メグミへ
ショーンは、ミタマニシから深夜に発ち、厳戒態勢のミマサカの中を、ひたすらにメグミを目指していた。
行商人の見た目はとても役に立ち、どこへ行っても疑われる事はない。
人気のない場所では微かに浮いて進み、常人ではあり得ないスピードで夜通し頑張った結果、夜明けにはもうメグミの手前、アレク大河の横に位置するタニグチまで到達していた。
内陸の方はそうでもなかったが、アレク大河に近付くにつれて兵士の数は格段に増えた。
このタニグチは、まさに軍が占拠しているような状態で、大きな街中には兵士がひしめき、落ち着かない様子だった。
もちろんのこと、ヤマトへ向けての船は全て港に足止めを食らっている。
ショーンは、港の兵士に話し掛けた。
「ちょっと兵隊さん、いつになったらヤマトへの船が出るんですかね?商売上がったりなんですが。」
その兵士は、胡散臭そうな目でショーンを見たが、行商人だと知ると、手を振って追い払う仕草をした。
「そんなこと、オレ達には分からん。国の大事なんだ、しばらくは国内で商売をやってろ。」
ショーンは、抗議するように言った。
「商売ったってどこもこんな感じで服生地なんて誰も見てくれませんぜ。落ち着いて着飾る気にもなれねぇみてぇで。」
兵士は、シッシッと手をまた振った。
「そこはお前の腕だろうが。メグミへ行けば少しは売れるかもしれんぞ。もっと人の多い所へ行け。」
ショーンは、とりつく島もない様子に舌打ちして、兵士から離れた。
…やはりどこもこんな感じか。下っ端は何も知らねぇ。
ショーンは、思いながら悪態をつくふりをして、その場を離れてメグミへと向かって行く事にした。
鉄道がまだ動いているので、普通にメグミに入るにはそれが手っ取り早い。
なので、鉄道の切符を買うと、ショーンは鉄道でゆっくりとメグミへと向かって進んだ。
車窓から見える街は、内陸のそれとは比べ物にならないぐらい騒々しい。
…これだけ物々しければ、民も戦が始まるのではと気取っているのだろうな。
ショーンは、車内で買ったサンドイッチを食べながら、そんなことを思って気を探っていた。
この鉄道は、アレク大河に平行に走っている線で、川沿いをずっと眺めることが出来る。川幅が広いので、ヤマトまでは遠く霞んで見えづらいが、あちらはそう警戒している風でも無く、こちらほど兵士が多くはない印象だった。
…王が捕らえられているのに、あんなに落ち着いているのはなぜだ。
ショーンは、あの時に見た今はコリンだという、コンラートの事を考えた。コンラートなら、龍雅を捕らえられてこんなに落ち着いているのが逆に不気味だ。いったい何を考えているのか、あのコンラートなだけに案じられた。
急がなければ、コンラートがこちらを全滅させようと動くかもしれない。
それが、夢物語ではない事は分かっていた。コンラートは可愛らしい見た目なのだが、かなり激しい性質だ。ウラノスがそれを諫めなければ、結構暴走して大変だったと天の者達は言っていた。現に、地上の命の事などあまり重要視していない。死んでも天の循環に還ってまた生まれるから良いんじゃないか、という考えの、上から目線な男なのだ。
しかも、力を持っている。
その気になれば、簡単にミマサカの市民諸共栄進を殺してしまうことも考えられた。
ただ、天に居た時は誰を殺すのも躊躇いの無かったコンラートだったが、地上に生まれて生きて来たなら、もしかしたら価値観も変わっているかもしれない。
そんな希望も持ちながら、ショーンは一人、列車に揺られていた。
メグミに到着すると、駅もそれは物々しい有様だった。
列車から降りて改札へと向かうと、改札口の向こうでは、兵士達が降りて来る民達の一人一人をチェックして通している。
おかしな者を、今首都には入れないと厳戒態勢なのは分かった。
仕方なく兵士達に追いやられた列の後ろへと並び、自分の順番を待って兵士に向き合うと、兵士は胡散臭そうな顔をして、ショーンを頭の先からつま先までじろじろと見て、そして言った。
「…商人か?なんでメグミへ来た。」
ショーンは、わざと不貞腐れた顔をして答えた。
「ほんとはヤマトヘ服地を売りに行く予定だったんでさ。それを、どこへ行っても兵士ばっかり。全く売れやしねぇんで、タニグチの兵士に言ったらメグミなら売れるんじゃないかってんで、ここまで来たんで。」
兵士は、息をついた。
「今は国と国とが緊張状態で商売どころではないんだぞ。ま、いい。荷物をここへ。調べる。」
