棺の中の男
ウラノスは術を教え、言った。
『…まずはヤマトへ連れて参るが良い。解決の道が見つかるであろうぞ。』
そう言い置くと、消えて行った。
するとコンラートが、台座から降りて来て言った。
「君には刻印が刻まれているんだ。神が認めた特別な命のひとつだよ。僕と同じさ。ウラノスが付けてくれてるんだ。だから、ここに居る者達の中では、僕と君が台座に登ってウラノスを呼び出す権利があるということだよ。」
シエラは、びくびくしながらコンラートを見た。
「そんな…オレ、特別なんて思った事もないのに。双子のジェンナは?」
コンラートは、首を振った。
「彼女にはないよ。誰から生まれたとか関係ないんだ。とにかく、地上へ降りてくる前にどこに居てどう降りて来たのかが問題なだけ。ウラノスが、大切に育てている見込みのある命のひとつなんだ。」と、皆を見回した。「さあ、ウラノスから真実を知るための手段を戴いた。みんな、どうする?」
ライナンが、答えた。
「やるに決まってるじゃないか。オレ達には知る権利がある。国の実権を握るもの達が、何を隠しているのか。それでなくても親から、アレクサンドルを信仰しろと強く言われて育っていて、オレ達にはそれが正しいのか判断する術も与えられていない。そんなのはおかしい。国の大多数が騙されているとしたら、オレ達の世代で正さなければならないだろう。」
皆が皆、ライナンの言う事に同意して頷いている。
シエラも、常日頃から何か違和感があった信仰に、もしかしたら答えが見つかるかもしれないと、頷いた。
「真実は、知らなければならない。」
コンラートは、シエラが頷いたのを見て、皆に言った。
「よし!だったら、皆で唱えよう。この古代の男から、真実を聞くんだ。」
そうして、皆が一斉に剣を抜き、杖を構えた。
何も持たないシエラ達は、とりあえず手を上げた。コンラートが、言う。
「僕の杖にみんなの力を収束して放つ。みんなは僕の杖の先に意識を集中して!」
そして、一斉に今、聞いたばかりの文言を唱え始めた。
シエラも、隣に居る誠二も必死にコンラートの杖に向かって呪文を唱える。封印を、解く…!
すると、コンラートの杖が光輝いて、大きな光の玉になって集まった。
コンラートは、最後の呪文を唱えながら、杖先を棺に向けた。
途端に、杖からは光線が流れて棺に当たり、バアン!と大きな音を立てて棺の蓋は吹き飛んだ。
光が収まり、トーチの灯りの中で皆が固唾を飲んで見守る中、中からはゆっくりと、修道士が着るようなローブを身に着けた、男が起き上がって来た。
「…オレを封印するつもりか。」
相手は、低くしわがれた声で言う。長く話していなかったのが、それで分かった。
コンラートが答えた。
「違う。封印を解いたのだ。お前は女神ナディアを守っていた男だろう。」
相手は、よく見えないのか、目を細めてコンラートを見た。
「いかにもナディアを崇めてお守りするのがオレの務めぞ。だが、それが許されず…なんであったか。」男は、額に手を置いた。「記憶が混乱しておる。よく思い出せぬ。何か、男の神に囚われたような。いや待て…誰かがオレを殺そうとした。」
コンラートは、慎重に言った。
「誰ぞ?」
男は、首を振った。
「思い出せぬ。何人かの集まりであった。男神が命じていた…どうなったのだったか?」
長く封印されて記憶が混乱しているのだろう。
ライナンが、焦れて言った。
「アレクサンドルではないのか。アレクサンドルに命じられた兵士にでも封印されたのでは。」
男は、首を傾げた。
「アレクサンドル?聞いたことのある名前。何やら腹立たしい気持ちになる名よ。」
コンラートが言った。
「我が神が申すに、主はアレクサンドルが命じたもの達によってここに封じられたのだとか。アレクサンドルの何かを主が知っているからだと。主は何を知っているのか。」
男は、顔をしかめた。
「思い出せぬ。時が経てば…今は何やら頭の中がモヤモヤとしておることよ。」
コンラートは、息をついた。
「無理もない。長く封印されておったから。ゆっくりと養生するといいよ。僕の屋敷に匿おう。」
男は、頷いて立ち上がり、棺から出た。背が高く痩せた男で、その動きはギクシャクしているものの、重みがあった。
「名前は?」シエラは、ふと思って、言った。「あなたの名前はなんですか?」
相手は、答えた。
「デクス。」と言ってから、目を見開いた。「そうだ、オレはデクス。思い出した…!」
デクスと答えた男は、急に光輝いて浮き上がった。
