手立て
コンラートは、階段を上がりながら、考えていた。
明正にはああ言ったものの、アレクサンドルの封じが自分に解けない以上、リーマスを説得して術を引き取らせたところで、他の三人の術も引き取らせないと意味はない。
それに、さっきから術が危うい。
この、姿を変える術というのは、かなりの力を使う術だった。それを引っ切り無しに体にかけているので、ずっと力を使い続けている状態だった。
シエラの姿になっていて、そこからまたイライアスになって数時間、そろそろ半日以上になろうとしている。
シエラの時は、髪も目の色も同じだったので、形さえ変えたら良かったので、少しはマシだった。
しかし、今のイライアスは、体つきも大きめだし、髪は黒く、目も鳶色だ。目の色を変えるのがまた、かなりの力を使うので、術が切れて来た時、真っ先にそこへ出てしまうのが難点だった。
コンラートは、瞼に触れた。もう、そろそろまずいかもしれない…いくら自分でも、この姿をもう長くは維持できないだろう。
ふと、階段の出口近くへと差し掛かった時、声が聞こえた。それは、コンラートの聴覚でじっと注意深く聞いて、やっと聞き取れる位置からの声だった。
コンラートは、立ち止ってその声に注意深く聞き入った。これは…基明の声だ。
「陛下のご命令だ。このままでは、どちらにしろ龍雅王は死ぬ。その時矛先が陛下に向かうようではならぬのだ。戦になる。術士達にその責を負わせて、殺せばこちらの罪はない。全ては、お前達術士がやった事だ。」
リーマスの声が、悲壮な色を帯びながら言った。
「そのような!皆、陛下に忠実にお仕えしておるだけでありまする!あれらを殺しても、コリンという男もアレクサンドル様も、命じているあなた様を見ておるのではありませんか。術士の独断では無い事が、バレてしまいまする!」
基明の声は、面倒そうに言った。
「うるさい!あの混乱の最中に、兵士一人一人の顔など覚えておらぬわ!お前も、せっかくこんな時のためにと友好関係を築いていたディンダシェリアの術士に、手を掛けた罪は消えておらぬぞ。しかも、逃げられおって!今頃あちらは、こちらに援軍を送る事など考えてはおらぬぞ。もしかしたら、攻めようと思っているかもしれぬ!お前はその責任を取る必要があるのだ!」
…まずい、あいつを殺されたら…!
コンラートは、慌てて残りの階段を駆け上がって、階段上のホールへと躍り出た。
そこには、基明とリーマスの二人だけが居て、こちらに背を向けたリーマスの背中から、基明の右腕が突き出している状態で固まっていた。
「…基明!」
コンラートが、術を放つ。
基明は、ハッとして急いでリーマスから腕を引き抜くと、サッとコンラートからの術を回避した。
その間に、コンラートは急いで床へとくずおれたリーマスに駆け寄った。
「リーマス?!」
リーマスは、口の端から血を垂れ流しながら、もう見えているかどうかも分からない目でコンラートを見ながら、言った。
「イライアス…お前は正しかった。逃げよ。我は、神に申し開きをしに参る…。」
臓器が幾つか潰されている。
コンラートは、一瞬でそれを見極めて、これは治療は無理だと諦めた。そして、急いで言った。
「リーマス、術を引き取れ!せめて神に言い訳が出来るように、最後に術を引き取って行くんだ!」
リーマスは頷いて、震える手を上げた。それを基明が術を放って阻止しようとした。
「させるか!」
コンラートは、かなり体に無理が来ていたが、それをシールドを作って跳ね返す。
そのシールドの下、リーマスは確かに、術を引き取ったようだった。
「…終わっ…た…。」
リーマスは、最後にそう言い置いて、息を引き取った。
コンラートは、キッと基明を睨む。基明は、その顔を見て、ぎょっとした顔をした。
「…なんだ?!何の術だ、何をするつもりでいる!?」
コンラートは、自分の瞳が元の青色に戻っているのを感じた。恐らくは、段々に形が崩れて来るはずだ。だが、この男の前なら別にどうなっても構わない。どうせ殺す。
「…やってくれたね。あいつらを殺させやしないよ。なぜなら、僕だって殺さなかったんだからさ。」
今この状態で術を使う。という事は、他に力を回せなくなる。
コンラートの姿は、見る見るイライアスからコンラート本来の姿へと変化して行った。
基明は、目を見開きながら、手を構えた。
「お前…!お前は…!!」
基明は、コンラートの顔を見て震え上がった。これは、あの時に逃がしたコリンでは…!!
「死ぬといい。」コンラートは、驚くほど静かな声で言った。「あっちでいろんな命が恨みを言うために待ってるよ。神に見放されてなければ良いね。」
コンラートは、力を放った。
「うあああああ!!」
基明は、それに対抗することは諦めて横っ飛びに転がると、一目散に階段を駆け下り始めた。
明正!
