第42話 己の人生を射貫け 5
「はぁ?」
ドスの利いた声。それに思わず脅えてしまった。女の子がまさか、こんな声を出せるなんて。相手の目を見かえす事はできても、それに「落ちついて」と返す事はできなかった。正しく蛇に睨まれた蛙。それを見ていたミュシアも思わず驚いたのか、最初は似たような顔を浮かべていたが、仕舞いには「う、ううっ」と脅えだしてしまった。
クリナはおっかない顔で、俺の目を睨みつけた。もう、勘弁してください。
「どうして、考えるのよ! 考える必要なんてないじゃない!」
こら、テーブルの上を殴らないの。周りの客達も、それに怖がっているではないか。
「このパーティーは」
「充分じゃないよ」
「え?」
「充分じゃない、たった三人のパーティーなんて。周りの冒険者から見れば、自殺行為以外の何ものでもないよ」
それが効いたのかな? 今まで怒鳴っていたクリナも、急に大人しくなってしまった。これは、説きふせるのに絶好の機会だろう。
「クリナ様」
「な、なに?」
「クリナ様の考えは、確かに正しい」
それに喜ぶクリナ様、ちょっと可愛いです。
「でもね。これから先は、それも通じなくなる」
「どう言う事?」
俺は、その疑問に応えた。まずは、テーブルの上に食器類を置く。テーブルの端から順にスプーンとナイフとフォークを。それらを俺達に見たて、その周りに大きな円を描いていった。
「少数の敵を叩く時は」
残りの二人も、この話を聴きはじめた。うん、なかなかいい感じである。
「敵の周りを囲んで、その敵に集中砲火を浴びせる。そうするのが、戦いの定石だからね。一定の方向からわざわざ攻める必要はない」
「だから?」
う、ううん。やっぱり初心者だ。シオンは分かっているようだけど、クリナの方はまだ分かっていないらしい。これが「経験の差」と言うヤツか。それを考えるに入れると、やっぱり……。
「そんなの、アンタの結界で防げばいいじゃない? 自分達の周りに結界を張って」
「確かにそうだけど」
「だけど?」
「俺の結界は……君も知っての通り、万能じゃない。ある程度の攻撃なら防げるが、それ以上の攻撃を受けたら」
「うっ」
「あっと言う間に蜂の巣だよ。俺の魔法で吹っ飛ばしても、その全体を葬れるわけじゃない。どこかに隙が、それも必ずできる。つまりはどうしても、死角ができるんだ。ミュシアのスキルで、逃げる事もできるだろうけど。それも、やっぱり怪しい。自分達の周りを囲まれている時点で、その退路はほとんど断たれているに等しいからね。逃げ道がなければ、どんな精鋭も叩きつぶされる」
「つまり」
お、目つきが変わった。俺の意図がようやく分かったらしい。
「今よりも人数を増やさなきゃ、『いつかは絶対に負ける』って事?」
「そう言う事。今はまだ、初心者向けのクエストしか受けていないからね。この三人でも、やっていけるけど。これが中級、上級とあがっていけば」
そこから先は、言わなくても分かったようだ。それを聞いていたシオンも、何かを察したように「うんうん」とうなずいている。
「その負傷率も、あがってしまう。最悪の場合は、仲間の一人が死んでしまう事も」
「それを防ぐために?」
「そう言う事。パーティーの人数が増えれば、それだけ自分の生還率もあがるからね。どんなに頑張っても、自分が死んだら意味がない。文字通りの犬死にだ。それで満足なら別にいいけど」
「冗談じゃないわ!」
クリナさん、机の上を叩きすぎ。店主の男も、ちょっとイライラしている。
「死んでお星様になるなんて、絶対にごめんよ!」
「だったら」
俺は、クリナの目を見つめた。
「拒んでいる場合じゃない。彼女は、経験者だ。弓矢の技術で、その冒険をつづけている」
次は、シオンの目を見つめた。
「シオンさん」
「『シオン』でいいよ」
「分かった。シオン」
「なに?」
「シオンは今、どこのパーティーも入っていないんだよね?」
「うん、もちろん。て言うか、私」
「私?」
「一人でやっていたし。本当は、どこかのパーティーに入るつもりでいたんだけど。どれもパッとしなかったからね。仕方なく一人でやっていたわけ。だから、お金もそんなに稼いでいない」
「なるほど。高額な依頼は、大人数でやった方が有利だから。一人だとどうしても、やれる範囲が狭まってしまう。それで」
「そう言う事。だから、これはチャンスなの。私の人生、己の人生を射貫くためにもね?」
「己の人生を射貫く、か」
なるほど。それは、確かに彼女らしい。弓術士である彼女には。
「うん」
ここまで聞けばもう、彼女に対する答えは一つ。その手を伸ばして、彼女に「よろしく」とうなずく事だけだった。
「シオン」
シオンは、その言葉にうなずいた。それはもう、満面の笑みで。
「こちらこそ、ゼルデ!」