魔物との遭遇
その数時間前、リーリンシアが見えて来ている海上で、シエラは緊張しながらグーラ達と対峙していた。
足元には、顔を出してこちらを見上げている、白黒の大きな魔物達が見える。
デクスは吊り下げた寿康、アーサー、ゴードンが緊張しながら杖と剣を握っているのに視線をやってから、目の前にホバリングして翼をはためかせている、グーラ達に視線をやった。
数は恐らく十以上二十未満。数えている余裕はなかった。
『…これ以上は入る事は許さぬ。ここからはリーリンシアの領地ぞ。リーリンシアはディンダシェリアとアーシャンテンダのみと交流しておって、シマネキヅキとは交流するつもりはないのだ。』
デクスは、自分を落ち着かせて答えた。
「我はライアディータの出身ぞ。」相手は、眉らしき場所を上げた。デクスは続けた。「古代に女神ナディアに仕える修道士であった。そして、その昔創造主から黒い心を植え付けられてあの土地を乱した。あちらでは我を探しておろう。デクスと申す。」
それを言うんだ。
シエラが固唾を飲んでいると、相手は驚いたように答えた。
『…我はクラトス。あの地のディーラの王。主の事は聞いておる。だが、主は黒くはない。それどころか人にはあるまじき白さぞ。人は刻々と色を変えるが、主はそれすらない。真っ白ぞ。』と、少し考える仕草をした。『…で、そのデクスがリーリンシアに何の用ぞ。』
デクスは答えた。
「我は、ディンダシェリアに居るシャルディークに会わねばならぬ。シマネキヅキで今起こっていることの真実を知らせなければならぬのだ。己が殺されても、戦は阻止せねばらぬと思うておる。なので、リーリンシアに降りられなくとも良い、ただ、ディンダシェリアに向けて、上空を通過させてもらえたらそれで良いのだ。」
クラトスは、答えた。
『シャルディークとはシャデル王のことであるな。あれはディンダシェリアではなくアーシャンテンダに居る。』と、ちらとシマネキヅキの方を見た。『…何やら術に覆われた空。ゆえにこちらを通りたいと?』
デクスは、頷いた。
「そう。ヤマトの王が封じられ捕らえられていて、ミマサカの王が戦を起こそうとしておるのだ。偽りを隠す術を持っておる王で、シャルディークがもし騙されてあちらへ手を貸しでもしたらと案じられている。なので、嘘偽りない真実を話さねばと急いでおる。」
クラトスは、じっとデクスを見つめていたが、言った。
『…真実ぞ。主は偽りなど何ひとつ申しておらぬ。しかも白い。その動じぬ白さはシャルディークと同じ。』と、シエラを見た。『主も未熟ながら白い。主らは本当に人か?下にぶら下げておる人は普通であるのに。』
シエラは、自信なさげに頷いた。
「今は人なんです。あの、前はクロノスという天の住人で。」
クラトスは、目を見開いた。
『クロノス?!主はクロノスか?!話に聞いておる!?』
どんな話を聞いているのか分からないが、シエラは何も覚えていないので、慌てて言った。
「いえ、同じ天から来た人達に言われているから確かにクロノスなんですけど、まだちょっとだけしか思い出していないので、あなたがどんな話を聞いているのか分かりませんが…少なくとも、時を巻き戻したのは後悔したようです。今のオレもいったい何をしたんだろうって後悔してます。」
クラトスは、それを聞いて神妙な顔をした。
『まあ…主がそう思うても仕方がないかもしれぬ。時の番人であったからの。だが、あれで助かった命は多かったし、我らも今の状況を幸福に過ごしておる、とだけ主に申しておこう。』と、デクスを見た。『では、我は主が上空を通る事を許したい心地であるが、ここの王は今、ラファエル。あれに聞かねばならぬから、ここよりシーラーンの王城へと案内しよう。そこでまた、話を聞くが良い。我らも同行する。』と、下を見た。『ラディアス、共に参るか。』
すると、足元の大きな魚のような白黒の魔物が、答えた。
『我も参る。連れて参れ。』
あっちも話すのか。
シエラが目を丸くしていると、その魔物はスルスルと簡単に人型になり、他の魔物の背に座った。
「!!」
下にぶら下がっている四人も大概目を丸くしてドン引きしていたが、シエラもびっくりして言った。
「え、人型になるの?!」
グーラのうちの一体が、そのラディアスと呼ばれた魔物の人型を背中に乗せるのを見ながら、クラトスが答えた。
『シャルクスを知らぬか?そうよな、こやつらはシマネキヅキまでは行かぬからの。我らも人型になるのだ。ええっと、ディンダシェリアではグーラ、アーシャンテンダではアンバート、ここではディーラと呼ばれておって、ディンダシェリアでは人型で人と共存するのが常識なのだがの。我の妃も人であるし。』
