裏7話 償いの旅(※三人称)
新しい人生。いや、「新しい旅」と言った方が正しいか? 今までの自分を捨てるわけではないが、それでも新しい旅をはじめる。過去の思想を捨てて、新しい思想に入れかえる。そんな事はそう簡単にできる事ではないが、マノンと並んだマティが感じたのは、それに近い感覚、穏やかながらも厳かな雰囲気だった。自分の性根が、そう簡単に変わるわけではない。
でも、その変化が、僅かながらも感じる。彼の髪を通りすぎていった風には、それを感じさせる何かが潜んでいた。自分はたぶん、少しずつ変わっていくだろう。数多の出会いを通して、その人格をすっかり変えられるだろう。地面の上を踏みしめる感触からは、その兆しがしっかりと感じられた。
マティは今までにない穏やかな気持ちで、草原の中をゆっくりと進みつづけた。マノンも彼の隣に並んで、広大な土地をじっくりと味わいつづけた。二人は時折見かける草食動物(おそらくは、羊の一種だろう)に微笑みながらも、その夜には良さそうな場所で休み、それが開けた朝にはまた歩きだして、二人なりの冒険をもう一度確かめつづけた。
「不思議ね」
これは、マノン。彼女は、彼の後ろにちょっと下がった。
「昔は、ほら? こんな風だったのに。今では、貴方の隣を歩いている。何の遠慮もなしにね? 『それが当たり前』と言う風に」
「時が経てば、人の立場も変わる。お前もまた、その原則に従っただけだ。最初は他人の領域でも、次第に恋人へと変わっていく。俺達が『縁』と呼ぶそれは、それをただ言葉にしただけだ」
マノンは、その言葉に微笑んだ。その言葉がたぶん、とても嬉しかったのだろう。彼女の気持ちはのぞけないが、それが示す態度からは、喜びのようなモノが感じられた。マノンは彼の隣に立って、その横顔をそっと覗きこんだ。彼の横顔はやはり、驚く程に澄んでいる。
「最初は、何処に行くの?」
「一番近い場所から。奴等の故郷は、一つではないからな。その償いには、時間が掛かる。俺はアイツと違って、マイナスからのスタートだからな。順繰り、じっくり、進んでいくよ?」
「そうね、それがいいわ。私達は、真っ当な人間ではないもの。冒険者としては、一流でしょうけどね。人間としては、最底辺のところを歩いている。最底辺の人間が真面になるのは、その罪を一つ一つ償わないとね?」
マノンは「ニコッ」と笑って、これまでの事を振りかえった。自分達が犯してきた、その許されざる事を。償っても、償えきれない罪を。漂う風の中からそれを振りかえった。彼女は辛い過去に胸を痛めながらも、穏やかな顔で愛する人の隣を歩きつづけた。
「ねぇ、マティ」
「なんだ?」
「あそこ?」
そう彼女が指さす先には、一つの町があった。町の防壁はたぶん、外の怪物達に壊されたのだろう。すべては壊れていなかったが、その入り口はほぼ全壊、周りの部分も至るところが壊されている。怪物の襲撃に備えた砲台も、その九割近くが潰されていた。
「ひどいわね?」
マティは、その言葉にうなずいた。以前の彼ならば、そんな言葉などすっかり無視していたが……。人並みの感情を思いだしつつあった(今の)彼には、その言葉にも思わずうなずかざるを得なかった。あの壊されようは、本当の意味でひどい。いや、「ひどすぎる」と言っていいだろう。町の門を守っていた(と思われる)兵士達はもちろん、その入り口あたりに転がっている遺体もすべて、身体の骨がすっかり見えていた。
「そうだな。アレはたぶん、攻められてから」
ここで推測。
「かなりの月日が経っているのだろう。そうでなければ、あそこまでひどくはならない。彼等は、魔王の手下共に駆逐」
そう言いかけた時だった。マティ自分の口を閉じて、町の方にゆっくりと進みはじめた。
「せめてもの情けだ。彼等の冥福を祈ってやろう」
マノンは「それ」に驚いたが、「それ」を拒もうとしなかった。死の悼みが分かるのは、彼女とて同じ。悲しいモノに命を捧げる気持ちは、彼女もまた同じだった。彼女はマティに続いて、彼の後を追いかけた。「ええ」
マティは、その言葉を無視した。その言葉に応えなくても、彼女がついてくる事を疑わなかったからだ。彼は町の中に入って、その中をじっと眺めはじめた。町の中は想像通り、あらゆるモノが荒れはてていた。通りの建物はすっかり壊され、市場の商品もすべて壊されている。正に「地獄絵図」と言えるような光景だった。辛うじて残っていた公園の石像すら、その表面に真っ黒な血がこびりついている。
マティはそれらの光景に眉をひそめたが、それ以外の反応はまったく見せなかった。こんな光景は、世界中のどこにでも広がっている。彼が今までみてきた町も、大抵はこんな風になっていた。だから、今さら驚く事でもない。だが、その声には、瓦礫の中から聞こえてきた声だけには、どうしても驚かざるを得なかった。
「子どもの声?」
マティは声の方に歩みよって、その主が何ものかを確かめた。声の主は、少年だった。年格好はちょうど、ゼルデと同じくらい。その髪もちょうど、彼と同じような色だった。少年は彼の登場に怯えているのか、その姿にブルブルと震えている。マティが彼に「大丈夫か?」と話しかけても、それに「う、うう」と怯えるだけだった。
マティは、少年の姿をじっと見つづけた。マノンもそれを眺めていたが、マティが少年の身体を抱きしめると、真面目な顔でその光景を眺めはじめた。マティは、少年の身体を変わらず抱きしめつづけた。
「怖かっただろう? もう、案じる事はない。お前は今も、生きているのだから」
少年はその言葉に驚いたが、やがて子どものように「うわん」と泣きはじめた。