第23話 冒険、リスタート 6
防具の買い物は慣れていたが、魔術師の買い物はやっぱり不慣れだった。すべてが手探り、店主の話にも「なるほど」とうなずく他なかった。
「魔法の杖は、持っている?」
「はい、持っています」
「魔術書は、持っている?」
「いえ、持っていません」
「服は?」
「一応、これが」
「魔法の呪文を書きとめておくための雑記帳は?」
「も、持っていません」
「なるほど。それなら羽ペンもないんだね?」
「は、はい」
こんなやりとりが、ずうっと続いたわけだ。これでは、パーティーのみんなにも飽きられる。彼女達は最初こそ真面目に聞いていたが、数分後には店の中を見わたしたり、棚の商品をいじったりして、暇な時間を過ごしていた。
「う、ううん」
俺は店主に必要な道具のリストを書いてもらい、それに「分かりました」と従って、魔術師の道具類を一通り買いそろえた。
「お、思った以上にかかったな」
想像の一割強かかった。まあ、金の方は大丈夫だったけど。自分の予想を超えた金額は、どこか損したような感覚だった。
「これも必要経費、かねぇ」
そこに割りこむクリナさん。何だかとても、楽しそうです。はい。
「そう言う事よ。必要な道具には、お金を惜しんじゃいけないわ」
「ま、まあ、そうだけど」
それ、君が言う? ポーチ一つで旅しようとした、君が言う?
「君も、自分の道具には金をかけるの?」
「当たり前じゃない。『こんな荷物じゃダメだ』とか言われた以上はね、最上級の道具を揃えてやるわ」
そう言って買いそろえた道具類は、本当の本当で最上級な物ばかり。改めて、貴族の経済力を知ってしまった。アイツらは、本当に凄い。財布の中から金貨が出てきた時には、その黄金色に思わず驚いてしまった。
「フフフ、どう?」
「凄い」
「でしょう? どうせ買うんなら、これくらいしないとね?」
「は、はぁ」
そう答えるしかない。それ以外の言葉がないからね。店の中から出ていった後も、しばらくは彼女の横顔を眺めていた。俺は自分の仲間達を見わたして、それからまた自分の正面に向きなおった。自分の正面には、町の風景が広がっている。
「とにかく、必要な道具は揃ったし」
「あとは、クエストに行くだけね!」
気合い十分のクリナさん。それは良いのだが、あんまり頑張らないでくれよ? モンスターに殺されたのでは、流石の俺でも(たぶん)生きかえらせられないのだからな。
「出発!」
拳を上げない。
「ほらほら、早く!」
声も、上げない。周りの連中が、それに「なんだ? なんだ?」と驚いているではないか?
「クエストは、待ってくれないよ?」
クリナは「ニコッ」と笑って、町の門を指さした。門の向こうには、危ない世界が広がっている。怖い怪物達が歩きまわる、地獄のような世界が。
「ほら!」
俺は、その言葉に苦笑した。その言葉は嫌いではないが、少し飛ばしすぎである。
「急がなくても、クエストは逃げないよ? ブラックリザードは、その縄張りをあまり変えないからね? それよりも、あわてる方が危険だ」
返事なし。最早、聞いてすらいない模様。彼女は初めてのクエストに舞いあがっているのか、石敷の通路を軽やかに走って、それを見ていた人達を「ふぇ?」と驚かせていた。正に爆風娘である。まあ、そう言う人も嫌いではないけどね。
「変な事にならなきゃいいけど」
「だいじょうぶ」
そう微笑むミュシアは、どこか楽しそうだった。
「悲しい事の後には、楽しい事が待っている」
「そう、だね」
そうかも知れない。どんなに悲しい事があっても、その後には必ず……。
「嬉しい事が待っている。温かい事が待っている!」
俺はそう、信じている。そう信じなければ、やっていられない。悲しみだけに覆われた人生なんて、真っ平御免だ。
「新しい冒険」
「え?」
「冒険、リスタート」
俺は「ニコッ」と笑って、クリナの後を追いかけた。