シエラは、仰天してクラトスを見た。
「え、あなたの奥さんは人なんですか?!」
クラトスは、顔を歪めて笑ったようだ。
『ついぞそんな反応を見ておらなんだゆえ新鮮よ。そう、我の妃はヒト。子も居るぞ。』と、脇にホバリングしているグーラを顎で示した。『我の王子。名はエサイアスよ。』
子供まで…。
シエラと義朋達が絶句していると、背に魔物の人型を背負った一体が上がって来た。
『ラディアスを連れて参りました、兄上。』
クラトスは、頷いた。
『そのままシーラーンまで連れて参ってくれ、トリトン。』と、背の上のラディアスという魔物を見た。『ラディアス、クロノスだそうだぞ。』
ラディアスは、頷いた。
「聞いておった。誠にデクスもシエラも清浄な気を持っておって下で見ておっても心地よかったわ。とりあえず、ラファエルに会いに参ろう。侵入しようと飛んで来ている者達が居ると、気を揉んでおったゆえ、早う安心させてやらねばの。」
クラトスは、頷いて頭を島の方へと向けた。
『参るぞ!シーラーンへ!』
グーラと習ったが本人たちはディーラと言うのでそれで呼ぼう、とシエラは思いながら、その背を追って飛び始めた。
下にぶら下がる四人は、ただ成り行きに任せておとなしくしていようと思っているようで、じっとひたすら黙ってそれぞれの武器を握り締めている。
デクスが、そんな四人に言った。
「もう、杖は片付けて良いぞ。どうせそんなものでは勝てぬし逃げ切ることも出来ぬ。そもそも、我らはディンダシェリアへ行かねばならないのだから。」
言われて、顔を見合わせた四人だったが、言われた通りに杖と剣を縮めて、それを鞄へと仕舞った。
シエラの下の、義朋が言った。
「…我らの色は、どう見えておるのだろうか。」
シエラは、義朋を見下ろした。
「ええっと、別に黒くはないみたい。」シエラは、じーっと義朋を見つめて、言った。「頭の決まった位置に力を入れると、オレにも見えるんだけど。別に黒くないよ。ただ、時々グレーになったり気持ちによって変わるんだ。みんなそうだから、そんなに気にする事はないと思うけど。」
義朋は頷いたが、どうも気になるようだ。
シエラはため息をついて、そのままディーラ達を居ってリーリンシア上空へと飛んだ。
シーラーンは、島の一番高い所にある要塞のような場所だった。
そこに王城が建っていて、普通なら城壁の外に降りるものだろうが、クラトス達が中へと降りて行くのでそれに従ってデクスもシエラも降りて行った。
王城の目の前の芝生の上に義朋を先に降ろし、シエラは着地した。
段々に、着地が上手くなって来ている自分に自分で得意になっていると、クラトスがスルスルと人型になって、こちらを見た。
「さて、参ろうか。」と、他のディーラ達を見た。「主はここで待て。」
ラディアスも、クラトスについてもう、王城の入り口へと足を向ける。
シエラは慌てて義朋を手伝ってハーネスを仕舞い込んだ。
アーサー達もデクスに手伝われて必死に片付けていた。
「待ってくれぬか。こちらは道具を片付けぬとなるぬのだ。」
デクスが言うと、二人はこちらを振り返った。
「おお、そうであった。そんなもので吊り下げておるなど、吊り下げられる方はたまらぬな。切れたら終わりよ。」
ラディアスが言う。クラトスも頷いた。
「誠にの。もし良ければラファエルと話してから、我らが背に乗せて送ってやろうか。国交が開いた時に一度あちらのメク山脈に行ったきりであるし、我も久しぶりに同族に会いに参りたいしな。」
ラディアスが頷く。
「行って参れ。こやつらも助かろうしの。」
ディーラの背中に乗せられる…。
それはそうとそれで新しい経験だったが、デクスが言った。
「主らを煩わせるわけには行かぬしな。しかし、もし良ければこやつらだけでも乗せてやってくれたら助かるの。我らは飛べるし、負担は少ない方が良かろうし。」
シエラは、いつの時も相手の事を考えるデクスに、自分も誰かに頼るのをやめなければと思ったのに、と恥ずかしくなった。
クラトスが、笑った。
「そのように気遣わずでも良いのに。だが、そう申すならそちらの4人だけでも運べるように考える。とりあえず、ラファエルぞ。もう良いか?」
見ると、みんな必死にとりあえず小さくしたハーネスを鞄に突っ込んだところだった。
デクスは、頷いた。
「良い。では、案内を頼む。」
そうして、シエラ達六人はラディアスとクラトスに連れられて、シーラーンの王城の中へと足を踏み入れたのだった。




