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スエヒロにて

挿絵(By みてみん)

「早く!」

スコットは、荷物を背負って必死にアンナの手を掴んで走っていた。

町は逃げ惑う人々で大混乱を呈している。

いきなりに現れたミマサカの兵士達が、国境を越えてこのスエヒロへ向けて侵攻して来たのだ。

国境警備の兵士は少ない。

なので、ここまで来るのも時間の問題だった。

スエヒロは、ヤマトでも北の端に位置するので、駐屯兵も少なかった。

その兵士達は、全て住民に東へ逃げるように叫んで、国境警備の兵士達を援護するために向かってしまった。

逃げる時を稼ぐつもりで行ったようで、守りきれるとは思っていないようだった。

…アレクサンドル様は、間に合わなかったのか。

スコットは、思いながら唇を噛んだ。

思えば、ケインがタキへ向かっていて助かったのだ。

ほんの三日前、ここへ到着した茂という男と、勝己という男が邦光からの紹介状を手に、共にタキへ行こうと言って来た。

そして、すぐにここを発ったので、恐らくもうタキにたどり着いているはずだった。

自分達はここからオオマキまで川を下り、そこからアマハラまで出て海から南へ向かおうと考えていた。

とにかくタキへ向かい、王城がある都市で守られるしか方法はない。

そう思いながらアンナと共に川港に着くと、そこは逃れようとするもの達でごった返して大変な様だった。

「切符は要らぬ!とにかく乗れるだけ乗ってオオマキへ!そこからアマハラへ抜けるのだ!」

兵士達が、何度も叫んでいる。

目の前で、大きな船が並んで待ち構えていたが、それでも詰め掛ける民達はまだまだ港に溢れていた。

「スコット!」

自分を呼ぶ声に振り返ると、隣の土産物屋の若い主であるライリーが手を振って駆け寄って来た。人並みを掻き分けてライリーに近寄ると、ライリーは息を上げて言った。

「良かった、一緒の船に乗ろう。川も使えなくなるかもしれないらしい。トウキから船で下って来たミマサカ兵も居たらしくて、途中で交戦してるんだそうだ。アマハラまで出ても安心出来ないぞ。」

スコットは、息を飲んだ。

「川が使えなくなったら、徒歩で山を越えなきゃならなくなる。」

そうなったら、アンナには無理だ。

スコットが顔色を変えていると、ライリーはその肩に手を置いた。

「大丈夫だ、まだ行ける。それよりアマハラの後だ。そこからまた船で南へ行くしかないが、どこへ行くかって事なんだよ。オレと麻衣子(まいこ)は、いっそミクニまで行くかって話してたんだけどな。」

麻衣子とは、ライリーの妻だ。

スコットは、言った。

「オレはタキにケインが居るから、そこへ身を寄せようと思ってるところだ。お前達は、ミクニに当てはあるのか?泊まる所も見つからねぇなら、一緒に行くか?嫁さんは身重だろう。」

ライリーは、自分の後ろで心細げにしている麻衣子を振り返った。

「…確かに、ミクニに知り合いは居ない。だが、タキは物価も高いし、確かに陛下は戦時体制に切り換えてくださって食い物はどこもタダで手に入るし交通はフリーだが、宿泊代がバカにならない。聞けばミクニとヤマイシ、セオリに無料宿泊所を設営してくださってるらしい。そこへ行くのが一番いいかと話し合ってな。」

スコットは、顔をしかめた。

「簡易のプレハブだぞ。オレ達も一度前の大戦の時にアマハラのそこに入ったが、冬だったからすきま風が酷かった。二階建てで上の階の子供が走り回る音がダイレクトに聞こえて来るし、ひとつの階に三つの家族が押し込められるんでぇ。難民が多かったし、しばらく我慢したが嫁さんには辛いだろう。部屋さえありゃ、オレ達が支払ってやるからお前達も一緒にタキへ来い。タキなら、陛下がお守りくださるし問題なく過ごせる。生まれそうになっても病院が近いしな。」

言われて、ライリーと麻衣子は顔を見合わせた。

麻衣子は、大きな腹を無意識に撫でながら、頷いた。

「ライリー、スコットさんに甘えましょう。もう、いつ生まれるか分からないんだもの、安穏としていられないわ。ミクニの宿泊所で産気付いても、誰も気付かないかもしれないんだもの。」

ライリーは、頷いてスコットを見た。

「本当にすまない。この借りは必ず返すから。」

スコットは、笑って首を振った。

「何を言ってるんでぇ。お互い様だ。とにかくタキへ行って、戦況を見守ろう。」

「行け!乗り込め、急げ!」

兵士の声が急かし、回りの列が一斉に動き出した。

アンナが麻衣子を気遣いながら歩き出し、スコットとライリーはその後ろから船へと向かったのだった。


スコット達を乗せた船は、無事にオオマキを越えて、アマハラへ向かっていた。

船の中では、誰も話さなかった。

これだけ多くの人数がひしめき合っているのに、全員がまるで、口を開けば敵に認識されて殺されるとばかりに、小さな子供までもがじっと黙って、ズラリと並んでところせましと詰まっている人達の間に座って口をつぐんでいた。

