メクを目指して
アレクサンドル達は、やっとのことでディンダシェリアへと抜ける出口へ到達していた。
印の術の小さな光が点々と導く地上へと浮き上がって行くと、アントニーは後ろから難なく這い上がってついて来た。
邦光、直秀、克重も、もう浮いて進むだけの気が残っていなかったので、先に上がったアントニーに助けられながら、何とか岩肌を這って、地上へと到達した。
アレクサンドルは、回りを見回して言った。
「…ディンダシェリアの北東の端であるな。右に見えているのが、メク山脈ぞ。」
邦光は、上がる息を整えながら、言った。
「夜明けまで、まだ三時間はありますね。ここで一度休んで、朝になってから進みますか?」
アレクサンドルは、地上へと着地して、頷いた。
「皆、疲れたであろう。朝まで休んで、メク山脈を見ながら西へ進もう。途中に村でもあれば、王城に知らせる方法があるはず。こことアーシャンテンダでは命の気の大きさが違うので、腕輪の通信が通らぬのだ。まずはライアディータの王に頼んで、サラデーナへ渡る許可をもらおうぞ。あいにく我は、ライアディータの王とは連絡手段を持っておらぬから、直接に助けを求める事が出来ぬのだ。」と、キョロキョロとまた、辺りを見た。「…国境警備もしておらぬようであるし、兵士も居らぬから、どうにもならぬ。」
邦光は、寝袋を出しながら言った。
「ライアディータからは、ミマサカは脅威ではないのですね。普通なら、国境は少なからず兵士を配置するものですのに。」
アレクサンドルは、自分も寝袋を出しながら、答えた。
「ライアディータの民は皆、魔法を操りある程度なら己の身を己で守るゆえな。ミマサカの民が、何か出来るはずもない。あちらの民は、攻撃魔法の一つも知らぬから。」
ヤマトはそうではないのに。
アレクサンドルは、思いながらミマサカの方を見た。恐らくは、栄進へと続く王達が、民に力を持たせないために民に魔法を多く教えて来なかったのだろうと思われた。もしかしたら、最初は本当に危ないから禁じたのかもしれない。だが、それが案外に民を統治するのに有効で、そのために続けて来たようにアレクサンドルには見えた。
しかし、長く続いて来たその決まりを、いきなり変えるのはそれこそ危険だった。
興味本位に魔法を放てば、幼い頃から回りに教えられて魔法を使って来たもの達とは違い、恐らく死者も出るだろう。
なので、アレクサンドルもそのやり方に今さら口出しすることもしなかった。
だが、こうなった今、栄進は誰でも魔法を操る国と対すると、自国の弱さを感じ取っているのではないだろうか。
兵士以外が戦力にならない国では、誰でも戦力になる国には太刀打ち出来ないからだ。
アレクサンドルは、シマネキヅキを作った当初のことを思い出していた。
少ない民達が、教えた魔法や技術を使って発展していく様を眺めるのは、とてもおもしろかった。
皆が皆生き生きとしていて、数を増やし、仲が良く…。
人は権力というものから、逃れる事は出来ないのだろうか。
アレクサンドルは、せめて罪もない人々が、犠牲にならぬようにと祈っていた。
それから朝まで休み、朝食を摂ると、アントニー以外の三人も格段に元気になった。
アントニーは鍛え方が違うので、到着した直後ですら、息も乱していなかった。
今も、誰より元気で率先して朝食の後片付けをかって出て、さっさとそれをこなして出発準備を整えた。
邦光が、苦笑して言った。
「アントニーに来てもらって良かった。結局最後は体力なんだと痛感しているよ。」
アントニーは、荷物を腰に巻き付けて、言った。
「オレなどそう大したものじゃないんだと言うのに。これしか取り柄がない。前にも言ったがゴードンには敵わなくて、いつもついて行けなくて迷惑をかけるんだ。担いで走ってもらったこともあった。」
確かにゴードンは、体が大きいが。
目を丸くする邦光に、アレクサンドルが笑った。
「あやつの潜在能力は大したものよ。我はあの命の力を眩しく感じておったほど。あちらにはシエラも居るし、あれはまだ未熟であるから、ゴードンがついていてくれて良かったと思うておる。」
克重が、言った。
「でも、シエラ殿は結構な力の持ち主ですし。あれだけ力があれば、体力が無くても大丈夫でしょう。飛べるんですし。」
