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その時

その日は暮れて、皆は昨日と同じように眠りについた。

デクスが何やら考え込んでいたのが気になるが、明日のカリキュラムのことでも考えていたのだろうとシエラは思い、そうして穏やかに夜を迎えた。

朝になると、龍雅は使者を再びミマサカに送り、デクスもシエラ達もこちらへ留まる事はあちらに知らされた。

栄進はホッとしていたようだった、と使者は報告していた。

シエラ達が書いた手紙は無事に両親の手に渡り、これからはヤマト城に返事を送ってくれればいい、と書き添えた。

ヤマト城では、貴族のように生活しており、術も教えてもらい、充実した毎日だと送った。

そう、何も心配することなどないのだ。

しかし、シエラも他の皆も、デクスやコンラートのことは一切書かなかった。仮に向こうから聞いて来たとしても、何も答えずにおこうと皆で取り決めていたのだ。

恐らく、内容はショーン達も確認しているだろう。封を開かずに中身を読むなど術に長けたショーンなら簡単なので、絶対に確認しているはずだ。

決して、漏らすつもりはなかった。

そんなこんなでその日もデクスに術を教わって、充実した一日を終えようとしていると、龍雅が、臣下の持ってきた書状に目を通して、険しい顔をした。

もう夕食も終わり、食後のお茶を飲んでいるところだったので、皆がそれに注目して、言った。

「…ミマサカからですか?」

シエラが訊くと、龍雅は首を振った。

「ミマサカからは昼間に山ほど書状が来たわ。デクスだけでも渡せ、危険だ、とな。取り合わずにいたのだが…」と、手にした書状を振った。「アーシャンテンダのリーマサンデから直接言うてきおった。」

コンラートが、眉を寄せた。

「シャルディークなの?」

龍雅は、頷く。

「間違いなかろうの。王からの書簡。見覚えのある文字よ。」

と、コンラートに放って寄越した。中身は、あちらの大陸の文字だったので、シエラ達には全く分からない。だが、コンラートはそれを見て、ますます眉を寄せた。

「シャルディークの字だ。デクスはあちらの問題なので、こちらでこれ以上調べる必要はないし、関わる必要もない、と。犯罪人を速やかに引き渡して欲しい、と。」

犯罪人?!

シエラは、憤った。デクスは犯罪人ではない。被害者なのだ。

それに、一度は殺したのではなかったか。だったら、罪なんかもうない。

「…分からぬのは、ここまで疎ましいならなぜに殺さなかったかということよ。」デクスは言う。「殺せなんだのか。封じたのに?」

コンラートは、首を傾げた。

「六十年前だものね。こんなことになるとは思ってなかったんじゃ。」

龍雅は、首を振った。

「恐らく、知らなんだのだ。」皆が驚く。封じたのに?龍雅は続けた。「デクスが助けられていることは、誰も知らなんだのだろう。ここ数日、我はウラノスならどうしたであろうと考えた。シャルディークは、60年前天へ昇ったであろう?その後すぐに地上へ降りて、世界が統合されておらなんだゆえ、こちらのことも知らなんだ。ウラノスは、だからここへデクスを連れて来て隠した。」

皆は、真剣に龍雅の話を聞いている。龍雅は、続けた。

「シャルディークがデクスを見つけたら、恐らく消そうとするだろうと思ったのだろう。シマネキヅキは人口も多く、世界が違うので隠すには絶好だと考えた。だが、思った。最近は世界が多く、区切っていると面倒なので、ところどころ繋ぎ合わせて一つの世界にしようとしている。いつかは、シマネキヅキもどこかと繋がり、シャルディークにも気取られる可能性がある。何しろ、デクスの気を知っているのだ。離れていても、世界が繋がった瞬間に気取るのではないか。」

コンラートは、そこでなあんだ、とでも言いたげに椅子の背にもたれた。

「なんだよー。そんなのただの予想じゃないか。確かにウラノスはあちこち繋ぎ始めてはいたけど、こことディンダシェリア大陸を繋いだのはオオクニヌシだよ。四十年前、話し合って二人で繋いで回ったんだ。六十年前に、もうウラノスはもしかしたらって考えていたというの?」

