第33話 まっとうな道 2
自分の喉に短剣を突きつけられている。それ自体は別に怖くはなかったが、周りの仲間達が明らかに怯えている姿を見ると、自分の意思とは関わりなくして、どうしても怯まざるを得なかった。仲間の窮地は、自分の窮地。マティのような人間なら別かも知れないが、大抵の人は戸惑うし、最悪の時はおかしくなる。
少女達は初めて味わう体験、特にクリナのような人間には、その相手に「は、離れなさいよ!」と叫べても、自分の剣を使って、「俺を助けよう」とする行動その物は起こせないようだった。少しでも動けば、俺の命が危ない。彼女達は自分の良心(と思う)からくる動揺、その躊躇いから一歩も動けない……と、思ったのは一瞬だけ。次の瞬間には、俺の身体が後ろに引っぱられていた。
俺の身体を引っぱったのはもちろん、「透明化」のスキルが使えるミュシアである。彼女は敵が俺に注意を向けている間、透明化のスキルを使って、俺の身体を思いきり引っぱってくれたのだ。
「だいじょうぶ」
うん! 今回ばかりは、本当に大丈夫だ。俺は相手の短剣から逃れられたし、相手は目の前の状況に驚いている。右手の短剣を思わず放して、俺の事をただ眺めていた。
「これで当たらない」
それに「ニコリ」とうなずく。短剣は携帯性に優れた武器だが、その分だけ攻撃範囲も狭い。相手の懐にそっと近づき、それから敵の急所を迷わずに突く。「一撃必殺」を求められる武器なのだ。攻撃と回避の機会を失えば、あとは攻撃範囲の差ですぐに負けてしまう。
近距離特化の短剣と、全距離対応の魔法とでは勝負にならない。だから相手にも、「止した方がいい」とすすめた。「俺は見ての通り、魔術師だからね。こんなに離れてしまった以上、君の方が圧倒的に不利だ。しかも、こっちには三人もいる」
俺は真面目な顔で、相手の目を見つめた。それが相手への威嚇、つまりは「警告になる」と思ったからだ。「余計な争いを避けるための警告、互いの命を損なわないための最善策」と。余計な争いが起これば、互いの命が危なくなる。
「君もまだ、死にたくないだろう?」
クリナは、その言葉に青ざめた。俺としてはそう言う意図はなかったが、彼女にはそう言う意図と思えたらしい。彼女は殺人の恐怖、人殺しの予兆を感じて、俺の腕に勢いよく掴みかかった。
「だ、ダメよ! そんな事をしちゃ、絶対に!」
「心配しないで」
それが、最初の返事。次の返事は、「そんな事は、しない」だった。
「同じ人間を殺せば、たとえ冒険者でも犯罪者になるからね。犯罪者になれば、冒険者もつづけられなくなる。俺はまだ、この仲間で冒険をつづけたい」
「そ、そう」
うん、どうやら分かってくれたようだ。
「でも!」
「心配しないで」
俺は、目の前の少女に杖を向けた。少女は今も、俺の顔を睨んでいる。
「遊撃竜を倒した」
「え?」
「それも二体、俺の魔法で焼きはらった。暖炉の薪を焚くように」
よし、相当に怖がっているぞ。顔がかなり青ざめている。これなら落ちるのも、時間の問題だ。
「ちょっとの金で、灰になりたくはないだろう?」
決まった。相手の表情を見れば、分かる。相手は地面の上に座って、子どものように泣きだした。
「う、ううう、うわぁん!」
悲しい嗚咽。「彼女は、敵だ」と分かっているのに、思わず暗くなるような嗚咽だった。それを聞いている二人の少女も、悲しげな顔で彼女の事を眺めている。俺達は彼女の事をしばらく眺めていたが、ミュシアが彼女の前に歩みよると、俺やクリナも「それ」にならって、彼女の前にそっと歩みよった。
「ぐ、うううっ」
ミュシアは、その嗚咽を無視した。それを無視してでも、「彼女の背中をさすろう」と思ったらしい。ミュシアは相手の背中をさすりながら、優しげな顔で彼女に何度も問いかけた。
「仲間は?」
「いない、一人」
「ずっと?」
「ああ、ずっと。親も、とっくの昔に死んだ」
「そう。なら、私と同じ」
「え?」
「そこにいる彼も同じ。みんな、独りぼっち」
胸に刺さる一言だったが、言っている本人が一番に辛そうだった。孤独の寂しさは、それを味わった人間しか分からない。
「独りぼっちは、好き?」
「好きじゃない」
「追い剥ぎは?」
「生きるためにやっている」
「追い剥ぎは、楽しい?」
「あまり」
「そう、なら」
俺は、その続きを察した。だから少女にも、こう言葉をかけた。「まっとうな道に戻らないか?」と。