ミマサカの情勢
ショーンは大きな鞄を街の旅籠に預けて、王城前の広場へと戻った。
先ほどまでそこには商人達が商品を広げていたのに、今は誰も居ない。
代わりに、兵士達が点々と離れて立って、見張りをしていた。
どうやら、ここは立ち入り禁止になっているようだった。
広場に入れないので脇から回り込むしかないか、とショーンが見ていると、さっき別れた夏樹が声を掛けて来た。
「お?どうした、街に良い場所を探しに行ったんじゃないのか。ええっと、そういやお前、名前は?」
ショーンは、答えた。
「オレはマサキ。」ショーンは、名前を偽って言った。「街になんてあっちも兵士が立ってて店開きも出来ねぇよ。明日にでも商店に掛け合って商品を置いてもらえねぇか頼む事にした。それよりお前、今夜どうするんでぇ?勝己はもう港の方へ行ったんじゃねぇのか。」
夏樹は、首を振った。
「港なんざ入れねぇよ。山の方だと言っていた。トウキ山脈の方へ行ったらなんとかなりそうだとか。オレはその辺で野宿かな。暖かい時期で良かったよ。」
ショーンは、顔をしかめた。
「お前も里へ帰った方が良いんじゃねぇのか。ここじゃ今食ってくのも大変だ。政府は何もしてくれねぇしよ。」
夏樹は、寂しげに微笑むと、首を振った。
「オレは勝己と同郷の出で、農家が嫌で家を飛び出して宝飾品の職人になったんだ。今さら帰れねぇ。勝己とはこっちで再会して、あいつが作物を売りに来る時に会ってたんだが、親父は今でもオレに怒ってるんでぇ。こっちの様子は勝己から聞いてるみたいだがな。」
家出して来たのか。
ショーンは、どうにもこの男を放って置けなかった。まだ二十代後半ぐらいじゃないだろうか。中身はかなりの歳のショーンにとって、息子というか、孫ぐらいの歳なのだ。
ショーンは、部屋の鍵を出して、言った。
「…ほら。これを持ってミヤビ通りの幸館って旅籠に行きな。オレの部屋が二人部屋で、個室がなかったから二人分の料金を前払いしてある。それから」と、ポーチから小さな袋を出した。「これ。当面の生活費にしな。稼いでから返してくれたらいい。」
夏樹はそれを受け取って、中を確認して目を丸くした。
「そんな、こんな大金借りられねぇよ!金貨ばっかりじゃねぇか!」
ショーンは、首を振った。
「言っただろ、オレは金には困ってねぇ。この歳まで独身だしな。腕輪にも金はたんまりある。現金が良い時があるから持ってただけだ。」
実際、金などいくらでもあった。無くてもショーンには、どうにでもなるのだ。それよりこの若者を、今は何とかしてやりたかった。
「マサキ…。」夏樹は、目に涙を浮かべて袋を握りしめた。「必ず返す。ヤマトじゃ結構稼いでたんでぇ。また一儲けしようと、材料を買い込んだからなかっただけで。」
宝飾品は作るのにも金が掛かるのだろう。
ショーンは、頷いた。
「オレはやることがあってな。遅くなっても戻らなかったら、気にせずお前はお前のやりたいようにしろ。分かったな?」
夏樹は、涙を拭って心配そうな顔をした。
「何をするつもりでぇ。下手な事はするなよ、栄進陛下は最近おかしいって噂だ。お前もヤマトへ行く方法を探った方がいい。金があるならいくらでも方法はある。」
ショーンは、笑って頷いた。
「大丈夫だ。心配すんな。お前は自分の心配をしてりゃいいんだよ。」
そうして、ショーンはそこを離れた。
夏樹は、そんなショーンの背を、じっと見送っていた。
王城のことは、全て知っている。
ショーンは、裏側から中を窺った。
いつもは警備が弛い場所も、今は兵士がガッツリと守っていて中へ入れそうにない。
術士の数が常より少ないようなのは、恐らく各地へ配置したからだろうと思われた。
…先に神殿を見てくるか。
ショーンは、王城の捜査は夜まで待とうと、神殿の方へと歩いた。
神殿は、王城のすぐ脇にある。
いつもは礼拝に来る民衆が引きも切らず出入りしているそこが、今日は兵士が入口に立って扉が閉ざされていた。
ショーンは、兵士に寄って行って、言った。
「礼拝に来たんですが、中へ入れますか。」
兵士は、気の毒そうに首を振った。
「今は駄目なんだ。病の相談なら直接病院の方へ行くと良い。」
ショーンは、この兵士はどうやら気立てが良いようだ、とわざと悲しげな顔をした。
「本人は村で寝込んでいてここまで来られねぇんで、せめて聖水だけでももらって帰ろうかと来たんです。病院じゃ、病人を連れて来なきゃ無理でしょう。」