オオマキを越えてからは特に、トウキからの川が合流している地点を過ぎたので、ミマサカの船が襲ってくる可能性が上がり、兵士達も緊張しているようだった。

普通なら客室へ入るのだろうが、今は出来るだけ多くの人達を運ぶために、甲板にまで綺麗に整列した状態で座らされていて、兵士達だけが立って、後方を警戒して睨んでいた。

スエヒロの河港が遠ざかって行くのを見ながら、スコットはしっかりとアンナの手を握りしめていた。

…前にもこうやって、アマハラへ逃れたな。

スコットは、思っていた。あの時にはまだ、ケインは生まれたばかりの赤ん坊だった。ケインをだっこベルトでしっかりと前に抱き、まだ若いアンナの肩を抱いて、こうして船に乗っていた。

あの時は、追ってくる兵士も居らず、とにかくアマハラへ逃れてそこで戦火が収まるのを待とうと思ったものだった。

トウキからこちらへ来るミマサカ兵も居らず、兵士達もここまではピリピリしてはいなかった。

少しぐらいケインが泣いても、許してもらえそうな雰囲気だったので、スコットも眠るケインを起こさないようにとか、そこまで気遣わなくても良かったのだ。

それが、今回は遠くチカチカと魔法が飛ぶ光が垣間見えて、それが迫ってくる恐怖に子供ですら声も出せずにいる。

前の大戦の時とは、わけが違うのだ。

ライリーは、麻衣子の肩を抱いて、腹を守るように抱える麻衣子を気遣っている。

…今ここで襲われたら、船から飛び降りて陸へ泳ぎ着くのも麻衣子には難しいだろう。

そう思うと、早く、早くと気ばかりが急いて仕方がなかった。

すると、最後尾の甲板で立っていた兵士が振り返った。

「…ハンク!大輔の船が沈んだ!来るぞ!」

その場に、一気に緊張感が走る。

ハンクと呼ばれたこちらに立っていた兵士が、叫んだ。

「急げ!手の空いて居るものは全てオールで漕げ!船底へ行け!早く!」

回りに立っていた兵士達が、皆一斉に座っている人々の間を翔び抜けて船内へと駆け降りて行く。

「元々一隻しか軍艦がなかったんだ…!間に合わないぞ!援軍は来ないのか!」

ハンクが叫ぶ兵士に叫び返した。

「どこも急襲を受けてそれを迎え討っててこっちまで来られる船がないんだ!」と、甲板の人々を見た。「中へ!ここに居たら術が飛んで来て巻き込まれるぞ!術士!甲板へ来い!追い付いて来る!」

言われて見ると、遥か後方を追っていた同じような難民を乗せた船が、もうミマサカの軍艦の射程圏に入ったようで、光が何本もそちらへ飛んでいるのが見えた。

「でも!中もいっぱいで入る場所なんて…!」

ライリーが叫ぶと、わらわらと出て来た術士の一人が叫んだ。

「中へ!みんな立つように言った!少し隙間が出来てるから、とにかく早く入れ!ここに居たら狙い撃ちだぞ!」

そして、後方へと走って言った。

途端にパニックになった人々は、悲鳴を上げながら我先にと船内への入り口へと殺到した。

とても、身重の麻衣子が向かえるような状況ではなかった。

「頼む!妻が身重なんだ、妻だけでも先に入れてくれ!」

ライリーが必死に叫ぶが、誰も聞いてはいなかった。

押されて倒れて踏みつけられている、老婆までいた。

「危ない!」

スコットが、その老婆を引っ張り出して後ろへと退いた。

皆、そんなことが起こっているのに、老婆を踏みつけた者すら、自分が踏んだ事実すら分かっていないようだった。

「…スコット。」

アンナが、諦めたように弱々しく笑顔を作った。無理…そう、無理なのだ。中へ入る事は、もう出来ない。

茫然と立ち尽くして入り口の騒ぎを遠巻きに見ていると、脇に居た女性が、自分の子供に何かを着せて、穏やかに言っているのが目に入った。

「さあ、これを着たら、お船から落ちても大丈夫よ。お母さんも着るから、河へ飛び込んだら一緒に陸へ泳ぐの。もうすぐ河開きだって喜んでいたでしょう?ちょっと早いけど、お母さんと川で泳ごうね。」

子供は、それでも不安そうに言った。

「ここは流れが早いから河のプールでないと泳いじゃダメってお母さん言ったじゃないか。僕、ばた足しか出来ないのに…。」

母親は、答えた。

「平気よ。お母さんが居るでしょ?子供だけじゃダメって言っただけ。お母さんは水泳が得意なんだから。大丈夫。」

スコットは、それを聞いて自分もその救命胴衣を手にして、言った。

「そうだぞ坊主、おじさんも泳ぐのは得意だ。みんなで泳ごう。おじさんが教えてやるから。」

その子供は、スコットを見た。

「おじさんも?そっちのお兄ちゃんも?みんな?」

ライリーは、スコットの意図を察して、救命胴衣を引っ張り出した。

「そうだよ。一緒に泳ごうな。」と、麻衣子に救命胴衣を着せた。「麻衣子、大丈夫だ。むしろ船が沈んだ時の事を考えたら、船内は危ない。救命胴衣を着けて船首の方へ行こう。陸へ上がったら背負って走るし、心配するな。」

麻衣子は、覚悟を決めたのか、グッと唇を引き結ぶと、頷いた。

スコットはそれを見て自分もアンナに救命胴衣を渡して、そしてまた新たな胴衣を引っ張り出してそれを着た。

もう、無事にこのままアマハラへ行くのは無理だ。

ミマサカの軍艦の激しい攻撃に背後の船が傾いて行くのが見える。

スコットは覚悟をして、アンナの手を引いてまだ騒いでいる人々の脇を抜けて、ライリー達と一緒に船首の方へと向かったのだった。

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