オオマキ郊外
「キャアアアア!!」
船尾の方から声が上がる。
船首へと助けた老婆を気遣って歩いていた最後尾のスコットが、振り返った。
「…術の射程圏に入った!」
スコットは、老婆に背を向けた。
「早く!乗れ!」
老婆は、急いでその背にすがり付く。
アンナは、先に母親と子供を気遣って歩いていたのだが、慌てて言った。
「子供さんを抱いて!早く船首に!」
ライリー達は、もう船首に着いてこちらを見ていた。
「威力がでかい…!恐らく力のある術士が居るんだ!」
まるで大砲の玉のような大きさの光の玉が、断続的にミマサカの軍艦から放たれていた。
恐らくあれの射程が長いので、こちらの術士は射程圏に入るまで、やられっぱなしになるようだった。
それを船首にたどり着いて振り返ったスコットは、顔を険しくして見て、言った。
「…沈むな。こちらの軍艦もあれにやられたんだろう。こっちは兵士達も術士も少ない上に、力はそこそこだ。一人あっちにあんなのが混じっていたら、こんなことになるんだ。」
ズーンと、重い一撃が船を揺らして、更に悲鳴が上がった。
船内へ向かおうとしていたもの達は、後ろから攻撃にされるのから逃れようと、急いでこちらへと駆け出し始めた。
「あいつらが来たら、何をされるか…!胴衣も着けてない!」
胴衣は、船の中央にある。
自分達は、そこからこちらへ来たので、こうして救命胴衣を身につけているが、そんな余裕のないもの達は丸腰で我先にとこちらへ走って来る。
スコットは、水面を見つめた。
「どうせ沈むんだ。さっきの一撃は船尾の下辺りに当たっていた。時間の問題だ。」
スピードは落ちて来てはいるが、それでもかなりの速さで進んでいる。
ここから飛び降りて、全員が同じ位置に着水出来るとは思えなかった。
だが、あの大量の避難民がこちらへたどり着けば、救命胴衣の争奪戦になるのは目に見えていた。
「…飛び降りよう。」
ライリーが、覚悟を決めて言う。
スコットは、頷く。
「それしかない。」と、側のマスト用のロープを手にした。「これを巻け。お互いにくくりつけて離れないように。」
「船が沈むぞ!こっちには女子供が居るんだ、胴衣を貸せ!」
走り込んで来た男が叫ぶ。
スコットは黙々とロープを結びながら、胴衣を掴んで来る男の手を思い切り振り払った。
「人数分は中央の棚に入っている!お前達が見てないんだろうが、取って来い!」
船尾では、しかしかなりの術の応酬が始まっていて、今さら戻れそうにない。
「見捨てるつもりか!子供が居るんだぞ?!」
スコットは、ライリー、麻衣子、アンナ、老婆、それに母親と子供にロープが結ばれたのを確認してから、その男を振り返った。
「先に見捨てたのはお前達だろう!こっちにも女子供が居る!なのにみんな我先に船内へ入ろうと踏みつけてたじゃねぇか!自分の家族は自分で何とかしろ!」と、老婆を小脇に抱えて、アンナの腕を掴んだ。「行くぞ、ライリー!横から飛ぶんだ!」
ライリーは、麻衣子の腰に手を回した。
「足から行くぞ。大丈夫、オレの子は強い!」
ロープで繋がった、7人は船首の横から一斉に河へと飛び込んだ。
水が冷たい。
だが、そんなことに構っている暇はなかった。
見ると、ライリーが麻衣子を腕に水面目指して上がって行く。
スコットも、老婆を腕にアンナの腕を握りしめて、力の限り早く水面へと水を蹴った。
「ぷは!」
スコットは、水面に浮かんだ皆の数を数えた。
救命胴衣に助けられ、全員がぷっかりと水面に出ていて、河の流れになす術なく流されていた。
乗っていた船は船尾から火を吹きながら、それでも見る間に遠ざかって行く。バラバラと、人が脇からスコット達のように飛び込んでいるのが遠く見えた。
茫然とそれを見送るスコット達の横を、ミマサカの軍艦が激しく術を放ちながら通り過ぎて行った。
「…岸へ!」
スコットは、ライリーに叫ぶ。ライリーは、頷いて麻衣子を引っ張って、岸へと向かった。
スコットも必死に足を動かし、救命胴衣で浮いている老婆とアンナを見ながら引っ張って行った。アンナも、それにあの母親も必死に泳ぎ、子供もけなげにばた足でそれを助けようとしていた。
やっとの事で岸へとたどり着いた7人は、ぐっしょりと重い服を背負って岸へと上がった。