兵士は、困ったように顔を曇らせた。
「それは大変だな。だが、神殿は今陛下から何人も入れてはならぬと言われていて。聖水なら、病院でも分けてくれるはずだ。一緒に行って頼んでやろう。」
兵士が歩き出そうとするのに、ショーンは首を振った。
「お務めの最中に迷惑は掛けられねぇ。じゃあ、病院へ行ってみます。すみません、ありがとうございます。」
その兵士は、頷いた。
「心配だな。きっと良くなる。」
ショーンは、頭を下げた。
その兵士は会釈して、心配そうにショーンを見送っていた。
…一般市民にもかなりの影響が出ている。
ショーンは、眉を寄せた。歩きながら神殿を窺ったが、回りは王城以上に厳戒態勢で守られていて、蟻が這い出る隙間もないほどだ。
リュウガ王がここに封じられているのは本当のようだな。
ショーンは思いながら、神殿から立ち去るふりをしてそこで、神殿の様子を夜まで気を使って探っていた。
国が乱れ始めている。
栄進は、その頃王城で基明から報告を受けていた。
確かにヤマトは豊かな国だ。惜しげもなく国庫から支出し、生活を豊かにしようと施策を練っているので、民は日々の暮らしに困る事はない。真面目に働きたいものには絶対に職を与えるシステムで、一般企業が無理でも政府が職がない間必ず雇うので、失業者などは、余程素行の悪い者以外、居なかった。
そして豊かな民達がまた、惜しげもなく税金を納めるので、国は困る事はなく、民はおっとりと暮らしているのだ。
一方、ミマサカでは実力が全てだ。
能力のない者は淘汰され、職を失う者も多くいる。
だからこそ、民達は必死に精進し、確かに工業の技術や、商業の競争力なども格段にヤマトよりは上だ。
しかし、こんな有事には、商売が滞り、街の動きが止まり、民は食料品以外を買い控えて生活を守ろうとする。
収入を失い、職を失う不安と戦わねばならないからだ。
お陰で商人達は、国内で伸びない需要を国外へと求めたいのに、ヤマトとの交易が止まった事で不満が膨らんで来ていて、いつ爆発してもおかしくはない状態のようだ。
現にヤマトへ渡ろうと、無理に船を出そうとする者が後を立たず、城の地下牢は満員になろうとしていた。
それでも、粗末な食事が出来るだけマシだと言っている始末だと言う。
確実に、民達は日々の糧に困る事態に陥りつつあるのだ。
栄進は、眉をひそめたまま、言った。
「…では、どうせよと申すのだ。今さらにヤマトのようなシステムを導入することなど出来ぬ。せいぜい、一時金を支給するぐらいで不満を収めるしかないが、全国民にそんなことをしておったら国庫が破綻しようが。」
基明は、眉を寄せたまま栄進を見上げた。
「とはいえ陛下、このままでは食料にも困る状態に。農家もこの事態にまた戦が始まるのではと出荷を見合わせるようになって来ていて、商店での食料品の価格が暴騰しつつあります。果物などは売れないようですが、普通の野菜などは商店に並んだ側から売れる状態のようです。今朝は、城へ納入される野菜も半減しておりました。このままでは、兵士達に給仕する分が確保出来なくなってしまいます。何か対策を打たない事には、この国は足元から崩れてしまう事に。」
栄進は、基明をキッと睨んだ。
「ならば国交を開いたら良いのか?!龍雅が居る限り、あちらでこちらの民が捕らえられて投獄される可能性があるのだぞ?!」
基明は、下を向いた。
こうなって来ると、こちらにはかなり不利だ。ヤマトでは国民に余裕があり、国を信頼している。こちらの民は、生活に困る未来が見えて来て、保身に走っている。国の事など、自分の未来ばかりで考える余裕が全くないのだ。
基明の様子を見て、栄進は息をつき、横を向いた。
「…恭則に、会合の準備をさせろ。各部署の長にとりあえずの施策を提出させ、一時間後に会合の間に集まるようにと。」
基明は、顔を上げた。
「はい!」
そうして、そこを急いで出て行った。
栄進には、先が見えずどう動いたら良いのか分からなかった。
何しろ、すぐに対応して来ると思っていたヤマトは全く動く様子がなく、頼みの綱のディンダシェリアからは全く良い返事が来ず、民心が乱れ始め、身動き取れなくなってしまっていたのだ。
それでも、踏み出してしまったからには後には退けない。
栄進は、ヤマトの空の方を睨んで歯ぎしりしていた。




