第38話 己の人生を射貫け 1
遊撃竜の武具は、どれも優秀。特に剣は、「黒い牙」と呼ばれる程に強かった。剣の刃先に触れただけで、その部分が切りおとされてしまう。正に最凶の刃物。俺も何度か憧れた武器だったが、前の武器がそれなりに優秀だったので、「いつかは欲しい」とは思っていたものの、それを実際に持った事はなかった。
それを今、クリナが持とうとしている。町の鍛冶屋に頼んで、遊撃竜のクリスタルから「それ」を造ろうとしている。相応の値段と、幸運の対価を払って。クリナは鍛冶屋から牙を受けとった後も、それをぼうっと眺めているだけで、鞘の中に「それ」を収めようとしなかった。
「すごいね」
感想の方も、実にシンプル。
「本当に」
クリナは俺の顔をしばらく見て、それから鞘の中に剣を戻した。ちょっと戻す時に戸惑っていたけれど。
「これならアイツに勝てるかしら?」
アイツとはつまり、彼女の事だろう。俺達から、その戦利品を奪っていった相手。「追い剥ぎ」と言う名の少女。彼女は俺達の戦利品を持って、近くの換金所にでも行ったのだろうか? それとも……まあ、いい。そんな事を考えたって、盗られた物は戻ってこないのだ。俺がどんなに考えたってね。だから、クリナの疑問にも「さあね」と答えた。「それは、次に会ってみないと分からない」
俺は、彼女の目を見かえした。彼女の目は、闘志に燃えている。
「そうでしょう?」
「確かにね。でも」
「でも?」
「次に会った時は、絶対に勝ってみせるわ」
真っ直ぐな目だ。この目ならたぶん、あの少女にも負けないだろう。彼女は今回の負けを通して、さらに強くなったようだ。
「アンタも、そうでしょう?」
「…うん」
そんな事は、言うまでもない。
「やられたままでいるのは、好きじゃないからね。今度会った時は、俺も絶対に負けない」
二つの気持ちが、重なった瞬間。そう言いあらわすしかない瞬間だった。生まれも育ちも違う二人が、まったく同じ思いを抱く。それを見ている若干一人は不機嫌だったが、「それ」を確かめあった俺達には、その意識にほとんど入っていなかった。
「必ず見かえしてやる」
「ええ!」
俺達は「ニコッ」と笑って、互いの拳をぶつけあった。それが少し痛かったが、丁度夕暮れ時と言う事もあって、「痛み」よりも「空腹」が、「満足」よりも「飢餓感」が勝ってしまった。やっぱり人間、空腹には勝てない。互いの気持ちがどんなに高ぶっていてもね?
最後には、「飯でも食うか?」と言いあってしまう。興奮によって飢えた、この空腹を満たすために。人間は(何としても)、飯にありつこうとするのだ。こうして互いの顔を見あっている俺達も、また同じ。そんな人の性に逆らえない人間である。
俺達は鍛冶屋の店主にお礼を払って、町の繁華街へと向かった。繁華街の中は、人の姿で溢れていた。俺達と同じようにクエストから帰ってきた冒険者達はもちろん、町の中に元々住んでいた住人達も、楽しげな顔でテーブルの料理を食べたり、コップの酒を飲んだりしている。俺達が「良さそうだな」と入った店も、そんな荒ぶる客達の姿で溢れていた。
俺達は、店の給仕に人数を伝えた。俺達が店の中に入った瞬間、相手が俺達の前に走りよってきたからだ。俺達は相手の案内に従って、テーブルの椅子に座った。
「なに食べる?」
そう聞いたのは、俺。俺は全員分の注文を聞いて、給仕の少女に注文品を伝えた。
「それじゃ、お願いします」
同い年くらいの少女だったけど、つい敬語になってしまった。まあ、その方が相手も不快でないだろう。「かしこまりました」と返した声からは、客商売で見せるそれとは違う雰囲気が感じられた。俺は「それ」に好感を覚えつつも、穏やかな顔で彼女の背中を眺めつづけた。
が、「いてっ!」
それを許さないのが、一人。いや、二人。彼女達は(何だか分からないが)俺の足を蹴ったり、あるいは、踏んづけたりして、それぞれに不機嫌な顔を浮かべた。君達、どうしてそんなに怒っているの?
「いきなりなんなんだ?」
「別に」
声のタイミングまで同じ。
「ただちょっと、『イラッ』としただけ」
「はぁ?」
ますます分からない。今のどこに「イラッ」とする要素があるのだろうか?
「う、ううう」
俺は今の理不尽、足の痛みに溜め息をついた。
「もう、訳が分から」
ない。そう言いかけた俺だったが、椅子の上から思わず立ちあがってしまった。俺が自分の足を撫でようとした瞬間、店の向こうから悲鳴が聞こえたからだ。
俺は背中の杖に手をやって、それが聞こえた方に目をやった。