最後
術の衝撃を覚悟しながら先を急ぐハンクの背後で、何かの力が発しられたのを感じた。
背後で激しい水しぶきが上がり、また術が反れたのだと思った。
だが、なぜか上から声がした。
「…何をやってるんだよ!民間人を虐殺するなんてお前らそれでも地上に生きてる命なのか!」
ハンクは、何事かと思わず上空を見た。
そこには、国王の代理だと聞いている、若いコリンが浮いて、憤怒の顔でミマサカの軍船を見下ろしていた。
「…龍雅王の従兄弟か!」
途端に、慌てふためく術士達の姿が見える。
その間に、やっとの事で岸へとたどり着いたハンクは、セレンを気遣いながら見た。
コリンは、上空から大きな気の玉をいくつもミマサカの船に着弾させ、一瞬でそれを真っ二つに叩き割った。
そして、沈み行く船から放り出されたミマサカの兵士達を、あっさりと大きな気の玉で消して行く。
水面は激しく乱れ、ミマサカの船の方からは多くの悲鳴が上がった。
…たった一人で…!
ハンクは、茫然とそれを見た。
怒り狂ったコリンは、逃げる暇も与えずに次々にミマサカの兵士達を消し去って行く。
「王様だ!王様がママの仇を取ってくれてるんだ!」
セレンが横で歓声のように叫んだ。
だが、コリンは王ではない。
それでも、王と同じ力を持っているのだ。
ハンクは、我に返ってまだ逃れて来る乗客達を引き上げようと岸から手を伸ばした。
コリンは、こちらを振り返ったかと思うと、手を上げた。
「…まとめて岸へ上げるから、後は頼むよ!」
言ったかと思うと、河の中でもがいていたもの達はぐいと空中へと持ち上げられた。
何が起こったのか分からず、大勢が空中でジタバタと手足を動かす中、コリンは手首を振った。
途端に全員が、岸へと放り投げられて、地上へ転がった。
げほげほと咳き込むもの達も居る中、ヤマトの兵士達もその中に含まれていた。
ハンクは、叫んだ。
「コリン様がいらっしゃった!兵は民を助けて、森へ!行け!」
兵士達は、体を動かそうと必死にもがいて立ち上がる。
河ではまだ、コリンがミマサカの兵士達を消しているのが見えたが、どうやらもう誰も生き残っていないのか、そのまま西へと、河を遡って飛んで行った。
…もう、大丈夫だ。
ハンクは、飛んで行くコリンの背を見送りながら、そう思った。
河には、船の残骸と大勢の民やミマサカの兵士達の物言わぬ体が、浮き沈みしながら流れて行くのが見えた。
コンラートは、激怒しながら河を遡って飛んだ。
河には沈められた船の残骸が流れていて、犠牲になった民達や、まだ溺れてもがいている民を必死に助けようと何度も飛び込む兵士達の姿が見えた。
コンラートは、ひたすらにそれらを引き揚げては岸へと放り投げながら、その中にはもう、息のないもの達がいるのに無力感に苛まれた。
民達は、コンラートの姿を見て皆、ホッとしたように表情を明るくして、歓声を上げる。
だが、自分はそんな大層な事をしているわけではない。
ただ、ウラノスから皆より多く力を与えられているだけで、これぐらいの事はコンラートには朝飯前だった。
来るのが早ければ助かった命もあるのに、民も兵士もそれを責めるような様子もなく、ただコンラートが来た事実を喜んでいるのだ。
ここへ来るまで、三つの軍船を沈めた。
民間人を運んでいる船を襲ったミマサカの船など、慈悲を与える必要などないと全て消し去って来た。
だが、それらが絶望の声を上げながら息絶えて逝くのを見ても、コンラートの気持ちは晴れなかった。
感じる命の波動は、ヤマト人であろうとミマサカ人であろうと何も変わらない。
つまりは、同じ命なのだ。
…兵士は命令に従っているだけ…。
龍雅は、以前そう言っていた。悪いのは、何も知らずに命令に従うもの達ではなく、それを命じる王や側近達なのだ。
