第21話 冒険、リスタート 4
溜め息一つに気疲れ一つ。そんな言葉がふと浮かんだが、目の前の状況はそう待ってはくれない。俺が未来の事に頭を悩ませている間も、その時間は刻一刻と過ぎていく。それこそ、湧き水が湧きでてくるようにね? 予想もつかない事態が、次々と起っていくわけだ。
彼女は、俺のパーティーに入った。正確には、無理矢理に入ってきた。さっきの受付嬢に名前まで名乗って、冒険者のリストに堂々と入りこんだのである。その根性は、驚き以外の何者でもなかった。彼女はたぶん、この先も死なない。普通なら死ぬような場面でも、必ず生きて帰ってくる。彼女にはそう思わせるだけの力、確固たる意思のような物が感じられた。
「でも」
「なによ?」
「いや」
それでもさ、やっぱり強引だよ。俺の意見を突っぱねて、パーティーの副リーダーになるなんてさ。
「非常識にも、程がある」
「なにか言った?」
「うっ」
こ、怖い。
「な、なんでもありません! クリナ・モラール様」
「そう。ふふふ、ならよろしい」
満足げな顔だ。俺の謝罪が、相当に嬉しかったらしい。さっきの受付嬢はまだ苦笑いだが、本人は「それ」に気づいていなかった。周りの冒険者達からも、すっかり呆れられている。俺もミュシアに「落ちついて」と言われなければ、また「やれやれ」と漏らすところだった。
「それで?」
「ん?」
「さっそく行くの? ブラックリザードの討伐に?」
「いや、まだ。ミュシアの防具を買わなきゃいけないからね。『透明化のスキルはある』と言っても、丸腰では流石にマズイから。それなりの防具は、買わないと」
「ふうん。それで、その後は?」
「もちろん、俺達の買い物だよ?」
「アタシ達の買い物?」
「そう、俺達の買い物。クリナさん……様は、そのままでクエストに行くつもり?」
「え?」
「え?」
ほ、本気ですか? どう見ても、ポーチ一つしか持っていないのに?
「それは、流石に無謀だ」
「どこが?」
「うっ……」
ちょっと殴ってもいいかな?
「ポーチの中には、何が入っているの?」
「え? 櫛とか手鏡とか?」
「冒険者の荷物じゃない!」
この子は、散歩にでも行くつもりだったのだろうか?
「あのね!」
「な、なによ?」
「それじゃ、死ぬ」
「どうして?」
「じゃない! それは、死ぬ。どう頑張っても、死ぬ。百回中、百回は死ぬ!」
相手が怒ったって止めない。これは、彼女の命に関わる。彼女の命を失わせるわけにはいかない。
「回復薬は、持っているの?」
「持っていないわ。そんな物は、必要ないしね。仮に怪我したとしても、アンタが治してくれるじゃないの?」
俺は、その言葉に眉を寄せた。こいつは、冒険を舐めている。
「そうだね。でもさ」
「な、なによ?」
「俺ともし、はぐれちゃったら? 君は一人で、その旅をつづけなきゃならない。旅の中で深手を負ったとしても、自分だけで『それ』を治さなきゃならないんだ。君は、それを分かっているの?」
彼女は、その言葉に押しだまった。右手の拳も、ブルブルと震えている。どうやら、何も考えていなかったらしい。「魔術師の俺がいれば、怪我の事は考えなくてもいい」ってね。つまりは、浅い考えだったのさ。涙目で俺の顔を睨んだのも、それに苛立っていたからのかも知れない。
「アタシは、治せる」
「治せない」
「自分の傷を治せる」
「治せない! 君は、薬草の見分け方が分かるの?」
「うっ」
「自分の理想に燃えるのは、良い事だ。良い事だけど、それで死んだら意味がない。俺は、自分の仲間には死んで欲しくないんだ!」
「アンタの、ゼルデの仲間?」
「そうだよ! 君は俺の、パーティーの仲間だ。パーティーの仲間は、誰一人として死なせない。そこから追いだす事も、だから!」
ちょっと叫びすぎたかな? 彼女の顔も、真っ赤になっている。ミュシアは(なぜか)不機嫌な顔で、それを眺めているけれど。
「頼む」
「……分かったわ」
「え?」
「分かったわ! アンタの言う事を聞く」
俺は、その言葉にホッとした。ようやく分かってくれたらしい。俺は彼女の反応に微笑んだが、ミュシアから言われたこの一言だけには、どうしても納得できなかった。
「女たらし」
「はぁ?」
俺は、女たらしじゃねぇ。