びっくりした皆は、思わず後ろへと慌てて逃げた。コンラートだけはその場に踏みとどまって、そんなデクスを見上げている。デクスは、頭を両手で抱えるように掻き乱し、四方へ光を放ちながら叫んだ。
「おおおお!そうであった!シャルディークめ…!ああ我を封じおって…!!だが、死んではおらぬ!死んではおらぬぞ!」
コンラートが、急いで言った。
「誰に助けられた!思い出せ!誰が主の無念を晴らせられるようにここへ逃がした!」
デクスは、じっと目を見開いて虚空を睨んだ。何かが目まぐるしくデクスの頭の中で蘇っているのは、シエラにも分かった。だが、ただ怯えているしか出来なかった。だが、シャルディークとは誰だ…?アレクサンドルではないのか。
「…分かっておる!」デクスは、答えた。「分かっておるわ!偉大なるウラノスの御為に!だがオレは収まらぬ!オレを封じて滅ぼそうとしたシャルディーク…!腹が立って収まらぬのだ!」
「危ない!」
コンラートが、急いでシールドを張った。
赤い光線が、デクスの体から四方へと放たれて辺りを尽く壊して瓦礫が降り注いで来た。
「ひ!」
誠二の真上のシールドが瓦礫をガンゴンと音を立てて跳ね返しているが、それでもつい、頭を抱え込んでしまう。
「…駄目だ、もたない!みんな上へ!ここが崩れる!落ちて来るぞ、今のうちに、早く!」
コンラートは、瓦礫の雨が収まった隙を見て、皆をまだ辛うじて残っている階段へと追い立てた。皆は、初めて見る攻撃の大きな術に体が硬くなっていたが、コンラートに押されて転がるように階段へと足を動かした。
だが、混乱して錯乱したデクスは、頭を抱えて身をよじって叫んだ。
「おおおおお!!長くこんな所へ籠めおって…!この恨み、晴らさずで置くものか!!」
再び赤い光線が四方へ照射されてあちこちへ一斉に着弾した。
「きゃあああ!!」
走るシエラの背後から、誰かの悲鳴が聴こえる。だが、前を走るジェンナもカイラも、誠二もそれを振り返ることは無かった。
「落ち着くのだデクス!主が目覚めたと連中に今、知られてはならぬ!」
コンラートが叫ぶ。
すると、光はピタリと止まった。
瓦礫がバラバラと落ちて来るが、コンラートはシールドの中に入っているので無事だった。
「あああ!!」ジェンナが前で叫んだ。「駄目!崩れるわ!カイラ!」
「ジェンナ!」
シエラは、それを見た。
目の前を階段を駆け上がっていた者達が、上から崩れて来る瓦礫に飲まれてその瓦礫と共に今、上がって来た場所へと落下して行く。
前から順に崩れて来たので、先頭を行くライナンは真っ先に落下して行き、それに続いて皆、誠二も、カイラもジェンナも飲まれて行く。
「誠二!カイラ!」
助けないと。
シエラは、自分の足元も感覚が無くなるのを感じながら、必死に三人へと手を伸ばした。
その手からは、自分の思いが形になったように、光が流れて三人を掴もうと包んで行く。
それがシエラにはスローモーションのように見えたが、急に体の右側全てに強い衝撃が来て、シエラは呻いた。
どうやら、シエラは下の床に叩き付けられたようだった。
「ジェンナ!誠二!カイラ!」
それでも、痛む右足を庇いながら、シエラは必死に三人へと駆け寄った。あの高さから落ちて、まだ歩ける自分には驚いたが、今はそれどころではない。
三人は、ぐったりと気を失って瓦礫の上に倒れていた。
「ジェンナ…!」
シエラは、ぐったりとあちこちから血を流して倒れている、ジェンナを抱き起した。ジェンナは、呼吸をしていて、まだ息があるのが分かる。
ホッとしたシエラが、脇に倒れる誠二を見ると、誠二は、重そうに体を起こして、シエラを見た。
「…助かった…。あんなところから落ちたのに、シエラが助けてくれたんだな?」
シエラは、首を振った。
「必死で、自分が何をしているのか分からなかった。ただ助けたいって思っただけなんだ。呪文だって唱えてない。」
ライナンが、あちらからどこも怪我をしていないようなきびきびとした動きで、美琴という女と共に歩いて来た。瓦礫の中を何やら覗いて、険しい顔をしている。
シエラがライナンが近付いて来るのを見ながら待っていると、ライナンは言った。
「…お前らは無事か。」
シエラは、頷く。
「何とか。」そういえば、と、カイラを見た。「カイラ?」
誠二が、カイラを見ていたが、顔を上げた。
「シエラ…カイラが、息をしていない。」
まさか、とシエラは慌ててカイラに触れた。全員助けなければと思ったはずだ…それで、誠二もジェンナも無事だったのだ。
それなのに、カイラだけ…?
