂を奪っているため、身体能力が強化されていた。
そのため、ゾンビの群れに追い付かれることなく、走り続けられていた。
他にもゾンビたちは道路の幅パンパンの状態で並走していたため、お互いが邪魔をしてうまく走れていなかったのも大きかった。
そのため、アレスもこのまま走り続けていれば、いつかはゾンビたちを撒くことも出来るだろうと考えていた。
だが、その考えは甘かった。




