大戦
ヤマト側から、高く昇って地上を見下ろすと、ミマサカの軍隊はアレク大河をズラリと横に並び、一斉にこちらへ向かって進軍していた。
国境は河の中央だが、そこは油断していたこちらの軍隊を軽々沈めて、もうヤマトへ上陸しつつあった。
南北に長くこちらの軍隊も出てきて応戦しているが、何の構えもなかったこちらは圧倒的に不利だった。
まだ軍が間に合っていない地域もあって、そちらはもう、占拠それつつあった。
「これでは犠牲は免れまい。」シャデルが、暗い表情で言った。「こちらの歴史は読んだが、先の大戦では、メグミから出て真っ直ぐにタキを目指していた軍隊だけだった。そこをサディアスが押さえて終いであったが、此度は違う。いくらサディアスでも、この規模を一人では無理であろう。簡単には戦は終わらぬ。」
隣に浮いた、ショーンも深刻な顔をした。
「いくら内政不干渉でも…これを放って帰るんですか?」
足元の遥か下では、こちらに気付く暇もない兵士達が、必死にお互いの国のために命を懸けてぶつかり合っている。
今龍雅は、一番なだれ込んだ兵士の多いメグミ対岸辺りに向かっていて、こちらにまでまだ手が回っていない状態なのだ。
シャデルは、首を振った。
「手は出せぬ。我は国を背負っておる。我が手を下すことで、我が民達も、己の土地から遠く離れたこの地を守るために、命を懸けて戦うことになってしまうのだ。我には守る民がある。ここは、サディアスの土地なのだ。あれが努めるよりないのよ。」
必死に戦う兵士達の姿に、ショーンは歯を食いしばっていたが、言った。
「…ならば、陛下はお帰りください。」シャデルが驚いていると、ショーンは降下して行きながら言う。「オレは国を背負っていない。アーロン陛下は、オレを切り捨てたら済むんです。ミマサカもヤマトも、どちらの兵士も死なせたくない。オレは、行きます。」
シャデルは、慌てて言った。
「待て!ショーン、主一人で何が出来るのだ!」
しかし、ショーンは見る間に兵士達の方へと降りて行って、見えなくなった。
シャデルは、自由の利かない自分の立場に歯ぎしりした。王でさえなければ、自分とて目の前の命を助けるために、力を使うことも厭わないのに…!
だが、シャデルには自国の国民を巻き込む事は絶対に出来なかった。
なので去ったショーンが気になったが、どうにも出来ずに仕方なく、サラデーナを目指して一人、飛んで行ったのだった。
アレクサンドルは、その頃メクのグーラ達に連れられて、一旦ダッカに飛んでいた。
そこには、グーラと人が共存する村があるらしい。
ダクロスという戦闘民族のことは、アレクサンドルもシャデルから聞いて知っていた。
メレグロスという長が治めている場所で、メレグロスはサイールとは友であり、軍の召集があればいつでも首都へと参じる、ライアディータの将軍の地位にある男なのだと聞いた。
やはり礼儀は通さねばということで、メレグロスにサイールへと連絡を入れてもらおうと思ったのだ。
ダッカ上空へと到着し、そこへ舞い降りると、大柄の初老の男が出迎えてくれた。
「…お?アトラスかと思うたらマルスか。また誰を連れて来たのよ。」
メレグロスがうんざりしたような顔をする。
マルスは、人型へと変化して答えた。
「兄上がこれらを連れて参れと申して。」と、アレクサンドル達を振り返った。「アレクサンドルと、シマネキヅキの術士と兵士ぞ。」
メレグロスは、目を丸くした。
「なんとの、アレクサンドルか。聞いておる。会うのは初めてであるな。」
アレクサンドルは、軽く頭を下げた。
「メレグロス殿。シャデルの元に参りたいのだが、この土地を通らせてもらうゆえ、アーロン王に連絡を入れてもらいたいと思うての。」
メレグロスは、苦笑した。
「主なら通っておっても陛下は気になさらないだろうが、確かにの。」と、邦光達を見た。「で、もしかしてヤマトの術士達では?」
アレクサンドルは、驚いた顔をする。
「なぜに知っておる。」
自分が居るのは、ミマサカの方だと伝わっているはずなのに。
メレグロスは、手を振った。
「デクスが来たからぞ。だが、聞いておったのとは違うやたらと白い男で、クラトスに連れられてここへ来た。あちらはリーリンシアに渡ってこちらへ来たのだ。」
邦光が、目を輝かせた。
「おお!では、あれらも無事にこちらへ?」
メレグロスは、頷いた。
「参った。その後シャーキス達にサラデーナまで送らせて、つい一昨日帰って参ったところ。無事にシャデルに会って、すぐにミマサカへ向かったらしい。シャーキス達が言うには、休みなくデルタミクシアまで運んで、そこで降ろしたのだと。なので、恐らくはあやつらはもう、あちらに入っておるな。」
アレクサンドルと、邦光は顔を見合わせた。
「…では、シャデルは今、城には居らぬと。」
メレグロスは、頷く。
