ミタマニシ
ショーンは、シャデルに言われた通り、ディンメルクからリーマサンデへと渡り、そこからリーリンシアの世界の一端である、大陸の端のルルークから東へ行ってディア・メルへと到着していた。
ここからミマサカのミタマニシは目と鼻の先だ。
しかし、リーリンシアのラファエルがミマサカに国交を開いていないので、遠く街並みは霞んでお互いに見えるのだが、行き来は全く無かった。
とはいえ、ショーンはリーリンシアともミマサカとも国交があるディンダシェリアのライアディータ出身なので、ショーンに限ってはこの二つの街を簡単に行き来することが出来た。
だが、今はミマサカに自分がここへ来ているのを知られたくない。
そんなわけで、ショーンは上空高くに上がって、地上の様子を眺めた。
ミマサカへと入らなかったのは、あからさまに術が張り巡らされてあり、網の術が空へと、明らかに飛べる術士を気取るために存在していたからだ。
…飛べる術士というと、多くは無い。
ショーンは、険しい顔でそれを眺めていた。飛べるのは、ショーンが知っている限りでもミマサカには龍雅、今はコリンのコンラート、そして思い出してはいないだろうがクロノスだったシエラ、そしてアレクサンドルとデクス。ディンダシェリアのシャデルと、ショーンだった。
こうなって来ると、圧倒的にヤマトの方に飛べる人員が集まっている今、ミマサカがそれを警戒している気持ちも分かった。
…アレクサンドルは、それを先導しているのだろうか。
ショーンは、その可能性を考えて首を傾げた。
アレクサンドルは、別にミマサカばかりを贔屓目に見ていたわけではない。
というのも、アレクサンドルが見ていたのはこの、シマネキヅキ全体なのだ。特にこちらの国だけ大事にする、という事は、アレクサンドルに限ってなかった。
特に、戦などというきな臭い事は、極端に嫌がるはずだ。せっかく穏やかに回っている土地を、いくら龍雅が単身乗り込んで来て、栄進を捕らえようとしたとしても、封じたりせず話をして、それが出来ないなら追い返すぐらいで済ませたはずなのだ。
それなのに、アレクサンドルが何も言わずにこの状態に甘んじているのが気に掛かる。
それに、アレクサンドルからサラデーナに連絡も来ていなかった。もしショーンに戻って欲しいなら、アレクサンドルと旧知の中なのを知っているのだから、アレクサンドルに頼んでこちらへ口利きしてもらおうとするはずだった。
ミマサカの兵士達は、ミタマニシに駐屯して、術士達も空を見上げて交代で術を維持している。
ショーンは、あちらへ行って話を聞いて来なければならないだろうと思い、自分の白い髪を黒に変え、姿を一般的な商人の姿へと変えて、ミタマニシへと向かって地上を歩いて行った。
ディンダシェリアとの間は全く警戒していないらしく、がら空きなので隙を突くのは簡単だった。
飛べるショーンがトボトボと歩くのはイライラしたが、それでも行商人を装って、ディア・メルで仕入れた布を背負って歩いて行くと、ミタマニシに近付いたところで、さすがに兵士に気取られて止められた。
「行商人か?この時間に、珍しいな。」
ショーンは、髭の間から答えた。
「ほんとならトキからヤマトへ行くはずだったんです。でも、船が出なくて。こっちへ戻る船もダイヤが乱れて乗り継げなくて、仕方なく歩いたんで。いったい、どうしたんです?」
兵士は、面倒そうに手を振った。
「何でもない。今、ヤマトが面倒な事を言って来ているらしくて、陛下が国交を閉じるとおっしゃったんだ。文句なら、ヤマトに言うんだな。」
ショーンは、じっと兵士を見た。嘘を言っているようでもないが、恐らくこんな下っ端の男には、何も知らされていないのだろう。
深く知りたいのなら、もっと上位の術士に聞かねばならない。
「…ま、商売あがったりなんで、早く仲直りして欲しいもんです。」
ショーンは、そう言うと、ミタマニシの街へと向けて、そのまま歩いて行った。
すると、そこには軍の兵士達が宿を占拠していて、街の宿という宿の前には兵士がたむろしていた。
恐らくは、この町は小さいので宿舎なども備えられておらず、彼らが泊まる場所となると、一般の宿しかなかったのだろう。
それならば、天幕でも張って街の外へ出たら良いものを、兵士達はやりたい放題だった。
ショーンが歩いて行って宿に聞き込みをしようと宿の中へと入ると、そこは酒場で、兵士がひしめき合っていた。
こんな小さな宿では、大体一階に食事をするバーやレストランがあり、二階以上が客室になっている。
この非常時に酒を飲んで騒いでいる兵士達に眉を寄せながら、ショーンはカウンターの端の、一つだけ空いている席へと座った。
すると、騒ぐ兵士達に顔をしかめた店主の男が、カウンターの中で寄って来て、言った。
「…いらっしゃい。見ない顔だな。騒がしくてすまねぇな。」
ショーンは、指を一本立てた。
「キリクを。」と、言ってから、顔をしかめた。「ここはいつもこうか?オレはトキからヤマトヘ行って商売してるんだが、あっちの船が出なくなったんで商売あがったりでな。仕方なくここまで流れて来たってのに、これじゃあここでも商売なんか出来なさそうだ。」
