封印
ショーンは、イライアスの勧めで姿を元の白い髪の、皆が見慣れた姿へと戻して、そうして神殿へと向かった。
いい具合に閣僚と将軍、そして栄進は会合の間で詰めていて、出て来る様子はない。
なので、ショーンが戻って来たと知られる危険が無いと、イライアスは判断したのだ。
思った通り、術士達は何も知らずにショーンの姿を見て、ホッとしたような顔をした。
「ショーン殿!ああ、戻ってくださって心強い限りです。」
イライアスは、言った。
「封印がどんな様子か案じていて。今から一緒に降りては頂けないか。」
司祭の一人が、何度も頷いた。
「ええ、ショーン殿に見てもらわねばと皆で言うておったのです。アレクサンドル様が上から封じをかけてしまって、我らがそれを解く事が出来ないと陛下が大変に怒っておられて…。主なら、術を知っているかと。」
ショーンは、眉を寄せた。封じを解いたら、栄進が何をするつもりなのか、こいつらは知ってるんじゃないのか。
だが、今は龍雅が封じられている場所へ行くのが先だ。
ショーンは、案内されるままに、イライアスと共にその、司祭について地下へと向かった。
地下へと到着すると、十人の術士が立ったまま、じっと回りを警戒しているその向こうに、石の棺のような物が鎮座しているのが見えた。
…あれだ。
ショーンは、そこから強い封じの術を感じて思わず駆け寄った。
術士達が驚いて思わず構えたが、駆け寄って来たのがショーンだと知って、力を抜いた。
「ああ、ショーン殿。」
ショーンは、ホッとしたような顔をする術士達に目もくれず、その石棺に手を翳した。
じっと術の波動を読むと、外側の術はアレクサンドルの力を感じ、内側には複数の術士の力の層のような形で、術があるのを感じた。
「やはり、ショーン殿の力をもってしても術は解けないでしょうか。」ここまで連れて来た、司祭が言う。「陛下はご機嫌が大層お悪くて、我らの総力を決して解けと連日矢のように催促されて…。」
ショーンは、翳していた手を、下した。
「オレにアレクサンドルの術が解けるはずなどねぇよ。得意分野ならあいつにも負けねぇつもりだが、封じなんざオレの専門じゃねぇ。だが、この術は質が悪い。お前ら、気付いてないのか。」
司祭や、そこの守りについている術士達が、一様に顔を見合わせて、首を傾げた。
「どういう事でしょう。」
ショーンは、続けた。
「アレクサンドルの個人の術は、封じて眠らせる術で力加減もちょうどいい感じだが、お前ら、必死で力加減も考えずに放っただろう。下に、術を掛けた…ええっと、この層の様子を読むと、8人で掛けた術、それぞれを個々人で掛けた状態になってる。つまり、同じ術を八重にかけてある状態だ。こんなことをしたら、封じが強過ぎてじわじわと締め付けて行く状態になる。このまま放って置いたら、リュウガ王は意識がないまま、術に潰されて消える事になる。」
司祭も、他の者達も驚いた顔をした。まさか、そんな事になっているとは思わなかったらしい。
「…という事は、陛下にご報告をしなければ。」
司祭が、慌てて階段の方へと踵を返そうとするのを、ショーンがその腕を掴んで止めた。
「お前な、このままじゃ死ぬかもしれねぇって言ってんだぞ。お前達が掛けた術はお前達自身が解く事が出来るだろうが。アレクサンドルの術の中とはいえ、お前達の力を自分達に引き上げる形で消せるはずだ。お前らの術が危険なんだぞ。今すぐ消せ。自分が掛けた分だけでも。」
司祭は、ショーンの手を振り払うと、襟を正して憤慨した顔をした。
「陛下のご命令無しにそんなことは出来ません。あなたは他国の術士でしょう。そんなかたの言う事を聞くわけにはいきません。」
ショーンは、慇懃な態度の初老の司祭の、胸に指を突きつけて言った。
「じゃあオレはヤマトの王代理に誰が殺したと聞かれたら、お前らミマサカの術士だと答えるぞ。」司祭は、グッと眉を寄せた。ショーンは続けた。「人の命を何だと思ってるんでぇ!お前らは、術で人を癒すんだろうが。人を殺す術を、アレクサンドルは教えたか。お前らは知らねぇだろうがな、アレクサンドルは甘い方だ。もっと厳しい融通の利かない神が、まだその上に居るんだぞ!リュウガ王は、恐らくその神が目をかけてる命の一つ。殺されたら烈火の如く怒って、どんな災害が起こるか分からねぇぞ!こんな状態のミマサカが、今神の罰なんか受けたらイチコロだろうが!」
