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練習

「そう!」デクスは、ヤマト城の広い庭で、空を見上げて言った。「そのまま、腹の中の気の玉をゆっくり下げるのだ!」

シエラは、皆が見上げるその中で、空に浮いていた。

デクスには、どうやったら体が浮き上がるのかから、しっかり教えてもらった。デクスは、根気強く何度も言い方を変えて、シエラが分かるようにと説明してくれ、シエラは何とか、体を浮かせるコツというものを掴んだ。

そうすると、次は降りて来ることなのだが、それがまた難しい。

浮かせてから飛ぶのは簡単なのだが、降りて来るのが結構加減が必要で、その感覚に未だに慣れないのだ。

下では、デクスと誠二が、シエラが落ちてはと上を見上げて右往左往している。

シエラには、それが視界の端に見えていたが、気が散って逆に落ちそうになる。

だが、もう何回も落下してはデクスに術で掴んでもらって助かったという事が起こっているので、二人が心配するのに文句を言うことも出来なかった。

少し落ちては止まり、少し落ちては止まりを繰り返し繰り返し、シエラは、やっと芝生の上に着地することが出来た。

「…良かった。」デクスが、心の底からホッとしたようにシエラを見た。「怪我でもさせたらと気が気でなかったが、一応一通りは出来るようになったの。まだ、降りるのが難しいようだが、それもおいおい練習して参れば良いから。半日でここまで出来るのは早い方ぞ。」

シエラは、汗を拭いながら微笑んで頷いた。

「ありがとう。すごく分かりやすかった。でも、後はオレのスキルの問題なんだよね。」

誠二は、首を振った。

「オレなんて同じように習ってもちょっと浮くしか出来ないんだから、お前は凄いよ。」

美琴も、それには頷く。

「そうよ。私達もコンラートに教わってたんだけど、みんな全然飛べなかったわ。辛うじて、私とライナンがちょっと浮けたぐらいだもの。」

デクスは、それに頷いて言った。

「普通は浮くだけでも気を消耗してしもうて倒れてしまうもの。主らも、そこそこの力を持っておるということぞ。これも、何かの運命なのかもしれぬの。」

誠二が、驚いたようにデクスを見た。

「え、運命?」

デクスは、子供に何かを教える時のように、頷いた。

「そう、運命ぞ。何かを成すための責務を負わされた命には、必ず補佐をする命が傍につく。大きな力を持つ命を助けて、自分の命の格を上げて成長させるために励むのだ。そうすることで、次は記憶を持って刻印を付けられて天で休むことが出来る命になるやもしれぬ。主らは、もう刻印持ちの手前まで来ておる命なのだろうの。」

美琴とライナンが、顔を見合わせた。誠二も、自分の手を見て、考え込むように言った。

「…分からないなあ。命なんて、見えないんだもの。でも、シエラの事は好きだし、昔から一緒に来た。ずっと友達だったんだ。気が合ってね。昔から、やりたいことがあるんなら、なんでも助けてやろうって思えるんだ。」

シエラは、それを聞いて驚いた。誠二…そんな風に思ってくれていたのか。

「…知らなかった。オレだって、誠二がいろいろ助けてくれるから助かってるよ。今回の事も、一緒に来てくれたら安心できたし。美琴とライナンも、オレが何も知らないのに引っ張ってここまで連れて来てくれたし。」

美琴は、肩をすくめた。

「私達は、多分おまけ。コンラートが声を掛けてくれた時も、軽い気持ちで術を習い始めたの。思ったより私達が筋が良かったから、他の子達より多くの術を覚えることが出来ていただけ。それでも、デクスに比べたら何も知らないようなものだけどね。」

デクスは、クックと笑った。

「我は修道士であったのだぞ?比べるでないわ。我らには、術を覚えるどころか、人に教えることが仕事であったのだ。こうして皆に我の知る事を伝えることが出来て、昔に戻った心地になる。いつまで生きられるか分からぬが、我が地上にあるうちは、主らに出来る限り遺して参ろうの。」

シエラは、それを聞いて悲しくなった。デクスは、まだ自分が死ぬものだと思っている。天へ還って、循環に戻ってこの体での生を償おうと。

だが、デクスのせいではないのだ。こうして接していると、デクスは穏やかで話しやすく、心地よい。何を話しても許してくれそうな雰囲気があり、心を穏やかにしてくれるのだ。

そんな人は、これまで会った事がなかった。両親でさえ、ここまで心を許せなかったと思うのに。

「…オレ、デクスには最後まで一緒に居て欲しいな。」シエラが言うと、デクスは驚いた顔をする。シエラは、縋るような目で言った。「デクスは良い人だよ。傍に居たら安心するし。だから、このまま普通に生活して、おじいさんになって、それから天へ昇ったらいいじゃないか。オレもこの体が死んだら行くし。あっちで会えるし…。」

