観測会
シエラは、それからずっとイライアスとは話をしなかったし、目も合わせなかった。
今の自分では、絶対に敵わないし、いくら言っても負け犬の遠吠えにしか聞こえない事は分かっていたし、少しは術を知ってるんだと知らしめて、鼻を明かしてやりたかった。
なので、コンラートにはしっかり教えてもらおうと思っていた。
今夜はその、観測会が行われる金曜日の夜だ。
場所は、メモに書いてあった、町外れの遺跡で、そこは確かに回りに何もないし.暗いので星を見るには格好の場所だ。
つまりは、誰にも迷惑を掛けずに思う存分術の練習が、出来そうだった。
ちょっとした心霊スポットとして名高い場所なので、町の若者なら知らない者は居ない。
ただ、一人で行くのはシエラも不安だった。
なので、術にはからっきしなので心配だったが、誠二も誘ってみることにした。
帰り道、ジェンナとカイラは先に車で帰して、用があるからと誠二を連れて、シエラは歩いていた。
「港の商店街に寄るのか?」
誠二は、何も知らずにシエラに言う。シエラは、誰も聞いていないのを確認してから、小声で言った。
「あのさ、今夜暇か?」
誠二も、合わせて声を小さくした。
「なに?オレはいつでも暇だよ。」
シエラは、頷いた。
「だったら、一緒に遺跡へ行かないか?今夜サークルの奴に誘われてて。」
誠二は、顔をしかめた。
「なんだよ、肝試しか?まだ早いんじゃないのか。あそこは墓地だってあってお前昔死ぬほど怖がってたじゃないか。」
シエラは、首を振った。
「違うんだって、あのさ」と、更に声を小さくした。「術を教えてくれる秘密のサークルなんだ。」
誠二は、仰天した顔をした。
「え、術?!」
「しー!」シエラは、誠二が大きな声で言うのに咎めるように言った。「コンラートっていうディンダシェリアからの留学生が、あっちじゃ当たり前にみんなが知ってる攻撃魔法を、身を守るために教えてくれるらしい。」
誠二は、声を落とした。
「…オレ、治癒魔法も上手く放てないんだけど。」
自信無さげだ。
シエラは、首を振った。
「何が得意かなんか分からないだろ。お前ってもしかしたら、攻撃の方が得意なのかもしれないって思って、それで誘ってみようと思って。」
本当は、自分が一人では心細いからなのだが、誠二は神妙な顔をした。
「まあなあ、魔法も種類によって得手不得手があるって先生も言ってたもんな。もしかしたら、オレは攻撃向きかもってか?」
シエラは、頷く。
「そう。でも、ほら攻撃魔法はこっちじゃまだ軍人しか扱っちゃダメだろ?だから、天体観測会ってことにして、やってるらしいんだよ。どうだ?来るか?」
誠二は、真剣な顔で考えていたが、頷いた。
「そうだな。試してみたいよな。オレだって城で働きたいって夢があったし、術士じゃなくても軍人になりたいとは思ってたんだ。だから、通るか分からないけど、進路は軍の士官学校にしてた。術士官学校は絶対無理だろうしって。」
シエラは、頷いた。
「もし攻撃魔法が得意だったら、特別に術士官学校に入れるかもしれないぞ?試してみる価値はあるよ。」
誠二は、俄然やる気になったようで、何度も頷く。
「よし!だったら行く!で、遺跡に行けばいいのか?」
シエラは、やった、と思いながら答えた。
「一緒に行こう。六時に、噴水広場で。」
誠二は、ワクワクとした様子を隠しもせずに頷いた。
「分かった!楽しみだな。」
シエラは、慌てて言った。
「こら、誰にも言うなよ!天体観測サークルの集まりって事にするんだぞ!」
誠二は、笑った。
「分かってるって!そこまで子供じゃないよ。」
そうして、二人は秘密を共有したもの同士、にんまりと笑い合うと、一応買い物に行ったふりをしようと、ぶらぶらと港の商店街を歩き回ってから、家に帰ったのだった。
その夜、二人は親に天体観測会に行く、と言って、家を出た。
本当は嫌だったが、ジェンナが行きたいとごね出して、母親から連れて行ってあげなさいと命令され、そうでなければ出してもらえそうになかったので、仕方なく連れて出た。
ムッツリと不機嫌に歩くシエラに、ジェンナは言った。
「何よ、別に良いじゃない。天体観測なんてロマンチックだなあって思ったんだし!あ、カイラも呼んだよ?腕輪で連絡しといた。」
シエラは、驚いてジェンナを振り返った。
「なんだって?!」
その剣幕に、ジェンナは退きながらも、言った。
「良いじゃないの!カイラは友達でしょ?私達が彼氏探してるの、知ってるくせに!」
シエラは、怒鳴るように言った。
「そんなんじゃない!だから嫌だったんだよ、今から母さんにこいつは星じゃなくて男が見たいっていうから置いて行くって言う!」
ジェンナは、慌てて言った。
「やめてよ!夜に外へ出してもらえなくなっちゃう!」
シエラは、歯ぎしりした。なんだってこいつはこうなんだよ!
