ライバル
シエラが空で胡坐をかいてチマチマとメモを取っていると、アレクサンドルが戻って来た。
「…あ、アレクサンドル様。」
アレクサンドルは、シエラのメモ帳を覗き込んだ。
「お。主は几帳面なのだな。綺麗に図を描いて。」
シエラは、褒められて気恥ずかし気に笑った。
「文章で書くよりこうやって絵にした方がやりやすくって。」
アレクサンドルは頷く。
「良い方法よ。見た者がすぐに理解出来るゆえな。」と、左の方を見た。「…デクスが戻って参る。」
シエラは、自然そちらを見る。
明けて来た空に、確かに何も見えないが、何かの気配が近付いているのは気取れた。
「…段々、いろいろ気取れるようになって来たんですけど。」シエラは、メモ帳をポケットに直しながら言った。「今まで五感だけで生きていたので、まだ完全に気を使う事に慣れなくて。」
アレクサンドルは苦笑した。
「すぐには無理やもしれぬが、直に慣れる。意識して使うようにしておれば、気が付けば息をするように使いこなしておろう。まして主はクロノスとして、天で生きていたのだ。思い出せば良いのだから、大丈夫よ。」
シエラは頷いたが、そのクロノスがウラノスを裏切ったためにこんなことになっている事実を知ってしまったので、落ち着かなかった。
そこへ、デクスが戻って来た。
「待たせたの。あちらは行けそうな箇所が何ヵ所かあったのだ。そこを詳しく見ておったら時がかかってしもうて。」
アレクサンドルは、首を振った。
「いや、我も今戻ったばかりぞ。あちらは少し、面倒であったし、ならば地下かと考えて見て来た。」
デクスは頷いてシエラを見たが、シエラが暗い気を発しているので、気遣わしげな顔になった。
「なんだどうした?何かあったか。」
シエラは、首を振った。
「違うんだ、オレがクロノスとして生きてた時に、あんなことをしなかったら龍雅陛下だって巻き込まれずに済んだのかなって思ってしまって。」
それには、アレクサンドルが首を振った。
「何を言う。我がこうして生きておるのは主のお陰よ。それにの、栄進は我らが生きていようと死んでいようと龍雅を恨んでおった。いずれこのようになったであろう。その時、我らが居らぬであれはどうしたのだ。まあ我が封じの術を教えておらねばこんなことにはとは思うが、そんなものが無くとも栄進は、龍雅が老いて参ったら行動に移したであろうて。今、多くの助けが地上に居る。龍雅にとって、ヤマトの民を案じながら死ぬ事を思えば、この状況の方がいくらか望みはあろう。ゆえに、そのように気に病むでないぞ。」
デクスも、頷いた。
「こうなってしまったからには、この時の中で良い道を探すのだ。過去は過去よ。主はそれで学んだゆえ、もう二度と同じ轍は踏むまい。主という命の試練なのだ。ここで取り返す機を与えられたのだ。」
二人に慰められて、シエラは頷いた。落ち込んでいる場合じゃない。とにかく龍雅を助けて、戦を止めなければ。
「…大丈夫。それより、早く帰ろう。みんなに状況を知らせなきゃ。」
デクスとアレクサンドルは、頷いて両側からシエラの腕を掴んだ。
「戻るぞ。朝食を摂って、早くディンダシェリアへ向かわねば。」
三人は、また来た時と同じようにものすごいスピードで、タキへと帰って行った。
タキの城へと帰り着くと、コンラートがもう気取って待っていて、王の居間の椅子から飛んで出て来た。
そして、素早く部屋に膜を張ると、呆然としている三人に言った。
「サディアスの結界が弱まってるんだ。術が城に入り込んでる。」
アレクサンドルが、慌てて言った。
「ならば我が結界を。」
手を上げて今にも結界を張ろうとするアレクサンドルの手を、コンラートは掴んだ。
「ダメだって!結界なら僕にだって張れる。わざと探らせてるんだ。」アレクサンドルが手を下げると、コンラートはホッとしたように続けた。「あの三人だよ。夜中にあんなに騒いでるのに、誰も起きて来なかっただろ?サディアスの結界があるからって油断してたけど、あっちじゃ僕達を逃がしたから直後から対策を考えていち早く探りを入れて来てたんだ。あいつらの気なら知ってるだろうから、ピンポイントにこっちへ術を送って来られたんだよ。多分意識は眠ってて、他の誰かがあの体を動かしてる。見たら分かるけど、めっちゃ不自然だから。」
シエラは、仰天した。誠二とライナンと美琴が、術を掛けられてるって?
