ダッカ
メレグロスは、小さな白木の祠の前で立ち止まった。
客をそこへ案内するということは、何かあると誰もが思うようで、村の建物が密集している方向からは、数人の大柄な男と、スラリと背の高い男達が一緒にこちらへと急いでやって来る。
そのスラリとした体格の、メレグロスと同じ年頃の整った顔の男が、言った。
「メレグロス?クラトスをここへ連れて参るなど、どうしたのだ。」
メレグロスは、言った。
「ラーキス。クラトスは良いが、連れて来たのはデクスなのだ。」
ラーキスと呼ばれた男は、じっと六人を代わる代わる見た。そして、言った。
「…特に問題はない。問題というたら、あまりに白い事よ。」と、デクスとシエラを指した。「この二人。常人ではまず見ないほど白い。前にこれほどの色を見たのは、天の存在ぐらいぞ。シャデル王と同じぐらいで眩しいほどよな。」
隣に立つ、風貌がよく似た男も頷いた。
「オレもそのように。仮にデクスという男だとしても、心にやましい事など何もない。」
シエラが困惑していると、クラトスが言った。
「この二人は我の同族ぞ。こちらではグーラというらしい。寿命は我らと違って人と同じぐらいなので、風貌はこうであるが、我より年下ぞ。そちらがラーキスで、コチラがその息子のシャーキス。」
ラーキスは、じっとそれを聞きながらシエラを見ていたが、ハッとした顔をした。
「主…どこかで見たと思うたら、クロノスではないのか。その気の色、間違いない。地上に降りておったのか。」
シエラは、また顔見知りか、と思ったが、あいにく全く覚えがない。
なので、首を振った。
「何も覚えてなくて。あなたを見て、なんか懐かしい気はするんですけど、分からないんです。」
ラーキスは、頷いた。
「地上に降りたら記憶はなくなるものらしいしの。とはいえ、何かのきっかけで思い出すもの。オレの父と母が、主の幼い頃チュマと呼んで可愛がっていたのが主らしい。オレは幼い頃から、天に兄が居るのだと言われて育ち、二十歳ぐらいの時に天で一度主に会っておる。その父母も、寿命を迎えて先頃逝った。今頃は天で、もう循環に入ったやもしれぬ。」
シエラは、それを聞いて何か、強い感情が突き上がって来るのを感じた。なんだか分からないが、まるで家族を亡くしたような、そんな感情だ。
「シエラ…。」
デクスが、シエラの肩に手を置く。
シエラは、ハッとしてデクスを見る。顔を動かして知ったが、顔に当たる風が冷たい。
触れてみると、シエラは自分が大量の涙を流していたのを知った。
「…なんだろう、急に。」シエラは、感情が堰を切ったように流れて来て、嗚咽を漏らした。「悲しいんです、なんでだか。」
それを見たメレグロスが、言った。
「…クロノスか。心の底で覚えていて、嘆いておるのだろう。」と、息をついた。「…で?話を聞こう。デクス、主が我らの警戒するデクスだとしたら、なぜに戻って参ったのだ。こちらでは主をそれは黒い存在として、忌み嫌う。地上を乱した張本人であるからの。シャデル王がデクスの一部がウラノスに救い出されてシマネキヅキに封じられているのを感じ取ったと聞いている。封が解けて今、またこの地に戻るとはいったいなぜ?」
デクスは、答えた。
「あちらで起こっている事を、シャルディークに知らせるためぞ。」
メレグロスは、その答えに眉を寄せた。
「シャデル王か。あれは主を探しておったぞ。見付けたら捉えようとするだろう。主はあれの前世、シャルディークた呼ばれた時に封じて天にも帰れぬようにしてしもうたのだろうが。」
デクスは、頷いた。
「その通りよ。それでも行かねばならぬのだ。ミマサカの王は、偽りを隠す能力を持っている。シャルディークがそれに惑わされるようなことはあってはならぬ。そのために、我を捕らえて殺すと申すならそれでも良い。別にもう、地上に居たいなどと思うてはおらぬ。我はの、ウラノスに哀れまれた元の我の人格なのだ。リツコに黒い心を植え付けられる前のな。ウラノスは、本当なら修道士として天寿を全うしただけであっただろう我の生を、取り戻してやろうと思うてくれたらしい。なのでここにある。本来、とうに消え去った命なのだ。今さら惜しい事もない。」
そう言い切るデクスの目は、気の見えないメレグロスにも真っ直ぐで迷いのないように見えた。
黙って聞いていた、ラーキスが言った。
「…気の変動は欠片もない。真っ白で偽りのない言葉ぞ。デクスは本当にそう思って言っているのだ。」
メレグロスは、困ったようにデクスを見ていたが、渋々頷いた。
「そのようよ。我は気を見る事は出来ぬが、偽りなど感じなかった。これが誠に皆が案じたデクスなのかと疑うほどぞ。」と、息をついた。「ならば、ここで滞在して休む事を許そう。ここから人を乗せて飛ぶなら、いくらグーラでも半日以上は掛かる。一晩中飛んで来たのだろうし、とりあえず寝るがよいぞ。」
しかし、デクスは首を振った。
「食事だけして、すぐに発つ。あちらでは本当に面倒な事になっていて、このままでは戦になり、多くの罪もない命が犠牲になる。どうしても、戦になることは阻止せねばらぬのだ。北からは、アレクサンドルも同じようにサラデーナを目指しているはず。我らも安穏としておる場合ではないのだ。」