ショーンは、黙って背負っていた大きなカバンを下ろした。中には、服地の巻物が幾つか入っているだけで、おかしなものなど何もない。
「…特におかしなものは無いですな。」
兵士は、言って指揮官らしき者を見上げる。指揮官は言った。
「その、腰のヤツもこっちへ。」
ショーンは、腰の小さなポーチの事を言っているのだ、と思った。ここには小さくした金や、食料が入っている。
それを渡すと、中身をザラザラと出して、検分していた。
「その。細い物は何だ。」
指揮官が言うと、兵士はそれを大きくした。
大きくなったのは、キャンプで使うテントの支柱だった。
「…支柱ですな。」
兵士は言って、また縮めた。そうして、小さな備品をあっちこっち大きくしては戻してを繰り返して、細かくチェックしてから、指揮官は言った。
「…よし。通っていい。」
そして、次の順番の男へと向かって行った。
放り出されたままの荷物を集めながら、ショーンは悪態をついた。
「全く…広げるだけ広げて。」
…杖らしい物ばかりを見ていたな。
ショーンは、そう思いながら荷物を詰めた。このミマサカでは、杖や剣を持ち歩く一般人など居ない。ヤマトでは普通の民でもまさかの時のために、杖や剣を小さくして携帯しているものだった。
それを、探しているのだ。
とはいえ、ショーンはそんなものが無くても魔法を放つ事が出来るので、持っていようがいまいが関係なかった。ただ、ミマサカではそれを携帯することが面倒な事なのだと知っていたので、今は鞄に入れていないだけで、常は一応、持つだけ持ってはいた。
その杖は、ショーンの胸のロケットペンダントの中に、リリアナとリリアの写真と共に収まっていた。
ショーンは、よっこいしょ、と大きな鞄を背負うと、腰にポーチを巻き付けて、王城がある広場の方へと歩いて行った。
王城の広場では、ショーンと同じようにここまで流れて来た商人達が、地面に布を広げてそこに商品を並べ、何とか売り上げを上げようと声を張って客引きをしていた。
そんな中へと歩いて行くと、客引きの声を止めて、一人の商人が声を掛けて来た。
「お、新入りか。ここは駄目だぞ、全く売れねぇ。昨日から居座ってるが、指輪一個も売れてねぇよ。見た所、布かなんかか?」
ショーンは、顔をしかめて見せた。
「そうだ。布なんかこのご時世で売れねぇよ。あっちこっち大変だな。タニグチにも行って来たが商売どころでねぇ様子で追い出されちまった。ヤマトにはいつ行けるんでぇ。あっちの方が羽振りが良いのによ。」
実際、ヤマトとミマサカでは民達はそう変わらないのに、街並みはあちらの方がおっとりとしていて、裕福そうに見えた。
それを聞いて顔を真顔にしたその男は、近寄って来て小声で言った。
「…あっちの王のがやり手で民が裕福なのはみんな知ってるじゃねぇか。兵士の給料ひとつとってもあっちはこっちの1,5倍。少々割高でもあっさり値引きもせずに買ってくれる。みんな愚痴ってたよ。こんな時に仕入れでこっちへ戻ってたのが悪かったって。服だって買えねぇし、もう何日も着た切りだ。」
言われて見ると、男の服はあちこち汚れてすすけて来ている。
ショーンは、哀れに思って、背負っていた鞄を降ろした。
「服なら仕立ててあるやつも幾つかある。」
男は、慌てて首を振った。
「だから買えねぇんだって。旅籠にも泊まれねぇのに。」
ショーンは、首を振って服を一着出して大きくした。
「いいよ。困った時はお互い様だ。どうせ売れねぇし、着てもらった方が人助けになるしいい。とっときな。」
どうせダミーに買い付けて来たやつだし。
ショーンが内心思いながらそれを差し出すと、相手はおずおずとそれに手を差し出して、受け取った。そして、言った。
「…良い生地だ。ホントに良いのか?お前だって大変だろう。」
ショーンは、笑って首を振った。
「行商人は持ちつ持たれつだろうが。気にすんな。」
すると、じっとその服を持って立っていた男だったが、囁くような声で言った。
「お前、あっちへ渡りたくないか。」
ショーンは、眉を寄せた。
「渡るったって、船が出ねぇじゃねぇか。地下通路だって兵士が見張ってるだろう。」
男は、笑って首を振って、更に小さな声で言った。
「ヤマトの奴らがレイマンの買い付けに来てるらしい。」
ショーンは、驚いた顔をした。確かにあの高級フルーツはミマサカでしか生産していない。欲しければ、来るしかないだろう。だが、どうやって?
