デンシア2
シャデルは、窓から着地した面々を見下ろして、顔をしかめた。
「…どういうことぞ。白い。」
ショーンも、戸惑うような顔をした。
「オレもそのように。陛下が言っていた、黒い所も全く感じない。オレが騙されてるんですか?」
シャデルは、唸るように言った。
「あれはデクス。それなのにあり得ないほど白い。天で会うもの達と同じレベルの白さ、おおよそ地上で生きていてはあの色にならぬというほどの純白よ。横に居るクロノスと同じだ。どうなっている…デクスはどうやってあんな風になった。それとも我は謀られておるのか。」
ショーンには、答えられなかった。
真実を知るには、あのデクスと話すより他ない。だが、デクスと会話して良いのだろうか。何かの術たというのなら、話を聞いて取り込まれるような事になるのでは。
「…危険ですね。オレが会って来ましょうか?陛下まで封じられる事があっては、地上が大変な事になる。オレなら問題ない。」
しかし、シャデルは首を振った。
「…我がこの目で見極めねばならぬ。」シャデルは、グッと拳を握りしめた。「ウラノスがそう申した。罠だとしても、それもまた試練ぞ。乗り越えねばならぬのだ。」
そこへ、重臣のサマルが駆け込んで来て膝をついた。
「陛下、ヤマトからの使者が!書状を持って、シャーキス達に連れられて参りましてございます!」
その脇で、翔太が言った。
「なんでもリーシンシアからクラトスに連れられてダッカへ渡って来たらしいです。ラファエルが許したってことですね。」
シャデルは、窓の外を見ていたのを、振り返って言った。
「…謁見の間に通せ。参る。」
サマルは、頭を下げた。
「は!」
そして、また転がるように出て行った。
シャデルは、渡された書状に目を通した。コンラートの文字…間違いない、コンラートが書いて寄越したのだ。
「コンラートは、なんと?」
ショーンが言うのに、シャデルは険しい顔のまま答えた。
「おおよそ知り得た事と同じ。リュウガがエイシンに謀られて封じられたと。こちらは敵意はないので、戦にしたくないので手を出すなと。」
ショーンと翔太は、顔を見合わせた。
「…コンラートが?戦にしたくないと?」
シャデルは、頷いて書状を握り締めた。
「コンラートが信じられぬのではない。あれだって地上へ降りて、それなりに学んだのかもしれぬしな。だが、あれが何を考えておるのか分からぬ。もし、記憶を戻しでもしておったり、デクスに言いくるめられて何かの考えのもとにこんなことを言うて来ておるとも考えられる。ゆえ、とにかくはデクスと話す事ぞ。行って参る。」
ショーンは、立ち上がって言った。
「では、オレも。」
シャデルは、首を振った。
「主は前へ出るでない。脇で聞いておるが良い。ショウタ、主もそうしたいならその権利はある。あれに対峙するのは、我だけで良い。」
シャデルは、そう言うと何か覚悟をしたような顔をして、サッと背筋を伸ばして歩いて行った。
ショーンと翔太は、その背を追って謁見の間へと急いだのだった。
デクスは、サマルという臣下に伴われて、シエラと義朋、寿康、アーサー、ゴードンと共に城の中を歩いていた。
ここの城は、古くからある城の方だとデクスは知っていた。昔遷都して一度、ここから北のアルデンシアに城を建てて、そちらに城が移っている。
それを、シャデルが恐らく、またこちらへと移したのだろう。
謁見の間へと入って行くと、まだシャデルはそこへ来ていなかった。
シエラが、不安そうにデクスを見た。
「あの、何か言われるまで何も言わない方がいいんじゃないかな。さっき翔太先生にやったみたいに。」
デクスは、特に構える様子もなく、答えた。
「必要ならば話す。だが、ここへ来たのはエイシンの甘言に惑わされぬようにということと、上手くしたらリュウガ王を助けるための助力が欲しいため。我の事は二の次よ。ヤマトの意思を話すのはヨシトモに任せるつもりよ。」
シエラは、頷く。
すると、シャデルを呼びに行ったらしいサマルが入って来て、シエラ達に頭を下げた。
「サラデーナ国王、シャデル陛下がお越しでございます。」
すると、一段高い檀上に、黒髪に赤い瞳の、まだ二十代ぐらいの男が、歩いて来て王座へと座った。それを見たシエラは、驚いた。
…コンラートは、確かシャデルはもう六十代ぐらいだと言っていたのに。
しかも、その見た目はウラノスにどこか似ていた。懐かしいような気持になるのを抑えて、義朋達が一斉に頭を下げるのを真似て、慌てて頭を下げた。