術士達が、不安そうに顔を見合わせた。
司祭も、一瞬顔色を変えて不安げにしたが、すぐに背を伸ばして言った。
「神に祝福された命なのは、陛下とて同じです!王族としてお生まれになり、ここまで君臨してこられ、大司教として神殿にも君臨なさっておるのですぞ!口を慎まれるが良い!」
ショーンは、司祭を睨みつけた。
「神の祝福だ?お前らはその神と崇めるアレクサンドルに何をした。アレクサンドルはお前らに欺かれてここを出たんじゃねぇのか。その更に上の神の顔も見た事もねぇくせに、偉そうに言うんじゃねぇよ!」
司祭は、ムッとした顔をしたかと思うと、ショーンを睨みつけて叫んだ。
「…捕らえよ!」司祭は、上階にまで聞こえる声で続けた。「陛下の事をかくも貶める大罪人ぞ!すぐに捕らえよ!」
術士達は、それを聞いて一瞬、躊躇った顔をしたが、司祭の言う事に逆らう事も出来ないようで、おずおずと杖を上げた。
ショーンは、自分を囲む術士達の杖を見回してから、司祭を見た。
「…そうか、オレに敵うと思ってるんだな。」と、スッと浮き上がった。「ま、やってみな。」
途端に、ショーンの姿はスッと消えて霧のような状態になり、目の前の司祭の眼前を物凄い勢いで吹き抜けて行った。
その勢いに押されて尻餅をついた司祭は、呆気に取られていたが、慌てて叫んだ。
「追え!早く!」
術士達が、何を追ったら良いのかと必死に気配を探りながら、階段を駆け上がって行く。
イライアスは、司祭の前へと落ち着いて歩き寄って来て、まだ尻餅をついたまま、立ち上がろうともがく司祭に、言った。
「…どうやって捕らえるつもりですか。ショーンに敵う術士がここには居ない。出来るのなら、あなたがすれば良いではないか。」
司祭は、イライアスの言葉に顔を赤くすると、怒鳴るように言った。
「うるさいぞイライアス!大きな口を叩いている暇があったら、追わぬか!」
イライアスは、首を振った。
「分かっていないのはあなたの方ぞ。これで、アレクサンドル様ばかりかショーンまで敵に回す事になった。ショーンはディンダシェリアの民。しかも、王に遣わされた重臣。司祭、あなたはご自分が何をしでかしたのかまだ分からぬか。」
司祭は、ハッとした顔をした。ディンダシェリアの力が得られたらと、陛下が言っていたのではなかったか。
しかし、敵対行為をしたばかりに、それを反故にしてしまったと?
「…陛下の事をあのように言うたからぞ!」
イライアスは、また首を振った。
「国に関わる大事だ。ここに居る皆が見て聞いた。言い逃れは出来ぬし、オレは今見たそのままを陛下にご報告する。無事で居られたら良いな、リーマス司祭。」
リーマス司祭は、立ち上がる事も忘れて、茫然とその場に座り込んだ。
イライアスは、そのまま去ったショーンを追う事もせず、ただ城へと戻って、会合の間へと向かったのだった。
ショーンは、結構な量の気を使う術を掛けたので、少し疲れてメグミを抜けた森へと飛び込んだ所で、一息ついた。
暗い森は、夜の今完全にショーンの姿を隠してくれる。
ミマサカの術士達では、ショーンを追って来る事は出来なかった。
体を一時的に風に乗せて細く長く糸のように変えて勢いよく飛ぶこれは、あまり長い間使う事が出来ない。
何しろ、体を無理な形にしてしまうので、長い間その形を取って生きる事が出来ないのだ。
ショーンは、元の型に戻って、ホッと力を抜いた。リーマスの前では恰好を付けたが、はっきり言って、術士に囲まれた場所を抜けるにはこれしか方法は無く、そしてこの術はあまり使いたくない術だった。
気を隠すために薄っすらと膜の術を被ってから、更に森の奥へと移動しようとすると、目の前にいきなり、何かが着地して来て、ショーンの行く手を阻んだ。
「!!」
さすがのショーンも、今追手かと慌てて手を上げて術を放てるようにと構えると、相手は言った。
「ショーン。」
ショーンは、びっくりして目を丸くした。
「シャデル陛下っ?え、どうやってここへ?」
シャデルは、特に苦労した様子もなく、いつもの居間で着ている軽装で目の前に立っていたのだ。
