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第144話 消えた悪役令嬢 7

 そんなクソ親父に殺されかけた少女は、本当の意味で不幸かも知れない。自分の身分がどんなに恵まれ、どんなに貴かろうと、アレではきっとおかしくなる。自分がこの世に生まれた事も含めて、その存在に苦しめられる。「自分はどうして、この世に生まれてしまったのだろう?」ってね、自分のすべてを否めてしまうのだ。俺が昔、自分の家族を失った時と同じように。自分のすべてを恨み、周りのすべてを恨み、世界のすべての恨んでしまうのである。


 それは、文字通りの地獄だ。そこに生まれた人間を狂わせる、言葉通りの地獄。「狂気」と「偏見」だけが渦巻く、闇。そんな闇に覆われている彼女はきっと、普通の精神ではいられない。その精神はたぶん、自分の狂気に包まれている筈だ。「この世をすべて滅ぼしてやる」と言う、狂気に。彼女は「それ」を抱いた状態で、今もすべてのモノを恨んでいるのである。

 

 俺は、その想像に暗くなってしまった。その想像には、一つの希望も感じられなかった。周りの少女達から「大丈夫?」と聞かれても、それに上手く応えられなかった。俺は憂鬱な気持ちで、仲間達の顔に目をやった。


「俺は今でも、魔物の事は許せない。俺の両親を殺した、魔物の事は。でも」


 それに応えたのは、俺の前に歩みよったワカコさんだった。彼女は今の会話に思うところがあったのか、真面目な顔で俺の目を見かえした。


「ああ言う人間も、許せない。ゼルゼルとしては?」


「うん。本当は、アイツの顔を殴りたかったけど。それをしたら、ほら? みんなにも、迷惑が掛かるしね? だから」


 ワカコさんは、その言葉に押しだまった。本当は、「ゼルゼル」の続きを言いたかったようだけど。ワカコさんはどこか悔しいような、寂しいような顔で、俺の前から離れてしまった。「ごめん」


 俺は、その言葉に首を振った。それがたとえ、彼女には「見えない」としても。そうする事でしか、彼女に自分の気持ちを表せなかった。俺は真っ暗な気持ちで、自分の足下に目を落とした。それに光を当てたのは、俺の隣に立っていたミュシアだった。ミュシアは俺の手を握ると、周りの反応を無視して、彼の顔をじっと覗きこんだ。


()()()()()()


 ああまた、この言葉だ。俺の心を救ってくれる、だいじょうぶ。女神の彼女が、人間の俺に手を差しのべる言葉。


「闇は、いつか晴れる。地平線の向こうに朝日が昇るように。彼女の無念もきっと、その光に照らされる。その命がたとえ、『潰えていた』としても。闇の隣に必ず、光の世界が立っている」


「俺は、『それ』を信じればいい?」


「信じていたからこそ、この場所まで来られた。何も信じない人は、どこにも行けない」


「そんなもん、かな?」


「そんなモノ。世の中は、悪人が思っている以上に厳しい。今は良くてもいつか、その報いがやって来る」


 ミュシアは、俺の手を放した。まるでそう、俺に「だいじょうぶ」と言うように。


「彼は、生きるべき人。生きて、その罪を償うべき人。罪を償うのは、誰かに罰せられるよりも厳しい。彼はきっと、これから大変に」


 そこに割りこんだのは、受付の少年だった。彼は何かに怯えているのか、彼自身としては否めるつもりはなくても、不安げな顔で俺達の会話を遮った。「す、すいません! それ以上は、ちょっと」


 俺は、その言葉に驚いた。彼がそんな事を言うなんて、夢にも思わなかったからである。


「何か問題が?」


「あります。今までは何とかなっていましたが、それ以上は。領主様への批判は、この町では御法度なんです。貴族への批判は、文字通りの侮辱罪になってしまいますから。厳しい罰が、与えられてしまいます。ここの罰は、他の町よりも厳しいので」


「そんな、そこまで!」


「はい。それがここの、現実です。僕達には、どうする事もできません」


「そう、なんだ。くっ!」


 本当に腐った町だよ、そこを治めている貴族達も含めて。ここは人間の業や偏見、虚栄や悪が渦巻いている町だ。そんな町にもし、生まれてしまったら? その住人はまず、まともではいられない。頭のどこかが、おかしくなってしまう。


  それに自分の人生を狂わされたヴァイン・アグラッドもたぶん、その狂気におかしくなってしまったのだ。それこそ、刃物で自分の刃物を掻ききってしまう程に。彼女は、言葉通りの被害者なのである。俺は、その事実に胸を痛めた。


「分かったよ、ごめん」


「いえ、こちらこそ。そちらに」


 一瞬の沈黙。それは、彼の戸惑いだろうか? 彼は「ニコッ」と笑って、机の隅から書類を引いた。書類の上部には、依頼の題が付けられている。


「要塞落しはいつ、やる気ですか?」


「え? う、うん、そう言う軍団が見つかり次第」


「そうですか。それなら、その」


「うん?」


「一つ、お願いしたい事があるんですが?」


 そう言って彼が俺に見せたのは、机の隅から引いてきた依頼書だった。依頼書の上部には、「魔物の土地をどうにかして欲しい」と言う題が付けられている。


「『要塞』とまではいきませんが。この町も、魔物達に捕らわれています。そこに元々住んでいた人達を追いだして、その資源を貪り食っている。今は要塞落としの流れに隠れて、その存在が忘れられていますが。これが奪われた土地である事に変わりはありません。早急の奪還が、必要です。だから」


 彼は、目の前の俺に頭を下げた。それが自分の、「受付係の限界だ」と言わんばかりに。


「無理を承知でどうか、この依頼も請けおってはくれませんか?」

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