ミマサカの情勢2
ショーンは、龍雅の事も気になったが、とりあえず栄進が何を考えてこんなことをしているのか、調べて来なければと暗くなってからまた、城の裏側へと回り込んだ。
相変わらず多くの兵士達が配置されていたが、術士が居ない。
恐らく交代で術士達は休憩に入っているかと思われた。
…術士が居ないなら、簡単だ。
ショーンは、スーッと術を纏うと、兵士達に触れないように、視線を誘導しながら動いた。
これは、ショーンが見えなくなっているのではなく、兵士が視線を向けない事でショーンを見ないという状況を作って、入り込む手法だった。
この方法も、術に長けた術士が居たら、簡単に気取られてしまうので、普通は一般市民の目を欺くぐらいにしか使えない。
だが、こうして術士が居ない軍の中では、兵士達の視線を誘導することの魔法がとても有効なのだ。
ショーンは、そんな訳で堂々と塀を飛んで、城壁の中へと入り込んで行った。
城の中にも、術士の気配はなかった。
とはいえ、油断は出来ない。
あの栄進が、全ての術士を自分の側から離したとは思えず、残すなら力のある者だけを厳選しているはずだからだ。
ショーンは、城へと入ると脇の物置部屋へ入って、じっと皆の動きを観察し、誰が残されているのか把握しようと努めた。
するとそこへ、イライアスが入ってきた。
不機嫌な顔をしており、その上顔色はカなり悪い。
気取られる恐れがあるので気を探ることは出来ないが、かなり気を消耗しているように見えた。
「イライアス。」それを迎えて、基明が降りて来た。「ちょうど良いところに。陛下が民の不満を抑えるために施策をと申されていて、これから会合なのだ。お前も来い。」
しかし、イライアスは首を振った。
「気を消耗していて動くのもつらい。射程距離ギリギリから更に上に影響する網の術なんて、誰にとってもかなりの負担で、術士達が疲弊してきている。使い物になる者が減って、網が荒くなっているんだ。このままでは、簡単に網を抜けられる。もしかして、ヤマトはそれを待っているのではないか。誰も術が放てなくなったミマサカなど、龍雅王の従兄弟の術士に敵うはずなどないのに。」
基明は、眉を寄せてそれを否定した。
「口を慎め、イライアス。主らなら少し休めばすぐに回復する。また術を放てるだろう。」
イライアスは、睨むように基明を見た。
「だったらお前、やってみろ。オレはすぐに回復する。お前の言う通りだ。だが、普通の術士は一時間おきに交代で一晩中放ち続けたら、次の日の晩まで声も出せない状況に陥る。更に術を放てるまで回復するのは次の日の朝。オレ一人でミマサカ全域に網を張れるわけではないし、一月もすれば攻めてきたヤマトの軍に立ち向かえる術士など一人も残っていないぞ。現実から目を反らさず、どちらかに決めるべきだ。龍雅王を盾にヤマトに攻め込むか、それとも民には手を出さないと信じて籠城するのか。どちらにしてもこのまま国全体に網を張り続けるのは自殺行為だ。」
ショーンは、イライアスの言っていることは間違っていない、と思っていた。
ミタマニシで見た術士達は、一時間どころかほんの数十分で交代しながら術を放っていた。それだけ、負担が大きく持たないのだ。
ショーンには地から命の気を吸い上げる能力があるのだが、それでも同じように術を放ち続けるのは気力がもたない。射程距離ギリギリまで打ち上げているのだから、集中しなければすぐに術が揺らいでしまうからだ。
基明は、険しい顔のまま、言った。
「陛下が決められたことだ。お前は命令に従っていれば良い。会合にも出ないくせに文句ばかり言っても誰も聞かぬわ。」
基明は、踵を返して歩いて行った。
イライアスはその背を苦々しげに見送ると、トボトボと疲れた様子で歩き出した。
…恐らく、城の自分の部屋へ行くな。
ショーンは、そっと物置部屋を抜け出すと、イライアスに気付かれないように先回りしてイライアスの部屋へと向かった。
