戦
龍雅は、コンラートと共にトキワ郊外の上空へと到着していた。
激しくぶつかり合うヤマトとミマサカの術士達の術のチカチカという光を前に、兵士達が剣を交えてその音が合わさり、かなりの大きな音になって辺りに響き渡っていた。
一般の民達は必死に逃げ惑い、東へと移動して行くのが見える。
高く昇るとここだけでなく、アレク大河の直線上にずっとこの惨事は続いていて、とても龍雅一人では、押し返す事は無理な状況だった。
…それでも、ここだけでも撤退させぬことには。
龍雅は、その戦場に舞い降りて行こうとした。
コンラートが、言った。
「…殺さずには無理だ。もう既にこっちの兵士達だってかなり死んでるよ。突然だったからね。僕は北側へ行くけど、全部殺すから。」
龍雅は、コンラートを振り返った。
「殺さずでも押し戻せようぞ。あちらの兵士も犠牲になっておる。これ以上犠牲を増やすでない。」
コンラートは、龍雅を睨んだ。
「二人でこの範囲を殺さずなんて無理だ!サディアス、国民が殺されてるんだよ?!こっちは殺さずになんて思ってるけど、あっちは殺しに来てるんだ!甘い事を言ってちゃダメだ!どうせみんな循環に還るだけでまた生まれて来るんだから!僕は行くからね?!さっさと処理しなきゃもっと犠牲が増えるのに!落ち着いたらエイシンを捕らえに行かないと、戦が泥沼化するよ!」
コンラートはそう言い置くと、サッと身を翻して北の方へと飛んで行った。
「コンラート!」
…それでもあり得ないほど多数の命が、己の放った術で絶望の叫びを上げて命尽きるのを聞いたことはあるまい。
龍雅は、あの時に聞いたその声が忘れられなかった。
自分のせいで散って行った命を、忘れる事など出来ようはずはないのに。
龍雅は思いながら、悲痛な思いで戦場へと降りて行った。
ショーンは、降りて行った先で必死に両方の兵士達を引き離そうと術を放った。
引き離した側からどんどんと気の障壁を作って行き、両方の軍が交わらないようにするのが目的だ。
それでも、その障壁の脇からお互いにまた戦い始めるので、イタチごっこのようなものだった。
長く障壁を作り続けるのは、ショーンの力では到底無理で、アレク大河の長さが恨めしかった。
…ケンカするならいっそ国境でパワーベルトのように分断しちまった方がいいんじゃないか。
ショーンはそう思うのだが、そんな力もショーンにはなかった。
どっちに肩入れすることも出来ず、このままでは結局犠牲になる人々を見ているしか出来ない。
ショーンは、やり方を変えて倒れた兵士達を、とにかく治療して助けて行こうと、自分に出来る事から始めた。
どちらの軍の制服も着ていないショーンは目立ったが、しかし負傷した兵士達を片っ端から脇へと避けては治療する姿に、誰も手を出しては来なかった。
手を出そうにも、お互いの敵が多過ぎて、そこまで手が回っていないというのが本音だろう。
それでも、治療された兵士は再び戦いに戻ろうとするので、ショーンは皆、一様に眠った状態に保った。
見る間にそこは、ミマサカとヤマトの兵士が分け隔てなく眠る場所へと変容して行った。
「ショーン殿?!」聞き覚えのある声が、驚いたように言う。「ショーン殿では?!」
ショーンは、振り返った。ミマサカの制服…知っている顔だ。確か、カーティスといった。
そのカーティスは、後ろに数人の兵士を引き連れて、戦闘の合間を縫ってこちらへやって来たらしい。
「…カーティスか?」
相手は頷く。
「なぜにここに!ヤマトに手を貸しておられるか。」
ショーンは、剣を構える相手に、うんざりしたように手を振った。
「やめておけ。お前はオレには敵わねぇよ。それに、オレはどっちの味方でもねぇ。死んで行こうとしているもの達を放って置けないから治療しているだけだ。お前こそ、ヤマトに攻め込むなんて何をしてるんでぇ。戦なんかしても良いことはねぇ。みんな死ぬんだぞ。」