「…勝手にしろ。でも、誰もお前らなんか相手にしないと思うけどな。」
ジェンナは、怒って叫んだ。
「何よ!私はこれでもモテるんだから!」
「モテる女はわざわざ男漁りに行かない。」
シエラは、吐き捨てるように言うと、ジェンナを振り返りもせずに噴水広場へと急いだ。
「ちょっと!待ってよ、シエラ!」
ジェンナの声が追って来るが、シエラは振り返らずひたすら足を動かした。
噴水広場に着くと、誠二がもう待っていて、シエラを見て顔をしかめた。
「…おい。秘密なんじゃなかったのか?」
背後には、ジェンナとカイラが離れて立っている。
どうやら、シエラが怒っているので、距離を置いているようだ。
カイラは途中で合流して来たのだか、シエラがそんな様子なので、挨拶もまだしていなかった。
「…天体観測会で男を探すんだってさ。母さんに話してたらこいつが聞いてて、連れてけって聞かなくて。カイラに勝手に連絡してた。」
誠二は、二人を見てから、シエラに視線を戻した。
「…無駄だと思うけどな。」
「どういう意味よ?!」
カイラが、叫ぶ。
誠二はそれに構わずに、シエラに頭を寄せて小声で言った。
「まだ本来の目的を話してないのか?」
シエラは、頷いた。
「こいつらがあっちこっち話して回るかもしれないし、言ってない。でも、仕方ないだろ。母さんが連れてけって言うんだよ。オレは嫌だって言ったのに、ジェンナがごねて、連れてくって言わないと行かせてもらえなかったんだ。」
誠二は、ため息をついて呆れたように二人を振り返った。
「男男って、他に考えることはないのかよ。」
ジェンナは、それを聞いて顔を真っ赤にして叫んだ。
「違うわよ!星を見たいから来たの!」
誠二とシエラは、そんなジェンナを後目に、仕方なく町外れへ向かって歩いた。
女子二人は、離れて二人について来ていた。
遺跡に着くと、相変わらずどこか不安を感じさせるようなオドロオドロしい感じを受ける。
ここは、昔の地下神殿の跡らしく、政府は文化遺産だとかなんだとか理由をつけて、放置している場所だった。
立地は悪くないので、郊外に家が欲しい人ならここを整備すればいくらでも住めそうだったが、それでもここは、誰も手をつけようとはしない場所だった。
地下神殿とは言っても、地下は立ち入り禁止になっていて、強く封じの術が掛かっているので肝試しに来たもの達でも、降りた事はなかった。
それでも、上にある建物だけでも、充分に恐怖を掻き立てられる寂れかたなので、未だにここに肝試しに来るもの達は後を立たなかった。
コンラートを探して中へと足を踏み入れると、後ろに離れていた二人が、近付いて来た。
「ちょっと置いてかないで。本当に観測会なの?誰も居ないみたいじゃない。」
ジェンナが言う。
シエラは、二人を振り返った。
「さあな。お前らは呼ばれてないし、外で待ってろよ。オレ達だって初めてだから、どこに居るのか分からないんだ。まだ時間が早いのかもしれないしな。」
カイラが言う。
「ねぇ、外で待ってましょうよ。後から来る人も居るかもしれないでしょ?あたし、こういう雰囲気苦手なのよ。」
ジェンナはしかし意地になっているのか、首を振った。
「一緒に行くわ。だって、もうみんな奥に集まってるのかもしれないじゃない。外で待ってる間に終わっちゃうわ。」
