大国主
しばらく皆が呆然とそれを見ていたが、シエラが我に返った。
「う…」シエラは、思わず叫んだ。「うわああああ!」
気の圧力が凄い。
何しろ、世界を作るほどの力を持った存在なのだ。
それが天ではなく地上で、しかもウラノスのように幻のような姿ではなくはっきりした実態でそこに居るのだから、その霊圧は並みではない。
大国主は、眉を寄せて耳を押さえた。
「うるさいぞ、クロノス。もろに耳に来るからもう少し小さな声で話さぬか。」
いやいや、本体が来るからこうなるんでしょうが!
シエラは思ったが、口に出なかった。
代わりに出たのは、別の言葉だった。
「な、なんで出て来たんですか?!確か台座のある所にしか出て来ないんですよね?!」
大国主は、その場に座ったまま答えた。
「それはウラノスが決めておることであって、我には関係ない。我は基本、己の命が地上にある時は姿は現さぬのだ。だが、気が向いたら出て参る。いちいち細かい事を申しておったら人も面倒ではないか。我だって伝えたい事がある時に台座に誘導など面倒であるし。」
シエラは、困ったようにメレグロスを見た。メレグロスは、ハッと我に返って慌てて額付いて言った。
「オオクニヌシの神よ。まさか直々にお姿を現されるとは思うてもおらずで。大変に失礼を致しました。」
大国主は、それは美しく微笑んだ。
「毎日美しい花と酒、それに供物をご苦労であるな、ダクルスの民の長よ。楽しませてもろうておるぞ。」と、デクスを見た。「主がデクスか。」
デクスは、膝を付いて深々と頭を下げた。
「はい。このようにご尊顔を拝する事など、出来よう命でもありませぬのに。」
大国主は、首を振った。
「何を申す。こちらの命が迷惑を掛けてしもうて、主には謝らねばならぬわ。主の真っ当な生を歪めてしもうたこと、残念に思う。とはいえ、ウラノスが先にあれを連れて参って籠めておったゆえ、狂うた結果でもあるのだ。故にあれは、我に何も申さぬのだろう。だが…確かに主には関係のない事よ。主が生きてそこにあるのは、我にも異存はない。残りの生を、せめて良く過ごすが良い。」
シエラは、横から言った。
「でも大国主様、シャデル王はこの事をご存知ないのです。大国主様から話してくださるんですか?」
デクスが、慌ててそれを咎めた。
「こらシエラ!いくらなんでも神に対して無礼であるぞ?」
しかし大国主は、怒る様子もなく手を振った。
「良い。これは天でもこんな風であった。」と、シエラを見た。「クロノス、シャルディークは愚かではない。デクスを見ればその偽りのない良い命は見通せる。あれを信じよ。ウラノスも、恐らくシャルディークの事は信じておるようよ。」
シエラは、驚いた顔をした。
「え、ウラノスと話したんですか?」
大国主は、苦笑して首を振った。
「我は会っておらぬ。だが見える。シャルディークには今、我の刻印も付いておる。あれがやること、我には筒抜けなのだ。あれは、ウラノスに話に参っておったわ。やはり己の神にすがりたくなるようよ。」
ウラノスは出て来たのか。
デクスも驚いた顔をする。シエラは、言った。
「では、シャデル王は全て知っておるのですか?」
それにも、大国主は首を振った。
「知らぬ。ウラノスは全て地上の事は伝える事はない。ただ、己の目で見て考えよとの。それだけでシャルディークには分かる。ウラノスも、シャルディークを信じておるのだ。」
シエラは、天の事を欠片も思い出さない自分が歯がゆかった。ウラノスとシャルディークの関係性など、知らないのだから信じろと言われても難しい。
デクスが、言った。
「大神よ、ですが我の存在が地上に生きる者の不安となるなら、我は天へ還るべきだと思うのです。」大国主が、デクスを見た。デクスは続けた。「我が神と大神の間での諍いのもとになるようならば、我が天で我が神に大神の御心をお伝え致しましょう。もしよろしければ、お話頂けましたなら。」
大国主は、デクスを見つめていたが、息をついた。そして、言った。
