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噴水の広間で

シエラは、帰りも担当のパイクに頼めば送ってもらえるのだが、そんな気持ちになれなくて、学校を出て歩いていた。

ここ、ミマサカの首都メグミは、王城も抱えるミマサカ一発展した都市だ。

シマネキヅキ大陸は中央に走る大きなアレク大河の東西にヤマトとミマサカという国を有した、人口の多い場所だった。

メグミは、国境のアレク大河のすぐ側に位置し、そこへと流れる支流などもあって、長距離輸送には船を使う事が多かった。

ディンダシェリア大陸から来た使者達は、こちらのこみ入った様子に驚いたのだという。あちらの街は、ここまで混雑していないらしい。

写真を授業で見たが、どこも余裕をもって建てられた建物が多く、人もここまで多くはなく、何より車がなかった。

リーマサンデという国の方は車もあるらしいが、魔法がない。最初に交流を始めたのはライアディータという国の方で、そちらは魔法に頼って生きていて、テクノロジー関係はリーマサンデからの輸入だけなのだそうだ。

言葉は同じだが、文字が絶対的に違い、あちらの人達はこちらの文字を理解する人がかなり少ないのだという。こちらの人達も同様、あちらの文字は理解出来ない。

言葉が通じるだけでも良かった、だからこそ交流が早く出来たとお互い言っているのだという。

こちらでも、四十年前に新たな大陸が現れた時には、ちょっとしたブームになった。

ライアディータ観光ツアーが政府によって組まれ、多くの住人があちらを旅し、そのテーマパークのような美しい自然溢れる景色に感銘を受け、移住まで考える人々が居たらしい。

その時までは、こちらの人達の名前は漢字やひらがな、カタカナなどでつけられていたのだが、それから生まれた子供達の名前は、軒並みあちらの土地を真似てつけるのが流行った。

シエラとジェンナの名前も、母の朋子(ともこ)と、父の直樹(なおき)があちらを旅して知り合ったもの達の名前だとかで、なのでカタカナでつけられていた。

つまりシエラは、佐々木シエラといった。本当は、シエラとしては漢字で普通の名前にしてほしかったが、こればっかりは仕方がなかった。

そんなシエラが、考え事をしながら歩いていると、気が付くと王城前の広場に出ていた。

この辺りは石畳が敷かれてあり、他の固いコールタールを混ぜた道路とは違って美しかった。

そこの噴水でボーッと座っていると、いきなり声を掛けられた。

「…君は、学生?」

言われて顔を上げると、目の前には金髪で緑の瞳の、育ちの良さそうな男が立っていた。歳の頃は二十代ぐらい、かなり若く見える。

シエラは、頷いた。

「はい。えっと、君は?」

相手は、微笑んだ。

「僕はコンラート。ディンダシェリア大陸からこっちに留学して来てるんだ。術を習いたいって子達を集めて、サークルを作ってる。ほら、こっちって資格がどうのってなかなか魔法を教えてくれないでしょ?僕は、みんなに平等に機会は与えられるべきだと思ってて、術学校に行けない子達の面倒を見てるんだ。」

シエラは、驚いた。そんなサークルがあったなんて初耳だからだ。

「そんなサークルが?知らなかったよ、だって学校でもやっと魔法の授業が選択出来るようになったばかりだし。」

コンラートは、顔をしかめた。

「なんか、良識が云々って言われて弾かれた子達も居る、あれでしょ?」シエラは、確かに、と思った。コンラートは続けた。「それにね、学校では主に治癒術ばっかりなんだ。魔法は本来、自分の身を守るためのものなんだよ。あっちでは魔物も出るし…ここも、山岳地帯に行ったら居るでしょ?それに襲われた時に、倒せる術の方が重要なんだ。僕はそれを、みんなに教えてる。」

本来、軍人にしか教えないと聞いている術か。

「…え、それって危なくないの?」

コンラートは、笑った。

「何が危ないのさ。自分の身を守るんだよ?魔物に襲われて、治癒術でどうやって乗り切るの?僕は無理だと思うなあ。死んじゃったら、反魂術でも簡単には戻せないんだよ?それに反魂術ってね、かなり力がないと掛けられない大きな術なんだ。つまり、逃げて逃げ切れなかったら、死ぬしかないってことさ。」

シエラは、考え込んだ。確かにショーンも授業で言っていた。反魂術は滅多に効かない、全ては死に至る前にどの術で治療しているかに掛かっていると。

つまり、大きな傷を負ったら、反魂術を掛けながら治癒術も掛けるという離れ業を出来たらやっと命を繋ぐ、ということになるのだ。

戦いの場でそんな余裕はないだろうし、ということは、死なないためには、魔物に襲われたら倒すしかない。

コンラートの言っていることは、的を射ていた。

「…だから、戦うための術を教えてるの?」

コンラートは、頷いた。

「そうだよ。でも、政府はまだそれを許してないでしょ?誰かが死なないと、ああいう所って動かないからね。でも、犠牲は出したくない。だから、僕は密かにみんなに身を守る術を教えてるのさ。」

シエラは、王城を窺った。こんな王城の目の前で、話していいことじゃない気がする。

「あの…どうしてオレに声を掛けてくれたの?」

コンラートは、微笑んだ。

「みんなに声を掛けてるよ?でも、信用出来ない人はダメだ。公にも言えないし、教室で募るわけにも行かないし。だから、君が学生っぽかったし、声を掛けてみるかなって。君が信用できるか出来ないかは、僕には一目で分かるからね。僕は、人の気が読めるんだ。」

