リーリンシアの王
王城の中は、静かだった。
ラディアスとクラトスが居るとはいえ、見知らぬ六人が居るのに誰も気にしている様子はない。
不思議に思いながらも階段をどんどんと上がって行き、到着したのはかなり上階の、大きく窓がついている、広い部屋だった。
そこに居る、金髪の四十代ぐらいの男が振り返った。
「…戻ったか、クラトス、ラディアス。城の者達には戻ったらここへ来させよと申しておいたのだ。」
クラトスが頷いた。
「誰にも何も聞かれなんだ。これらを連れて参った。」
すると、シエラを見たその男は、驚いて椅子から立ち上がった。
「クロノス!」と、駆け寄って来てその手を握った。「おお、主も降りているとショーンから聞いてはおったのだ。まさか訪ねてくれるとは思うてもおらなんだ。」
シエラは、かなり親しげに見て来るその男に、困ったように言った。
「あの、オレは確かにクロノスなんですけど、天の事を全然覚えていなくて。ちょっとイメージぐらいなら思い出したんですけど。」
相手は、頷いた。
「そうか、まだ記憶はないのだな。我はラファエル、天では友であったのだ。」と、クラトスを見た。「クロノスぞ。主らは会ったことがないよの。」
クラトスは、首を振った。
「顔は知らぬ。なので、話を聞いて驚いた。」と、デクスを見た。「そして、そちらがデクス。どうもシャルディークから聞いておったのと違うようなので連れて参ったのだかの。」
ラファエルは、シエラから手を離してデクスをまじまじと見つめた。
「なんぞ…白いの。誠に主はデクスか?」
デクスは、何度も白い白いと言われて大概嫌になって来ていたが、辛抱強く頷いた。
「我が、ディンダシェリアを乱したデクスぞ。」
ラファエルは、頷いた。
「であろうな。その顔は天から見ていたし知っておる。とはいえ、表情も違うし、何より主は真っ白ぞ。天の刻印持ちでもそこまで白い者は少ないのに。」と、顔をしかめた。「ということは、シャルディークは要らぬ心配をしておることになるの。早う知らせてやらねば。」
クラトスが、頷いた。
「どうもシマネキヅキは面倒な事になっているようぞ。ミマサカの王がヤマトの王を捕らえておるのだとか。ミマサカの王が、われらのような偽りを見抜く者の目から逃れる術を持っておるようで、シャルディークがそれに惑わされるのではないかと恐れてディンダシェリアに渡ろうとしておるのだ。知っての通り、あちらはミマサカを通らねばディンダシェリアへ行けぬ。仕方なくリーリンシアの上空を通って参りたいと言うておる。」
ラファエルは、何度も頷いた。
「ならば通るが良い。主らは自由に上空を通って良い。許可しようぞ。とはいえ…シャルディークは今、アーシャンテンダに居るかの。何やら、気配があちらへ飛んだように思うたのだが。」と、宙に目を向けた。「アリス、そうであるの?」
すると、宙から声が答えた。
『はい、ラファエル様。島の命の気をかすめたので気取りましたわ。陸続きなのにお珍しい事だと我も見ておりましたから。』
シエラが驚いていると、ラファエルは苦笑した。
「この島の命の気は、一人の女によって吸い上げられて供給されておるのだ。我が妃、アリスよ。」
ええ?!
とシエラが思っていると、宙の命の気が凝縮して白い髪の美しい人型が浮いた。
『初めてお目に掛かりまする、クロノス様。天ではお会いしたのですけれど、覚えてはおられないでしょう。』
シエラは、どぎまぎしながら頷いた。
「初めまして。あの、覚えてなくてごめんなさい。」
デクスは、それを見て眉を寄せた。
「…なんとの。人身御供か。そんなものが許されておるとは。」
ラファエルは、暗い顔をした。
「…ウラノスの力の石で代用出来るはずであったのだが、逆らったために石は取り返された。ゆえに、アリスが己から身を投げ出して島を救ったのだ。」
アリスは、しかし微笑んだ。
『我はお役に立てたのですから満足でありますわ。特に嘆いておりませぬ。こうして島を見張る事も出来まするし。』
もう死んでいるんだ…。
シエラは、若く美しいその姿に物悲しさを感じた。きっと若くして命を落としたのだろう。
デクスは、息をついた。
「ウラノスも、意地になっておったのやもしれぬの。そもそもが神に逆らうなどあってはならぬ事であるし、時を巻き戻すことも、命を与えられた以上に永らえる事もルール違反であるのだ。ウラノスは間違っておらぬと我は思うがの。」
ラファエルは、顔を強張らせた。どうやら、図星だったらしい。
ラディアスが、庇うように割り込んだ。
「アレクサンドルの事を申しておるのなら、とりあえずは生きて良かったのだと我らは思っておるのだ。今はあれも、シマネキヅキが無事に存在して繁栄しているのを見たので、後は天からでも良いとか申しておるようだが。」
クラトスが、頷いた。
「時々に我らの住み処を訪ねてくれたのだが、もう思い残すことは無いのだが、あちらの王が信仰を無くしては民が生きて行けぬとか言うので、今しばらくは逝けそうにない、と嘆いておったな。神の姿が無ければ信仰が無くなるとはおかしなことを、とは思うておったが、もしやあれも利用されておるのではないであろうの。」
それには、デクスが答えた。
「アレクサンドルは、北からディンダシェリアへ抜けようと飛んで参った。今どうしておるのかは我にも分からぬが、ヤマトのリュウガ王を捕らえることに反対したらエイシンというミマサカの王に捕らえられそうになって、ヤマトヘ逃げて参ったのだ。」
