ガチ目の悪役令嬢なので婚約破棄してきた王子は切り捨てます
「ディアナ・マクラウド! そ、そなたとの婚約を破棄する!」
王宮大ホールでは上流貴族だけが招待される年賀パーティが行われていた。
この日、伯爵位以上を持つ貴族たちは、こぞって王宮に集まり、王家への忠誠を改めて誓うというのが、毎年の慣わしだった。
だが今年はいつもとは違う。
どこか参集した貴族達は緊張感があり、壇上の王と王妃は心ここにあらず、しきりにホールの中央に視線を送っていた。
それでも開催が宣言され、楽団が音楽を奏でようとしたその時。
遅れて入ってきた王太子アレフレッドが、壇上に立ち大きく宣言したのである。
その平凡といわれる面立ちは、やや蒼白で血の気がなく、だが鬼気迫る表情を浮かべていた。
唇を震わせ、よく見ると足も震えている。
恐れなのか、怒りなのか。
あるいはそのどちらもなのか。
周囲には判別しがたい表情で、アレフレッドはホールの中央に向かって叫んだ。
そこは本来はダンスなどに興じるための場所。
だが、今はそのホールの中央には豪奢なソファーが置かれている。
「あら、アレフレッド様。とても顔色が悪いですわ。体調が悪いのに、無理をなさって。皆さんもせっかく楽しんでいる最中ですし、その話はまた別の日に伺いましょうか」
そのソファに深く腰掛けている女性。
アレフレッドに面倒くさそうにそう答えたのはこの国唯一の大公であり、アレフレッドの婚約者でもあるマクラウド大公ディアナ。
元侯爵家の令嬢でありながら、この国で王に次ぐ地位である大公位に就いている。
国土の2/3を実質的に支配すると言われているマクラウド家の当主。
本来、大公は王弟など実力のある王族に与えられる地位なのだが、この女はただ力のみで、その地位を得た。
いや、王としては与える以外の選択肢が無かったというのが実情だ。
「た、度重なる王家に対する不敬だけに留まらず、そなたはシェナを蔑ろにし、嫌がらせの数々を行った上、ついには怪我まで負わせた。証拠も多数集まっている。私はそれを許すことができぬ。ましてや生涯の伴侶としてなど迎える事はできぬ!」
シェナの名前を口にしたことで、覚悟が決まったのかアレフレッドの顔が引き締まった。
シェナ。聖女。
この国を救う者。
神託をもって正教会から与えられたその地位は、平和と愛の象徴としてこの国で大切に扱われてきた。
王族と婚姻を結ぶことも多く、王太子アレフレッドと恋仲であると巷で噂になっている女性だ。
「あら、聖女様とのただならぬ関係にあるというお噂は本当だったのかしら?」
「彼女を侮辱する気か! 私とシェナはそんな関係ではない」
「そうですの?」
ディアナはやはり面倒臭そうに顔を扇子で隠し、少しあくびをしながら答えた。
シェナとの関係については本当に興味が無いのだろう。
「シェナをここへ……」
「よろしいので?」
「早くしろ」
「はっ」
アレフレッドが近習にそう告げると、近習はすぐに一人の女性を連れてきた。
金髪で華奢な姿。黒いベールで顔を覆っており、その表情は窺えない。
身長の割に胸が大きいというのも庇護欲をそそるのだろう。
アレフレッドは自信をもって否定していたが、実際はディアナの指摘通りなのだ。
そのくらいの調べはついている。
それもかなり前からの話だ。
「見ろ、この姿を」
「で、殿下。お願いですから」
「任せろ。お前が受けた屈辱を晴らしてくれる」
「殿下……」
シェナは何かに怯えるようにアレフレッドの後ろにしがみ付くように隠れる。
ここからでもガタガタ震えているのが解るほどだ。
「これを見ろ! こんなに貴様に対して怯えているではないか! 可哀想に」
「……」
アレフレッドの言葉にディアナは少しだけシェナの方へ視線を動かし、すぐに逸らした。
「やはり心当たりがあるのか! この悪女め。陛下、これ以上の屈辱も暴挙も許すわけにはいきません」
「ねぇ!」
アレフレッドの言葉を遮るように、ディアナが声を出した。
これは怒られるやつだ。
「なんで聖女様が生きているのかしら? 私は何て言いましたでしょうか?」
「すみません。さすがに女性を殺害するというのは、騎士としてどうかと」
「害悪な存在だから、排除しておきましょうと言いましたよね」
「それはその通りなのですが」
矛先が私――
ディアナの唯一の騎士の私に向いてきた。
「今からでも遅くないですわ。排除しませんこと」
「えー」
ディアナが本気で望むのならやぶさかでは無いのだが、ディアナの言葉はまだ半分お遊びだ。単に脅しているに過ぎない。
「私の言葉に逆らうの? 困った騎士様ね。いいわ、あとでお仕置きね」
「まじか」
お仕置きという言葉を聞いて背中に冷たい汗が流れるが、とりあえずこの場は大丈夫そうだ。
