昔からの懸念
夜明けに、ヤマトから戻って来た書簡には、慣れていないはずのこちらの文字で、美しく書かれたものだった。
しかし、その内容は、こちらを突き放すような事で、内政に干渉して来る事を良く思っていないのだろうと感じられた。
デクスは、こちらの懸念であるのに。
シャデルは思ったが、あちらが拘束した以上、あちらの管理下にある。こちらがあまりに引き取るとうるさく言うので、段々に不審に思って来たのかもしれない。
…会いに行くしかないか。
シャデルは、思って明けて来る空を見ながら考えた。だがいきなりに訪ねて、会ってくれるとは限らない。ならばせめてデクスだけでも、どんな様子なのか見て来た方が良いのかも…。だが、術に長けた王ならば、結界を張っている可能性がある。勝手に潜んで来たと知ったら、余計に拗れるやもしれぬ。
シャデルは、身動きできないのにさすがにイライラしそうになったが、自分にはまだまだ時があるのだ、と自分に言い聞かせて、落ち着いて待つことにした。
それから、リーマサンデからの連絡はピタリと止まり、ヤマトでの生活は落ち着いたものだった。
ミマサカの方でも、特に問題ない日常が戻って来ているようだ。栄進が街を閉じていたのを解除し、皆が通常通りに動き出したことで皆、遺跡であったことなど忘れているようだった。
栄進は、ショーンがリーマサンデへと帰っている間、翔太という同じディンダシェリアの男に魔法の講師を任せて、学校を回していた。
攻撃術は、しかし教えるつもりはない。一般の市民が、そんな術を身に着ければ何が起こるか分からないからだ。
滞りなく回る国政の合間に、やっと居間へと戻って来ると、そこには部下の基明が待っていて、膝をついていた。
「陛下。」
栄進は、スッと真顔になると、足を速めて椅子へと座った。
「帰ったか、基明。どうであった。」
基明は、顔を上げた。
「は。やはり王城には龍雅王の結界がありますので、私では中にまでは入り込めず…。申し訳ありません。」
栄進は、息をついた。
「それはしようがない。龍雅の目から逃れるのは無理ぞ。あの連中が血眼になって探していたデクスをあっさりと探し出したであろう。あやつは気を探って自分が知らぬ気でもあぶり出してしまうのだ。あれには逆らえぬ。」
基明は、頷いた。
「は…。ですが、外から様子を伺っては参りました。」
栄進は、身を乗り出した。
「どうであったか?何か見えたか。」
基明は続けた。
「はい。庭で、行方不明になって見つかった四人が、黒髪の男に術を教わっておりました。男を呼ぶ口の動きから察するに、あれがデクスではないかと。」
栄進は、目を丸くした。
「主、デクスの姿を見たか。どうであった?」
基明は、首を傾げながら顔をしかめた。
「それが…動きは穏やかで、術を指南しておるのにも、根気強い動きで、声を荒げるような様子もなく。ただただ、おっとりとした様子でありました。しくじっても責める様子も全くなく、忍耐強い様子で。デクスではないのか、と疑って、何度も皆の口元を読んで何と呼んでおるのか確かめたほどで。ですが、間違いなく回りの者達はデクスと呼んでおりました。ですから、間違いないかと。」
栄進は、考え込んで椅子へと沈んだ。ショーンやシャデルから、デクスが如何に危険な男なのか、イヤになるほど聞かされていた。だが、もしかしたら偽りなのか。
「…しかし、デクスが危険だという話を龍雅にしてと、龍雅は偽りだとは言わなかった。つまり、ショーンは嘘を言うてはおらぬのだ。だが、デクスがそれほどに穏やかに過ごすのを龍雅が許しておるのなら、恐らくデクスも偽りを言って龍雅に取り入ったのではないはず。そもそも龍雅には、どんな嘘も通用せぬから。」
基明は、頷いた。
「はい。龍雅王の能力には、敵うはずなどありませぬ。ですので、ショーンが言うようにあちらでは大変な事をしでかしたのやもしれませぬが、今は落ち着いておるのやもしれませぬな。」
デクスが、心根を変えて穏やかになっているのだろうか。
栄進は、眉を寄せて考えた。だが、答えなど出るはずはなかった。
「…今のデクスなら、扱いは難しくはないか。」
基明は、それには首を傾げた。
「分かりませぬ。直接接したわけではありませぬので。ですが、あの様子なら特に問題はないかと。」
栄進は、窓の外へと目を向けた。面倒ならば、龍雅に任せて何とかしてもらおうと思っていたが、そうでないならやりようはありそうだ。
「…今少し考える。」栄進は言った。「だが、こちらにも多くの犠牲が出ている。その事実を全面に押し出せば、龍雅はデクスをこちらに引き渡さずにはおられぬだろう。その気はなかったやも知れぬが、あの落盤の下敷きになった民は多い。落盤の原因は間違いなく封印が解けたからぞ。ならば、デクスにも責任はあろう。誰が封じていたのか分からぬが、我が国が黙っていられないのは龍雅にも分かるはず。ならば、我が引き取るのが一番良いはずよ。」
基明は、膝を進めた。
「では…始められますか。」
栄進は、思い切ったように頷いた。
「これまで皆に辛抱させたのだからの。父上が亡くなる前に、あれほどに心残りであられたこと、我は忘れておらぬぞ、基明。」
基明は、涙ぐんで頭を下げた。
「は…。では、そのように。」
そうして、栄進の書状が、ヤマトへと使者に携えられて渡って行ったのだった。
午前中、いつも部屋の中で術の構造などをデクスから学ぶのだが、その部屋に、珍しく龍雅がやって来た。
