暗い洞窟の中で
アレクサンドルは、きっちり四時間で目を覚ました。
外はもう、昼のはず。
寝袋から出てランタンを着けて回りを見ると、点々とあちこちに散らばって寝袋が転がっていた。
一番側の寝袋に手を伸ばすと、それを揺すった。
「そろそろ出発せねばならぬぞ。」
その寝袋は動いて、中央のファスナーが内側から開いた。
「もう四時間ですか。」邦光だった。「おおい、皆、出発だ。先に食事を済ませよう。」
もそもそと他の寝袋も動いて、次々に皆出て来た。
直秀と克重が食事の準備に缶詰めなどを取り出し、アントニーもそれを手伝おうと寝袋から這い出して来る。
しかし、二人はアントニーに首を振った。
「大丈夫か?ここはオレ達だけで充分だ。お前はまだ休んでろ。」
だが、アントニーは言った。
「もう大丈夫だ。元々体力があるから、疲れても回復は早いんだよ。気も元に戻ってるし、充分休ませてもらったよ。」
邦光が、後ろから言った。
「食事当番は今回二人にしてもらおう。夕食はオレ達で。交代だ。」
アントニーはそれでやっと頷いて、寝袋を片付ける方へと回った。
そうして、皆で食事を摂って片付けを終えると、再び印の光を追って、五人でディンダシェリアへと向かった。
アントニーは、その言葉通り皆について足場の悪いその洞窟を、時に浮いては突き出した岩をかわしながら、時に伏せて四つん這いになりながら駆け抜けて行く。
その体力たるや、術士達には無い強靭さだ。
結構なスピードが出る四人に、ほんの数メートル遅れるだけで余裕でついて来る。
途中、術士の三人がアレクサンドルの気の補充を受ける時も、少し息を切らせているだけで、すぐに体力を回復させて後れを取ることは一切なかった。
もう何度目かの補充の時に、邦光が疲れ切った様子で、アントニーを見て言った。
「本当に、アントニーは体力があるな。オレ達は術に頼る事に慣れてしまっていて、走っていたらきっともうバテてしまっていたぞ。まあ、飛んでいてもバテてるわけだが。」
直秀が、ぜいぜいと肩で息をしながら、頷く。
「ほんとにな。体力を付けなきゃ戦場なんかへ行ったらオレ達は先にアウトだな。気付けて良かった。」
アントニーは、肩をすくめた。
「お前達は前に立って出撃するわけじゃないし。後ろからオレ達を補助して術を放ってくれる役割だろう。適材適所だから、これでいいんだ。オレには体力ぐらいしか取り柄が無いんだから。」
言いながら、もう息が整っている。
ここまでほぼ全力疾走で前に休んだ所から三十分、それでもちょっと立ち止まったら息が整ってしまうのだ。
最初からこうしていたら、アントニーは疲れずに済んだのに、と皆は思っていた。
アレクサンドルが言う。
「体を見てもアントニーはよく鍛えられている。術士の特性がないのに軽く浮いて飛んで進んでいただけでもかなりの胆力ぞ。普通の人なら浮く事すら難しいのだからの。こうして見ると、やはり持って生まれた特性も大事だが、体も鍛えておいた方が良いということであるな。」
邦光は、神妙な顔をした。
「はい。オレ達は術をたくさん覚える事にばかり注力していて。時には一般の士官達の訓練にも参加した方が良いのではと今は思います。」
アントニーは、慌てて首を振った。
「お前達には無理だ。あいつらは平気で二時間ぐらい走り通すぞ?士官学校ではまず体力をつけるところから始めるからな。お前達はお前達なりに別メニューでやった方がいい。悪くしたら死ぬぞ。デクス様達と行ったゴードンなど、休みなしで二時間走って一時間泳いでまた二時間走って戻って来れるぐらいタフなんだ。」
こちらの三人は、目を丸くした。もはや人ではない。
「ならばあちらではゴードンが皆を担いで走っているかもな。」アレクサンドルは、クックと笑った。「どういうルートをとったのか分からぬが、あちらも無事にディンダシェリアへ到達していたら良いの。」
気の補充が終わり、さあ飛び立とう、とした時、ふと、アレクサンドルが止まった。
「…アレクサンドル様?」
邦光が問う。
アレクサンドルは、動かず言った。
「し!…何かが、数百メートルほどの距離の位置に居る。」