わかってはいても、許せなかった。
兵士達が何も知らないと言うのなら、民間人はもっと何も知らないのだ。
罪もない民達が必死に逃れて行くのを、追いかけて虐殺するなど許せる事ではなかった。
そしてこんなことをさせている、栄進が心の底から憎かった。
コンラートの来襲を知らされたミマサカ軍が、占拠しようとしていたスエヒロから必死に退却するのを遠くに見ながら、コンラートはその街に降り立った。
街は戦火の跡が生々しく残り、まだあちこちが燃えていて消火すら出来ていない状態だった。
ボロボロになった兵士の一人が、コンラートに気付いて駆け寄って来た。
「コリン様!よくぞ参ってくださいました!私はこちらの駐屯兵の長官であります、悠人。もう、我らには守りきる事が出来ぬと諦め掛けていたら、急にミマサカ軍が一気に船へと駆け出して…。」
コンラートは、その兵士を見た。
「ハルト。僕が来て船を沈めて回ってるのを知ったんだろうね。あっちで三隻沈めたけど、逃げてるのは一隻だね。あっちからは四隻来たの?」
悠人は、頷く。
「はい。突然の事でありました。住民の避難を急いでおったのですが、こちらの船は迎え撃てたのはたった一隻、他は避難に使っていましたので…迎え撃った船はすぐに沈められ、三隻は他の船を追って参り、残り一隻からミマサカ兵が上陸して一気に戦闘になりました。船に乗れなかった民達は山脈の方へ逃しました。」
コンラートは、山の方を見た。確かに、多くの民達が南へ南へと進んで行くのが感じ取れた。
「…もう大丈夫だと言いたいけど、一旦は山脈に隠れていた方がいいかもしれないね。また来る可能性もあるしさ。リュウガは真ん中を守ってるから、僕はこれからまだ南の方を見てこなきゃならないんだよ。アレク大河一帯から一斉にこっちに入って来てるから、いくら僕らでも同時に守りきれないんだ。援軍も難しいし、君たちは一旦ここを捨てて民達を守って山脈に逃げて。目についた民や兵士は河から引き上げたけど、かなりの犠牲が出てるんだ。あっちも南へ逃れてるはずだから、連絡を取ってなるべく固まっててくれる?助け出す時に便利だからさ。」
悠人は、頭を下げた。
「は!では、そのように。」と、生き残っている兵士達に叫んだ。「民を探せ!ここを離れて山脈へ逃れる!皆を誘導して避難させるんだ!」
兵士達は、疲れきった様子でありながらも、命令に従って生き残っている民を探しに分散して行った。
コンラートは、力はあってもなんて無力なんだろう、と口惜しく思っていた。
誰より遠くを見渡す事が出来、誰より強く多くを助ける力を持ってはいても、広い地上を全て把握して思う通りに動かす事など出来ない。
そう、所詮自分も地上に生きる命の一つでしかない。
多くの命と助け合い、それを守りながら動かすしかないのだ。
一人では、何も出来ない。
コンラートは、それを痛感していた。
やっと、自分もこの無力な命と何も変わらない、一つの命に過ぎないと実感したのだ。
ウラノスは、自分は万能ではない、といつも言っていた。
…お前達と我は同じ。そして地上の命も同じ。
ウラノスの言っている事が、天に居た時は全く分からなかった。ウラノスは万能なのではないのか。力のある自分達は地上の命とは違うのではないのか、と。
だが、同じなのだ。力の大きさや知識の多さに違いはあれど、あれらは恐らく、覚えてはいないが自分も通った道と同じ途上にあるだけの、同じ命なのだ。
地上に生きる限り、力を合わせて生き抜いて行かねばならない。
コンラートの中で、これまであった皆との間の心の壁が、静かに崩れて行った。
一人ではない。一人で何とかするのでも、龍雅と何とかするのでもなく、地上の仲間達全てと、知識を分け合い、手を取り合って道を探して行くのだ。




