ヤマトの城
その頃、ヤマトの城ではコンラートがイライラとミマサカのある西の空を見ていた。
何やら胸騒ぎがして収まらない。デクスとアレクサンドルが、南北に分かれて進んで行ったのは分かったが、そこからはもう、気取れていなかった。
…天に居る時は、簡単に世界全体を見通せたのに。
コンラートは、地上に生きるのがこれほど不自由だったのかと唇を噛んだ。何しろ、生きながら天へと招かれたのは遠い昔、まだ相当に若い時だった。それからずっと天に居たので、その感覚しかコンラートにはない。
クロノスのように赤子から地上で育ち、己が天に居た事すら覚えていないのとは、訳が違った。
…ウラノスは、どうしてるんだろう。
コンラートは、思った。地上に降りてから、最初は何度も台座の場所へ行った。ウラノスは最初こそ何度も出て来てくれたものだが、地上に生きるという意味を考えよと言って、本当に必要な時以外には出て来てくれなくなった。
そのうちに、地上でしっかり何かを学ばなければ、ウラノスは天へ帰ってもすぐにまた降りろと言うのでは、何よりクロノスに負けてしまうのでは、と思って、自分なりに考えて行動するようになった。
ウラノスから聞いていた、デクスのことを解放したら、少しは何かが動き出すのではないかと、デクスの封印を解く事を考え、自分だけでは力が足らず、しかも自分が知っている術では解けない事を知った。
なので、ミマサカのもの達を募り、せっせと一から術を教えてその助けにしようとした。
そして、広場で、今はシエラという名の、クロノスを見付けた。
…クロノスの力が加われば、絶対に解ける。
コンラートは思い、まだ何も思い出していないクロノスを誘導して、見事に術を解く事に成功したのだ。
…ヤマトの王が、サディアスだったなんて。
コンラートは、難しい顔をしながら思った。偶然とは思えない。ウラノスはこんな風になることを想定して、サディアスにここへ降りるように言ったのだ。
サディアスはシャルディークに対抗出来る唯一の命だった。同じ時期に刻印を付けられ、古くからウラノスに仕えてその教えの通りに生きて成長し、ぶれない。
シャルディークが長くディンダシェリアに囚われている間も、転生を繰り返して相当に経験を積んでいる、それは優秀な命だった。
天でも皆、ウラノスに言いにくい事はサディアスに言っていた。それぐらい、サディアスは頼りになる強い命なのだ。
そのサディアスが、あっさりと封じられてしまった。
信じ過ぎるところは、シャルディークと変わらない。サディアスも人を信じる命なのだ。何しろ、偽りは見抜ける力を持っている。
しかしそれが、盲点だった。まさか、栄進という王が、偽りを隠す術を編み出していたなど、思いもしなかったのだろう。
まして、あれだけ有利だったのにミマサカを侵略することもなく、王を殺す事もなく、世話をしていたのに恨まれているなど思わなかったのだろう。
実際、ミマサカの政務はこちらに比べて賢いとは言えなかった。
同じ王国で、民の幸福度が違ったからだ。
こちらは王の庇護のもとに皆が幸福なのだと分かっていて、皆忠実に心から仕えているが、あちらでは自分達の生活に一生懸命で、神を心の拠り所に、毎日をあくせく生きている。
王が何とかしてくれるとは、誰も考えていなかった。
自分達のことは自分達でやる、という意識なので、独立心は育つのだが、政権としては不安定だろう。
政治と民の生活の解離が激しく、生きていくのに特に必要とされない状況になっているからだった。
…今の状況を、何とか出来ねば放って置いてもミマサカは足元から崩れる。
コンラートは、思った。
天からたくさんの世界のたくさんの国を見て知っていたコンラートは、そう分かっていた。
なので、ヤマトの未来など、コンラートは案じていなかった。サディアスが賢く統治していたお陰で、この国は揺るぎない。
それより、サディアス本人の事だった。
封じられているだけなのは、アレクサンドルの話で分かっていた。だが、何やら落ち着かない。
遠くミマサカを探るのだが、どうもサディアスの気配が弱い気がするのだ。しかも、どんどんと弱まる気配すらした。
…まさか、封じの中で何か起こっているのでは。
今サディアスに何かあったら、自分はこの地上での生涯を、このヤマトの王として過ごす事になってしまう。
コンラートは、王になんてなりたくなかった。
王という地位が、どれほどに面倒で窮屈で孤独なのか、嫌になるほど知っている。