「王太子殿下、先ほどの嫌がらせの数々と言いましたが、誤解ですわ」
「な、何だと! お前はこの後に及んでしらを切るつもりか!」
「いえ、嫌がらせなんて甘い話ではなく、明確にこの世界から排除するつもりです。私の騎士様がサボっていなければ、今頃冷たい地面の下で眠っていたはずですのに」
「ひぃぃぃ」
その言葉を聞いてシェナが腰が抜けたのか、しゃがみ込んでしまった。
「陛下、お聞きになりましたか! これは明確な我々への叛逆です」
まるで空気のようにアレフレッドの後ろに設置された王座上の王と、その横にいる王妃。
アレフレッドの両親でもある二人は、アレフレッドからの言葉を受けても表情も変えない。
視線だけが不安そうにアレフレッドとディアナの間を行き来している。
「陛下!」
「王太子殿下」
ディアナがようやくソファから立ち上がった。
「王太子殿下は何か誤解をされているようです」
「何がだ!」
「王家が私に叛逆するという表現なら解りますが、私が王家に叛逆というのはありえませんわ。なぜ自分より弱い存在に対して叛逆などという無駄なことをしなければならないの?」
「貴様! もう許さんぞ」
「ねぇ、皆さん」
そこでディアナは周囲を見回す。
成り行きを固唾を飲んで見守っていた貴族達が慌てて直立不動の姿勢で立つ。
「どうします? 叛意を持った王家と一緒に死にます?」
「大公、どうかご慈悲を……」
その言葉に慌てて貴族達が懇願するようにディアナに向けて膝を突き、命乞いを始めました。
「そうねぇ。どうしましょうか」
「お前達、なぜ立ち上がらん! こんな悪女に我が国をいいようにされて悔しくないのか!」
「アレフレッド殿下。これが現実ですわ」
「誰も……誰も王家とともに戦わないのか」
「無理ですよ。王も貴族もディアナには勝てません。さっさと諦めましょう」
今ならもしかしたら取り返しが付く。
そう思った私はアレフレッドの気持ちを切り替えようと軽い口調でこう告げたが、どうやらそれが癇に障ったらしい。
「ふざけるな。貴様のような騎士風情が口を挟む話では無い」
「私の騎士様を愚弄するのですか?」
その瞬間、ディアナが纏う雰囲気が変わった。
噴き上がる威圧感に王太子まで座り込んでしまう。
気が付けばホール内で立っているのはディアナと私だけになってしまった。
「ディアナ、落ち着いて」
「騎士様がそう言うなら」
一瞬で冷静になってくれた。
ちょっと不安定な子になってしまったね。
仕方ないとはいえ、私に依存しすぎなのかもしれない。
「ここまでなのか。我が国はもう駄目なのか」
王太子が今更なことをブツブツと呟いている。
「アレフレッド殿下。私は陛下に請われて大公という地位で甘んじているわけですよ。そもそも、私を蔑み、聖女様の口車に乗って私を罠にかけたのは、あなたじゃないですか」
楽しそうにディアナが笑う。
「まぁ、その後のことは陛下だってことも知っていますけどね」
「ひっ」
王座にしがみ付いて震えていた王が息を呑んだ。
「それに私も人間ですし」
「ぷっ」
続くディアナの言葉に思わず吹き出してしまった。
それを見てディアナがこちらを軽く睨む。
「言い直します。私も元人間ですし、感情もあります。殺されそうになったから復讐くらい普通にしてもいいですよね?」
「シェ、シェナがやったという証拠が無い」
「え? 証拠がいりますか?」
「あ、当たり前だ。証拠も無いのに、殺すなんて許されるわけない。そうだろうシェナ」
「ゆ、許して下さい。許して下さい。許して下さい」
「シェナ?」
アレフレッドの言葉を聞いていなかったのか、聖女は虚ろな目をしながらブツブツと呟いている。
「なんだかもう自白してしまっていますよね。証拠と言っても私は本人から聞いていましたし。王太子妃の地位を狙っていたから私が邪魔だったらしいですよ。あの日、わざわざ地下牢までやってきて、そう言っていました」
「シェナがそんなことをするわけが……」
「そう言って、私の言葉は一つも信じてくれませんでしたわね」
ディアナが少し遠い目をして、さらに続ける。
「私はいいんですよ。この国全部を貰っても。でも人間のままで生きたいという陛下の熱い気持ちを聞いてしまったので、1/3だけ残して上げたじゃないですか」
「だ、だが、この国の王はわが父上だ!」
「そうなんですよね。なぜかそんな地位だけは固執していたようなので、前回は残してあげたのですわ」
「そ、それに今日だって忠誠の誓いに来たのではないか?」
ディアナが不思議そうに顔を傾けた。
私も同様に首を傾げる。
「ホールの中央にソファを置いて、だらしなく座っている私が王に忠誠を? 何かの冗談ですか?」