イライアスは、本当に疲れていて回りなど何も見えていなかった。
本当なら回りを探りながら、何かおかしな事はないかと心のどこかで意識しているのだが、その余裕が今は全くない。
やっとの思いで部屋へとたどり着くと、脇目もふらずにベッドへと直行し、崩れるようにうつ伏せに倒れた。
…もう、駄目だ。
体の命の気の補充が間に合わない。
イライアスがそのまま目を閉じると、上から声がした。
「…そんなことをしていたら死ぬぞ。」
ハッとしたイライアスは、慌てて目を開いた。
そこには、中年の商人らしい男が、こちらを見て立っていた。
イライアスは、飛び起きて手を上げたが、術を放つだけの力は今はない。
その男は、首を振った。
「今のお前にゃ光の魔法すら出せねぇよ。無理すんな。何も殺そうと思って来たわけじゃねぇ。」
その声を聞いて、イライアスは険しくしていた顔を崩した。
「…ショーン?いったい、なんだってそんな姿で。」
ショーンは、腕を組んでイライアスを睨んだ。
「エイシンがオレを戻せとうるさく言って来てたから、こっちの王は戦に巻き込まれるんじゃねぇかって警戒してるんだ。リュウガ王を封じたんだって?」
イライアスは、下を向いた。
「…陛下に敵対行動を取ったからだ。」
ショーンは、首を振った。
「オレには嘘は通用しねぇ。今のでエイシンがあっちへ言ってきた内容が嘘なんだって分かったぞ。オレは他の術士にも会って来た。エイシンは、何もしていないリュウガを封じさせたんだな。」
イライアスは、顔を上げて言い訳のように言った。
「違う!最初に栄進陛下の父王を殺したのは確かに龍雅王なのだ!栄進陛下は長くそれを恨んでおられたし、側近達は皆、いつか復讐をと思っていた。父王は、ご自分が亡き後ミマサカがヤマトの属国のようになることを危惧しておられた。現に龍雅王はことあるごとに栄進陛下に指示を出して、陛下はそれに従うしかなかった。どうあっても、ミマサカはまた、ヤマトと対等に戻らねばならなかったのだ!」
ショーンは、眉を寄せてそれを聞いていたが、言った。
「…あのな。やり方がおかしい。」イライアスが驚いた顔をすると、ショーンは続けた。「そもそも、リュウガを捕らえてしまったら、否応なしに戦になるだろうが。どうせ力では敵わねぇのに、もっとじわじわ根回しして行くもんでぇ。」
イライアスは、眉を寄せた。
「…龍雅王の力が無ければ、平和ボケしたヤマトなど一捻りだと。」
ショーンは、首を振った。
「実際はどうなんでぇ。コリンっていう力のある従兄弟とやらが居るから、身動き出来ねぇんじゃねぇのか。お前らがやったことは、ヤマトにこちらへ攻めて来る理由を与えたに過ぎねぇ。すぐに来ねぇのは、何でだ?…国民の生活を知ってるか。」
イライアスは、それを聞いてハッとした。
…国民は、ヤマトの方が豊かなのを知っている。今の状況に不満を持ち、ヤマトへ行きたいと望む。そんな時に攻め込まれたら、民は皆、居ながらにしてヤマトと同じ待遇を得られることになるのを期待し、もろ手を上げて歓迎するだろう。
こちらの軍は、術士は疲弊し、対抗する力がない。
軍に力が無く、国民はヤマトを受け入れ、ミマサカの政権は倒れる事になるだろう。
それを成すため、なるべく手を汚さずにミマサカを手中におさめるために、ヤマトは待っているのか。
イライアスは、知った事実に顔を青くした。そうだ…ヤマトからしたら、待てばミマサカは手の中に転がり込んで来るのだ。
だから、王を捕らえているのに、何もして来ないのだ。
「…どうしたら良い。」イライアスは、絶望的な気持ちでショーンを見た。「今さら龍雅王を返したところであちらの気持ちは収まるまい。オレは基明に言ったが、あいつは全く聞く耳を持たないし、今から会議だとか言っていたが、何を決めるつもりなのか。大臣達も前王の元側近が多くを占めていて、年寄りばかりで以前のミマサカを覚えている奴らばかりだ。王の力が対等で、力関係が対等だった時代…そんな時代に、戻りたいと叶わぬ夢を追っている。」