そもそもコンラートは、シャルディークやサディアスのように、国を治めて行く気概も覚悟も持ち合わせていなかった。
そんな面倒な事を、続けろと言われるのははっきり言って、迷惑だった。
…ウラノスが考えている成長が、僕の王としての心得とかじゃなかったらいいな。
コンラートは、そんな事を思いながら、ため息をついていた。
するとそこへ、中年の男が入って来て、頭を下げた。
「コリン様、お食事の準備が整ったと侍女がお伝えしたようですが、何やらお考えに沈んでいらして出て来られないと聞きまして。」
コンラートは、チラと男を見て、言った。
「公紀か。分かった、行く。ただ、リュウガが心配なんだよ。」
公紀は、龍雅が幼い頃から遊び相手として側に居た、その頃の側近の子で、今も側で龍雅を支えて忠実に生きている重臣だ。
龍雅の事が心配なのは、この男も同じなので、暗い顔をした。
「はい。それは私も同じです。コリン様のお気持ちはお察し致します。」
コンラートは、息をついて立ち上がった。
「まだ何も連絡はない?あっちに行ったら、きっとシャデル王がミマサカなんかものともせずにこっちへ連絡をくれると思うんだけど。」
公紀は、首を振った。
「まだ何も。一昨日の朝に出られたばかりなので、まだご到着なさっていないでしょう。まともに行ってもミマサカを縦断するには数日掛かりますし。」
コンラートは、首を振った。
「あのさ、飛べるんだよ。それも、かなりのスピードで。リュウガがそうだったでしょ?ミマサカの城までさっさと行ってすぐ帰って来たでしょ?デクスもシエラも、アレクサンドルもそう。まあ、まともに行けないから困ってるんだけどさ。」
公紀は、神妙な顔をした。
「はい。確かにおっしゃる通りです。」
どうやら、公紀はコンラートが龍雅を心配なあまり、無茶を言って自分に当たっているのだと思っているらしい。それでも、その気持ちは分かるので理不尽にも耐えねばという気持ちが、その言葉からは感じられた。
コンラートは、自分もサディアスと同じように相手の考えが手に取るように分かるのだと言いたい気持ちだったが、ここでこれ以上公紀に言っても仕方がない。
なので、フッと息を付くと、朝食の席へと向かったのだった。
デクスは、クラトスに乗せられてダッカへ到着していた。
頭に白髪が混じる大きな男が、ドスドスと音を立てて歩いて来て、それを迎えた。
「おお、クラトスではないか。久しぶりよな、壮健か?」
クラトスは、デクス達を降ろしてスルスルと人型を取ると、微笑んで頷いた。
「メレグロスか。なんとの、人は老いるのが早いものよ。もうそのようになるか。」
メレグロスと呼ばれた男は、苦笑した。
「あれから二十年ぞ。オレはもう六十を過ぎた。それより、珍しいの。」と、デクス、シエラと視線を動かした。「初めて見る顔よ。本日は何用で参ったのだ?」
シエラは、こちらではデクスはお尋ね者なんだと自分が言わなければならないかと思ったが、デクスが先に口を開いた。
「いきなりに訪ねて邪魔をするの。我はここよりずっと東のシマネキヅキのヤマトから参った、デクス。そしてこちらがシエラ、義朋、寿康、アーサー、ゴードンぞ。」
デクスという名に一瞬眉を寄せたメレグロスだったが、すぐに微笑んだ。
「ああ…すまぬ。同じ名に心当たりがあったので、少し驚いた。」
デクスは、頷いた。
「良い。我がそのデクスであるから。この大陸を乱した張本人ぞ。」
メレグロスは、途端にサッと険しい顔をすると、その大きな体でどうやってと言うほど素早く腰の剣に手を置いて構えた。
「…なぜにデクスがここに。」
クラトスは、慌てて言った。
「待たぬか、これはデクスだが聞いていたような奴ではないわ。我もラファエルもこれの誠は知っておる。なんならこちらのディーラ達に見せてみよ。偽りを見抜く能力が無くとも、気を読めば分かる。主より更に真っ白ぞ。そんじょそこらで見る白さではないわ。」
メレグロスはまだ警戒していたが、それでも剣からは手を放した。
「…話を聞こうぞ。」と、踵を返した。「来い。」
そうして、果たしてこの状態で村の中まで行っても良いのだろうかと顔を見合わせる六人に頷き掛けて、クラトスは言った。
「行こう。なに、恐らくは村外れの祠の方にでも行くのだろう。村に何か分からぬものが来たら、いつもそこで話すのだそうだ。なんでも、神の兄弟が奉られてある祠があるらしい。」
訳が分からなかったが、六人はとりあえず頷いて、メレグロスを追って歩いて行ったのだった。