クラトスが、言った。
「我も休んでから参ればと言うたのだが、これは聞かずで。なので申し訳ないが、誰か土地に詳しいディーラに運んでもらえぬだろうか。」
メレグロスは、顔をしかめてラーキスを見た。
「それは…ラーキス、主はどう思う。」
まだ、完全にデクスを信じる事が出来ないらしい。
しかし、ラーキスはあっさり頷いた。
「シャーキスに行かせる。」と、シャーキスを見た。「シャーキス、ルークとハーキスと共にデンシアへこれらを連れて参れ。」
シャーキスは、頷いた。
「はい、父上。では、あれらにも準備をさせます。」
シャーキスは、さっと村の建物の方へと走って行く。
それを見送りながら、メレグロスが言った。
「ハーキスもか。己の息子達に行かせるほどこれらを信頼しておると。」
ラーキスは、頷いて言った。
「デクスは何の曇りもない心を持っておる。主には見えぬやもしれぬが、我らにははっきり見えるのだ。それに、我が兄のクロノスが困っておるのに、手助けせねばならぬ。」
クラトスが、横から頷いて言った。
「先入観を捨てよ。これは主が知る男ではない。我らも最初は聞いていたのと違うと思うたが、誤解が生じておるのだ。現実を見るが良いぞ。」
しかし、デクスは重苦しい顔で言った。
「…仕方のない事なのだ。あれは、確かに我がやったことよ。黒い心の我ではあるが、それでもあれがこの我であったのは間違いない。なぜにリツコが我を選んだのかは分からぬが、他と比べて付け入る隙があったのやも知れぬし。どちらにしろ、我はやったことの責任は取らねばならぬと思うておる。」
シエラが、慌てて割り込んだ。
「デクスは悪くないじゃないか!全部あの黒い心のせいなんだもの!きっと、あんまり真面目で真っ白だから、そんな男を貶めたいとか思ったんだよ、その元創造主の女は!性格悪いよ!」
まだ涙の跡はあったが、もう泣いてはいないシエラが叫んだ。
デクスは、苦笑した。
「また主は。良いと申すに。消滅を免れただけでもウラノスに感謝しておるのだ。我はもう、特に地上での生にこだわりなどない。」
メレグロスとラーキスが顔を見合わせる。
クラトスが、言った。
「ところで、主らは面倒な奴らが来たらまず、ここへ連れて来るが、この祠は何ぞ?ここの神を奉っておるか。」
それには、ラーキスが答えた。
「この祠は、我の母のサキの世界の神を奉るものなのだ。この土地には異世界からの住人がいくらか残って生活しておって、そちらの世界の神の力の石がおさめられておる。」
クラトスは、眉を上げた。
「それは…もしかして、ショウタの世界の神か?オオクニヌシとかいう。」
シエラは、目を見開いた。大国主って…。
「…え、ウラノスと敵対してるとかいう?!」
メレグロスが、渋い顔で言った。
「敵対と申すか、行き違いかの。ウラノスがあちらの世界の人をこちらに連れて来ておったから怒ったのだ。一度はそれで話し合い、もうそんなことはせぬことになったのに、またあったのだとか。アレクサンドルはオオクニヌシの世界の命で、その昔創造主をしておったのだと聞いておる。」
ラーキスは、頷いた。
「まあ、我らには遠い世界の話であるが、この世界の在り方をきちんと定めてその理に忠実に生きるウラノスと、人の心を大切にして時にはそれを曲げる事も厭わないオオクニヌシとの間で考えの相違が生じておるのだと思うがの。」
シエラは、閉じられた祠の方を見た。ということは、大国主は今もこの話を、力の石からどこかで聞いているのかもしれない。
「…だったら、オレが話すよ。きっと、大国主だって話せば分かる神様だと思うから。ウラノスだって、デクスを助けてくれたんだもの。人を大事に思ってるんだって話さなきゃ。デクスは悪くないもの。」
デクスは、慌てて言った。
「良い、今はそれどころではない。我にはもうウラノスの刻印がついておるし、天へ行ってから必要なら話に参るから。神はいろいろ忙しいのだ、我個人の事で煩わせるでない。ウラノスとオオクニヌシのことは、双方で何とかすると思うぞ。それに、オオクニヌシは我の事には一切関与していないのだからの。何しろ、我はアレクサンドルと違ってこちらの命なのだ。」
シエラは、それでも首を振った。
「でも、じゃあ律子って創造主は?どっちの命なの?話の流れから聞くと、あっちの世界の命なんじゃないの?そのあっちの世界の命にデクスがこんな目に合わされたのに、それに対してはどうなの?ウラノスは文句言った?」
言われて、デクスは黙った。言われてみたらそうなのだが、二人の神の間で何があったのかは分からない。そういえば、コンラートも同じようなことを言っていた。ウラノスが反論出来る材料になるから、デクスは生きなきゃならない、とか何とか…。
「…あれはその事に関して何も申さぬな。」不意に、祠から声がして、皆はぎょっとしてそちらを振り返った。「言われてみたらそうなのだ。あやつは何も言わぬ。心の内では思うておったやもしれぬ。だが、何しろあれは寡黙な奴で。」
祠の扉が、音も立てずにスーッと開いた。
その中には、これでもかと華やかに美しい神が、着物姿で座ってこちらを見ていた。




