大事件
軍が到着した時、シエラ達はカイラの側に一塊になっていた。
上から、聞き慣れた声の男が叫びながら飛んで来る。
「おーい!無事か?!」
ショーン先生…。
シエラは、飛んで来るショーンを、神を見る心地で眺めた。そうか、ショーン先生は飛べるんだ。もっと早くに決断して、城へ行くための術を教えてもらっていたら、もっと自分は動けたはずなのに。
軍人達が、もはや天井が抜けて空が見えているそこへと、瓦礫の山をもろともせずに降りて来るのが見えた。
ショーンは、いち早く到着してシエラを見て驚いた顔をした。
「お前…!お前もここへ来てたのか。」
シエラは、涙を流しながら頷いた。
「この上でみんなで勉強会を。そうしたら、いきなり轟音がして下へ落ちたんです。」
嘘ではない。
同じ地下でもこの上の階で魔法の勉強をしていたのだ。
更に地下へと入ってここへ来ただけで…。
ショーンは、サッと台座の方へと目をやった。台座は、瓦礫に埋もれて場所が定かではない状態だ。
それを見たショーンはなぜかホッとしたような顔をして、他の皆を見た。
「これだけか。他には?」
ライナンが答えた。
「瓦礫の下にまだ八人。呼び掛けたんですが応答がありません。」
ショーンは、残った六人をサッと見て、慌ててカイラに寄った。
「どけ!間に合うか…!」と、術を放ち始める。「…結構経ってるな。イライアス!来い!」
軍人に混じって瓦礫を降りて来ていたイライアスが、僅かに浮いて移動して来た。どうやら飛べないようだったが、ああするれば足元の瓦礫に阻まれることなく移動出来る。
つくづくイライアスと自分は違う、と、シエラが落ち込んでいる目の前で、イライアスは手を上げた。
「…ダメですよ、時間が経ち過ぎてる!反魂術は直後でないと…!」
どうやら、ショーンが反魂術を放ち、イライアスが傷を治す術を放っているらしい。
「…直後なら、間に合ったんですか。」
シエラが悲壮な顔をすると、ショーンは額から汗を吹き出しながら、首を振った。
「お前じゃ無理だ。慣れてないと反魂術は自分の命も持って行かれる!しかも、この傷だと治しながらでねぇとどのみちすぐ死んじまう!」
二人が必死に術を放っている間に、軍人達がやっと降りて来て言った。
「ショーン殿!ご指示を!」
ショーンは、叫んだ。
「この下にまだ八人居る!探せ!」
軍人達は、一斉に瓦礫の山に取り掛かった。
術士達が瓦礫をひとつひとつ杖の先から放つ術で取り除き、残りのもの達を助け出そうと捜索を始めた。
…これが、術士の仕事…。
シエラは、それを見つめながら思っていた。そのうちに、ジェンナが意識を取り戻して、辺りの様子を見て、叫んだ。
「どうなったの?!あの、あの男は?!」
シエラは、ジェンナが何も知らないのに慌てて言った。
「今ショーン先生がカイラを助けようとしてくれてるんだ!」
ライナンも、急いで言う。
「落ち着け!あちこち打ってるんだ、助かったのが奇跡なんだぞ!」
ジェンナは、隣で二人掛かりで術を受けている、血まみれのカイラを見た。
「カイラ!ああカイラ…!」
そちらへ行こうとするジェンナを見て、ショーンがまた叫ぶ。
「こいつらを上へ連れて行け!治療して話を聞くんだ!」
すぐに軍人達が寄って来て、ジェンナの腕を掴んだ。
「そんな!嫌よ待って!カイラの側に居るわ!やめて!」
シエラが、言った。
「お前に出来ることなんかないんだ!邪魔するな!カイラの命が懸かってるんだぞ!」
ジェンナは、言われてショックを受けたように黙り込む。
そして、シエラ達五人は、軍人達に連れられて、地上へと上がって行った。
地上へと連れて行かれる道で、兵士の背に揺られてジェンナは再び意識を失った。
地上で術士達がジェンナを治療して傷は綺麗に治ったものの、意識が戻らずそのまま神殿病院へと収容される事になった。
病院へと運ばれる車の中で、ライナンからジェンナが男と口走ったので、男が暴れているのを見た事は言った方がいい、と小さく耳打ちして来た。
なので、シエラはそれに頷き、誠二にもそれを伝えた。
ジェンナが目覚めた後の事を考えると気が重かったが、今は命が助かる事だけを願っていた。
術士達によると、ジェンナはかなりの精神的ショックから、心を閉じているのだろうとのことだったのだ。
残りの五人はかすり傷と打撲だけだったが、念のためと入院させられた。
父と母が悲壮な顔をして見舞いに来たが、二人がともかくも生きていたことに安堵して、涙を流していた。
カイラの事は、まだ誰も教えてはくれなかった。
何がどうなったのかも分からないまま、シエラは明け方、やっと病院のベッドで浅い眠りについた。
目を覚ますと、もう朝の光が差し込んで来ていた。
個室のベッドに身を起こして窓から外を見て、昨夜の事を考え込んでいると、疲れきった様子のショーンが入って来て、言った。
「…目が覚めたか。」
シエラは、途端に緊張して頷いた。
「はい。あの…カイラは?」
ショーンは、言った。