「居らぬだろうの。シャーキスが言うには、リュウガ王の封印が、何重にもなっていてそれがじわじわと締め付けて命が危ういのだとかで。術士達が未熟で、皆で1つではなく、個々人で術を掛けた格好になっておるのだと聞いた。なので急いでおったらしい。」
克重が、不安な顔をした。
「そのような…陛下はご無事なのだろうか。」
アレクサンドルは、眉を寄せて答えた。
「ゆっくりしておったのが間違いであった。あの時は我も急いでおったので、あれらの術をじっと探ることなく上から保護して術を放ったゆえ…。ならば、我の術を破れるのは、シャデル以外に居るまい。だから参ったのだろう。」
メレグロスは、頷いた。
「そう聞いておる。ならば、ここで待つがよい。あやつらが戻るまでここに滞在し、その後シャデルに状況を聞けば良かろう。アーロン陛下には、こちらに主らが滞在しておることをお知らせしておくゆえ。」と、足を村へと向けた。「マルス、セリウス、主らはどうする?クラトスはまだ滞在しておるし、主らも挨拶して行くか?」
二人は、顔を見合わせてから、頷く。
「参る。久方ぶりであるしな。」
そうして、アレクサンドル達は、ダッカの村の中へと歩いて行った。
その頃、デクスとシエラ、それに義朋、寿康、アーサー、ゴードン、そして誠二、美琴、ライナンの九人は、一路ダッカを目指して歩いていた。
アレクシアから、手厚いもてなしを受けてゆっくりと体を休めたので、今日は美琴も元気でゴードンに気遣われながら最後尾を歩いている。
湿地帯が続いて足元が悪かったが、この辺りには魔物はいないようだった。
近くに湖があるのが見えたが、静かなものだった。
それでも、デクスは言った。
「あまり湖には近付かぬ方が良いのだ。滅多に襲っては来ぬのだが、大きな水龍のような魔物が居ての。」
シエラは、身を震わせた。水龍?!
「え、ここにも魔物が?」
デクスは、頷く。
「ディンダシェリア大陸は山脈で二つに分断されており、山脈の向こうはリーマサンデ。こちらはライアディータという。リーマサンデには魔物は居らぬ。なぜだか分かるか?」
ライナンが答えた。
「学校で習ったよ。命の気が少ないからだよな?」
デクスは、頷いた。
「そうなのだ。デルタミクシアからの気は、全てバルクの近くの神殿の地下へと向かって流れておる。その流れを作ったのは、シャルディークとして生きていた、太古の昔のシャデルよ。そのお陰でこちらの命の気は安定し、魔法が使えるだけの命の気が供給されておるのだ。魔物もその恩恵に預かるために、ライアディータに集中しておるのだ。リーマサンデの市民には、そもそも命の気が濃すぎて害になるらしくて、あちらにはあちらの生活があるのだな。ちなみに、このディンダシェリア大陸の対岸にある、シャデルが住むアーシャンテンダ大陸は、命の気がもっと濃いので、今度はライアディータの市民には害になるので長く滞在することが出来ぬ。土地によって、それぞれなのだ。」
シエラは、感心したように言った。
「デクスの生きていた頃って、まだアーシャンテンダ大陸は発見されてなかったんだろう?よく知ってるね。」
デクスは、苦笑した。
「コンラートからザッといろいろ教わったのだ。我が封じられてから後に起こった事をいろいろとの。アーシャンテンダとディンダシェリアが繋がった時には、あちらの濃い命の気がこちらへダダ漏れでしばらく大陸の西側は人が住めなかったらしいぞ。それを、ショーン達がシャデルと共にこちらと同じ循環システムを作って、何とかこちらへの侵食を食い止めたのだとか。」
義朋は、少し顔をしかめた。
「そういえば、あの地に行くと体を命の気に押し付けられるような強い圧力を感じましたが、気のせいではなかったのですね。」
デクスは、それを聞いて眉を寄せた。
「誠か。なぜに言わぬのよ。我らは感じぬから特に何もせずとも良いが、体が合わぬ者は長くそれに晒されると魔物に変化してしまうのだ。」
それには、シエラも義朋も、寿康もアーサーもゴードンも仰天した顔をした。
「え、魔物に?!」
シエラが言うと、デクスは深刻な顔をした。
「そう。まだらな緑と茶色のつるりとした頭の魔物らしい。急いで出て来て良かったことよ、主ら、これからは異常を感じたらすぐに申すのだぞ。変化してしもうたら、シャルディークにすらどうにも出来ぬのだからの。」
義朋は、ブルルと身震いする。そんなことは、考えてもいなかったらしい。
シエラは、言った。
「…やっぱり違う大陸に来たらいろいろあるんだな。気を付けないと。」
デクスは、神妙な顔で頷く。
「誠にの。我らがなんともないからと、こやつらもそうであるとは思わずに確認を怠らぬようにしようと思う。気付かず悪かったの。やはりその大陸大陸で微妙に違う進化をしておるのだから、気を付けねば。シマネキヅキの民にも、アーシャンテンダの気は強すぎる。覚えておこう。」
そうして、黙々とダッカを目指して歩き続けた。