アレクサンドルは、首を振った。
「術というものはの、結局は体から発しておるのだ。生身の肉体を持ち、そこから力を放つからにはやはり体力がものを言う。表面上は疲れを感じておらぬでも、体は疲れて来るものなのだ。コンラートはあれで、体は細いがかなりの体力があるのだぞ?服の下は鍛え抜かれた体であるはず。リュウガとて、がっしりした体格であったろう。」
言われて見ると、アレクサンドルも結構ガッツリしている。
直秀が、自分の細い腕を見て、ため息をついた。
「術を覚えて放つ鍛練ばかりしておりました。戻ったら、皆に兵士に頼らず自分の体も鍛えるように教えて参ります。」
邦光も、目を開かれる思いだった。
どうしても、疲れていなくても術を使い続けるとうまく放てなくなるのは、この体のせいだったのだ。
アレクサンドルは頷いて、歩き出した。
「では、ここからは歩こう。所々飛んで、村を探して進むのだ。」
四人は頷き返し、そうして五人は、メク山脈を右手に見ながら、西へ向かって歩き出した。
その頃、コンラートはイライアスの姿で地下へと入り込み、まんまと龍雅が封じられている場所へとたどり着いていた。
そこには、術士ばかりが十人、石柩を囲むように立って、見張りをしていた。
ここへ来るまでには、兵士と術士が入り交じって警護していて、ここに何かがあると何も知らない者でも気取るような状況だ。
コンラートは、イライアスの記憶を整理しながら、それを最大限に駆使して術士達と向き合い、ここへ来てからもう、一時間はダラダラとただ、意味もない事を話していた。
本当なら、さっさと殺してしまうつもりだった。
だが、イライアスの記憶の中の術士達は、とても勤勉で真面目な性質の良いもの達だった。
上で会った司祭の男は、すぐにでも殺してやろうと思えたが、ここで見張りに立つ若いもの達のことを、簡単に殺すことは、なぜか気が咎められた。
この感情は、これまでのコンラートにはないものだった。
ここへ来る前の誠二といい、自分の回りには今、自分のことより他人のことを考える輩が多すぎた。
今までは鼻で笑って足蹴にしてきたそれらを、今のコンラートにはそれが出来なかった。
…いっそ、エイシンを殺して来ようかな。
コンラートは、考えた。王が討たれた混乱の中で、龍雅を助ける方が効率が良いような気がする。
もちろんその後は戦になるだろうが、龍雅なら、自分も助けるし、すぐに収まるだろう。
コンラートがそんなことを思っていると、目の前に立つ術士、イライアスの記憶では明正という男が、苦笑して言った。
「そんなに気遣わなくても、オレ達は慣れてるから大丈夫だぞ?イライアス。お前こそあっちこっち行かされてるんだから、休んで来たら良いのに。」
コンラートは、ハッと顔を上げて、首を振った。
「お前達の方が休み無しじゃないか。交代の術士も居ないから、ずっとここに居るんだろう。やっぱりオレが交代して、一人ずつ休んで来たらどうだ。」
明正は、苦笑したまま首を振った。
「命令は絶対だ。時々座ったりしているし、大丈夫だよ。だが…他の土地に行かされた術士達が気に掛かる。みんな、同じような状況なんじゃないのか。」
コンラートは、頷いてイライアスの記憶にリンクした。そして、言った。
「…皆、疲れて来ている。交代で網の術を放っているが、気の消耗が激しいだろう。すぐ外の奴らですらそうだ。お前達はここに居るから、外の奴らの事は知らないだろうが。」
明正は、顔をしかめた。
「…そうか。気配は探るが、どうもみんな弱々しく感じるのはそのせいだな。」と、上の方へ視線を移した。「いつまで続くのか…戦にだけは、してはならないと思うのに。ここにヤマトの王を封じているんだから、それも無理だな。」
コンラートは、眉を寄せた。戦にしたくない奴が、他国の王を捕らえるなどない。
「…エイシン王が戦を始めることになるな。こんなことをしたんだ。民の犠牲は免れまい。アレクサンドル信仰の大司教が、聞いて呆れる。」
明正は、それを聞いて慌てて回りを見た。
「イライアス、ダメだ。確かにみんなそう思っているが、聞かれたら即座に殺されるぞ。栄進陛下はもう、戦に反対して、術を引き取ると言った奴らを三人、殺しているんだ。オレ達は見た。」
コンラートは、目を見開いた。なんだって?!
