遺跡の地下
コンラートが中心になって回復術の呪文を唱えると、足元に大きな魔法陣が現れてすぐに全員が回復した。
シエラには分からなかったが、誠二は確かに楽になった、と言っていた。
やはり消耗していたのは本当らしい。
それから、コンラートは言った。
「じゃあ、みんなでこれより更に地下に行こう。ここから降りて奥へ進むと、この国がいったい何を隠しているのか、それが見られる場所があるよ。」
綺麗な黒髪の女が言った。
「それって、確か危ないから近付くなって言っていた場所よね?良いの?」
コンラートは、頷いた。
「今の君たちなら大丈夫だ。ただ、ここの地下は崩れてて山脈の方と地下の空洞で繋がってるから、魔物も迷い込んでるかもしれないよ。どうする?」
皆は、顔を見合せる。術は習って来たが、まだ実際に戦いに使った事はないからだ。
しかし、大雅が言った。
「今のオレ達なら問題ない。これだけの人数が居るんだぞ?コンラートだって居る。お前だって実践してみたいって言ってたじゃねぇか、美琴。」
美琴と呼ばれた女は、仕方なく頷いた。
「確かにそうだけど…。」
こちらに立っていた男が、言った。
「政府が何を隠しているのか知る権利がオレ達にはある。これからこの国を背負って立つつもりだからこうやって術だって習っているんだ。行くべきだ。」
しっかりとした雰囲気で、ガッツリとした体の黒髪の男だった。
コンラートは、その男に苦笑した。
「君は城へ就職が決まってるもんね、ライナン。どのみち知る事にはなるんだろうけど、確かにみんな知る権利はあるよね。」と、皆を見回した。「行きたい人だけ行く事にしよう。行かない人はこれで解散。帰っていいよ。」
シエラは迷った。
まだフォトンと風の魔法の二つしか知らないが、魔物が出たらどうしよう。
だが、誰一人として帰ろうとはしなかった。
それに、コンラートの瞳が試すように自分を見ているのも気にかかる。
なので、シエラは頷いた。
「行くなら早く行こう。あんまり遅くなったら、怪しまれるしね。」
コンラートは、シエラがそう言うのに、満足げに頷いた。
「じゃあ、行こう。トーチを忘れないで。暗いからね。」
そうして、そこを明るくするために壁に配置されていたトーチをそれぞれ回収し、コンラートを先頭に、更に地下へと続く階段を降りて、何かがある場所へと向かって行った。
そこは、まただだっ広い場所だった。
確かにあちこち壁が崩れてはいたが、それでも昔の面影は残していて、大きなホールのような空港だった。
奥へと進むにつれて、正面の天井の高い場所へと近付いて行き、そこに大きな立像が立っているのが見えた。
その立像は、いつもシエラ達が神殿で見るアレクサンドルの姿とは、また違うようだった。
「…ここは、古代に別の神を信仰していた場所らしいよ。」コンラートは、その立像の前にある台座に近付きながら言った。「文字はディンダシェリアの物で、僕には読めた。かなり古代の物でね、アレクサンドルより更に上の立場の神、ウラノスを祀ってあるんだって。でも、アレクサンドル信仰でここは廃れたみたい。ウラノスは、滅多に姿を現さない神だったから。人って目に見える分かりやすいものを信じるんだよね。ウラノスは、資格のある者の前にしか現れないけど、アレクサンドルは修道士なら誰でも台座に来れば出て来てたんでしょ?僕が思うに、それじゃあ人は育たないよ。アレクサンドルも、それに気付いたから出て来なくなったんじゃないかって、僕は思うけどな。」
シエラは、その立像を見上げて何やら懐かしいような、恐れているような感覚を覚えた。父親に会ったような気持ちになる…しかも、かなり厳格な父親に。
皆がそれを見上げていると、コンラートは言った。
「で、その脇なんだけど。」と、脇に何か蛍が舞っているようにか細い光が飛び回る石の箱のような物があるのを、指差した。「それが、政府が封じている何かだよ。これを隠したいから、封じて誰も入れないようにしてあるんだ。」