驚いた皆が龍雅を振り返ると、龍雅は前に立つデクスに寄って行きながら、言った。
「邪魔をしてすまぬな。少し、動きがあったゆえ。」
コンラートが、鉛筆を手に龍雅を見上げた。
「シャルディークがまた何か言って来たの?」
龍雅は、首を振った。
「いいや。あちらはこちらが突っぱねた時以来、全く何も言うては来ぬ。だが、今朝栄進から書状が参った。デクスを、あちらへ引き渡せとの。」
シエラが、言った。
「それはショーンが言ったからじゃありませんか?栄進陛下ってお若いから言いなりなんじゃ。」
龍雅は、脇の椅子を引き寄せて座ると、首を振った。
「違うだろうの。我はあちらの様子は調べさせておるのだ。ショーンは、あちらへ帰ってから一度も戻っておらぬ。あちらからの使者も、着いた様子がない。シャルディークもあちらの政務があろうし、今はこちらにばかりかまけておられぬのではないかの。」
美琴が、言った。
「では、どうして今そんなことを。」
龍雅は、息をついた。
「デクスにそのつもりはなくとも、封印が解かれた時に崩落した神殿の下敷きになって多くの民が犠牲になったと。それの責任は、取らせねばならぬから、こちらへ引き渡せと申しておるのだ。デクスに罪があるかないかは、あちらの法廷で判断すると申しておる。このままでは、両国の関係を考えたら我はデクスをあちらへ引き渡さねばならなくなるのだ。戦になるのは、避けねばならぬから。」
デクスが、慌てて言った。
「戦など。我は参る。せっかく民が穏やかに暮らしておるのに、そんなものが起こってはならぬから。」
シエラが、立ち上がって行った。
「そんなの!デクスは悪くないんですよ!栄進陛下はそれをご存知ないから!それに、龍雅陛下にあの栄進陛下が逆らうはずなんてないし、戦になんかなりません!」
それには、美琴とライナンが顔を見合わせた。
「…ねえ、歴史は習わなかった?」
シエラは、美琴を見た。
「え?歴史?」
得意ではなかったが、とりあえず単位は取った。
だが、美琴は社会の教師だったのだから、それは知っているだろう。
「歴史って…。」
誠二が、言った。
「お前さあ、忘れてるんだよ。オレ達が生まれる前とはいえ、ミマサカとヤマトは河を挟んで対立してた。時に戦闘状態になったりして。」
美琴は、頷いた。
「それが終わったのは、龍雅陛下のお父上であられる龍信陛下が病を理由に王座を、まだたったの十三歳であられた龍雅様に譲られた時よ。ミマサカの栄章陛下はヤマトが弱ったと見て一気にヤマトへ攻め込まれたの。そこで龍雅陛下と対峙して、一瞬で殲滅させられた。歴史で教える、黒歴史のひとつよ。」
トキワ大戦か。
シエラは、思い出した。トキワ大戦とは言っても、実際はトキワまでも軍は行き着けず、トキワを目指してアレク大河から上陸した軍隊は、全てその場で消されてしまった。
こちらの犠牲は、ゼロだった。
龍雅が、息をついた。
「…実際には、父上の策であった。病でもなんでもなかったからの。我はミマサカの統治になど興味はなかったし、追い返すつもりで力を放ったのだがの、我の力は強すぎた。慌てて必死に大河を渡るもの達は、それでも見逃したのだ。あの頃はまだ若すぎて、己の力の大きさの限界を知らずにいた。栄章は怪我をしながらも逃げ帰り、数年後その傷が元で亡くなった。まだ子供であった栄進が王座に就き、あちらは力を失くしてこちらに攻める力も無くなった。」龍雅は、遠くを見る目をした。「あれから、我は栄進の世話をして来たのだ。あれはあまりにも子供であったし、我が父親を奪ってしもうたからであると分かっておったからな。父上は我の力を知っておったから王座を譲った。そのままミマサカも獲れば良いと申されたが、我はそれをしなかった。栄進には気を許すなと最後までおっしゃっておられたが…子供の栄進が、これまで我に逆らった事はない。我もあれと争うつもりはないし、だが、臣下がうるさいのだろう。栄進が我にデクスを引き渡せと言うて来るのも、臣下にせっつかれたからだと思われる。このままこちらが強く出て、臣下に押されて結局戦に、ということにもなりかねぬのだ。栄進はあのようだから、流されるしかなかろう。」
コンラートが、言った。
「でもさ、臣下だって勝ち目のない戦はしないと思うよ。」コンラートは、鉛筆を置いて続けた。「サディアスには敵わないのを知ったじゃないか。サディアスが決めて良いと思う。」
龍雅は、それをじっと聞いていたが、額に手を置いて、首を振った。
「…忘れておらぬか。シャルディークが居る。」
シエラは、ハッとした。そうだ、今あっちと交流しているのはミマサカなのだ。龍雅はあちらの誰とも面識はなかった。あの時、ショーン達と会うまでは。
龍雅は続けた。
「あれもデクスを引き渡して欲しいのだろう。利害が一致するのだから、手を貸さぬとも限らぬ。シャルディークが出て参れば、こちらも今度は無傷では済むまい。我はシャルディークとは対等であるが、しかしそれに巻き込まれる民を思うと、とても戦になるリスクを冒す気にはなれぬのだ。」
それには、強気に出ていたコンラートも、黙り込んだ。
シエラは、その様子にシャルディークという男が、それほどに力を持っているのかと、不安になった。もし、これでデクスを引き渡さずに済んだとしても、シャルディークが居る限りデクスの危険は去らないのだ。