ゼエゼエと息を上げて巻いたロープを外しながら河の向こうを見ると、更に後ろからミマサカの旗が付いた軍艦が来るのが見える。
「…駄目だ!急げ、休んでいる暇はないぞ!捕虜になったら…イヤ、殺されるかもしれねぇ!」
「南へ!」ライリーが、ロープを外し終えて麻衣子を背負った。「行くぞ、早く!」
母親も、急いで子供からロープを外して背負うと、歯を食いしばって駆け出した。
スコットは、老婆を背負ってアンナを見た。
「走るぞ?!大丈夫か?!」
アンナは、頷く。
「平気よ。毎日立ち通しで働いてるんだから!」
アンナは、ライリー達を追って走り出した。
スコットは、ロープを投げ捨てて老婆を背に生き残るためと必死に南へ向けて走った。
遠く、河岸には多くの人々が点々と這い上がって来ているのが、視界の端に見えた。
「駄目だ、沈むぞ…!」
ハンクは、傾いた船の上で言った。
乗客達は、今度は船室から雪崩を打って出て来ていて、必死に我先にと河へ飛び込んで行く。
救命胴衣を着ける暇もないので、皆、子供も親に抱かれてそのままの状態で河へと消えていた。
…多くの犠牲が出る。
ハンクは、それでもよろよろと進む船から、真後ろに最早大きく見えている、ミマサカの術士達を見た。
皆一様に怒りに燃えた目をしており、そこに何かの覚悟を感じ取った。
そこまで恨まれる、何があるというのだ。
ハンクは思ったが、兵士達に向けて叫んだ。
「船を捨てろ!陸へ!河に飛び込んで民達を助けて陸へ上がれ!」
ミマサカの船からは、一斉に術が降って来た。
「逃がさぬぞ!」
皆殺しにするつもりか。
ハンクは、まだ出て来る船内からの民達へと踵を返した。とにかく、全員外へ出さなければ共に沈む事になる…!
最早傾いて浸水しつつあるその船の上で、飛んで来る術を避けながら兵士達は必死に民達を河へと誘導し続けた。中には胴衣を着けている者も居たが、多くの人に掴まられて浮き沈みしている。
もう、船はほとんど河の中で崩壊しつつあった。
ハンクが飛び込んで行く皆を最後の一人まで確認していると、水面はもうすぐそこまで来ていた。
船が沈む。
ハンクは、船内に流れ込む水流に逆らうように必死に河へと飛び込んだ。
ミマサカの船は、沈んで行く船にはもう構わずに、逃げて行く河の中の人々を目掛けて術を放ち始めていた。
「助けて!沈むー!」
ハンクの数メートル前で、子供が首にしがみついている状態の女が叫んだ。
ハンクは、自身も流れに翻弄されながら、必死にそれを目指した。
しかし、術が水面に何度も着弾して来て手が届かない。
目の前で二人の頭は、どんどんと沈んでは浮きを繰り返しながら、段々に浮けなくなって来ているのがわかった。
「くそ…!民間人だぞ!」
ハンクは、闇雲に手を伸ばして二人を掴もうとした。
それでも、手は虚しく水を切るだけだった。
「ママぁー!」
子供が水に溺れながら叫ぶ。
その手が、母親の首から離れるのをまるでスローモーションのように見たハンクは、叫んだ。
「坊主!こっちだ!こっちへ来い!がんばれ!」
「セレン!」
母親が叫んで手を伸ばしている。
だが、その母親自身ももう、力はなく流されるだけだった。
ハンクは、渾身の力を込めてそのセレンという子供の肩を掴んだ。
「掴まれ!離すな!死にたくなければ、離すなよ!」
ハンクは、セレンを自分の首に掴まらせた。
近くで見ると、まだ五才ぐらいの小さな子供だった。
「ヤマト人は誰一人生かしてはおかぬ!」
ミマサカの船から声が聴こえる。
…逃げられないか…!
ハンクは思いながらも、後ろを振り返らずに降ってくる術を感じながらひたすらに岸を目指した。
「ママ!」
セレンが叫ぶ。
近くの水面に術が着弾して大きく水しぶきを上げたのが視界の端に過った。
「ママ!ママぁー!ああ!」
セレンの叫びに、何が起きたのか悟ったが、ハンクにはその母親を助けに行ける力はなかった。
…次はこちらか。
ハンクは、それでも冷静にそう思った。恐らく兵士の自分を狙っているのだろう。反れた術が、側の母親に当たったと考えられるからだ。
こやつだけは生かしてやらないと…!
辺りは、息絶えて流されて行くもの達や、逃れて泳ぐもの達が浮いて地獄のようだ。
「逃がさぬ!」
術の波動が背後から近付いて来る。
ハンクはそれでも、前を見て進むしかなかった。




