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動向

皆が黙ったので、デクスが言った。

「我が参る。」皆が、デクスを見る。「ここを出て我があちらへ単身参るゆえ。そうしたら、もうそのような懸念は無くなるではないか。せっかくに上手く回っておる二つの国が、そのような懸念を抱えてこれから先も平穏に過ぎるはずなどなかろうが。我を不憫に思うてくれるのは有難いし、神同士の争いの切り札になるのは龍雅陛下から聞いて理解しておるが、今は神同士の諍いより国同士のことよ。地上に人々は生きて存在しておるのだからの。まず王は民の心配をせねばならぬのだろうが。我が確かにリツコからあのような対応をされたことは、主らが知っておるのだから。生き証人など必要なかろうぞ。これ以上、我のために命が失われる懸念が増えるのは耐えられぬ。」

シエラも、政治の問題になって来ると口を差しはさむことは出来なかった。何も分からないからだ。

よく知っているはずの美琴すら、何も言えずにただ黙って成り行きを見ている中、全員が黙り込んでいると、龍雅が言った。

「…シャルディークに会うか。」コンラートが顔を上げると、龍雅は言った。「あやつと話さねばならぬ。デクスが誠どんな風に生き残っておるのか、あれは知らぬ。恐らくは、封印されておる気配を読んで、その中にまだ残っておった黒い気配を気取っておるから懸念しておるはずぞ。まあ、我としては、デクスが天での諍いの切り札になるからだとは思っておるが、表向きはそう言うておるはずであるしの。あやつがアレクサンドルを生かしておる事実も、なぜにそこまでこだわるのか知らねばならぬ。あちらも我に会いたいはず。行って参る。」

コンラートが、慌てて言った。

「待ってよ、あっちへ行くの?たった独りで?」

龍雅は、頷く。

「我だけで問題ない。主はまだ出ぬ方が良い。我があちらへ行って、話を聞いて参るわ。シャルディークが真っ直ぐで正しい命なのは知っておる。だが、正しい方向が我とは違うかもしれぬ。あれが知っていて、我が知らぬことがあるのやもしれぬ。ゆえ、会って話して来なければならぬ。」

シエラは、昼も近い空を見てから、言った。

「今から行くの?シャルディークが今度は反対に会ってくれないとかない?」

龍雅は、苦笑して首を振った。

「問題ない。恐らく、我の顔を見たらシャルディークも我が誰なのか知るだろうて。あれとは駆け引きなどではなく、腹を割って話さねば恐らく分かり合えまい。行って参る…とりあえず、先にミマサカ城へ寄って栄進に引き渡しはしばし待つように言い、それからシャルディークに会いに参ろう。帰りは遅くなるやもしれぬから、主らはこちらで普通に生活して待っておるが良い。」

そうして、龍雅はこちらが止める間もなくさっさと窓枠へと近寄り、サッとそこから気軽に飛び立って行った。

シエラは、どういうわけか不安になって来るのを、抑える事が出来なかった。


栄進は、ヤマトからの答えを待っていた。恐らくデクスを渡す気がないのなら、龍雅はあっさりそう答えて来るだろう。何しろ、栄進は龍雅には全く敵わないのだ。それは、父の栄章も、若くして亡くなる直前まで散々に案じていたことだった。

龍雅は、ミマサカの軍を簡単に蹴散らしておきながら、そこからこちらへ攻め入って来ようとはしなかった。栄章の体調がずっと優れない間も、いくらでも隙はあったのに一切何も言っては来ず、和睦の申し入れをしてきた。

臣下は、渡りに船とそれを推し進め、栄章も己の体が思うようにならないので、それに同意するよりなかった。

そこから国交は正常になり、経済的にも助け合う関係となって、表向き平和になったのだが、栄章が亡くなり、まだ五歳にしかならなかった栄進が王座に就く事になった。

父は、死の直前まで、ミマサカがヤマトの俗国のようになる、王とは名ばかりとなると、懸念していた。

栄進が王座に就いてから、龍雅は何くれとなく世話をするようになった。術の指南から、王としての責務など、龍雅から教わった事は多い。龍雅が居なければ、恐らく栄進は王としての振る舞いすら分からなかっただろう。

しかし、それは同時に父が懸念した通りの道を、歩いているのだと思わせた。龍雅は何事にも優秀で判断に誤りがない。なので、結局はミマサカの方針も、龍雅が改めた事も多かった。

信仰の事について、ミマサカではアレクサンドル信仰を絶対とし、神殿に力を持たせて民心を収握するやり方であったのだが、それは龍雅にはやめた方が良いのでは、と言われた。

だが、父王が取り決めていたことだったので、それは栄進は譲らなかった。龍雅も、強くは反対せず、ただやんわりと、それではいつか綻びが出て参るぞ、とだけ言った。

幼いながらもそんなことまでヤマトに指示されるのは誇りが許さなかった栄進は、頑なにそこは守り通した。

ディンダシェリア大陸との交流は、父栄章の代で始まった。

あちらから見たらこちらの大陸はひとつだったのだろうが、その頃はミマサカとヤマトは対立していて、あちらの大陸と隣り合う形になるミマサカの王である、栄章が直接行って交流を始めた。その頃はまだ父も若く、三十代始めであったし、動きも迅速で、精力的に動いていた。

