攻略組の軌跡
——時は流れ、とあるボスフィールド。西洋風の城の中にあるそこでは、今まさに最初の攻略が山場を迎えていた。
「みんな、ここさえ乗り切れば暫くは安泰だ。行くぞ!」
「おう!」
リーダー格の男性プレイヤーの掛け声。それに応える様々なプレイヤーたちの気合いが入った声が、ボス部屋の前にある広間に響き渡る。そうして複雑な文様の刻まれた扉へリーダーが手を掛けると、あれほど熱気にあふれていた者たちがしんと静まり返った。いよいよ始まるであろう戦いに、皆の手に力が入る。中にはゴクリと唾を飲み込むものもいた。なにせ初のボス戦にして、初のレイドだ。それもぶっつけ本番の。緊張しないはずがない。
「つってもデスゲームじゃねぇし。何とかなるさ!」
振り向いたリーダーが一転して軽い口調で笑うと、心なしか皆の緊張も和らいだ。
——そう、ナーサリーテイルはデスゲームではない。HPがゼロになっても蘇ることができる。問題はログアウトができないという点だけ。彼らをゲームに閉じ込めた者が言うには「一人でもゲームをクリアすればログアウトできるようになる」とのこと。世に溢れるデスゲーム物の物語と比べれば死を恐れなくて良い分、イージーモードだ。
「空気も変わった事だし行くぞ、『不思議の国』攻略へ!」
*
「——うん、絶景かな絶景!」
私は一人で旅をしているダークなエルフさんです。……なんちゃって。とりあえず目下の目的は自然散策だったんだけど、すごい穴場見つけちゃったよ! 思わず声が漏れちゃうくらいの絶景。私のいる崖の下に広がる広大な森。そこにうつる流れる雲の影と緑のコントラストが鮮やかで凄く綺麗だ。何時間見てても飽きないね、これは。
旅といえば観光。観光といえば絶景です。乗り物やアトラクションのあるレジャー施設も良いっちゃ良いんだけど、やっぱ景色を堪能してこそでしょ! 昔は景色見る余裕とか無かったし! ゲームはいい。敵が出ないセーフティゾーンがあるから。お陰でこうして、ゆっくりまったりと過ごせる。
……さて、持参したお茶会セットの用意でもしようかな。一人だけの寂しいお茶会だけど……。
あー、やっぱり友達の一人も作るべきか。なんか寂しい。それに今は一人でも何とかなってるけど、この先一人では立ち行かなくなる日がいつかきっと来るはず。実際、初っ端からやらかした前科がある私ですし? まさか初心者向け雑魚で死に戻りするとか思わなかったし。紙防御舐めてた。あと、魔術師ソロの序盤は正直無理ゲー。仲間がいないとロクに魔術つかえない……。今は『あって良かったプレイヤースキル』のお陰で、なんとかなっているが。VR万歳。普通のコントローラーゲームだったら詰んでた。
まー、そもそもVRMMOっていうのは元来コミュニケーションとかを重視する系統のゲーム。パーティー組まない一匹狼が異端なんだけどね……。ぶっちゃけ、いきなりソロお断りイベントとか発生してもおかしくない。やはり、お友達兼仲間は必要か……となればどんな人がいいかなんだけど、同じ女の子がいいよねぇ。世界は広いんだから、絶対いるはずなんだよ私と趣味の合う子! 最悪、NPCでも構わないよ! 最近のAIさんは下手な人間より人格者だからね。そういえば、はじまりの町に冒険者に憧れてる子がいたな……。よし、帰ったらさっそく声をかけてみよう!
はじまりの町といえば、今朝は何時にも増してピリピリしてたけど、何かあったのかなぁ?
*
「うふふ。私のお茶会にようこそ、勇者さんたち」
長い金髪に、赤いリボン。白と青のエプロンドレスを着た幼女が、彼らを出迎えた。
彼女の姿は誰もがイメージする不思議の国のアリスに他ならなかった。幼女は丸い円卓を挟んだ向こう側に座って、何やら楽し気に攻略メンバー達を眺めている。
「——なっ、アリスだって!?」
だが、その事実に驚きを隠せないリーダー。今までの攻略の流れから言えば、そこにいるのは彼女ではあり得なかったからだ。ナーサリーテイルはその名が示す通り、童話をモチーフにしている。なのでこれまでのストーリー進行上、『プレイヤー=童話の主人公』の立ち位置だったのだ。だから、基本的に元になった童話の主人公は存在しないのだと考えられていたのだが……。
「そうよ、私はアリス。私がここにいたらおかしいの?」
「ここは女王の城だぞ? おかしいに決まってるだろ!」
いるなら女王のはずだ。リーダーが叫ぶ。
「あら、ならぜーんぜんおかしくないわ。だって——わたしが女王なんだもの!」
何だってー!? と、一同に動揺が走る。悪の女王を倒す気満々で乗り込んだのに、幼女がボスでしたとか罪悪感が半端ない。彼らは紳士なのだ。小さい子どもいじめる、ヨクナイ。だが、アリスには彼らのように遠慮する理由など無かった。
「ふふっ。さあ、みんなで楽しいお茶会を始めましょう! 永遠にね!」
アリスの言葉が放たれると同時に、攻略組の面々は木の根に襲いかかられた。