合流
四人の気配が段々に近付いて来て、ショーンが言った。
「…行こう。シエラ、お前も来い。」
シエラは、戸惑った顔をした。
「え、オレ?」
ショーンは、面倒そうに言った。
「あのな、知った顔が居た方があっちも安心するだろうが。ほら、来い。」
シエラは、ハーネスの紐を腰から外して、言われるままにショーンについてその場を離れた。
イライアスは、側に何やら大きな気がチラチラ感じられるので警戒していた。
魔物にしては、知性を感じる気だった。
だが、魔物の中にも賢い奴らは居る。
警戒していると、誠二が言った。
「ちょっと待ってくれ。」と、美琴を振り返る。「美琴が遅れてる。」
見ると、美琴がライナンに気遣われてやっとという様子で歩いている。
イライアスは、立ち止まって言った。
「止まるのは危ない。つらいだろうが、ここは止まらず歩いて抜けよう。先ほどから、大きな気がチラチラ感じられるのだ。魔物がこちらを窺っているのかもしれない。囲まれたら、オレ一人では全員を守りきる事は出来ないぞ。」
そして、また歩き出す。
この山の中で、小さな魔物には何度か出くわしたが、イライアスがあっさり倒してくれたので無事に来た。
だが、辺りが暗くなるに従ってそんな小さな魔物は出なくなり、確かに暗闇の中で何かが蠢く気配はあった。
確か、メールキンも黄昏て来た頃に出て来たんだった…。
夜が狩りの時間の大型の魔物は多い。そう考えると、ゆっくりしてもいられなかった。
「…大丈夫か?美琴、頑張ってついて行かなきゃ、遅れたらそこを狙われるぞ。野生動物の本能だ。」
美琴は、悔しげに唇を噛んだ。
「わかってる。なんだって動かないのかしら、この足…!」
ライナンが、言った。
「オレもいっぱいいっぱいで担げる余裕もないんだ。頑張ってくれ。」
美琴は頷いて、歯を食い縛って足を進めていた。
すると、先頭のイライアスが、急に立ち止まった。
「え…?!おおっと、なんだ?」
すぐ後ろの誠二が慌てて足を止めると、イライアスは鋭く言った。
「シッ!」と、暗闇をじっと見つめた。「…何か来る。」
イライアスは、杖を構えた。二つほどの大きな気。真っ直ぐこちらへ来る。
「何…?!」美琴が怯えて小さな声を漏らした。「魔物なの…?」
それなら、今は逃げる体力すらない。
誠二も急いで剣を出して大きくして、構えた。何も出来ないが、とりあえず抗えるように武器だけは持たないと。
それを見たライナンも、美琴から手を放して同じように剣を構えて準備をした。せめて、イライアスを援護しないとここは切り抜けられない。何しろ、美琴が動けないのだ。
そのまま、緊張しながら何も見えない暗い森をじっと睨んだ。音が全く聞こえず、何か回りが一瞬にして真空にでもなったように感じる。
「…来る!」
イライアスが、杖を構えて上の方向へ向けた。誠二とライナンも、それが全く見えなかったが、同じ方向を見上げた。
すると、そこには二人の人型が浮いて、こちらを見下ろしていた。
人…?!
「誠二!ライナン!美琴!」
誠二は、一瞬訳が分からなかったが、暗闇の中でもその人型は分かった。
「…シエラ!」
隣りの人型が、言った。
「イライアス、一人で素人三人を山の中なんて無謀だぞ。メールキンは出なかったのか。」
イライアスは、急いで杖を下ろした。
「ショーン!」と、必死に言った。「これらをどうしてもディンダシェリアへ行かせねばならぬのだ。まさかここで会えるとは。」
ショーンは、シエラと共に皆の前に着地した。
「なんでこいつらがここに居る。ヤマトの王城に居たんだろうが。どうやってミマサカに入ったんだよ。」
誠二が、説明した。
「その、こちらへオレ達を返すって事になって…。栄進王は、オレ達が乗った船は、ミマサカに入る事を許したんだ。それで、こっちへ戻って来た。」
ショーンは、眉を寄せた。
「…シエラが居ねぇのはなんて説明したんでぇ。」
誠二は、困ったようにライナンと美琴を見た。だが、二人もこちらを見るだけで何を言えばいいのか分からないようだ。
イライアスが、言った。
「コリン、いや、コンラートだと言っていた。あいつがシエラの姿で一緒に来たんだ。それで、栄進王と話した。あいつは、イライラしてオレに自白の術を掛けろと言って…別室で、基明立ち合いの下で皆に術を掛けたんだ。」
ショーンは、あからさまに顔をしかめた。
「何やってんでぇ。廃人になっちまうだろうが。」
「…コンラートにはかからぬぞ。」後ろから、別の声がした。「シエラにもだ。我ら刻印持ちには、自動的にそれを避けるための力が働くのだ。もちろん、知っておれば他の者達の事も守る事が出来る。」
イライアスは、体を硬くした。シエラは、それに気付かず振り返って言った。
「シャデル陛下。あの、ミマサカの術士のイライアス、それからそっちが誠二、ライナン、美琴です。一緒にヤマトヘ渡った仲間なんです。どうやら、コンラートがオレのふりをしてこちらへ潜入したみたいで。」
シャデルは、それを聞いて頷いた。
「聞いておった。」と、着地した。「我は、ディンダシェリアの向こう、アーシャンテンダ大陸のサラデーナの国王、シャデルぞ。主らの事は、ショーンとシエラから聞いておる。して、コンラートはどこぞ?」
イライアスは、極端に緊張した風で下を向いて答えた。
「は。私にこれらをディンダシェリアへ逃せと言って、コンラートは神殿の、龍雅王の封印場所へと向かいました。私の姿で、私の記憶を持って行ったので、恐らく迷う事は無いかと。」
イライアスは、小刻みに震えている。
シエラが、どこか具合が悪いのか、と気遣わし気に言った。
「イライアス?具合が悪いのか?」
しかし、それにはシャデルが答えた。
「我の気ぞ。今、特に抑えておらぬから、恐らくまともに受けて本能で恐れておるのだ。直に慣れよう。」
イライアスは、下を向いたまま、シャデルと目を合わせることもできないようだ。
そんなに?