シャデルは、とても二十代とは思えない重々しい声で言った。
「表を上げよ。」
顔を上げると、シャデルはお世辞にも好意的とは言えない顔でこちらを見ていた。義朋が、言った。
「この度は、我が王のお従弟である、コリン様の名代として参りました。書状はご確認頂けましたでしょうか。」
シャデルは、頷いた。
「読んだ。エイシンが我に知らせて参った事と、内容が違うようよ。そちらの王の、リュウガ殿が謀られて捕らえられたと?」
義朋は、頷いた。
「はい。龍雅陛下は、我らにシャデル陛下とお話をしに参ると言って、そのついでにミマサカにお立ち寄りになっただけでした。それが、お帰りにならずに、コリン様が様子を見るために参った先で、同じく栄進王に追われたアレクサンドル様に会い、理不尽に龍雅陛下が捕らえられた事実を知りました。龍雅陛下は、今あちらの神殿の地下に囚われておるとのこと。ミマサカは国交を閉じ、飛べる者が居る事を知っているので術で空も閉じて、たどり着けるかどうか分からないので、アレクサンドル様と我らは二手に分かれてディンダシェリアを目指しました。我らはリーリンシアの王の助けもあって、あちらから飛んで来ることが出来ましたが、アレクサンドル様達は北の端からこちらへ向かっているかと。」
シャデルは頷いて、言った。
「しかし、エイシンとは長く交流して参った。あれから邪な考えを気取った事は無いが。」
義朋は、下を向いた。
「その事に関しては、アレクサンドル様が仰るには、栄進王は幼い頃より偽りが分かる能力を持つ我が王と接していて、どうやら己の心を隠す術を編み出したご様子。そのせいで、我が王も栄進王の策略に気付かず、封じられるという事になってしまったようです。コリン様は、シャデル陛下も偽りを見抜く能力をお持ちであると知り、騙されるはずがないと思われて、栄進王の話を信じ込まれてはと案じられて、そうして我らを寄越されたのです。実際は、栄進王が我が王を恨んで、理不尽に一方的に封じてしまった事実を知らせるために。」
シャデルは、じっと黙ってそれを聞いていた。
言っていることは、自分やショーンが調べて来た事を符号する。恐らく、それが事実なのだろう。万が一それが間違いだったとしても、この義朋はそれが真実だと信じている。偽りは欠片も無かった。
「…主は偽りを言うては居らぬ。」と、デクスを見た。「それで、デクスを連れて参ったのは、我の再三の求めに応じた格好か。」
義朋は、躊躇った。そんなつもりではない事は、デクスが欠片も拘束されていない事で分かる。
義朋が困ったようにデクスを見ると、デクスは口を開いた。
「…久しぶりだの、シャルディーク。分かっておる、我は捕らえられて処刑されても良い。ただ、我はこれらをこちらへ送り届け、主に真実を知らせねばと思うた。ただそれだけぞ。」
その言葉の中にも、偽りなど感じ取れない。
シャデルは、イライラして言った。
「…何の術ぞ。我は封じられている主を探って、確かに黒い命がまだ混ざっているのを知っている。それなのに、今は欠片も感じられない。あり得ないほど白い。エイシンと同じように、主まで何かの術を編み出して我を謀ろうとしておるのではないのか。」
デクスは、シャデルを見上げて無表情に言った。
「何を言うても主は信じまい。我の存在が主の判断を曇らせるのなら、今ここで殺すが良い。我は別に、地上での生にこだわりは無いのだ。我の命には今、ウラノスの刻印がある。天へ昇って、主らの動きを高みの見物しておる。」
シャデルは、歯ぎしりした。何も見えない。あの時感じた黒い考えが、全く感じ取れないのだ。ただ白く、清浄で誠実な気。
これが何かの術だと言うのなら、自分では太刀打ち出来ないレベルのものなのだろう。
「…ならば、主は今度こそ我が送ろうぞ。」と、シャデルは手を上げた。「主が言うのが誠なら、ウラノスと天で見下ろしておるが良い。」
力を放とうとすると、シエラがその前に飛び出して、叫んだ。
「やめてください!」シャデルは、驚いて収束させ始めていた力を止めた。シエラは続けた。「デクスだって被害者なのに!天には律子って元創造主が罰しられずに生きてるんでしょう!どうしてデクスだけがそんなに疎まれるんですか!律子がデクスに黒い心を植え付けたりしなければ、デクスだって善良な今の姿の修道士で生涯を幸福に終えたのに!あなたは律子にも、そんな風に接してたんですか?!」