ショーンは、息をついた。過去の栄光に囚われて、今ここにあるミマサカを良くしようとは思わないのか。このままでは、自滅の道しかないのに。
「…まあ、国民の不満が爆発するまでにはまだ時間はあるだろう。とはいえ、ヤマトの方が国民が裕福だったし、ミマサカの民もそちらとの交易で身を立てていた者が多いし、普通の国同士よりは早く不満が出て来るだろうがな。とりあえず、ヤマトとの和睦の道を探るように進言するしかねぇ。リュウガ王を返して、平謝りして栄進は全てあいつ一人でやったということにして退位させ、他の王を立てる。それで許すかどうかはあっち次第だ。リュウガが怒らねぇはずはねぇし、賭けだがな。」
イライアスは、顔を暗くした。
「…龍雅王は賢い王だ。恐らく戦を避けようと、その条件を飲んでくれるだろう。ヤマトの臣下は反対するだろうがな。だが、こちらは無理だ。オレみたいな若造が何を言っても、今の閣僚達は聞いてはくれない。絶対にな。」
ショーンは、イライアスをじっと見つめてから、言った。
「…お前、術士達を取り纏められねぇか?お前らが反旗を翻して全員で政府に対抗したら、恐らく政府はどうしようもない。何しろ、ミマサカはヤマトと違って術士しか術が使えねぇんだろう。術士全ての力が合わされば、政府も動くしかない。」
イライアスは、目を丸くした。
「オレが?!そんな…無理だ、アレクサンドル様ならいざ知らず、オレでは全てを従わせるのは無理だ。陛下はアレクサンドル神殿の大司教の肩書きを持っていて、神殿でも一番力を持つ。術には長けていないが、歴代の王がそうだったように、そうやって国民を治める力にしている。だから司教達は、盲目的に陛下に従うんだ。小さい頃からそう教えられて来ているのに、あいつらは若いオレ達みたいに簡単には考えを変えない。」
…信仰心を、そんなことに使ってるのか。
ショーンは、眉を寄せた。だからミマサカでは、神殿に通うことが義務付けられているのだ。アレクサンドルのことも、上手く使ってやろうと考えていたのだろう。
実際は、思うようにならずに捕らえようとして逃げられているのだが。
ショーンは、息をついた。
「…お前らの国のことだ。オレはこれ以上口出しはしねぇ。どうするかは国民のお前らが決めろ。だが、オレはリュウガ王の様子も見て来るぞ。どの程度の封じなのか、命に別状はないのか確かめておかなきゃならねぇからな。」
イライアスは、首を振った。
「アレクサンドル様がオレ達の封印の上から更に封じて行かれたので、我らでは手を出せない。栄進陛下は早々に封印を解いて、動けない龍雅王を始末するつもりだったようだが、それを阻止された形だ。命に別状はない。」
ショーンは頷きながらも、足を戸の方へ向けた。
「それでも確認しなきゃならねぇ。オレの目でな。お前は休め。疲れてるんだろう。」
イライアスは、それでも立ち上がった。
「オレが信じられないなら、一緒に行く。」ショーンが驚いて眉を上げると、イライアスはふらつきながらも歩き出した。「オレが居た方が、中へ入れるだろう。一緒に行く。」
ショーンは、真っ青な顔をして立っているイライアスに、息をついて手を上げた。
「…仕方がねぇな。別にオレはどうにでもするのによ。」と、術を放った。「気を補充してやるよ。」
ショーンからは、それこそ無尽蔵にあるのではないか、というほど勢いよく命の気の塊がイライアス目掛けて放たれた。
それに打たれたイライアスは、ぐ、と腹を抑えてうずくまったが、みるみる体中に力が満ちるのを感じて、目を見張った。
…人一人分の命の気を、一瞬で。
ショーンは、苦笑してドアノブを掴んだ。
「そら、行くぞ。本当なら寝て体ごと回復させた方がいいんだからな。とっとと見て、お前は寝る。分かったな。」
イライアスは頷いて、そしてショーンと共に、神殿へと向かったのだった。