「…抜け道があるのか。」
男は、頷いた。
「兵士達も知らねぇ道があるらしい。ただ、地下を結構面倒に曲がりくねって来るみてぇで、それをあいつらは印の魔法とやらを使ってマーキングして、それを辿って来てるんだってさ。オレ達はそんな魔法知らねぇし、そういう奴らをひっ捕まえて連れてってもらうしかねぇなって話してたんでぇ。」と、脇で果物を片付けている男を顎で示した。「そいつもあっちで商売してたクチだから、腕輪で通信して今から交渉しようとしてるとこだ。あっちへ連れてってもらう代わりに、レイマンを破格値で売るって事で何とかならないかってね。」
ショーンは、その男を見た。その視線を見て、興味があるのかと話し掛けて来ていた男が言った。
「おい、勝己。こいつもあっちに興味があるみたいだぞ。」
勝己と呼ばれた男は顔をしかめた。
「こら夏樹、そんな何人にも言うんじゃねぇよ。そうそう簡単にはあいつらも密入国に手を貸してはくれねぇ。今だって渋ってるから無理やり会う約束を取り付けたとこだ。」
夏樹という男は、苦笑した。
「困ってるみたいだからよ。交渉に成功したらオレも呼んでくれる約束だろ?」
勝己は、息をついた。
「まあ、戻って来るつもりはねぇ。あっちは平常通りで兵士もこんなに街に出てないってことだ。生きてくには金が必要だしな。こっちじゃ飢え死にしちまうし。落ち着く先が見つかったら、お前のことは呼んでやる。だが、他は駄目だ。そんな事をしていたら、何人斡旋しなきゃならねぇと思うんでぇ。」
ショーンは、肩を落とした。
「いいって。迷惑は掛けられねぇ。オレは少しは蓄えがあるし、密行しなきゃならねぇほどじゃねぇ。いよいよとなったら、お前達が話してくれたことを思い出して自分で何とかする。」と、広場に点々と並ぶ、他の商人達を見回した。「みんな困ってるんだ。オレだけお前達に甘えるわけにゃいかねぇしな。」
今は先に城を調べて来なければならない。
ショーンがそう思いながら言うと、勝己はバツが悪そうな顔をした。
「すまねぇな。オレも必死なんでぇ。ムスビに嫁と息子を置いて来てるし、送金してやらなにゃ学校にも行けねぇ。こうなって来ると、早くヤマトヘ移住しとけばよかったんでぇ。でも、あっちに畑があるもんだから、何もかも捨てて国を出る事もできねぇで。」
夏樹は、頷いた。
「とにかく、お前は行けるようにうまくやれ。連絡くれたら手筈通りにオレがこっちから二人を連れてってやるから。あっちなら学校もタダだし、きちんとしてりゃ仕事もくれるって話だ。」
そうやって小声で話していると、兵士が寄って来た。
途端に、三人が黙ると、兵士は側まで来て、言った。
「ここで商売しても無駄だ。王が広場は使用禁止にしろと申された。無駄話をしてないでさっさと片付けて散れ。」
夏樹が、キッと兵士を睨んだ。
「じゃあどこで商いをしろって言うんでさ?オレ達だって生活がある。ヤマトで商売してたのに、お国は河を封鎖しちまってあっちへ渡れねぇってのに!」
兵士は、面倒そうに手を振った。
「国同士の事に口出しするな。何も知らない癖に。さっさとどっか行け。とにかくここでは商売は禁止だ。」
そうして、そこを離れて他の商人たちの方へと歩いて行く。
その背を見送りながら、夏樹は苦々し気に言った。
「…この国は何もしてくれねぇ。みんなヤマトヤマト言うが、ミマサカに親だってまだ住んでるし捨てられずに居た。だが、潮時かもしれねぇ。」
ショーンは、兵士の背を見ながら、確かに、と思っていた。
一般市民の待遇は、確かにヤマトの方が良いのだ。ヤマトは福祉関係がしっかりしていて、神殿での治療などは全てタダ、学校もタダ、宿舎もタダ。仕事を探している者は国が面接をし、通った者は国が責任を持って一般企業へと紹介する。一般企業が難しい場合も、国の仕事をとりあえず与えてくれるので、生きて行けないという事はまず、無かった。
なので人々には余裕があり、豊かに見えるのだ。
ショーンは、ため息をついてその場を離れた。他の行商人達も、兵士に追い立てられながら片付けて、広場から出て行こうとしていた。
見上げた王城は、慣れていたはずが、今は不信感しか感じないようになっていた。