「助からなかった。」シエラがショックを受けると、ショーンは続けた。「他の八人もな。いったい何があったんでぇ。星を見るなら別の場所もあっただろうが。確かにあそこは心霊スポットとか言って若い奴らがよく行く場所らしいが、なんだってあんな場所で。」
シエラは、首を振った。
「誘われて、昨日初めて行ったんです。だから特に疑問もなくて…小学生の時からよくみんなで肝試しをした場所だったし、何もないと思っていました。」
ショーンは、息をついた。
「天体観測サークルか。」と、ショーンは脇の椅子へどっかりと座った。「で?男がなんだかジェンナは言ってたな。何を見た?」
やっぱりそれか、と、シエラは慎重に答えた。
「落ちて行った先で、黒髪の男が暴れて辺りに術を放ちまくっているのを見ました。何かに猛烈に怒っているようでした。怖くて…瓦礫は落ちて来るし。そのうちにどこかへ行ったみたいで、静かになりました。」
ショーンは、険しい顔をした。
「…そうか。」と、視線を落とした。「…まずいことになった。お前にゃわからんだろうが、かなりまずいことにな。」
シエラは、あの男が秘密を漏らすことを、このショーンも知っていて隠そうとしているのか、と、警戒した。
「…まずいことって?」
ショーンは、じっとシエラを見て、首を振った。
「お前は知らなくても良いことだ。」と、立ち上がった。「妹は意識を取り戻したぞ。だが、昨日あの場所に行ったことすら忘れてる。心を守る為に、自分で閉じたんだろうな。それほど怖かったんだろう。カイラが死んだ事は、だからまだ言ってねぇ。お前も妹に会うなら当分隠しとけよ。時間が経ってからの方がいいだろう。しばらく入院することになるだろうしな。」
シエラは、頷いた。
「オレは、退院出来るんですか。」
ショーンは、頷いた。
「お前はどこも悪かねぇ。咄嗟に身を守る術ぐらい、お前なら勝手に出るだろう。だから側の数人だけは助かった。お前がやったんだろ?」
シエラは、下を向いた。だが、カイラは救えなかった。
「…カイラも、助けようとしたのに。」
ショーンは、息をついてシエラの頭をポンポンと叩いた。
「術を知らねぇんだから仕方がねぇ。それでもカイラはまだ、救えるかも知れねぇ程度の損傷だった。他の八人は、見る影もねぇ。とても反魂なんて出来ねぇ状態だった。むしろよくやった方だ。」
シエラは、顔を上げた。
「先生!術を、術を教えてください!オレ、何も知らないから、誰も救えなかった。知ってたら、みんな死ななかったかもしれないのに…!」
みるみる溢れて来る涙を押さえる事も出来ずにいると、ショーンはため息をついた。
「ひとつひとつな。ものには順序ってのがある。魔法は諸刃の剣だ。大勢を救う事も、大勢を殺す事も出来る。お前の力は、そんな力だ。まずは心を鍛えて行かないと、ぐらぐら揺れる心では、誰を殺しちまうか分からねぇ。強くなれ。」
シエラは、コンラートが言っていた事を思い出していた。術を放つ時、、心を乱さないこと。そのまま術に反映するから波動が乱れてどこに飛ぶか分からない、と、始めに言っていたのだ。
ショーンも、今同じ事を言っているのだ。だが、コンラートは使って覚えろというタイプだったが、ショーンは先に心を鍛えてからでなければ、術を教えてはくれないのだ。
「心を鍛えるなんて…どうしたらいいのか分からないです。」
シエラが言うと、ショーンは答えた。
「少しは大人になれってことだ。イライアスが言っていただろう。人に頼る気持ちは持つんじゃねぇ。術士になるなら、自分で何とかして、尚且つ誰かを助ける力になることを考えられなきゃ無理なんでぇ。だから、イライアスはお前には無理だと突き放したんだぞ。お前の命のためだ。まずは、神殿で治癒の術を学びながら、しっかりそこを鍛えるんだ。それが出来ないと、軍の術士の訓練なんか出来ねぇ。オレが焦ったのが悪かったんでぇ。」
シエラは、ショーンに食って掛かった。
「でも!ディンダシェリアの人たちは小さい頃から術を使うんでしょう!どうしてオレ達だけそんなに警戒されるんですか!」
「もう大人になってるからだ!」ショーンは、即答した。「子供の頃から術を放って来た奴らと一緒にするな!あいつらは、時に死ぬほどの怪我を負ったり、負った友達を見たりして学んでるから危険性も限界も体で知ってる。だが、お前らはそうじゃねぇ。育ってからだと、意識的に術の限界と危険性を覚えて行くしかねぇんだ。イライアスだって、小さい頃に一度死にかけてるんだぞ!だからあいつは知ってる。お前達が術を放つ危険性をな!」
シエラは、絶句した。イライアスは、幼い頃に孤児施設から才能を認められて神殿へと移ったのだと言っていた。つまりは、幼い頃に術を習い、それを体得する過程で死ぬほどの怪我を負った経験を持っているのだ。
自分は、術が何たるかすら、まだ理解出来ていない…。
シエラは、ショーンがクルリと踵を返して出て行くのにも、何も言葉を出すことが出来なかった。
そのまま、退院を告げる看護師が入って来るまで、シエラは、茫然とベッドで座り続けたのだった。