克重が、小さな声で言った。
「…地上を誰か通過しているのでは?」
アレクサンドルは、首を振る。
「それならさっきから感じておるが、これは違う。同じ地下の位置ぞ。」と、睨むように進路の方を見つめた。「…二人。二人居る。」
邦光は、顔をしかめて腕輪を開いて確認した。
「この辺りの地上は、やはり山脈なんですが。街もないのに、一体何のために?」
直秀が言った。
「…オレ達と同じ目的なのでは?敵国への密行。」
皆が顔を見合わせる。
確かにスコットはこの道のうちの、無数のひとつを使ってミマサカに行き、レイマンを買い付けて戻ったのだ。
ここがケインの見つけた道だとしても、あちらが独自に探したルートのうちのひとつと、重なっていてもおかしくはない。
「…別の道に反れるやもしれぬ。」アレクサンドルは言った。「そちらの脇の穴に潜んで、しばしやり過ごそう。光の魔法は消す。」
四人は頷いて、全員が狭い横穴へと体を押し込んだ。
そうやってじっとしていると、距離が縮み始めて他の術士三人にも、その存在が気取れるようになって来た。
「…灯りが見える。」
アレクサンドルが、小さく言った。
言われてみると、チラチラと遠く二つの光がちらつき始めた。
ゴツゴツとした岩場に難儀しているようで、歩いては止まり、を繰り返しているようだ。
「様子がおかしい。」
アントニーが言う。
確かに、動きがぎこちない。
近付いて来ると、どうやら一人がもう一人に肩を貸して、引きずるように進んでいるようだった。
「あんな様では、とても出口まで行けぬぞ。」
アレクサンドルは、言って潜んでいた穴から這い出した。
邦光が、慌てて言った。
「アレクサンドル様、それでは相手に見えて…!」
小声で叫んだが、相手はもう、アレクサンドルの姿を光の先に見つけて、立ち止まって固まっていた。
邦光は、他の三人と顔を見合わせると、仕方なく穴から這い出して固まる二人に寄って行きながら言った。
「…どうしたのだ。怪我でもしたのか。」
二人は、目に見えて狼狽えた顔をした。アレクサンドルは光の魔法で明るく洞窟を照らし、もはやはっきりと二人の姿が見えた。
その二人は、一人は四十代ぐらいの男、もう一人は二十代ぐらいの、商人っぽい見た目だった。
若い方の男が、もう一人の男に肩を貸して、やっと立っている状態だ。
四十代ぐらいの男が、言った。
「その…まさか兵隊さんがこんなところに居るなんて思いもしなくて。すぐ、すぐ戻りますんで!」
どうやら、制服を着ている四人を見てまずいと焦っているらしい。
しかし、邦光が首を振った。
「オレ達はミマサカの兵士ではない。それに、国境を警備しているわけでもない。ヤマトから密行している罪はお前達と同じだ。ヤマトの方ではミマサカの民の入国を制限していないしな。それより、お前はどうしたのだ。足を?」
男は、もう一人と顔を見合わせたが、答えた。
「…はい。岩場を飛び降りる時に挫いちまって、思うように歩けなくて。」
そこで、アレクサンドルが言った。
「見せてみよ。」
その男は、渋々その場に座ると、オズオズと足をこちらへ向けた。
アレクサンドルは、それを手を翳して見て、言った。
「…挫いただけではないな。細い骨にひびが入っておる。」と、光を足首に放った。「…これで問題ない。」
男は目を見開いて、その場に立ち上がった。
そして、足をトントンと踏み鳴らした。
「…治ってる!術士様ですかい?」
邦光が、神妙な顔で頷く。
「ここからヤマトまではまだお前達の足では二日は掛かる。あのままではたどり着けぬところよ。」
男は、首を振った。
「ヤマトに入るだけなら後1日でさ。ありがとうございます。オレは、茂といいます。」
邦光はまた頷いた。
「そっちの男は?」
若い方の男は、下を向いた。
茂と名乗った男が、言った。
「その…ミマサカの勝己って男です。街が兵士で溢れていて、商売も出来ねぇし、かみさんも子供も養えねぇと言うから、ヤマトへ亡命させてやろうと思って。ヤマトじゃあっちの民をこっちに入国させるのはお咎め無しなんでしょ?」
邦光は、頷く。