シエラは、思いながらシャデルを見た。やっと気を気取れるようにはなって来たが、まだよく分からないシエラにとっては、シャデルの事も、力があるんだろうなあ、ぐらいの感覚でしか無いのだ。
「じゃあ、どうしましょうか、陛下。こいつらが今、ディンダシェリアへ行っても多分、路頭に迷うでしょう。でも、この様子だとデルタミクシアへたどり着く前に魔物に襲われてまずい事になりそうですし。」
シャデルは、顎に触れた。
「そうであるなあ。コンラートは、リュウガを助け出せそうなのか。」
イライアスは、緊張したまま答えた。
「分かりません。神殿の地下の、龍雅王の封印の前には十人の術士が詰めております。コンラートは、皆殺しにするから問題ないと言って行きましたが…一応、反対はしました。それでも、聞いてくれるかは分かりません。」
ショーンは、顔をしかめてシャデルを見上げた。
「陛下、あいつならやります。術士達には罪がないとは言わねぇが、それでも自分で自分が何をしているのか分からずに命令に従ってるだけなのに、皆殺しはまずい。急ぎましょう。」
シャデルは頷いて、シエラを見た。
「我らは行く。主とデクスは、あちらへ戻れ。デクスはディンダシェリア大陸に詳しかろうし、主には仲間の事であろう。二人でこれらを手分けして運んで、まずはダッカへ。そこに居れば、我らも連絡が付く。」
シエラは、戸惑いながらシャデルを見上げた。
「でも…お二人で、ヤマトの兵士達四人を連れて、大丈夫ですか?ミマサカの術士の集団の中へ突っ込んで行くんでしょう。」
ショーンも頷いた。
「陛下、あいつらも置いて行きましょう。オレと陛下で行けば、コンラートも居るなら何とかなりそうです。最悪、術を破って空を飛んでヤマトヘ逃れる事も、こちらへ戻ることも出来ますが、ヨシトモ達を連れていたら置いて行かねばならないですよ。あいつらなら、ここから先に魔物が出たとしても、簡単に倒すでしょう。軍人なのですから。」
シャデルは、少し考えたが、頷いた。
「では、そうしようぞ。我とショーンでメグミへ参る。急がねば、コンラートが無理をしたら死者が多く出よう。あやつが封じられでもしたらまた面倒であるしな。リュウガだけは、助け出さねば。」
ショーンは、少しホッとしたように頷き、シエラを見た。
「さ、お前らは戻れ。来た道を戻って、ディンダシェリアへ入ったら山を下りてダッカを目指せ。魔物は出るが、まあ魔物は人よりマシだ。オレとシャデル陛下なら、何も荷物が無ければここからメグミまで一時間もかからないんだ。」
そんなに速いのか。
シャデルは、頷いて浮き上がった。
「ではの。コンラートが気に掛かる。あれの性質なら何をするか誠に分からぬのだ。主らはダッカを目指せ。また連絡する。」
そうして、シャデルはシュンと矢のようなスピードで一瞬にして消えた。ショーンも慌てて浮き上がると、叫んだ。
「じゃあな!」
ショーンも、シャデルと同じように一瞬にして消えて行った。
それを茫然と見送ってから、シエラは困ったように誠二を見た。
「…それで、向こうに義朋と寿康と、アーサーとゴードン、デクスが居るんだ。今、食事をして出発しようとしてたところなんだよ。」と、美琴を見た。「大丈夫?美琴はだいぶ疲れてるみたいだけど。」
ライナンが、頷いた。
「そうなんだ。もう進むのも無理っぽかったのに、この辺りには魔物の気配がするって言って休憩も出来なくて。」
シエラは、頷いて言った。
「オレ達は飛んでたから関係なかったけど、確かに結構な数居るよ。歩いてたら寄って来るかもしれない。ディンダシェリア側まで出てしまったら、デルタミクシアには魔物が居なかったんだけどね。そこまで、オレとデクスで何とか運ぶかあ。」
シエラは、この四人とあちらの四人を二人で運ぶという、荒業を果たして成し遂げられるのだろうか、と顔をしかめながら歩き出した。イライアスが、やっとホッとしたような顔になって、それについて来ながら言った。
「シエラ、オレは少し浮いて進む事ぐらいなら出来る。いくら何でも二人で八人は多いだろう。」
シエラは、うーんと唸るように言った。