龍雅は、コンラートを睨んだ。

「ウラノスであるぞ?先々を見通すのには慣れておる。あの頃律子のせいで、結構な数の異世界の住人がこちらへ流れ込んでおったし、大国主に気取られるのも時間の問題だと分かっていたはずだ。そして、そうなった時どうするのか。ウラノスは、そこまで予想してデクスを隠そうとした。いつか、全てが終わって平和になる時まで。」

コンラートは、言われて急に真顔になると、黙り込んだ。ウラノスなら、そうかもしれない。数千年を考えて行動する神なのだ。たった六十年前の事なのだから、ウラノスはそう考えたのかもしれない。

龍雅は、コンラートが黙っているので、続けた。

「…ウラノスの頭の中で、シャルディークが地上に降りている間に、シマネキヅキとディンダシェリア大陸が繋がる可能性が高くなった。そうなった時、絶対にシャルディークはデクスを排除しようとするはずだ。だが、殺されぬ方法がある。」と、デクスを見た。「自分の力で、封じて結界を張るのだ。そうしたら、その封じは地上の誰にも破る事は出来ぬ。この世界を造ったウラノスが掛けた術を解く術を、ウラノス以外が知るはずなどないのだ。シャルディークがこれを見つけたとしても、ウラノスの術の前に成す術はない。いつか然るべき時に、自分の信頼できる者に術を教え、その封を解かせようと考える。デクスはウラノスが選んだその者と共にそこを出て、逃げる事が出来るだろう。仲間が居れば、シャルディークと対峙することが出来るはず。その仲間はウラノスが選ぶのだから、間違いなどないだろう。」

コンラートは、ハッとした顔をした。シマネキヅキ。ウラノスが、シマネキヅキを選んだ理由。そして、ヤマトへ行けと言った理由。

「…そうか。」コンラートは顔を上げた。「そうか、そうだよ!サディアスは間違っていない!」

急に立ち上がって叫び出したので、シエラも皆も驚いたが、龍雅も驚いて言った。

「なんぞ?何か心当たりがあるか。」

コンラートは、何度も頷いた。

「だって、サディアスがシマネキヅキを選んだ理由はなに?三十二年前、どうしてここに降りようと思ったの?」

龍雅は、訳が分からず答えた。

「降りる場所など。シャルディークは自分で決めておったようだが、我はウラノスが準備してくれる場所の方が己を高められると思うておるから、ウラノスの言う所へ下りる。ここに決めたのは、ウラノスよ。」

コンラートは、もはや首振り人形よろしく頷きまくった。

「ほら!だからだよ!デクスを解放した時、ウラノスはヤマトへ行けと言い置いて消えたんだ!だから、僕はデクスが混乱している中、必死にこっちへ飛んで来たんだからね!国を跨いだ方が良いからだって思っていたけど、違う!サディアスが居るからだ!ここに、サディアスが居るから、サディアスならシャルディークからデクスを守れるから、だからヤマトへ行けって言ったんだよ!」

確かに、ウラノスはヤマトへ行けと言っていた。

シエラは、あの時の事を思い出していた。封印を解く呪文を教えてくれた時、消える前にそう言った。まずはヤマトヘ連れて行け、そうしたら道が見つかると。

ここが、サディアスが統治する国だと知っていたからだ。

「やはりそうか。」龍雅は、それを聞いて納得したように頷いた。「ウラノスは、こうなるのを六十年前から読んでいた。そして、いよいよとなった四十年前、地上へ下りる準備をせよと我に言うたのは、近々デクスをシャルディークが見つけると思ったから。」

美琴が、あっと声を上げた。皆がそちらを見たので、美琴は言った。

「そうです!きっとそうですわ、昔は遺跡の地下に問題なく入れたと両親が言っていたのを覚えているんです。それが急に入れなくなったのは、四十年前。」

まさに、ディンダシェリア大陸とこちらが繋がった時か。

龍雅とコンラートは、顔を見合わせて、頷いた。

「…やはり、シャルディークは繋がった事でいち早くデクスの気配を察知したのだ。だが、ウラノスに封じられたデクスを出す事が出来ず、消す事も出来ぬでせめて誰も入れぬようにと封じるように、前のミマサカの王に進言したのだろう。」

