第31話 初クエスト、初討伐 8
生物が焼かれる匂い。皮膚の表面が焼かれて、その香りが漂う匂い。それらが鼻先をくすぐり、何とも言えない雰囲気を作っていた。正に勝利の雰囲気である。生きのこった者だけが味わえる生の実感、死の恐怖に震える異様な雰囲気だ。
「う、ううん」
不意に聞こえてきた少女の声。この声は、クリナの声だ。彼女は今になって驚いているらしく、最初は自分の倒した獲物を眺めていたが、それをしばらく眺めると、マヌケな顔で俺の顔に視線を移した。ううん、目を見開くのはいいけどね。「こ、これ?」と、飛びあがるのはやめなさい。「ア、アタシが倒したの?」
クリナはまた、自分の倒した獲物に視線を移した。獲物の身体はもう、例のクリスタルに変っている。
「本当に?」
「そうだけど? 覚えていないの?」
「覚えているわ、もちろん」
「だったら」
その質問は、変ではないか?
「自分が覚えているのに?」
「う、うん」
なぜかチラ見される、俺。俺の顔に何かついているのか?
「そう、なんだけどね。あの自分はたぶん、自分じゃなかった」
ますます意味不明。彼女は、彼女以外の何者でもないだろう? それなのに?
「信じられないかもしれないけどね。あの時は、自分が二人になっていたの」
「自分が二人になっていた?」
「う、うん。実際に動いているアタシと、それを眺めているアタシに別れてさ。二つの視点が一つに、一つの視点が二つに分かれ……て、アタシなに言っているんだろう? 自分でもよく分からないけどね。でも、そんな感じだった」
そこに割りこんできたミュシアさん。その顔は、やっぱり落ちついている。
「分離の共有化」
意味不明な言葉だが、その意味は何となく察せられた。なるほど、これはなかなかに上手い例えである。
「クリナは」
よ、呼びすて! だが、クリナは気にしていない。彼女の言葉ただ、じっと聞いていた。
「彼から力を得て、その力に精神を補われていた」
「精神を補われていた?」
「そう考えるのが、自然。貴方は今の能力、精神では感じてしまう怖さや躊躇いを抑えられて、戦い自体に打ちこめるよう」
「ま、待って! それじゃ、『アタシは操られていた』って事?」
「そうとも言える。でも、そうとも言えない。貴方はただ、補正を受けていただけ。冒険者の素人が、達人の域まで強くなれる程の。貴方はあの時、今の実力を遙かに超える力を出していた。彼の魔力を受けて」
「そっか。それじゃ……」
そうつぶやいて落ちこむ姿は、まるで彼女の気持ちを表しているようだった。クリナはたぶん、今の自分にガッカリしている。ミュシアから聞かされた言葉に。だから俺が彼女に「クリナ様?」と話しかけても、その言葉にしばらく応えようとしなかった。
「アタシ、自分の力で勝ったわけじゃないんだ」
それに何と答えれば、いいのだろう? 俺には、さっぱり分からない。
「悔しい」
ここでまた、ミュシアが割りこんでくる。ミュシアはやっぱり落ちついていて、彼女の顔をじっと眺めていた。
「なら」
「なによ!」
「ここから強くなればいい。貴方の冒険はまだ、始まったばかりなのだから」
ああ、彼女はやっぱり女神だ。相手の心を癒す女神、慈悲の化身。クリナは相手が「それ」に泣いた後も、穏やかな顔で相手の顔を眺めていた。
「がんばろう」
「ええ」
「わたしも、がんばるから」
「うん!」
これは、友情? いや、友情以上の何かかも知れない。二人は互いの顔をしばらく見ていたが、やがて二人とも「フッ」と笑いだしてしまった。え、何か面白い事でもあったの?
「でも」
ミュシアさん、急に真顔。
「女の子の勝負は、負けない」
女の子の勝負。それがどんな意味かは分からないが、クリナには(なぜか)分かったらしい。クリナは「それ」に触れて、見えざる闘志を燃やしたようだった。
「もちろんよ! それだけは、絶対に負けないわ!」
二人は俺の存在すらも忘れて、互いの顔をじっと見つづけた。