「そうなんだけど、もしかしたらいけるかなって。ちょっと慣れて来たし、気で持ち上げろってショーンに言われたところなんだ。確かにそうだなって思って、そうやって運んだら結構何人でもいけそうな気がするんだ。」
誠二が、後ろをついて来ながら言う。
「落とされたら困るんだからな?ヤバいと思ったらやめてくれよ。」
シエラは、誠二を振り返った。
「分かってるけど、美琴だってそんな様子だったら歩けそうにないじゃないか。でも、コンラートが何かしようとしてるんなら、急いでここを出ないと危ないし。ここまで低く飛んで三時間かかったんだよ?歩いたら夜が明けて来ると思うけど。」
そうやって歩いて行くと、少し上がった場所から、デクスが覗き込んで、声を掛けて来た。
「シエラ?セイジ達とは合流出来たか。」
シエラは、それを見上げて浮き上がった。
「うん。でも、ショーンとシャデル陛下はメグミへ行ってしまったんだ。コンラートが来てて、龍雅陛下を助け出そうとしてるみたいで。オレの姿で誠二達と一緒に国境を越えて来たみたい。」
デクスは、顔をしかめて上に居る、義朋達と視線をかわした。義朋は、困惑したような顔をしている。
「…という事は、我らはどうせよと?ここから、皆を連れて後から参るのか?」
シエラは、首を振った。
「ううん、ディンダシェリアへ戻って、ダッカへ行けって。デクスがあちらには詳しいから、大丈夫だろうと言ってた。」
寿康が、言った。
「では…我らは、陛下をお助けすることが出来ぬと。」
シエラは、気の毒そうな顔をした。
「あの二人とコンラートが居たらきっと大丈夫だ。逆にオレ達が居たら、足手まといになるみたいで。ここはおとなしくダッカへ行こう。イライアスが、危険を冒して誠二達を連れて来てくれたんだ。みんなを、安全な場所へ移動させなきゃ。」
義朋は、残念そうな顔をした。
「それは…確かにそうかもしれないが。」
デクスが、横から言った。
「リュウガはコンラートとシャデル王、それにショーンが何とかしてくれるだろう。アレクサンドルの事も気に掛かるし、では我らは一度、ディンダシェリアへ戻ろう。確かに我もあれらも、己一人ならメグミまでこんなに時が掛かることは無いのだ。ほんの一時間ぐらいで本来着く。主らを連れておるから、それなりに時が掛かるもの。今は一刻も早くリュウガ王と助け出してもらうのが良い。」
言われてみたら、龍雅はいつも、あっさりとミマサカの城へ飛んで行って、あっさり帰って来たものだった。
それを間近で見ていた義朋は、シャデル王が龍雅を助けるために、足手まといになるのなら言われた通りに行動した方が良い、と考え直した。
「…はい。では、参りましょう。」
イライアスが、言った。
「オレは、ミマサカの術士、イライアス。オレは少し浮けるが、お前達はどうか?」
ひょこと顔を出した、義朋は答えた。
「オレは義朋、こちらが寿康、アーサー、ゴードン。オレと寿康とアーサーは術士なので、浮いて飛ぶのは出来るが、連続して三十分ぐらい。ゴードンは何時間でも走れるので、ゴードンの方がここでは有利かもしれない。」
イライアスは、頷いた。
「オレもそのぐらい。という事は、こっちの三人を運んでもらえば、オレ達はどうにかなるか。」
デクスは、目を細めて美琴を見た。
「…ミコトは相当疲れておるな。では、誠二は主が運べ、シエラ。我がライナンとミコトをまとめて運ぶ。三十分ごとに、我が術士達には気を補充しよう。それでとにかくは、ここからデルタミクシアまで一気に参るぞ。」
義朋が、スルスルと上から降りて来て、ハーネスを自分から外して誠二に渡した。
「これを。シエラが運んでくれる。後の二人も、同じ物を仲間が持っているので、それを着けてデクスに運んでもらうといい。急ごう、戻ると決めたからには、夜が明けるまでにデルタミクシアへたどり着きたい。」
誠二は、頷いて義朋に教えてもらいながら、そのハーネスと履いて、装着した。上から、アーサーと寿康も降りて来て、ライナンと美琴に、ハーネスの付け方を教えて、手伝っている。
そうして、シエラ達は、今通って来た道を、デルタミクシアへと引き返すルートをとって、進んで行ったのだった。




