知らせ
その夜は、おいしい食事を皆で食べて、楽しく話しながら、一人に一部屋ずつ与えられた豪華な部屋に入って、風呂に入り、大きな天蓋付きのベッドでぐっすりと休んだ。
ミマサカの自分の家が、その与えられた一部屋にすっぽりと入ってしまいそうなほど大きな部屋で、シエラは最初は落ち着かなかったのだが、それは皆同じなようで、寝る前には一部屋に集まってわいわいと話し、眠くなって来てからそれぞれの部屋へ帰るという修学旅行の夜のような過ごし方をした。
次の日の朝、侍女が控えめにお食事の準備が出来ました、と知らせに来て、シエラは慌てて昨日龍雅からもらった服に腕を通して、昨夜食事をした部屋へと急いだ。
途中、誠二に会って、誠二は手を上げて寄って来た。
「よお。おはよう。自分史上最高に気持ちよく寝た夜だったよ。お前はどうだ?」
シエラは、頷いた。
「オレも。あのベッドめちゃくちゃ寝心地が良いんだもんな。もしかして、しばらくこの生活なんだろうか。」
誠二は、腕を組んでうーんと唸った。
「どうだろう。しばらく様子見だと龍雅陛下が言ってたし、そうかもな。王族って良い生活してるよなあ。それだけ、仕事も大変なんだろうけど。」
シエラは、うんうんと頷いた。
「お城なんか入ったことも無かったしな。ミマサカを出るのに下水道を歩いてる時は思いもしなかったよなあ。」
誠二は、歩きながら笑った。
「あの時は臭いし暗いしマジでこの先どうなるんだろうって思ったよ。あの時は言わなかったけどさ。」
シエラは、え、と目を丸くした。
「そうなの?めっちゃ余裕そうだったのに。オレはちょっと不安だったけどさ。」
誠二は、肩を竦めた。
「お前が不安そうだったから、オレがしっかりしてなきゃもっと不安だっただろ?だから、頑張ってたんだ。」
シエラは、思っていた以上に誠二は、自分の事を見て、気を遣ってくれていたのを知った。昔から、誠二と居たら楽だなあと思っていたが、きっとほんの小さな時から、誠二はこうして気を遣ってくれて来たのだ。
そう思うと、じんわりと心が温かくなって、涙が出そうだった。
シエラが、急にうるうるとし始めたので、誠二は慌てた。
「え?ちょっと待て、何かショックだったか?別にオレ、不安だったからって嫌だったわけじゃないからな?むしろ冒険出来るってワクワクしてたっていうか。」
シエラは、首を振った。
「ううん。そんなんじゃないよ。ついて来てくれてありがとう、誠二。」
誠二は、改めて言われたら気恥ずかしいのか、困ったように横を向いた。
「だからオレは好きで来たんだからな!さ、腹減ったし早く行こう。」
シエラは頷いて、涙を拭った。やっぱり、誠二に出逢えて良かった。
食堂へ行くと、もうみんな席について食事をしていた。龍雅が、正面の上座で顔を上げた。
「おお、目覚めたか。先に始めておるぞ。主らも座るが良い。」
言われて、二人は急いで空いている席についた。まさか遅かったとは思わなかった…呼ばれて、すぐに来たつもりだったのに。
「お腹が空いてみんな降りて来てたんだよ。」コンラートが、察したのか言った。「サディアスは時間は決まっておるから我慢しろって言ったんだけど。」
美琴が言った。
「早く寝たから早く目が覚めちゃって、庭を散歩したりしてたらお腹が空いちゃったの。あなた達は寝ていたの?」
シエラは、頷いた。
「呼びに来るまでぐっすり。」
誠二も、頷いた。
「疲れてたのかもしれないけど、全く目が覚めなかった。」
龍雅は、頷いた。
「良い事よ。眠れる鴇に寝ておかねば、これから何があるか分からぬしな。体力は残しておくに限る。」
コンラートが、そんな龍雅に聞いた。
「それで、エイシン王に連絡はしたの?」
龍雅は、また頷いた。
「今朝早くに。昨夜タキ郊外の地下神殿遺跡で発見して保護したと知らせをやった。あちらからはまだ連絡はないが、昨日我が帰ってすぐに、我が申した通りに戒厳令を解いておったようで、すんなりあちらへ使者が入れたようだし、安堵しておるのではないか。」
栄進王は、龍雅陛下の言う事には従うんだ。
シエラは思った。それだけ信じているということなのだろう。
「…奴ら、焦ってるんじゃないの?エイシン王はあいつらの助言に従ってたみたいだけど、サディアスが言ったらすぐに覆すのが分かったし、しかもデクスを保護したって言うんだもの。多分、話をして欲しくないんじゃないかな。」
龍雅は、片方の眉を上げた。
「どちらにしろ相手の出方次第よな。こちらは待つだけであるから、主らは城の中でゆっくり過ごすが良い。たが、城の敷地からは出るでないぞ。我の結界を出たら何かあってもすぐには気取れぬからな。」