ヤマトには、一応知らせはしたが、ヤマトの王であった龍信は、ディンダシェリアに興味はないようで、そちらが交流したいのなら任せる、と返事が来たらしい。

そこから、ディンダシェリアとミマサカは、深い交流を始めたのだった。

しかし、戦となると、ディンダシェリアは全く手助けはしてくれなかった。

あちらとしては、こちらの内政に干渉したくない、ということらしかった。

ディンダシェリアの助けが得られればと優位に立っていた気持ちでいた父王は、あてが外れてイライラしていた。その時に、突然に龍信が病だと聞き、次の王がまだたったの十三歳だという情報が入って来たのだ。

その龍雅が、どんな王子なのかの情報は、一切入って来なかった。何しろ、龍信の城は強い結界が張られていて、中を調べる事が出来ないのだ。

栄章はこの機を逃せばもうヤマトは倒せぬと、一気に軍を引き連れてメグミを出て行った。

そして、龍雅の強大な力の前に敗れたのだった。

…ディンダシェリアは、頼りにならぬ。

栄進は、そう思っていた。

だが、自分は若い。そんな自分は、思うようになると思わせるには、格好の王だろう。

なので、心に思うところがあるにしろ、それを隠して連中の言う通りにして様子を見た。

長く幼い頃から龍雅と接していた栄進は、自分の本心をうまく奥底に沈めて隠す方法を身に付けていた。

自己防衛本能というものなのかもしれない。龍雅に叱られるのがイヤだった栄進の、幼心が形作った(すべ)だった。

アレクサンドルが人となって生きていたと聞いた時、そんな馬鹿なと思ったが、確かにアレクサンドルの姿は神殿で見る像のそれだった。

何より、術に長けていて、このシマネキヅキの事を細かく知っている。

ここ最近の事は知らないようだったが、四十年前突然に消えた時までは、それはよく知っていて、覚えていた。

何をいつ修道士達に教えたのかまで言い当てた時、これは間違いない、と思った。

もし偽りだとしても、このアレクサンドルは利用出来る。

栄進はそう思い、アレクサンドルを神殿に連れて行き、最近では修道士達と過ごさせるようにしている。

最初は信じていなかった修道士達も、今では大半がアレクサンドル様に違いない、とそれは慕っているのだということだ。

国民にそれが知れ渡り、信仰が再び強くなるのも時間の問題だと思われた。

栄進が考えに沈んでいると、基明が急いで入って来た。

「栄進様!龍雅王が…もうそこまで!飛んでおるのを確認し、急いで戻りました!」

栄進は、眉を寄せた。来たのか。

「…では主は知らせを。」

基明は、真剣な顔になって頷くと、すぐにそこを出て行った。

すると、いつものように龍雅が、窓の外に現れた。

「栄進。取り急ぎ返事に参ったのだ。」

栄進は、頷いて窓を開いた。

「デクスのことか?」

龍雅は、窓から入ってきて着地した。

「思う所があっての。すまぬが引き渡しはしばし待ってもらいたい。主も会って話せば分かろうが、あれはディンダシェリアの連中が言うような男ではないのだ。あちらも引き渡せと言うて来ておったし、今から行って話をつけて参ろうかと思うておる。」

栄進は、首を傾げた。

「いきなりに行って会ってくれるのか?あちらは主の顔も知るまいが。」

龍雅は、首を振った。

「あちらから会いたいと連絡が来ておったのに、こちらが断っておったのでな。急がねば、主も困るのであろう?臣下がうるさいのではないのか。」

栄進は、頷いた。

「あれを断罪せねばな。9人の民が崩落で死んでおるのだ。それなのにヤマトでのうのうと生きておるなど、民の不満も募ろうほどに。」

龍雅は、頷いた。

「分かっておる。ゆえに引き渡さぬとは言うておらぬのだ。ディンダシェリアと話し合って参るゆえ、待てと申しておるのだ。」

栄進は、息をついた。

「ならば、それを主の口から皆に言うてくれぬか。我では皆、不満ばかりよ。主が言うたら何も言えぬだろうし。ちょうど臣下がここへ話をしに参るところなのだ。基明が今、時を取れと言うて来ていたところでな。」

龍雅は、頷く。

「さっき我と入れ替わりに出て参ったな。もう戻って来ておる。入って来させよ。」

やはり何も言わなくても、回りの気を気取っておるのだな。

栄進は、心の中でそう思った。だが、我の嘘を主は気取れておらぬ。

「…入れ。」

栄進が言うと、修道士達が、基明と共に入って来た。龍雅は、眉を上げた。

「…このローブは、修道士か?」

栄進は、頷いた。

「そうよ。」と、手を上げた。「主は我の事を、何も分かってなどおらぬわ。」

修道士達から、一斉に術が放たれた。

「!!」

龍雅は、それを阻もうと盾の術を放ったが、その力は貫通して龍雅を捕らえた。

「う…!!」

龍雅は、光る膜のようなものに包まれて、そのままそこへバッタリと倒れた。

「…ミマサカの王は、我ぞ。父上を殺されたこと、我は忘れてはおらぬぞ。」

もはや龍雅は、その言葉を聞いてはいなかった。

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