ラファエルは、険しい顔をしてデクスを見た。
「神と持ち上げておいて利用価値が無くなれば捕らえるとは。誠に良しない命のようよ。」
シエラは、それには悲し気な顔をしながら、言った。
「国同士で二十年ほど前に戦がありましたから。ヤマトの王が若い龍雅陛下になったのを知ったミマサカのその当時の王が、攻め込んだのです。そうしたら、龍雅陛下はたった一人で攻め込んで来た軍を殲滅してしまった。その時の王も、逃げ帰ったのですがその時の傷が元で数年後に亡くなり、今の王の栄進は恨んでいたんです。龍雅王は小さな頃から栄進王の世話をしてたんですけど、そのせいで栄進王は心の内を隠す術を見つけたらしくて。こんなことになってます。」
ラファエルは、シエラを見て言った。
「戦など、どちらも良い事などないのだ。恨みの連鎖など断ち切らねばならぬ。リュウガという王は、それをしようとしたのに、エイシンには通じなんだようだの。とにかくは、シャルディークが片方だけの言い分を聞いて鵜吞みにするとは思えぬのだが、それでもあれに話すのは早い方が良い。今はシマネキヅキに行っているようだが、すぐに戻ろう。あれも長く国を空けることが出来ぬ立場ぞ。主らは、シャルディークの城へ向かうが良い。ここで話しておっても事態は変わらぬ。もしシャルディークがここへ立ち寄ったら、我からも話しておくゆえ。」
クラトスが、頷いた。
「そうよ、急いだ方が良い。我らが送る。今から参ろう。」
シエラは、窓の外を見た。
もう、夕日が沈もうと傾いて来ている最中だった。そういえば、結構な距離をあちこち飛んで、今朝遅めの朝食を食べてから何も口にしていない。
デクスは、それを気取ってラファエルに言った。
「少し、待ってくれぬか。我ら、昼食も食べずに飛んで来たので、とりあえず腹ごしらえをする。食べ物は持っているので、庭ででもすぐに食べてしまうゆえ。」
ラファエルは、ハッとしながら言った。
「そうか、我もこれから食事なのだ。ならば共に。」と、侍女を呼んだ。「客人とクラトス、ラディアスの分の食事を用意させよ。」
侍女は、頭を下げて出て行く。
デクスは、首を振った。
「そのような。食物は持っておるから大丈夫ぞ。」
だが、ラファエルは首を振った。
「それぐらいはさせてもらいたい。クラトス、部下の分も準備させるか?」
クラトスは、首を振った。
「いや、エサイアスとトリトンの分だけで良い。他は禁足地へ帰す。あちらもそろそろ夕食ぞ。今朝ルクルクが大量に狩れたので皆、楽しみにしておったしの。」
ラファエルは、苦笑して言った。
「ならばこちらもルクルクを準備させよう。エサイアスとトリトンにも食堂へ来るように申してくれ。」と、デクスとシエラを見た。「さあ、主らも参れ。そういえば、この四人は護衛か。」
デクスは、慌てて言った。
「おお、紹介がまだであったな。こちらから、義朋、寿康、アーサー、ゴードンぞ。コンラートが案じて連れて来させてくれた精鋭達だ。」
四人は、出来るだけ話の邪魔にならないようにと気を遣っていたのだが、言われてラファエルに頭を下げた。ラファエルは、頷いた。
「そうか。一般の人にしては良い気を持っておる者達よ。ところで、コンラートと申したか?もしや、天のコンラートではあるまいの。」
シエラが、やっぱりコンラートの事も知ってるのか、と頷いた。
「そのコンラートです。オレ、最初から結構ガンガン言われてて、どうしてかなって思っていたら、天でいろいろあったみたいで。」
ラファエルは、驚いた顔をしたが、答えた。
「コンラートがあのコンラートならばそうなろうな。ウラノスの取り合いのようになっておったしの。とは言うて、主はウラノスが子供の頃から育てたので慕っておっただけ、別にコンラートに対して何も思うてなかったのだが、コンラートはウラノスの一番になりたかったようで嫉妬しておったのだ。そうか、コンラートまで降りておるか。確かに天は今、ガラガラであろうな。」と、歩き出しながら、天井の方へと天を仰ぐように見た。「…ウラノスも、どうしておるのか。まだ我らに憤っておるのか…枷は白くなったが。」
言われて、ふと腕を見ると、ラファエルの左腕には、白いイバラのツルのような物が巻き付いていた。
デクスも、シエラを同じくそれを見て、驚いた顔をした。
「主、ウラノスに力を封じられておるのか。」
ラファエルは、苦笑しながら左腕を上げた。
「半分だけの。本当は全て封じられておったのだが、枷が白くなった時、右腕だけ割れたのだ。そうして、とりあえずこの島を治めるだけの力は取り戻した。片方が残っておるので、許されたとは思っておらぬが…」と、ラファエルは右腕で左腕の枷に触れた。「我が改心せねばこれは解けぬのだ。ウラノスは、まだ我が改心しておらぬと見ておるのだろう。ゆえに、許されてはおらぬなと分かるのだ。未だ、我は時を巻き戻してアレクサンドルを助けたのは間違ってはいなかったと思っておるからの…。」
ラファエルは、寂し気な顔をした。
恐らく、ウラノスに逆らったとはいえ、ラファエルもウラノスの事を慕っているのだろう。
みんな、天で共に過ごした記憶があるので、父親のように思っているようなのは、なんとなくシエラにも分かった。
そんなラファエルの横顔を見ながら、シエラはぞろぞろと食堂へと歩いて行ったのだった。