皆が頷いている中で、臣下の一人が入って来た。
「陛下、使者が戻りました。取り急ぎ、お返事の書状だけお持ちしましたが。」
龍雅は頷いて、フォークを置くと手を差し出した。
「これへ。」
臣下は、進み出て巻き紙を龍雅に手渡した。
皆が食事の手を止めて見守る中、龍雅はそれに目を通して、また臣下にそれを返した。
「…使者をこれへ。」
臣下は、頭を下げてそこを出て行く。
龍雅は、脇の侍女に手を上げて何かを合図し、侍女は頭を下げて茶のポットを持って来てカップに注いだ。
コンラートは、イライラしながら言った。
「それで?何を言って来たの?」
龍雅は、答えた。
「…すぐにあちらへ送り返してくれと。なんなら迎えを寄越すと申して来た。」
ミマサカに帰る。
シエラは、今さらだと思った。確かに両親は心配しているだろうが、もうこうして無事なことが分かったのだ。
何もわかっていない今、帰りたくはなかった。
「どうするつもり?」
コンラートが問うと、龍雅は茶を飲みながら、言った。
「栄進の考えではないな。あやつは己で扱い切れぬものを抱えたくないはずよ。出来ればこちらで我に何とかして欲しいと思うておるはず。回りの奴らが、そう申しておるのよ。」
そこへ、使者達が外向きのローブを身にまとって入って来た。まさに帰って来たばかりなのだろうことは、それで分かった。
「陛下。お呼びにより参上致しました。」
龍雅は、頷いた。
「ご苦労であったの。それで、栄進はどうであったか?一人か。」
使者は、首を振った。
「いえ、数人の術士と思われる臣下と共にお出ましになりました。我には面識のないもの達で。」
龍雅は、眉を寄せた。
「あちらをよく知る主が知らぬ顔ということは、やはり我が会うた奴らであるな。それで?」
使者は、頷いて続けた。
「はい。書状をお読みになった栄進様はとても安堵なされたお顔を。ですが臣下達は深刻な顔をして、そちらに危害があってはならぬので、すぐにこちらへ迎えとりたいと申しました。デクス様の他のもの達のことも、こちらで家族が大変に案じているからと。」
シエラは、顔をしかめた。心配って、ここにいるもの達はみんな成人していて親の管轄ではない。
気持ちは分かるが、元気にしている便りだけでも充分なのでは。
龍雅は、言った。
「ほう。まあ、我には危険は無いからとでも返すかの。栄進の方が術には疎い。我に扱えぬのなら、あやつはもっとであろうし。」
使者は、それに顔をしかめて言った。
「我が申しました。我が王に扱えぬような者はおりませぬと。栄進様も、龍雅に扱えぬのなら我にはもっと無理だと臣下に仰いました。ですが臣下は、過去のディンダシェリアでの事は良く知っているので、自分達の方が的確に対応出来ると。こちらで調べて大陸へ連れて帰る方がこちらに面倒を掛けぬと申しました。そこで、我はそれらがディンダシェリア大陸から来ているのだと知りました。」
龍雅は、真剣な顔で考え込んだ。
使者が待っていると、龍雅は言った。
「…だが、栄進は送り返せと書状に書いて来た。結局はあやつらに同意したのであるな。」
使者は、深刻な顔をして頷いた。
「はい。渋ってはおられましたが、これ以上ヤマトに面倒を掛けてはならないと説得され、お返事をお書きでした。それを見て、栄進様はあれらに逆らえぬのだと思いました次第です。」
龍雅は、ひじ掛けをポンと叩いた。
「ならばこちらは構い要らぬと返事をする。」龍雅は、言った。「デクスが聞いていたような粗暴な男ではないゆえ、ゆっくり話を聞いてこちらで判断すると。」
使者は、頭を下げた。
「はい。では、他の方々のことはいかがなさいますか?」
龍雅は、シエラやライナン、誠二、美琴を見た。四人共にブンブンと首を振るので、龍雅は答えた。
「…これらは子供ではない。こちらに居たいと言うておるから、我が預かると申せ。そうであるな、家族に手紙を書かせよう。それを持って、明日もう一度あちらへ参るが良い。」
使者は、頷いた。
「は。ではそのように。」
シエラは、ホッと息をついた。良かった、帰らなくて済む。
そもそも、今帰ったらどうしてこちらへ来たのか分からなくなってしまう。あちらでも、ショーンにどれだけ責められるかと思うと、いろいろ知ってしまったことを、隠し通せるとも思えなかった。悪くしたら、自白の術を掛けられて、何もかもあちらに知られてしまうかも知れなかった。
龍雅は、立ち上がった。
「では、主らは後で家族宛に手紙を書け。しばらくはそれで様子見であるな。」
そして、そこを出て行った。
あちらが何を考えて、いったいデクスを捕らえてどうしたいのか、全く分からないまま、待つのは落ち着かなかった。