コンラートは、遠くを見つめるような目をして、言った。

「やっぱり…ウラノスはやっぱり神なんだ。僕達なんかが見えてる以上の物を見て、たくさんの事を考えてるんだ。僕達が考えられないほど、いろんなものを見て…たった独りで…。」

段々に、その声は小さくなっていく。そして、寂し気に下を向いてしまった。シエラは、思い出していないので知らないながらも、ウラノスが独りで、という言葉を聞いて、とても胸が苦しくなった。何か、思い出しそうなのに…とても広い、天の空間で。そう、昼も夜もないような、明るいような暗いような空間で、ウラノスがわざと刻む時の中で色を変える空、それによって地上の夜や昼を演出して、皆が地上へ降りてから混乱しないようにと気遣って…。

だが、ウラノスはいつも、独りで。

そんな光景が、シエラの脳裏を過ぎって行った。

「…ちょっと思い出したかも…。」シエラが言うと、コンラートはパッと顔を上げた。シエラは続けた。「あの、広い空間で、ウラノスが昼と夜を作ってる空の下で、ウラノスが独りで、よく何かをじっと考えて浮いていて…。なんか、オレとコンラートが、よく話しかけに行ってたような…。」

コンラートは、それに頷いた。

「そうだよ!僕達って、ウラノスの側で、寂しくないように助けて行こうって同盟結んだんだよ!なのに…なのにクロノスは、ウラノスを裏切って!どんなにウラノスが傷ついたか分かる?!僕、ほんとに、ほんとに君を軽蔑したんだからな!」

シエラは、まだ涙が浮かんで来るのを感じた。孤独なウラノスを、癒したいと思ったような気がする。そもそも、今思い出した光景が頭に浮かんだ瞬間、ウラノスの側に行かなければ、と思ったのだ。

そんなウラノスを裏切って出て行ったというのなら、コンラートが怒って当然だ。

シエラは、項垂れて涙を流した。

「…ごめん。思い出せないけど、でも本当にごめん。オレ、凄くウラノスが好きだった気がするんだ。それなのに、どうしてそんなことをしたんだろう。自分でも分からないんだよ。」

龍雅は、黙ってそれを聞いている。

コンラートは、そんなシエラを見て、拳をブルブルと震わせていたが、言った。

「…でも、結局君は戻って来たんだけどね。」コンラートは、ふいと横を向いた。「もう、ウラノスは黒くなりかけていたから、突き放して放り出されて、叩き付けられたりしてたけど、それでもウラノスに謝って傍に居ようとしたんだ。ボロボロになってもウラノスの側から離れない君を見て、ウラノスは我に返った。それで君を許したんだよ。命も元の白い穢れない色に戻った。それで、君はウラノスへの贖罪のために、ここへ降りて来たんだ。思い出せないのは、きっと思い出したくないからじゃないかって思う。だって、君はすごく後悔していたからね…。」

そうなんだ…。

シエラは、泣きながらそれを聞いていた。メグミの遺跡で初めてウラノスを見た時、ウラノスから父親のような愛情を感じた。あの優し気な視線は、間違いなく父親のそれだった。

ウラノスは、自分を許してくれたのだ。

龍雅が、じっとそれを聞いていたが、言った。

「もう、終わった事ぞ。」龍雅は息をついた。「もうその事は良い。ウラノスはクロノスを許したのだろう。此度の事、正すのは恐らく我の仕事。主らには、手助けしてもらおうぞ。クロノス、主は贖罪のために降りたのだ。役目を果たせ。」

シエラは、頷いた。だが、たまらなくウラノスに会いたかった。きっと、今は天はガラガラなのだ。誰も居ない中で、孤独に成り行きを見ているウラノスを思うと、居た堪れなかった。

シャルディークを、説得しないと。

シエラは、そう思っていた。だが、まだ自分の天での記憶は戻って来なかった。

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