「そんな!」シエラは、自分の体を抱くようにした。「…でも、どうしてオレは平気だったんだろう。」
シエラは、ハッとした。そう言えば、昨夜は何だかチクチク突かれているような感覚がして、眠れなかったんだった。不安のせいかと思っていたが、もしかしたら術が飛んで来ていたんだろうか。
コンラートが言った。
「君が簡単に術にかかるはずないじゃないか、クロノス。無意識にでも跳ね返してるよ。自分を守るのは本能だからね。その能力があったら誰でも跳ね返すさ。」
シエラは、顔をしかめてコンラートを見た。
「…なんか、心当たりがある。昨日の夜、体の回りがチクチクしてね、なんだか嫌な感じで眠れなかったんだよ。だから起きてて君達が戻って来た時窓を開いたんだし。」
「え?!」コンラートは、シエラの肩を掴んだ。「だから、ちょっとでも違和感があったら言ってよ!君は刻印があるんだぞ、クロノス!昔から何でもおっとりしてさあ!」
またブンブンと前後に揺さぶられるのに、デクスが慌てて止めた。
「こらコンラート!やめよ、だから覚えておらぬのだと申すに!こら!」
デクスに引き離されて、コンラートは膨れっ面で言った。
「緊急時におっとりしてたら困るんだよ!それでなくても刻印持ちの数が限られてるってのに!」
アレクサンドルは、庇うように言った。
「どんな術があるのか覚えておらぬのだから仕方がなかろう。術に掛けられたこともないのに、それがどんな感覚なのか気取れぬのも分かる。で、そやつらにはどんな情報を渡したのだ?」
コンラートは、頷いて自分があの時に言った事を説明した。ヤマトへ侵攻して来るのを遅らせるため、コンラートなりに考えた結果、自分を恐れさせてこちらへ来る気にさせないようにと騙ったようだった。
コンラートが瞬時にそんな判断が出来るとは思っていなかったシエラは、驚いた。なぜかコンラートとは、対等だという思いがあって、どんどんと先へ行かれているような感覚がする。コンラートが自分には出来なさそうな行動をするたびに、置いて行かれる気持ちになって焦って来る。多分、天での記憶が奥底に残っていて、自分を焦らせているのだろうと思えた。
「…ならばあちらは別の手を考えて来るやもしれぬの。」アレクサンドルは、考え込むような顔をした。「どちらにしろ、さっさと結界は張り直した方が良いぞ。三人も居ったらあちこちウロウロして、何かを気取るのではないのか。我らがディンダシェリアへ出発した事を知られてはならぬから、やはり術をもう解いた方が良い。結界を張ればどちらにしろ繋がりが断たれるゆえ、さっさと張り直せ。」
コンラートは、だが言った。
「でも、あっちに別情報を渡してうろたえさせる事も出来るよね。今後何が起こるか分からないのに、残しておいた方がいいんじゃないの?」
それには、デクスが首を振った。
「ならぬ。こちらが案外に甘いと見たら、あちらは主が口ほどでもないと思うて攻め入って来る判断をするやもしれぬではないか。せっかくに主がリュウガより優秀だとふれこんだのなら、それをあちらに信じさせねば。強固な結界は、それをあちらに知らしめる手段になる。我もアレクサンドルに賛成ぞ。ここに懸念は抱えて居らぬ方がよい。」
コンラートは、膨れっ面をしたが、特に駄々をこねることも無く、言った。
「…分かったよ。だったら僕の結界を張る。」と、サッと手を振った。「これでいいよな。じゃ、クニミツに連れて行く人選をさせてあるんだ。とりあえず、朝ごはん食べて来てよ。それから出発の準備だ。」
シエラは、慌てて言った。
「ちょっと待ってよ、今結界を張ったってことは、誠二達はどうなったんだ?もしかして、どこかで倒れてるんじゃ。」
コンラートは、回りの膜を消しながら、どうでも良いように言った。
「多分ね。今頃あっちでは急に操れなくなったから焦ってるかもね。」
シエラは、急いで扉へと足を向けた。
「ちょっと!もし階段でも降りてる最中だったらどうするんだよ!探して来る!」
「手伝おう。」デクスも、シエラについて行きながら言った。「コンラート、ちょっと考えぬか。」
そうして、二人は出て行った。コンラートは、二人が出て行ってから、ブツブツと言った。
「なんだよ、結界張れって言ったり張るなって言ったり。」
アレクサンドルが、呆れたように言った。
「だから主は回りをもう少し気遣う事を覚えねばならぬわ。シエラはそこのところはちゃんとしておるぞ。」
コンラートは、フンと横を向いた。
「…分かってるよ。僕だって焦ってるんだ。だってクロノスには敵わないんだもの。」
アレクサンドルは、不貞腐れて横を向くコンラートを見て苦笑した。
恐らくは、お互いに相手に敵わぬと思うておるのだろうの。
しかし、それが良いのだろうと、アレクサンドルは微笑ましく思って見ていた。




