今の平穏
その日は、デクスに術を習って午前中は城の中で過ごした。
昼食を摂って昼からは、午前中に習った術を、城にある訓練場へと行って実践した。
兵士達もやって来て、興味深げに見ていたので、デクスがそんな兵士達にも術を指南して、皆でガツンガツンと術を放っていると、シエラは全く疲れないのに、兵士達はすぐに術を放てなくなり、休んでいるのが目に付いた。
誠二や美琴、ライナンはそこそこまで頑張るので、そう頻繁に休んでいる様子もない。シエラに到っては、休む必要も感じないので全く休んでいなかった。
そんな様子を見ていると、やっぱり自分はウラノスから特別に力を与えられている命で、デクスが言った通り誠二や美琴、ライナンはそれを補佐するための命、そして兵士達は一生懸命今を生きている一般の民達なのだと、その力の差で感じ取れた。
コンラートは、術を教わる必要もないので興味も無さげにしていたが、退屈なのか、離れた位置で椅子に座ってそんなみんなの様子を見ていた。
そろそろ終わりか、と引き揚げ始めた時、つまんなそうにブラブラと歩いて来たコンラートが、言った。
「ちょっとは呪文覚えたー?っていうか、君の場合は思い出すだけでいいんだけど。」
シエラは、確かにそうなんだろうけど、と思いながら、コンラートを見た。
「思い出すって全く方法が分からないし、オレはコツコツ覚えて行く事にしたよ。デクスが、たくさん術を知っているし、分かりやすいんだ。」
デクスは、頷いてシエラの横に並んだ。
「シエラは、筋が良い。やはり刻印を持っておると違うの。普通ならコツを掴まねば出せぬ術も簡単に放つゆえな。」
コンラートは、それにも良い顔をしなかった。
「そんなの、放ったことがあるからに決まってるじゃないか。シエラは、ウラノスから直接術を教えてもらってたからね。今日やってたのは、とっくに全部出来るよ。」
そうか、初めてじゃないのか。
シエラは、妙に納得した。術を教えてもらいながら、覚えがあるような気もする。そんなことが、毎回あったのだ。
デクスが、窘めるように言った。
「こらコンラート。せっかくにやる気になっておるのだから、言いがかりをつけるでない。今生でも習って良いのだ。本来、皆こうして新しく何も知らない所から術を覚えて行くのだからの。」
コンラートは横を向いたが、小さな声で言った。
「…僕もやろうかな。」
シエラもデクスも驚いた。
「え、何でも出来るのに?」
シエラが言うと、コンラートは首を振った。
「別に、何でも出来るわけじゃ無いよ。僕だって知らない術もあるし。それに、デクスの術の放ち方は凄く丁寧なんだ。出る魔法が、凄く細かい。」
シエラは、顔をしかめた。細かいってなんだろう。
「細かいって?」
コンラートは、首を傾げて説明しづらそうに言った。
「そうだな…伸びてく光が、滑らかに見えるんだ。」それでも眉を寄せているシエラに、コンラートは他の言い方を考えた。「ええっと、シルクの布みたいな感じ。ちなみに誠二のは麻布みたいな感じ。」
それを聞いた誠二が、顔をしかめた。
「なんだよ麻布って。目が荒いってことか?」
コンラートは、そうそう!と手を叩いた。
「そう!目が荒いんだ!デクスのは細かい。だからすごく効果的な術になる。」
デクスは、頷いた。
「そうかもしれぬの。我の術は女神直伝の放ち方であるから。女性的で繊細なのかも知れぬ。」
コンラートは、しかし美琴を見て眉を寄せた。
「そう?ミコトは木綿だったけど。」
美琴は、心外な、という顔をした。
「木綿って何よ?!あれでも頑張ってるのよ!」
そこへ、龍雅が飛んで来た。兵士達は、後片付けの最中だったが慌てて膝をつく。
龍雅は、そんな兵士達に手を振った。
「ああ良い。こやつらの様子を見に参っただけよ。」と、皆を見た。「何ぞ。何やら木綿やら麻やら聞こえておったが。」
シエラが答えた。
「術のきめ細やかさです。コンラートには、デクスの術が丁寧に感じるって。」
龍雅は、頷いた。
「確かにこやつの術は丁寧よ。確実に効果を上げられる力を放ちよる。」
シエラは、コンラートを見た。
「じゃあ、龍雅陛下のはどう感じるの?」
コンラートはそれには不機嫌に答えた。
「サディアスのは水だよ。僅かの隙も無いから術から逃れられないんだ。当たったら纏わり付いて離れない感じ。シルクより容赦ないよ。」