カーティスは、寝かされているもの達を見た。確かに、ミマサカとヤマトの兵士が半々ぐらいで横たわっている。
「…我らは我が神の神殿を襲ったもの達を討つために来ました。こちらからの宣戦布告に応じただけです。」
ショーンは、息をついた。そうか、神殿を崩したのはやはり間違いだったわけか。
「…政府の言うことを何でも鵜呑みにするんじゃねぇよ。とはいえ、お前達のせいじゃねえ。ただ意味がないと言っているだけだ。」
カーティスは、顔をしかめた。ただの一兵士であるカーティスに、国の何某かなど分かるはずもない。
「…キレは制圧しておりまする。ミマサカの兵士は、そちらへ運びます。」
ショーンは、ふんと鼻を鳴らした。
「好きにしろ。ただ、オレが治療したもの達は戦が終わらなきゃ目を覚まさねぇぞ。オレがそうしているからな。戦力にはならねぇ。国へ連れて帰った方がいいんじゃねぇか。」
カーティスはショーンを睨んだが、背後の兵士に合図した。
「…我らが国へ帰るのは、ヤマトの王を討ち取ってからだ。その覚悟でこちらへ来た。」
ショーンが黙っていると、兵士達は自分の仲間を次々に背負い、歩き出す。
ショーンは、どうにもならない事に心の底から憤っていたが、王でも何でもない自分には、何も出来る事はなかった。
自分は、一介の力がある術士でしかない。
ショーンは、抗いようのない流れに打ち拉がれた。
キレは、ヤマトの中心部から南西に位置する人口100万の都市だった。
突然にやって来たミマサカの兵士達に少人数の駐屯兵では太刀打ち出来るはずもなく、あっさりと陥落して今はミマサカの兵士達が町を、残ったヤマトの兵士を探して闊歩する状態に成り果てていた。
タキから来た兵士達は、まだ侵攻しようとするミマサカの兵士達を抑えようと、キレの外で戦っている最中でまだここまでは来ていない。
しかし、一度陥落してしまった街を取り返すのは、至難の技だった。
それよりも、カワヒガシやタニマチへと逃れて来た住民たちを守るため、それ以上東へと侵攻出来ないように食い止めるしか、今は方法はない。
王が居れば簡単に取り返してくれるだろうが、今は兵士が多くなだれ込んでいるメグミの郊外へと飛んでいて、こちらには来ていなかった。
「せめて、コリン様が来てくだされば…!」
カワヒガシの外で警備に立っている、兵士の一人が言った。すると、もう一人が首を振った。
「無理だ、ダリル。さっき北の方はどうかってスエヒロのディールに通信したら、あっちは陸続きだからかなりの数がなだれ込んで来ていて、コリン様はそちらを抑えに行っていらっしゃるらしい。スエヒロは今、キレの二の舞にならないように必死に攻防している最中みたいだ。背後に激しい戦闘の音が聞こえていた。」
ここより酷いのか。
ダリルは、身を震わせた。
「…どうして急にこんな。あちらが我が王を捕らえていたからこんなことに…!それで、メニクはどうした?キレから逃れて来たんだろう、貫太。」
貫太と呼ばれた相手は、悲し気に首を振った。
「駄目だった。急いで術士達が治療したが、出血が多くて回復できなかったんだ。オレ達も、心して掛からないとな。」
ダリルは、歯ぎしりした。
「…メニクは結婚したばっかりだったのに!ミマサカの奴ら、絶対に許さないぞ!ここへ来たら皆殺しにしてやる!」
貫太は、頷いて遠く戦場の音を微かに聞きながら、そちらを睨んだ。
「そうだ、許さない。陛下が温情を持って栄進を生かして世話しておいでだったのに、そのご恩をこのような形で裏切るとは!絶対に、栄進を討ち取ってメニク達、死んで行った仲間の無念を晴らしてみせる!」
ダリルは、剣を握りしめた。
「…この部隊も、出るか。将軍は?」
貫太は首を振った。
「今、あちらの状況の確認に行っておられる。だが、あの様子だと早々に突入することになるだろうな。」
視線の先には、遠く戦場の喧騒が見えている。
兵士達は、何が何でもこれ以上侵攻されないために、命を捨てて戦う覚悟でそれを睨み付けていた。