「…主が心を煩わせる事はないのだ。それに、我がここに来て話しておる様はウラノスには見えておる。ここはウラノスの世界なのだからの。主が伝える事もなく、あれはここで我が言うた事は見て聞いておるわ。ただ、台座がないので出ては来ぬ。」と、シエラを見た。「クロノス、黒くなりつつあったウラノスを、自分が元へ戻すのだと、自分は間違っていたと申して無理に我の天からウラノスの天へと戻った主が、誠その言葉の通りにそれをなし得たこと、我は感謝しておる。我もあの時は我の大切な命達のことばかり考えて、ウラノスの考えを理解しようとはしなかった。だが、あれにはあれの守るべきと決めたルールの上に行動しておる。地上の者には理不尽と映るであろうが、皆がそれに従っておるからこその平等。あれはあれで間違っておらぬのだと今は思う。だが、話し合う余地はあるようよ。我が己の作った命達を大切に思う気持ちは変えられぬ。我は、主は間違っておらなんだと今でも思うておるぞ。思い出した時、我の言葉もまた思い出すが良い。」
シエラは、困惑した顔をしたが、頷いた。思い出すのだろうか…?天へ還る時まで、思い出さない気もする。
大国主は、そう言い置くと、皆を見回した。
「ではの。我は去ぬ。長く居てはこちらの世界に支障をきたす。我の気は大きすぎるのだ。」
シエラが、え、と顔を上げると、大国主の美しい姿は、その場からスッと消えた。
その後には、黒い漆塗りで、柄に赤い石が付いた扇がひとつ、立てられてあった。
「…突然に現れるゆえ、肝を冷やしたわ。」メレグロスは、立ち上がって言った。「主の母の神であるよな、ラーキス?」
ラーキスは、息をつめていたのかフーと肩で息をつくと、頷く。
「妻の神でもある。まさか出て参るとは驚いた。天で見た時より気の圧力が強すぎて潰されるかと己の精神を守るのに必死であったわ。」
クラトスが、同じように力を抜いて言った。
「なんと強大な気ぞ。神とはかくも違うか。格が違う。抑えようとしてくれていたようだが、それでも地上ではああなるのだろうの。だからこそウラノスは、台座に幻でしか来ないのかも知れぬぞ。」
メレグロスは、息をついた。
「オレにはただただ有り難いばかりで、畏れ多くてまともに顔も見られなかったわ。とはいえ、デクスがここに存在することを認めてくだされた。主は誠に危険の無い男なのだと証明されたの、デクス。」
デクスは、それでも首を振った。
「情けをかけてくだされただけぞ。それでも我のやった事は消えぬ。例え黒い心を植え付けられようとも、それを越えて白くなれば問題なかったのだ。我のせいで多くの人が犠牲になった事実は消えぬ。ミマサカでも、9人もの人々を犠牲にしたのだ。目覚めた時、まだ我は身の内の黒いあやつを抑えられていなかった。混乱したあやつが、回りをかえりみず力を暴走させて神殿を崩したのだ。ミマサカの民は、我を恨もう。何も昔の事だけではないのだからの。」
シエラは、その時の事を思い出した。そう、あれで自分は友達のカイラを失った。妹のジェンナの友達で、誠二と四人で長く幼い頃から一緒だったのに。
だが、デクスは悪くないのだ。そのつもりでやったことではなかったのだから。
それでも、シエラは何も言えなかった。昔の事ははっきりとデクスは悪くないと言えるのだが、直近であった出来事が記憶に生々し過ぎて、それを言われると昔に死んだ人々の無念が胸をついて、自分に、デクスに罪はないとは言う権利が無いように思えたのだ。
クラトスが、言った。
「…とにかくは、シャデルぞ。会いに参るのだろう?」と、戻って来て躊躇いがちに遠くこちらを見ている、シャーキス達を顎で示した。「あれらに連れて行ってもらうがよい。早う食事を済ませて、デンシアへ参らねば。」
言われて、そうだ、とシエラは義朋やゴードン達を見た。
四人は一ヶ所に固まって小さくなり、今起こった事の衝撃からまだ立ち直ってないようだった。
何しろ、一般の人が神の姿を目の当たりにすることなど普通は無いのだ。
アレクサンドルとは格の違う本当の神に遭遇して、敬うを通り越して畏怖の念にとらわれたのだろう。
「…じゃあ、食事をしてすぐに飛び立とう。」シエラは、言った。「アーサー、食べ物を出して。」
アーサーは、ハッとしたように頷くと、急いで鞄をあさって次々に食料を大きくし始める。
シエラは、それを待ちながら、何が一番正しいのか分からなくなっていた。