龍雅は、ハッハと笑った。
「まあ確かにの。そうかもしれぬ。」と、地上へ降り立った。「さあ、そのぐらいで。夕食の準備が出来たと侍女が申しておる。ルクルクが好きだと聞いたゆえ、夜はルクルクのステーキにさせたぞ。腹が減っただろう。」
誠二が、不機嫌にしていたのだが、パッと顔を明るくした。
「わあ!腹ペコです!」と、シエラをせっついた。「早く行こう!」
ライナンも、美琴を引っ張って城の中へと駆けて行く。
それを微笑んで見送りながら、デクスはゆったりと歩いた。龍雅はそれに並んで歩きながら、言った。
「どうよ?」
デクスは答えた。
「やはり皆筋が良い。シエラは特にの。教えた通りに完璧に放ちよる。直に戦力になろうほどに。」
龍雅は、首を振った。
「そうではない、あれはクロノスなのだから問題ないのはわかっておる。我が聞いておるのは、主ぞ。」デクスが眉を上げて龍雅を見ると、龍雅は続けた。「生きる意味は見つかったか?」
デクスは、しばらく黙って歩いていたが、ため息をついた。
「…難しい。術を教えるのなら、主の方が適任であろう。こんなことは、誰にでも出来る。仕えた女神も、もう意識は消滅してどこにも居らぬのだと聞く。我には、この記憶を持って地上に生きる意味が分からぬ。ウラノスは刻印をつけてくれたが…我は、出来たら循環に戻って、忌まわしい過去を忘れてしまいたいものよ。」
龍雅は、それを聞いて同じようにため息をついた。
「そうか。しかし、あれは主ではなかった。律子が主を狂わせたのだ。狂ったのはウラノスのせいであろうが、しかし大国主がそれを生かしておるとすればその責は大国主にある。そこのところは、ヌシはどう思うておるのだ。」
デクスは、下を向いた。リツコ…。
「…リツコのことは、もう恨んでおらぬ。それもまた運命であったのやもしれぬしの。今は良い命として存在すると聞いた。恐らく、我の事も後悔しておるのではないか。ならば、それで良いのだ。これ以上我のために、誰も苦しむ必要はない。」
龍雅は、鋭い目で言った。
「だが、クロノスは主を頼りにしておる。」龍雅は、じっとデクスを見た。「あれは主と共に生きたいのだ。主が去ったら、あれは苦しむのではないのか?」
デクスは、顔を上げて龍雅を見た。苦しむ…確かにシエラは共に生きて欲しいと言っていた。
「…分からぬ。」デクスは答えた。「我はどうするべきなのか。このまま二つの勢力の間で諍いの元にはなりとうない。今の話を聞いても、我はもしやウラノスの、オオクニヌシに対する切り札なのではないか。あちらがウラノスを理不尽だと責めるためにアレクサンドルが居るのなら、我はあちらの理不尽を突きつけるためのものなのでは。なんとのう、感じた事ではあるが。」
龍雅は、その言葉に頷いた。デクスは、やはり、と目を見開く。
龍雅は、言った。
「だからこそあやつらは主を狙う。主が善良だと誰にも知られとうないのだ。今の主が善良であればあるほど、昔の主が如何に異常であったのか浮き彫りになる。そしてそれが、誰によってなされた事で、如何に残酷な事であるのか。皆に証明することになる、そうなれば、一方的にウラノスが悪いと責める事が出来ぬようになろう。だからこそ、主は狙われるのだ。我は、それこそが答えであると思う。」
デクスは、驚愕して立ち止まった。我が生き証人となる。だからこそ、狙われる…。
「…ならば、我はウラノスのためにも地上にあってそれを皆に証明せねばならぬのか。」
龍雅は、また頷いた。
「辛かろうが、今しばらく堪えてくれぬか。どうあっても、ウラノスが一方的に悪いのだと決め付けられる事は避けねばならぬ。ウラノスは、善良な主を哀れと逃した。あちらのように、文句を言う事もなく。その主が、今ウラノスを助けるのだ。主はそのまま生きていてくれるだけで良い。煩わしい事は我がやる。シャルディークには、己が間違う事もあるのだと、知らしめねばならぬ。あやつは傲っておるのだ。」
デクスは、もう死ぬことは出来ないのだ、と思った。ウラノスは自分を助けてくれた。そして刻印を刻んでくれた。その恩に報いるためにも、まだここで、生きて証明せねばならない。
自分が、真実どんな人間であったのかを。