しかも、網の術が張り巡らされてあるというのに、明らかに上から舞い降りて来た。
シャデルは、苦笑した。
「驚かせてすまぬな。デルタミクシアからこちらの山脈へと繋がっておるし、そこを低空に飛んで木々の間を抜けて参ったのだ。そうしたら、空ばかり見ておる術士達の網にかかることも無いし、目視も不可能よ。主はわざわざディア・メルから地上を抜けて参ったのだな。」
ショーンは、そんな簡単な方法があったのか、と不貞腐れた顔をした。
「知っていたなら教えてくださればよろしいのに。時間ばかりが経ってしまって。」
シャデルは、息をついた。
「我とて、こちらの状況を高く昇って見下ろして調べてから、ルートを決めたのだ。主が参った時点では、こちらの詳しい状況は分からなんだからの。して?どの程度分かった。エイシンはなんと?」
ショーンは、追手が確かに来ていないのを確認してから、言った。
「…はい。聞いた所、エイシンはやはり、リュウガ王を不意打ちで封じて地下へ籠めておりました。実際に地下の封じた場所を見て参りましたが、石棺に入れた状態で、上から八人の封じの術が掛けられた上、その上からアレクサンドルの術が掛かっている状態で。アレクサンドルの術は命に別条のない物でしたが、他の八人の術は層になっていて、じわじわと術同士が締め付け合い、封じている者を圧迫しつつある状態で。このままではリュウガ王が死ぬと術を解くように言ったんですが、エイシンに報告するとか悠長なことを言っていて、オレまで捕らえようとしたので、逃げて来ました。」
シャデルは、じっとショーンを観察して、顔をしかめた。
「…霧の術を使ったか。あれは体に負担がかかるゆえ、あまり使わぬ方が良い。我とて余程でなければ使わぬのに。」
ショーンは、息をついた。
「よっぽどだったんですよ。神殿の精鋭の術士達に囲まれてましたからね。ですが…」と、険しい視線をシャデルに向けた。「リュウガ王は、あのままでは危ない。ただの封印ではありません。今もじわじわと締め付けて縮んでいるのではないでしょうか。あの状態では、もって後二週間も無いぐらいでしょう。」
シャデルは、同じように険しい顔をした。
「誠か。それは見逃せぬの。」と、木々の隙間から見える、月を見上げた。「…ショーンよ、我はウラノスに会って参ったのだ。」
ショーンが、驚いた顔をした。
「え?台座ですか?ウラノスは、出て来たんですか?」
シャデルは、頷いてショーンを見た。
「そうなのだ。我は、ウラノスと話し合わねばと思うた。我らがウラノスが決めたルールを守っていなかったのは事実であるし、我らにも悪い所があると認め、とりあえずこれからの助言だけでももらえぬかと思うた。ま、聞いてもらうだけでも良いかと。結局は、我には甘えがあったのだ。ウラノスならば、こちらの話にも耳を傾けようとの。」
ショーンは、食い気味に言った。
「そ、それでウラノスは?どんな様子でしたか?」
シャデルは、ショーンの慌てた様子に苦笑しながら、答えた。
「常と変わらぬ様子であった。我が愚痴ったので、放って置けぬと出て参ったようであった。我は…やはり、あれを父親のように思うておるのだろうの。己があれに対して甘えがあるのだと思うたわ。あれは、真実を見よと申した。デクスの事もの。ゆえ、我はヤマトで話をせねばと思うたのだが、リュウガが捕らえられておるなら、今のヤマトは神経質になっておるであろうし…難しいか。」
ショーンは、頷いた。
「どちらにしろ、ヤマトヘ行くならば道を見つけねばなりません。山脈はアレク大河で分断されており、途中にヤマトサカ渓谷があります。河は見張られているので、そのルートは使えません。」
シャデルは、考え込むような顔をした。
「…一度戻るか。リュウガが気に掛かるが、主の見立てでは二週間。我ならすぐにこちらへ戻れるゆえ、策を練ってからまた戻って参ろう。」と、スッと浮いた。「ついて参れ。我が抜け道を先導するゆえ。」
ショーンは頷いて、龍雅が気に掛かってチラと街の明かりの方へと視線をやったが、そのままシャデルの背を追って、木々の間を飛び抜けてディンダシェリアの方角へと飛んで行ったのだった。