「カイラっ?まさかそんな…。」
カイラは、頭から大量の血を流していた。
ライナンが、美琴と共に歩いて来て、カイラの横にしゃがみ込んだ。そして、首を振った。
「…頭を打ったんだな。瓦礫と一緒に落ちたから、ここへ落ちる前に瓦礫にぶつかってそれで致命傷を負ったんだ。」と、あちこちを指した。「あっちでも五人、瓦礫に埋もれてる。気を探ったんだが、生きてる奴はいなかった。残りの三人を探して来る。お前達は、ここで居ろ。」
シエラは、茫然と瓦礫の上にしゃがみ込んだまま、動けなかった。カイラが死んだ…?そんなバカな…。
「…コンラートは?」シエラは、回りを見た。「コンラートに何とかしてもらおう!」
ライナンが、あちらへと歩いて行きながら、言った。
「どこに居るんだ?オレが落下しながら見たら、デクスを掴んでどこかへ連れて行こうとしたようだった。多分、これ以上暴れないように抑えてこの場から離そうとしたんだろう。今はここには居ない。コンラートは飛べるからな。多分、お前も術を知っていたら飛べるはずだ。」
誠二が、涙を流しながら、言った。
「お前はどうして無事だったんだ?」
ライナンは、瓦礫の隙間を覗き込みながら、答えた。
「オレは術を知っている。コンラートに一番最初から教えてもらっていたのは、オレと美琴だ。飛ぶのは無理だが、体を浮かせることぐらいなら出来る。地面へと落ちるまでに、必死に浮かせたから無事だった。途中で瓦礫に衝突されてたら、その女子と同じ運命だったがな。」
術を知らないから、助けられなかった。
シエラは、込み上げて来る涙と、必死に戦った。自分がもっと術を知っていたら、もっと早くコンラートの出会えていて、それを教わっていたら、きっとここに居る誰よりも、皆を助ける事が出来たのに。
「…駄目だ。全滅だ。」ライナンが、美琴と共に最後の一人を見つけたらしく、言ってこちらを見た。「直に誰かがやって来るだろう。これだけ崩れたんだ、外に気取られてないはずがない。それに、これだけの人数が死んだ事実は消せない。この上で勉強をしていたら、急に轟音がして床が崩れた、と言うんだ。」
誠二が、泣きながら言った。
「嘘を言うのか?」
ライナンは、首を振った。
「嘘じゃない。オレ達はここへ勉強に来た。星じゃなくて、魔法のだけどな。嘘は言わず、真実だけを言うんだ。事実を伏せるのと嘘を付くのとは違う。事実を話したら、もう魔法が学べなくなる。コンラートだってどうなるか分からない。このまま、あのウラノスと神が話していた真実すら分からなくなるんだ。ここは、オレ達は何も知らないふりをするのが一番だ。それとも、お前はオレ達以外の八人とそのカイラって子が死んだ責任を取れと言われて、取れるのか?」
誠二は、下を向いた。確かに、あのデクスの封を解いたばかりにこんなことになった。ウラノスが、封じを解いたら混乱しているかもしれない、と警告していたにも関わらず…。
シエラは、ただ涙を流してカイラの手を握り締めた。こんな所に、二人を連れて来なければ良かった。何も知らずについて来て、入り口で待たせておけば良かったのだ。ジェンナが中へ入ると言う前は、カイラは入り口で待っていようと言っていたのだ。それなのに…。
シエラは、後悔の気持ちが湧き上がって来るのを止めることが出来ず、そのまま、大きな音に気付いた軍が助けに来るまでの間、そこで涙を流してカイラを悼み続けたのだった。