「という事は、そいつらの術はもう引き取れないのか?」
明正は、首を振った。
「いいや。そいつらは死の瞬間、自分の術を引き取って死んで行ったよ。お前は別の任務でミマサカを離れていたから、知らないだろうな。」
ということは、その三人とイライアスの分の四人分は、もう引き取られているのだ。あと四人…。
「…オレの術も密かに引き取ってある。」コンラートが言うと、明正は驚いた顔をする。コンラートは続けた。「あと四人。エイシン王は術に明るくないから、アレクサンドルの術の下の封印が、いったい何重になっているのか分からないのだ。他の四人は…リーマス司祭と、他の三人…地方に散らばっているのか…。」
コンラートは、イライアスの記憶の中の、その術士達を調べた。一人はミタマニシの元経、一人はミタマナカのシリル、一人はトウキに居るブランドン…一人ずつ説得して、連れて来ていては、とても間に合いそうにない。
それでも、半分になっただけでもかなり締め付けは弛くなってはいるはずだった。
アレクサンドルの術は、悔しいが自分の力では破れない。
今自分に出来る事は、とにかく術を引き取らせて龍雅の命の期限を撤廃する事だった。
「…司祭に、話してみる。」コンラートは、階段の方へと足を向けた。「このままでは面倒なことになると。」
明正は、それを慌てて止めた。
「駄目だ、司祭はアレクサンドル様とコリンという王代理を逃がした事と、ディンダシェリアのショーンを手に掛けようとしたことで陛下の不興をかって今、信用を取り戻そうと必死だ!絶対に陛下の命令無しでそんなことはしないぞ!逆にお前が訴えられてしまう!」
コンラートは、イライアスの姿で舌打ちした。明正は、驚いたような顔をしたが、コンラートは気にせず言った。
「脅せば良い。オレは別の方向からあいつを責めて行く。お前は、いったいどっちの味方なんだ。アレクサンドルがここから去ったという事は、オレ達がやった事を許せず見捨てたという事だぞ。人である王と、神であるアレクサンドル、ごっちに見捨てられたらまずい事になると思う?」
黙ってそれを聞いていた、他の者達も不安げに顔を見合わせている。明正が、言った。
「…分かってる。だが、三人が殺されたのを目の前で見たんだぞ。神に忠実でも、その神に見捨てられている今、命を失っては元も子もない。従いながら、チャンスを図るしかないだろう。」
コンラートは、フンと嘲るような笑みを浮かべた。明正が戸惑っていると、イライアスは言った。
「死ぬという意味を知っているか。体を失うのがなんだというんだ。神に忌み嫌われたら、その命の存在すら消されてしまうんだぞ。それこそが、本当の死だ。消滅というな。オレは、いつかこの体を失った時、神に天で歓迎される命でありたい。お前達がどちらを選ぶのか勝手だが、オレはそれを知っているからこそ、神に忠実でありたいんだ。体の死など、大した事ではない。どうせ皆、平等に死ぬんだ。」
そう言って、コンラートはローブを翻して、階段を上がって行った。
明正と他の術士達は、今聞いた事に衝撃を受けて顔を見合わせていた。
どうして忘れていたのか…アレクサンドル信仰を学ぶ中で、神は見ている、と教わった。
『死は平等で体はいつか滅ぶ。だが、命は滅ぶ事は無い。常にその成長を神は見ている。神に忠実に生きていれば、天で歓迎されるだろう。だが、逆らった時には、その罪の重さに伴って、神から遠く離れる事となる。そして、最後には消滅する。体の死を恐れるな。誰にでも平等に訪れるのだ。恐れるべきは、その命の消滅なのだ。』
そうだった…。
最初の最初に習う事なので、完全に遠い記憶になっていた。
だが、イライアスの言う通りだ。このままでは、神から遠く離れて、本当の死が訪れるかもしれないのだ。




