第30話 初クエスト、初討伐 7
「クリナ様?」
応えない。
「クリナ!」
これにも応えない。俺の目をじっと見たままだ。彼女は一体、どうしてしまったのだろう? 俺の顔をじっと見つづける目からは、人間の温かさがすっかり抜けおちていた。あれでは、魔法人形と変わらない。自分の意思を持たず、主人の命令に従うだけのアーティファクトと。
「クリナ……」
俺は不安な顔で、彼女の前に歩みよろうとした。だが、三歩程進んだ時だろうか? 俺の事をじっと見ていたクリナが、俺に「結界を解いて」と頼んできた。「このままじゃ、アイツらを倒せない」と、そう俺に言ってきたのである。
「なっ!」
「早く解いて」
そう言われて「はい」とうなずくと思うか? 冗談ではない。この結界をもし解いたら、あの遊撃竜達に襲われてしまう。それこそ、あっと言う間にさ。アイツらの力は、クリナが考えている以上にずっと強いのである。
「それを分かって!」
「分かっているわ」
いや、分かっていないね。君は、文字通りの初心者だ。文字通りの初心者が、アイツらの力を分かっている筈がない。
「だから早く」
「ダメ」
そこに割りこんできたミュシア。彼女もまた、クリナと同じくらいに落ちついていた。君達、肝が据わりすぎていない?
「だいじょうぶ」
「どこが! アイツらとクリナを戦わせるなんて、どう見ても自殺行為だよ? 自分から死に行くようなモンだ」
「それでも、だいじょうぶ」
「どうして?」
「あなたが力を与えたから、彼女に」
「俺が彼女に力を?」
まさか、さっきの光が? あの光が彼女に力を与えて?
「そうだとしても!」
「なら」
ミュシアは「クスッ」と笑って、俺の胸を指さした。こんな時でも笑える度胸は、ある意味で凄いかも知れない。
「その時は、助ければいい」
その言葉に折れた。いや、折れてしまった。このままズルズルつづけても、待っているのは破滅だけ。パーティーの団結が崩れて、そのまま粉々に砕けるだけだ。一度砕けた信頼は、そう簡単には戻せない。最悪の時は、修復不可能になってしまう。俺があのパーティーから追放されたように。だからこそ、彼女の言葉に「うん」と頷かざるを得なかった。
「分かったよ」
こうなったら自棄だ。二人の言葉を信じて、この結界を解くしかない。
「よし」
俺は周りの結界を解いて、クリナにも「それ」を伝えた。
「結界は、解いた。思いきりやれ」
「分かったわ」
嬉しそうな笑顔。だが、その笑顔もまた冷たかった。
「思いきりやる」
クリナは地面の上から飛びあがって、目の前の遊撃竜に斬りかかったが……。その光景は、あまりに衝撃だった。目にも留まらぬ速さ、初心者とは思えぬ剣捌き。彼女は「超剣士」のそれを変わらぬ動きで、遊撃竜の翼から脚、つづいて尻尾と斬っていき、最後に獲物の首を切りおとしてしまった。
「ふふふ」
不気味な声。
「楽しかった」
今度は、嬉しそうな声。
「次の相手は、誰?」
クリナは自分の倒した獲物を踏み台にして、二体目の遊撃竜に挑みかかった。その動きもまた衝撃だったが、高い性能の武器を使っていたわけではないらしく、彼女が二体目の身体に飛びのると、その右手に持っていた剣がポキッと折れてしまった。
「あっ」
じゃないよ、君。それは、いくら何でもマズイでしょう?
「折れちゃった」
舌を出してもダメ。あれではもう、戦えない。
「どうしよう?」
「くっ」
これは、俺。今の光景に思わず苛立ってしまったのだ。
「こうなったら」
俺は、空中の彼女に叫んだ。あのままでは、彼女も巻き添えを食ってしまう。
「クリナ様!」
「なぁに?」
「そこから今すぐに飛びおりて!」
「今すぐに?」
「じゃないと、君も消しとんじゃうからさ!」
そこまで言えば、分かるだろう。彼女もその意図を察してくれたらしく、俺が二体の遊撃に杖を向けた時にはもう、今の場所から飛びおりていた。彼女は最初に倒した遊撃竜の肉片を上手く使い、その上を伝って、地面の上に降りたった。
「オッケー」
「よし!」
俺は空中の二体に向かって、例の魔法を放った。魔法は、二体の遊撃竜に当たった。遊撃竜は「それ」に焼かれて、地面の上にゆっくりと落ちていった。