頑ななジェンナを面倒に思ったシエラは、前をプイと向いた。
「勝手にしろ。」
カイラは残りたそうだったが、たった一人で残されるのも嫌なようだ。
結局、シエラと誠二について、奥へと進んだ。
しばらく行くと、金髪の男が立っていて、暗い中でトーチのような物を持って、辺りを照らしながらシエラを見て微笑んだ。
「やあ。来てくれると思った。」と、他の三人を見た。「この子達は?」
シエラは、頷いた。
「友達の誠二。」と、後ろを見た。「他の二人は、来ると聞かなくて詳しい事も知らないのについて来てしまって。友達のカイラと、妹のジェンナ。」
二人は、美しいコンラートの顔立ちに驚いたようで、恥かしげにモジモジとした。
「あの…星を、みんなで見たいと思って来ました。」
コンラートは、微笑んだ。
「そうか、星をね。僕は、コンラートだよ。よろしくね。」と、シエラを見た。「誰でも歓迎だけど、話しておかないとね。怪我をしちゃったら大変だし。」
ジェンナが驚いた顔を上げた。
「え、怪我?」
コンラートは、頷いた。
「うん。ここではね、身を守るための術を学ぶためにみんな集まってるんだ。僕はディンダシェリアからの留学生で、いろんな術を知ってるから、術の扱いとか、攻撃魔法を教えるサークルさ。天体観測会っていうのは建前なんだ。」
カイラが、目を見開いた。
「でも、ここではディンダシェリアみたいに誰もがそれを使っていいわけじゃないし、とても危ないって…。」
コンラートは、カイラを見て微笑んだ。
「それは扱いを間違ったら危ないよ?だって攻撃魔法だもの。でもね、そんなに怖がるものじゃないんだ。知らない方が危ないって僕は思うし、そういう事に賛同している子達だけに教えてるんだ。君たちが嫌なら、帰った方が良いよ。もちろん、誰かに漏らしたりしないって約束してもらわなきゃだけど。」
シエラは、二人を睨んだ。
「だから来るなって言ったじゃないか。なのに軽い気持ちで来るから。」
二人は顔を見合わせる。コンラートは笑った。
「いいよ、星が見たかったんだもんね。」と、シエラに背を向けた。「連れて帰るならそれでもいいよ。別に勉強会は今日だけじゃないし。女の子二人を夜道に放り出すのは危ないでしょ?もうみんな集まってるし、僕は行くよ。」
シエラは、驚いた。
「え、みんなってどこに?」
ここには何度も来たので分かっているが、この奥には何もない。ここが突き当たりで、この奥には地下へと続く階段が、封印された状態であるだけだった。
コンラートは、答えた。
「あんな封印、僕にはすぐに破れるよ。また掛けておけば、誰も入って来ないし便利なんだ。みんな地下に居る。そこの方が広いんだよ。」
この神殿の封印された地下…。
何でも、昔は問題なく入れたのだと父も母も言っていた。それが、四十年前に突然、地下には入ってはならないと封印されてしまったらしい。
シエラばかりか、他の三人も息を飲んだ。そこを見る事が出来る…誰も見たことがない場所に。
「…行くわ!」ジェンナが、言った。「平気よ。誰にも言わない。」
カイラも、未知の場所の誘惑に抗えなかったのか、渋々頷いた。
「そうね。興味あるもの。平気よ。」
コンラートは、頷いた。
「だったら歓迎するよ。こっちだ。」
シエラと誠二は、顔を見合せたがここまで来たのだ。
そうして四人はコンラートについて歩いて行ったのだった。