第25話 初クエスト、初討伐 2
最初に消えたのは、町の気配。次に消えたのは、人の気配だった。「自分の仲間がいる」と言う気配、それがもたらす安心感。それが無くなれば、言いようのない不安感が襲ってくる。彼女達が抱いていた感情、特にクリナが抱いていた不安は正にそれだった。
クリナは腰の剣を何度もいじくって、自分の周りを見わたした。彼女の周りには、穏やかな草原が広がっている。
「う、ううう」
俺は、その声に眉を寄せた。彼女の不安も分かるが、それにしても怯えすぎである。
「落ちついて。そんなに怖がっていると、かえって」
「わ、分かっているわよ!」
本当に分かっているのだろうか? 剣の柄を握りしめる姿は、とても落ちついているようには見えない。自分の四方八方、そのすべてに神経を巡らせている感じだった。
「こ、これくらいどうって事ないんだから!」
それに思わず溜め息。だったら、そんなに震えるなよ? 恐怖は、冷静な判断を鈍らせる。
「心配なんて」
「いや、心配だ」
俺は彼女の隣に行って、その手をゆっくりと握った。彼女の手は、やっぱり震えている。彼女自体は、「え? え?」と赤くなっているけど。その不安を和らげる意味では、そんな事に驚いている場合ではなかった。
「止まるまでは、握っているよ」
「え?」
あれ? もっと赤くなった。ミュシアはまた、オーグのような顔になっているし。意味がまるで分からない。俺はただ、彼女の不安を和らげようとしただけだ。それにも関わらず、この反応。彼女は不可思議な動きを見せつつも、恥ずかしげな顔で俺の手を握りつづけた。
「もう、いい!」
「本当に?」
その割にはまだ、震えているようだが。
「落ちついた?」
「お、落ちついたから! これ以上は、いい!」
クリナは真っ赤な顔で、俺の手を振りはらった。その放し方は、ちょっと荒すぎないかね?
「ここからは一人で、歩ける、から」
「そ、そう?」
でも、不安だな。
「本当に」
「だいじょうぶ」
ここで、まさかのミュシア。ミュシアはまたも、例の顔を浮かべている。
「ゼルデ」
「なに?」
「女たらし」
「はあ!」
この子はまた、わけの分からない事を。クリナもなぜか、モジモジしているし。
「だから!」
俺は、女たらしじゃねぇ!
「どう見たって、ただの冒険者じゃないか?」
それすらも、流されてしまった。ちくしょう、なぜだ? 「俺が一体、何した」って言うんだよ? ただ自分の、思った事をやっただけなのにさ? これは、あまりに理不尽すぎる。
「う、ううう」
俺は複雑な気持ちで、二人の前を歩きつづけた。この何だか分からない空気らしき物を変えようとしてさ、思った以上に歩いてしまったよ。それが変に悪かったのか、草原の外れまであっという間に来てしまった。草原の外れには、深い森が広がっている。人間の侵入を拒むような森が、大きな口を開けていた。
俺は、その森をしばらく眺めた。後ろの二人も、俺の動きにならったらしい。
「ここが、奴らのねぐらか」
ブラックリザードの群れがいる、厄介極まりないねぐら。普通の人間なら数分で食いころされてしまう魔窟。そこにこれから入ろうとしているのだ。
「二人とも」
そう言ったが、返事があったのはミュシアだけだった。
「分かっている。周りに気をつける」
「よし」
それじゃ……。
「行くぞ。覚悟は、いいね?」
今度は、クリナの声も聞こえた。彼女も彼女で、覚悟らしき物ができたらしい。
「え、ええ、問題ないわ! モンスターなんて、アタシ一人で充分よ!」
クリナは俺の横を通って、森の中に入った。俺は、その後を追った。ミュシアの、その後につづいた。俺達は最初の陣形に戻って、森の中を進みつづけた。