「くっ」
これにはアレフレッドもさすがにその通りだと思ったのだろう。
「陛下?」
ディアナはようやく王に語りかけた。
その言葉に反応するように王と王妃は椅子から跳ねるように下り、床に頭を擦りつけてディアナに懇願した。
「ゆ、許して下さい。わ、わたしは人間のままがいいんです。人間のまま死んでいきたいんです」
「お、お願いします。眷属にしないでください」
「そうですか。いいですわ」
「あ、ありがと」
その瞬間、ゴロリと王と王妃の首が転がった。
遅れて血が噴き出す。
「お望み通りに」
そう言って私はディアナの元に戻った。
ディアナが許可したのだ。躊躇う必要は無い。
あ、王妃は女性だったな。女性を傷つける騎士としての矜持が……でも本人が望んだのだし問題ないだろう。
「騎士様、そんなに急がなくても」
「そろそろ飽きてきたんだよ。早く帰ろう」
その時、二人の死体を呆然と見ていたシェナが慌てて手を挙げて立ち上がった。
「な、なります! 眷属になります!」
「駄目よ」
だがディアナは即答で却下。
「へ、陛下……父上……母上……そんな」
「それで王太子殿下、どうします?」
「あ、ああ、あああああああああ」
ようやく事態が飲み込めたのかアレフレッドが叫びだした。
「こやつを捕らえろ! いや、叛逆者だ。殺せ! 殺してくれぇぇぇ」
だが、周辺に大勢いるはずの兵士達は誰も動かない。
それはそうだろう。
もうこの国が滅ぶことはもう決定事項になってしまった。
これが覆ることは無い。
抵抗しても無駄。
あの時、わざと先に眠らせておいたアレフレッド以外は心の底から理解していることなのだ。
「誰も……誰も王家のために立ち上がらないのか。忠義はどこにいった」
「自業自得ですものね」
ディアナが冷たく現実を突きつける。
それはこの国の辺境にある湖の中央にある島。
そこにポッカリと空いた迷宮の入口。
王太子妃の座を狙うシェナと、聖女と結びつけることで王家の権威を見せたい王の意思が重なり、本来の婚約者であった侯爵令嬢のディアナを罠にかけ、その迷宮に追いやった。
アレフレッドだけが知らなかったのだが、アレフレッドはあっさりとシェナに籠絡されてしまっていたのだ。
その上、王は王太子を捨て出奔したということは叛意があるのだと侯爵家に詰め寄り、関係者全員を処刑したのだった。
知らなかったこととはいえ、ディアナの婚約者であった王太子が婚約者であるディアナを尊重し向き合っていれば、こんな事態にはならなかったはずだ。
迷宮から帰還を果たしたディアナ。
人を捨て我が眷属となったディアナ。
その力をもって、この国の2/3を手中に収め、王家を追い詰めたディアナ。
アレフレッドにディアナが人外となったことを言わないという命の誓約をかけたディアナ。
知らなかったから。
唯一、その一点に対してのみ温情を与え、最後の道を作ったディアナ。
「もう一度聞くわ。王太子殿下、どうします?」
「ど、どうするとは」
「婚約ですわ」
「……お、お前のような悪女とは、こ、婚約を破棄する。死んでも嫌だ」
「残念ですわ」
その瞬間、アレフレッドの身体が縦に割れた。
「あのディアナはアレフレッド様のことを本当にお慕いしていたのですよ」
一緒にシェナの首も転がる。
とうとうディアナは本気を出したのだ。
「気が済んだか?」
「ええ、お付き合いいただいてありがとうございます。私の騎士様」
「この後は、どうするつもりだ?」
「そうですね」
そう言って、そろいもそろって顔面蒼白になり腰を抜かしている貴族達を見回す。
「父様も母様も弟達も殺されましたし、誰も助けてはくれませんでしたね。考えてみれば、この国に未練などありませんわ」
そう告げたディアナの表情はとても優しいものだった。
ある日。
辺境に湖と迷宮を持つ王国が地図上から消えた。
その理由を語り継ぐものは無く、今は美しい湖と迷宮、そして広大な荒野が拡がっている。
楽しんでいただけましたでしょうか。
語り部は始祖的なイメージですが、あえて明確なイメージを作っていません(二人称のつもりなので、語り部の人物像はぼかしています)
ディアナと語り部の関係は姫と騎士であり、娘と父のようなものと考えております。
婚約破棄から始まる物語をいくつかご用意しておりますので、よろしければご一緒にお楽しみください。
わたしくしの理解が足りないのかしら
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女王陛下だって婚約破棄されるムーブメント
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