コンラートは、急いでその後を追って走った。
これだけ騒いでいるのにも関わらず、表に居るはずの術士達や兵士達は、全くこちらへ入ってくる様子はない。
術士達を殺すために、人払いでもしていたのだろう。それが裏目に出ているのだ。
コンラートの体は物凄い勢いで命の気を地から吸い上げていたが、それでもまだ、飛ぶだけの力が回復してはいなかった。
コンラートは、それでも基明の後を追って、階段を駆け降りて行った。
地下では、術士達が明正の所に集まって、深刻な顔をしていた。
今この時に、いったい自分達に何が出来るのかと話し合っていたのだ。
幼い頃から神殿で育ち、神は絶対と教わって育った彼らには、神に逆らう事が何よりの罪だという気持ちが拭えず、今の状況に耐えられなくなって来ていたのだ。
そこへ、イライアスが消えた階段の上で、何やら大きな物音がした。
何事かと上を見上げると、右腕を血に染めた基明が、転がるように駆け降りて来た。
「明正!殺せ、早く!」
明正は、いきなりのことに面食らいながら、杖を上げた。
「なんの事ですかっ?」
基明は、飛び込むように明正達の後ろへと回り込んだ。
訳が分からず動揺していると、階段から物凄い勢いで金髪の男が駆け降りて来た。
「え…!誰だ?!」
明正は、仲間達と共に杖を向けた。基明が、後ろから言う。
「ヤマトの王代理だ!ここから逃れて行ったあやつぞ!リーマスを殺した!」
ヤマトのコリンがまた龍雅王を取り返しに来たのか!
「リーマス司祭を…!イライアスは?!」
基明は、答えた。
「そやつがイライアスぞ!化けていたのだ!」
全員が、驚愕の表情でコンラートを見る。
コンラートは、言った。
「どいて。そいつはリーマスを殺したんだよ。エイシンは君達にリュウガを捕らえた罪を着せて、自分は逃れるつもりだ。そいつはお前達を殺しに来たんだ。」
明正は、杖を向けたまま言った。
「基明殿は我らの上司で、そのような事を許されるはずはない!イライアスのふりをして、司祭を殺したのか!」
コンラートは、首を振った。
「だったらなんで僕は君たちを殺さなかったのさ。僕の力は聞いてるでしょ?リュウガが僕を跡目にしたのはなんでだと思う?僕がその気になれば、君達は声を上げる暇もないほど一瞬で死んでたよ。その後ゆっくり封印を解く方法を考えたらいいじゃないか。」
明正も他の術士達も、躊躇って顔を見合わせた。言われてみたらそうなのだ。簡単に殺せたはず…イライアスだと、信じて疑わなかったのだから。
「…イライアスはどこだ?」
コンラートは、答えた。
「もう、ここには居ないよ。言ったでしょ?神に逆らう事が何よりの罪なんだって。イライアスはそれに気付いて去ったんだ。このローブは、イライアスの物だよ。僕に、戦を止めて欲しいのさ。」
確かに姿はコリンだが、ローブはイライアスの物だ。
詰襟に刻まれたイライアスという金色の刺繍と、階級を表すバッジは紛れもなくイライアスの物。
コンラートは、イライラとして言った。
「さ、どいて。そいつは殺す。エイシンにも死んでもらうよ。君達は生きて自分の行いを償う時間を与えてやろうとしているんだ。僕やリュウガがなんでこんな大きな力を持ってるんだと思うの?僕達は神に選ばれた特別な命なんだよ。それだけ学んで賢くなってるってことさ。君達はそれを目指して生きてる命なんだ。未熟だからって責めたりしない。仕方がない事だからね。でも、自分のために他を蹴散らしてその学びを阻む奴らを許す事は出来ない。そんな奴は地上から消えて神の罰を受けるべきなんだ。これは神の意思だ!」
コンラートは、そう言って棒立ちになっている十人を、術で脇へと吹き飛ばした。
「うわ!」
明正を含めた十人が横へと転がった後、基明は逃げ場を求めて龍雅が封じられている石棺の後ろへ飛び込んだ。
そこへ、階段の上からわらわらと兵士や術士達が駆け込んで来た。
「基明殿!リーマス司祭が死んで…!」と、状況を見て、慌てて剣を構えた。「敵か?!」
コンラートは、チッと舌打ちをした。囲まれた…いつもなら、全部殺してしまえば済むと余裕だが、今は姿を変えていた反動でそこまでの力がない。
基明が、石棺の後ろで叫んだ。
「そやつがリーマスを殺した!殺せ!殺せぬなら封じよ!」
術士達も、一斉に杖を上げる。
「…!」
コンラートは、浮き上がって飛んでくる術を避けた。
出口は二つ。ここは地下。城への通路と階段の二つのどちらの前にも、術士と兵士が大量に居て殺さず抜けるのは難しい。
…城への通路の前の奴らだけでも殺すしかないか…!
術を避けながら考えていると、基明が兵士達の後ろから、ジリジリと城への通路へと進んでいるのが見えた。
「…お前だけは許さない!」
コンラートは、術を放った。
だが、兵士達の後ろへと伏せて術を避け、基明は兵士を盾に城への通路に飛び込んだ。
盾にされた兵士達は、その場にバッタリと倒れた。
「…よくも!」
術士達の攻撃が、一層激しくなる。
コンラートは、力を使い過ぎていたことを心底後悔していた。