「こっちは何も制限してないからな。兵士ならいざ知らず、一般市民なら構わぬと思う。だが、一気にこちらに流入されても対応出来ぬから、表立って良いとは言えぬがな。」
アレクサンドルは、言った。
「そんなに悪い状況か。」
勝己という男は、頷いた。
「はい。どこへ行っても何も売れない上に、政府は何もしてくれない。普通の企業勤めの奴らなら大丈夫かもしれないが、オレ達みたいな日銭を稼いで回してるもの達はいっぺんに困る。多くの商人達が、宿にも泊まれないで路上で寝泊まりしてます。金はあっても、いつまでこんな状況なのか分からないので使うわけにはいかないんです。」
克重が、深刻な顔をして言った。
「政府が何もしてくれぬのならそうなるだろうな。ヤマトの方では兵士も出ておらぬし、例えそんな状況になろうとも作物でも何でも、買い上げて支援するんだが。今も、恐らくそうなっているのではないか。」
直秀は、頷いた。
「緊急市場の準備がどうのと、出発の前に公紀殿が言っていたな。恐らくそうだろう。」
緊急市場というのは、政府が買い上げた品々を王城前の広場で、安く市民に売る市場の事だ。
市民は安くいろいろ手に入れることが出来るし、政府は幾らかでも資金が回収できるので、こんな時には売り切れるまで開かれる。
とはいえ、通常より安い価格で買えるので、市民が押し寄せて一日か二日ぐらいで在庫がなくなるのが常だった。
「ミマサカじゃ、そんな事もねぇそうで。オレはミマサカでレイマンを買い付けてこっちで売ってるんですが、あっちが国境を閉じちまったからそれが出来ねぇんで、こうして山の洞窟を使ってあっちで買い付けては戻って来てるんでさ。それで、そんな事情も知っちまって、放って置けなくて。」
邦光は、頷いた。
「仕方がない。もしかしたら、そんな市民ばかりとなるとこちらも国境を閉じる事になってしまうかもしれぬから、とりあえずはお前達は急いでヤマトヘ行け。ここで会った事はオレ達も言わない。お前達も、口外しないようにな。さすがのヤマトも、ミマサカの市民全員を支援して守る事まで出来ぬからな。」
茂と勝己は、顔を見合わせてから、頷いた。
「はい。ここで会った事は言いません。でも、暮らしが落ち着いたら妻と息子をこちらへ呼びたいんです。それは許されるでしょうか。」
邦光は、眉を寄せて首を振った。
「分からない。こちらが良いと言っても、そちらの政府が出してくれるかどうか。こちらへ大挙して来ようとし始めたら、さすがにどこから出ようとしているのか調べて閉じるだろう。オレ達も、どうにかしなければと今、努めているところだ。今はヤマトへお前だけでも行って、生活を安定させて金だけでも送れるように考えれば良い。」
勝己は、下を向いて頷いた。
「やっぱりそうですよね…確かにこんな険しい道を、妻や子供が通って来られるとは思えない。国交正常化するまで、ヤマトで何とか金を送れるように働きます。」
アレクサンドルは、頷いた。
「ならば行け。無理はせぬようにな。我らはこの状況を正すために参る。」
邦光が、さらさらとメモ帳に何かを書いて、勝己に手渡した。
「これを。スエヒロにある宿屋のスコットに渡せばよい。そこに居るケインも、タキへ向かおうとしている。一緒に行って、職を探すといい。ケインは王城の厨房で働くと思うが、お前もどこか紹介してもらえるように書いておいた。何か見つかるだろう。」
勝己は、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。ご恩は忘れません。」
邦光は、首を振った。
「困っている民を救うのが我らの役目。善良な者は、誰一人不幸であってはならぬのだ。」
アレクサンドル信仰。
勝己は、思った。ヤマトの神殿でも、やはり術士はその考えに基づいて行動しているのだ。
その教えに忠実に生きる事が義務付けられている術士達は、だからこそ敬われ、尊重される。
ヤマトでは、信仰は義務ではないが、やはり同じ神のもとに生きている同じ人間なのだ。
そうして、茂と勝己の二人は己の印をたどって去って行き、アレクサンドル達五人は、また暗い洞窟を進んで行ったのだった。