言われて、シャデルはぐ、と詰まった。全ては律子が謀ったこと。だが、それはウラノスが律子を籠めて狂ってしまっていたからだ。
律子も、デクスと同じ時に消されたはずだった。だが、復活した。デクスと同じではないが、残っていた命の欠片で復活し、今では大国主の天で平和に暮らしている。
デクスは、ウラノスに助けられて残っていた。それだけなのだ。
デクスは、シエラの肩に手を置いて、やんわりと横へと押した。
「…良いのだ、シエラよ。だから申したではないか、命というものは、体が滅んでも残るもの。消滅を免れただけでも良かったのだ。ウラノスには感謝しておる。我は、この体での生を捨てて新しく、誰に疎まれることも無い命として、また生まれ出ることも出来るのだ。我がしたことは、地上にある限り消える事は無い。これはの、我の願いぞ。全てを清算して、また新しく生きる機が欲しいのよ。」
シエラは、それを聞いてフルフルと震えた。そして、目に涙を浮かべて言った。
「デクスが何をしたのか、オレは聞いたよ。でも、オレが知っているデクスはとても親切で、自分の事よりオレ達のことばかり考えて見てくれていて、気遣ってくれる優しい人だ。たくさんの事を知っているし、教えるのが学校の先生たちよりずっとうまかった。これが本来のデクスだったって聞いた時、それに黒い心を植え付けるなんて、凄く酷い事をする人が居るだなって腹が立った。オレ、天での事は覚えてないけど、でも、地上で居る少しの間だけでも、一緒に居てもっといろいろ教えて欲しい。また天で会えるって知ってるけど、それでももう少し一緒に過ごしたいよ。どうして死ななきゃならないんだ?オレ…もうちょっとだけ、頑張って欲しいと思う。」
デクスは、シエラの瞳に心からの気持ちを感じて、困ったような顔をした。義朋も、その言葉にアーサーや寿康、ゴードンと顔を見合わせて悲し気に下を向く。
シャデルは、フッと肩で息をつくと、手を下ろした。
「…主らの心には、これに対する親愛しかない。」シエラが驚いたようにシャデルを見ると、シャデルは続けた。「試したのだ。主らがどんな反応をするのか、何を考えるのかとの。全員がこれを失くすことを残念に思い、悲しんだ。シエラと申すそやつが申す言葉に偽りも無い。デクスは、誠に黒い心を失くしたのだな。」
シエラは、何度も頷いてシャデルを見た。
「あの、コンラ…コリンが言ってました!この本来のデクスを逃す時に、それだけでは命を保てないので少し黒い命も残さねばならなかったんだとウラノスが言っていたって。それで、目が覚めた時には混乱して暴走したけど、台座でウラノスを呼び出した時に、ウラノスがデクスの黒い命の方を、自分の刻印で封じたんだって。ウラノスが消滅でもしなければ、解けるはずのない封だって言ってたって!」
シャデルは驚いた顔をしたが、フッと表情を弛めると、息をついて苦笑した。
「…分かった。そうか、コンラートは記憶を戻しておるな?」シエラは、ハッとした顔をした。シャデルは、それを見てハッハと笑った。「主は隠し事が出来ぬわ。というか、我には隠し事など出来ぬぞ、クロノス。そうか、ウラノスの封じか。」
そして、椅子から立ち上がって、デクスを見た。
「…主は、あのデクスではない。もはやあれは表へは出ては来れぬ。ウラノスが刻印で封じたのなら、今シエラが申した通り二度と出て来る事は出来ぬだろう。主があり得ぬほど白いのも、それで頷ける。主は、本来の主であってあのデクスではない。我は、主を罰する事などない。」
デクスは、驚いたようにシャデルを見上げた。
「シャルディーク…あのような目に合わせたのは我ぞ。それでも、許すと?」
シャデルは、首を振った。
「主ではない。律子が作ったのあのデクスは消滅した。もう、ここには居らぬ。主は違う命だ。そう考える。」と、デクスを見た。「では、主が術で我を謀っておらぬとして話す。主らが何も偽りを言うておらぬのは分かっておる。では、ヤマトの事を聞こう。主らの事は信じておるが、我はまだ、コンラートの事を信じておらぬ。コンラートの事は、天で知っておるからの。詳しく聞こうぞ。」
ここからか。
シエラは、自分のせいでコンラートの記憶が戻っているのを気取られてしまった事を後悔したが、シャデルが話を聞く気になってくれたのだ。
なので、真剣にデクスとシャデルを見つめたのだった。