皆の目が、一斉にその箱に向いた。
まるで棺のようなその箱に、コンラートは歩み寄った。
「文字はやっぱりディンダシェリアの古代語だ。ウラノスを信仰していた敬虔な修道士の男で、ウラノスから遣わされた女神アディアを守っていたんだって。でも、こちらへその女神を連れて来ようとして、アレクサンドルに封じられてしまった。アディアは正しくて美しい女神だったから、どうやらお株を奪われると案じたアレクサンドルが、自分の覇権を守るためにやったようだ。アレクサンドルの秘密を、女神に知られていてそれを広められるのを恐れたみたい。それを知られたら、みんなそっぽを向いてしまうような秘密だったみたい。アレクサンドルの神殿のもの達だって、それじゃあ自分達の立場が無くなるから、どうやら隠そうと必死みたいだけど、この修道士が出て来たら全てが明るみに出てしまうんだよ。」
ライナンが、言った。
「どうして君がそれを?ここにそんなことまで刻まれているのか?」
コンラートは、ライナンを見て笑った。
「さすがに鋭いね、ライナン。違うよ、僕は聞いたんだ。」と、台座に向かった。「ここで、ウラノスを呼び出してね。僕には命に、刻印があるんだ。」
全員が息を飲むのを後目に、コンラートが台座に上がる。
すると、それまでトーチの灯り以外では真っ暗だったそこが、いきなり上から降ってきた真っ直ぐな光に照らされて、パアッと明るくなった。
いきなりの光に皆が目を細めていると、その辺光の中に、人型が現れた。
『命に刻印があるコンラート。我に何か問う事があるか。』
その人型は、光の中に浮いてこちらを見下ろしている。
…神だ…!!
シエラは、その神々しい姿に目を見開いて棒立ちになり、呆けたように見上げた。
それは他のもの達も同じで、全員がそうしてそこに立っている。
ジェンナが、涙を流した。
「ああ…神様だわ…!」
カイラも、同じように涙を流していたが、言葉が出ないようだ。
コンラートは、言った。
「ここに居る、真実を知りたいもの達のためにこちらへ来ました、ウラノスよ。」
ウラノスは、頷いた。
『我を信仰するもの達か。ならば答えよう。申せ。』
ライナンが、ハッと我に返って言った。
「真実とは、なんでしょうか。」
ウラノスは、首を振った。
『それは主らが地上で行なっていることの結果であるから、我の口から申すことは出来ぬ。主らが同じ地上に生きる人の中から知る者を探し、それを得るが良い。』
ライナンは、食い下がった。
「ではこちらに封じられている男を、どうしたら出す事が出来ますか。」
シエラは、え、と思った。そうだ、確かに男が出る事が出来たなら、全ての真実が語られるだろう。
ウラノスは答えた。
『…ここに居るもの達全ての力を合わせて放てば封は解けよう。しかし男は混乱しておる。封じられた当時の記憶しかないゆえに、主らが己を封じた男達なのだと思って何も言わぬかもしれぬぞ。』
男の中ではまだ古代のままで、息を吹き返してても回りの状況がすぐには理解できないということなのだ。
コンラートは言った。
「すぐには無理でも、話せば理解出来るでしょう。我らが味方だと分かれば、彼は我らに真実を話すでしょう。」
ウラノスは、頷いた。
『主ら次第であろうな。今も申したように我からは地上のことに干渉は出来ぬゆえ、その真実を話す事は出来ぬが、そやつが話す事は出来る。主らが願うなら、術を教えよう。』
コンラートは言った。
「ではウラノスよ、我らに封印を解く術をお教えください。」
シエラが固唾を飲んでそれを見守っていると、ウラノスはシエラを見てフッと微笑んだ。それがあまりにも優しげで、まるで父親のようなのにシエラが驚いていると、ウラノスは言った。
『ここに居る全ての刻印を持つ者、コンラート、シエラよ。主らの望み、叶えよう。』
誠二もカイラもジェンナも、仰天してシエラを見る。
シエラ自身も、驚いて身動き出来ずにいた。