店主は、目の前にジョッキに入れた泡の立つ琥珀色の液体を置いて、顔をしかめた。
「今は無理だ。なんだかきな臭いからな。ミマサカ全土がこんな感じで一般の人はゆっくり旅も出来ねぇらしい。あんたと同じようにいろんな場所からこの南の端の町なら静かだろうってやって来て、失望して帰ってくって人がたくさん居る。何しろ、今は寝る場所も確保出来ねぇ。兵士達がどこも占拠してやがる。」
ショーンが、頷いてコインを一枚店主に渡すと、店主はそれを受け取った。
「って事は、ここも満室か。」
ショーンが言いながらジョッキを手にして口を付けると、店主は不憫に思ったのか、うるさい兵士達を後目に、ショーンの耳元で言った。
「オレんとこは駄目だ。こんな下っ端ばっかが泊まっててうるさくて仕方ねぇ。だが、海側へ行きな。そっちなら、一つ石造りのホテルがある。そこは客室も多いし軍でも上層部の奴らが泊まるから、静かだ。ただ、値が張るがな。」
ショーンは、ジョッキを半分ぐらい空けて、頷いた。
「この際ゆっくり出来たらいくらでも出すさ。朝からクタクタだ。」
店主は、頷いて腕輪を見て、それでポチポチと連絡した。そして、頷いた。
「よし。一部屋確保しといた。ボリスの紹介で来たってフロントで言ったら泊まれる。」
ショーンは、微笑んで頷くと、荷物の中から男性用の服を仕立てるための布を出すと、店主に差し出した。
「礼をしたいがこんなものしかない。カミさんにでも仕立ててもらってくれ。」
すると、予想以上に店主は嬉しそうな顔をした。
「お!良いのか。売り物だろ?」と言いながらも、もうそれを自分の胸に当てた。「やっと新しい服が出来るぞ。うちのカミさんは自分の服ばっかでなあ。この布なら、オレのを作ってくれるだろう。」
ショーンは、キリクを飲み干した。
「そんなもんですまないな。こっちは荷物が少し軽くなったし楽になったよ。」と、足を出入口へと向けた。「じゃあな。もう休みたい。」
店主は、手を振った。
「いつでも来てくれ。ま、この騒ぎが収まってからでいいから。」
ショーンは手をあげてそれに応えて、そしてその宿を出て紹介されたホテルへと向かったのだった。
そのホテルは、ボリスが言っていた通り石造りだったが、それほど大きなものではない。
三階建てで、確かにここの建物の中では大きい方だったが、リゾート地ではないこの町に、そんなに大きなホテルも採算が合わないので建てないだろう。
ここからもう少し東へと降りた場所に、ミタマナカという町があるのだが、そちらはミマサカでもリゾート地として有名で、遊ぶ場所もたくさんあり、そちらにはとても大きなホテルが乱立しているのは知っていた。
こちらは所謂、海しかないおっとりとした場所で、普通こんなに人で溢れるという事が無いのだ。
ホテルミタマニシは、ボリスが言った通り静かだったが、入り口では兵士が門番のように立っていて、物々しい雰囲気だった。
一般の客も居るようだったが、少ない。その上、みんな居心地悪そうな顔をしていた。
ショーンが荷物を背に入って行こうとすると、入り口の兵士達が、ショーンを止めた。
「待て。荷物の中身は?ここで広げて見せろ。」
ショーンは、面倒だなと思ったが、中へ入らない事には始まらない。なので、背中から袋を下ろして、中身を引っ張り出した。
「行商に回っております。服地を扱っておりまして。」
兵士は、中を確認して、頷いた。
「よし、入れ。予約はしているか?」
ショーンは、頷く。
「はい。予約客でなければ入れないんですか?」
兵士は、頷いた。
「今日は有事で将軍が滞在されているからな。予約があるなら仕方ない。」
仕方ないって、勝手に割り込んで滞在してるのは軍人の方だろうが。
ショーンは思ったが、黙って布を鞄へと詰め込むと、そのままホテルの中へと入って、フロントへと向かった。
フロントの方へと歩くと、サッと一人の初老の男が寄って来た。
「…ボリスの?」
ショーンは、頷いた。
「紹介で。」と、回りを見て小声で言った。「…なんか大変だな。」
相手は、小さく頷いた。
「ほんとは予約以外の客は泊めちゃいけないって言われててな。だが、町の宿屋は全部兵士達が埋めてるってのに、どうするつもりなんだろうってね。」
ショーンは、すらすらとこちらの文字で偽名を書いた。そして金貨を一枚渡すと、男はショーンにキーを渡して、言った。
「あっちの階段で二階。三階はお偉いさん達が占拠しちまってるから上がらない方がいいぞ。ま、階段に兵士が立ってるから上がれないけどな。そんなわけで三階の大浴場が使えないから部屋の風呂を使ってくれ。その分みんな、料金は安くしてる。」
ショーンは頷いた。
「早く落ち着いたらいいな。」
相手はうんざりしたように頷く。
「ほんとにな。」
そうして、ショーンは二階へと階段を上がった。
すぐ上の階に、誰だか分からないが将軍が来ているのだ。
ショーンは、ニタリと笑い、自分の部屋へと入って行った。