シエラは、戸惑いながらも落ち着かなかった。見えてるって、どの程度見えてるんだろう。

そんなシエラに、コンラートは声を立てて笑った。

「君は分かりやすいね。大丈夫だよ、嘘つきかどうかくらいしか分からないから。そうだね、すぐには決められないと思うから、もし興味があったら、次の金曜日の夜に、ここへ来て?」と、小さなメモを手渡した。「みんな来てるから。ご両親には、天体観測会だって言えばいいよ。僕達、天体観測サークルってことになってるから。で、名前聞いていい?」

シエラは、あ、まだ名乗ってなかった、と口を押さえた。

「あ、佐々木シエラ。」

シエラがメモを受け取ると、コンラートは微笑みながら手を振った。

「じゃあね、シエラ。」

そうしてそこを離れて行った。

シエラは、そのメモを見付からないように上着のポケットに入れると、誰も見ていなかったかな、と少し気になって回りを見回し、誰も何も気にしていないのを見てホッとして、それからもうお昼なんだと思い出し、急いで家路についたのだった。


夜、両親が揃った夕食の席で、シエラはショーンからの申し出を話すかどうか迷った。

何しろ、イライアスがあんな感じだったし、いまいち気分が乗らなかったのだ。

だが、ジェンナが言わないのか、という目でシエラに圧を掛けて来る。

シエラが言わないと、恐らくジェンナが言ってしまいそうだ。

なので、渋々口を開いた。

「あの…父さん、母さん。」二人が、食事の手を止めた。シエラは続けた。「今日、魔法の講義のショーン先生がね、オレに、城の術士官学校に入らないかって。」

二人は、目を見開いた。

「え、え、お前が?!城の術士官学校だって?!」

直樹は、叫ぶように言う。

朋子は、胸の前で両手を叩いて言った。

「すごいじゃない!才能が認められたのよ!」

しかし、直樹は首を振った。

「オレは術なんかからっきしだし…父さんが教えてやることも出来ない。神殿だったら分かるが、術士の家系じゃないし、いきなり城の術士官学校だなんて、敷居が高いんじゃないか。」

しかし朋子は、頬を膨らませた。

「いいじゃない、才能があるってことでしょ?」

ジェンナも、頷いた。

「そうよ。ショーン先生から直々に言われたのよ?喜ぶべきだわ。」

それでも、直樹は首を振った。

「シエラだって、だからそんなに気が進まなさそうなんだろ?」

言われて、朋子はハッとした顔をした。確かに、嬉しくて浮き足だっているような様子ではない。シエラは、困惑しているようだった。

「…うん。」シエラは、正直に言った。「同じように誘われた、イライアスって生徒は、小さい頃から神殿で術を習っていて、もう卒業してるんだ。つまりもう、術士なんだよ。オレはまだ、授業の治癒の術がちょっと使えるだけ。それでも一緒に行こうって言われたけど、オレが両親に相談してからにするって言ったら、まだ子供だから無理だなって置いてかれた。もう成人なのにって…。」

直樹と朋子は、顔を見合わせた。確かに、イライアスという名前は聞いた事がある。孤児だったが、大変に術に長けた子だと、よく神殿へ祈りに行った時に修道士から聞いたからだ。

幼いながら、治癒の力は大きく強く、たくさんの人々を治していたものだ。

「…それは、あの子は特別だもの。あなたは知らないかもしれないけど、本当にイライアスという子は凄かったの。親が居ないから、しっかりしてるのかなって思ってたぐらい。あなたにそこまで求めるのは間違ってるわ。」

直樹は、言った。

「それでも、そのイライアスと同じ学校へ行こうとしてるんだぞ。」言われて、朋子とジェンナは下を向いて黙った。直樹はシエラを見た。「よく考えた方がいい。行くのは簡単だ、誘ってもらったんだからな。だが、中へ入ってからが大変だぞ。回りはみんな術のプロばかりだ。まずそれに追い付かなきゃならない。肩身が狭い思いをしたくなかったら、まず神殿の学校の方に行かせてもらえるようにしたらどうだ?才能があるなら、きっとそこからまた術士官学校へ行ける。順序を守った方が、お前もやりやすいんじゃないか。まだ、自分で自分の力もよく分かってないんだろう?」

シエラは、渋々頷いた。才能があると言われても、自分で自分の力なんか分からない。

術士ではない父や母に、それを聞く事も出来なかった。

「…だよね。」シエラは、ため息をついた。「オレもそう思う。神殿じゃ、術の扱い方から治癒術を全部教えてくれるけど、術士官学校ではいきなり治癒術は出来るってことからで、攻撃魔法を教えてるみたいだし。危ないかな、って思うし…。」

そういえば、コンラートは攻撃魔法を教えてると言っていた。

ということは、術の扱いも教えてくれるのかもしれない。

シエラは言いながらそんなことを考えたが、直樹は頷いた。

「だな。怪我をしたり大変なんだって聞いてるし、オレはまず術の扱いを教えてもらうのがいいと思うよ。」

朋子もジェンナも、もう何も言わなかった。

シエラは、頷きながらも、コンラートの事ばかり考えていた。

もし、コンラートに先に教えてもらうことが出来たら、いきなり城へも行けるかもしれない…?

どうしようか迷っていたが、シエラは天体観測会に行ってみようか、と思い始めていた。

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