デクスは、子供のように訴えるシエラに、苦笑してその頭を撫でた。

「それは、我が決める事ではないのだ。我の存在が、社会の脅威だと思う者が居るのは事実ぞ。我は、誰かの懸念材料となってまで、生きて行きたいとは思わぬのだ。何しろ、体の死が誠の死では無い事を知っているからの。本当の死は、魂の消滅。ウラノスから下される、もっとも重い罰ぞ。我もリツコも、それを受けようとしておった。リツコは残しておった命の欠片で生き延び、我はウラノスから救い出されて無事だった。それだけでも良かったと思うておるから。無理を申すでない。」

シエラは、それでもデクスに言った。

「でも、あっちで会えるよね?待っててくれる?」

デクスは、ふうと息をついて、首を振った。

「我は、命に刻印はない。ゆえ、循環へ入る。何も覚えてはおるまいな。主とは違う。」

シエラがショックを受けていると、空から声がした。

「デクスにはウラノスの刻印があるよ。」びっくりした一同が振り返ると、コンラートと龍雅が、空から降りて来るところだった。「タキの地下神殿へ逃れた直後、デクスが混乱してるから何とかしてもらおうとウラノスを呼んだんだよ。ウラノスは、残っていた前のデクスを封じてその上に自分の刻印を刻んでた。そうすることで、ウラノスが死なないとあの黒いデクスは出て来れなくなったって言って。」

デクスは、驚いたように降りて来るコンラートを見た。

「それは…目が覚めた時ウラノスが居ったのは、そういう事だったのか。」

コンラートは、頷く。

「うん。僕一人じゃどうしようもなかったんだもの。」

龍雅は、芝の上に着地して、呆れたようにコンラートを見た。

「そら、何でもウラノスぞ。成長するためには、頼ってばかりではならぬぞ?」と、不貞腐れて横を向くコンラートを後目に、皆を見た。「帰った。あちらで話を聞いて参った。事は、どうもアレクサンドルだのデクスだので済まぬ事態になっておるようであるな。話そうぞ。参れ。」

言うが早いか、龍雅はまた浮いた。恐らく、このまま窓から部屋へと帰るのだろう。

「え、じゃあ私達はこっちから!」

美琴が城の入り口へと駆け出して行く。ライナンも、誠二も走り出し、誠二はシエラを振り返って言った。

「じゃ、上で待っててくれ!」

「え?!」

見ると、龍雅とコンラートはもう窓へと到達して入ろうとしているところだった。

デクスが待っていてくれて、手を取った。

「さあ、何でも鍛錬ぞ。参ろう。上へ上がって建物の中に入るだけなので、高い位置から降りるわけではない。大丈夫よ。」

上がるだけなら、大丈夫かな。

シエラは、デクスの手を取って、そうして初の窓枠からの入城を試みたのだった。


尻餅はついたが、とりあえず飛ぶのは問題なく出来た。

コンラートが、そんなシエラを見て笑った。

「なんだよシエラ、尻餅ついてさあ。もっと練習しろよ。」

シエラは、恥ずかしそうに赤くなる。デクスが、シエラを庇った。

「まだ半日ぞ。これだけ出来たら良い方よ。」

龍雅は、どっかりと自分専用の大きなソファに座り、息をついた。

「それにしても…クロノ…いやシエラ、主、面倒な事をしてくれておったわ。ウラノスを裏切ったとか申すから、何をやったと思うておったが、そのせいでこんなことに。」

シエラは、途端に不安になって龍雅を見た。

「え?陛下、オレって何をしたんでしょう。」

龍雅は、シエラを軽く睨んだ。

「主は、重要な位置に据えられておったのだ。それを…世の理を曲げてまで、アレクサンドルを助けたいと思うたか。まあ、不憫ではあったが、大きなくくりから見たら、そこまでやるほどの事では無かったと我は思う。ゆえに狂ってしもうて、後が乱れてそれを正す方が面倒そうよ。」

シエラは、困惑しながらコンラートを見る。コンラートは、仕方なく言った。

「あのさあ、思い出すかどうか分からないけど、君はね、時を操る力を与えられていたんだ。ウラノスにね。」

シエラは、びっくりして口を押えた。そんな大層な力を?!

「遅くなりました!」

バン!と扉が開いて、ライナンと美琴、誠二がぜいぜいと息を上げて到着した。龍雅は、手を振った。

「ああ、その辺に座れ。」と、シエラを見た。「クロノス。覚えがあるか。」

シエラは、眉を寄せた。クロノス…。

「…知っているようないないような…。すみません、陛下は名前を聞いたら思い出したのに…。」

コンラートは、少しホッとしたような顔をした。そして、続けた。

「覚えてなくてもなんでも、君は天ではクロノスって呼ばれてたんだよ。それでね、時を扱う権限をウラノスから与えられてたんだ。時の扱いは難しいし、君は真面目だしウラノスに忠実だったから、信頼してたんだろうね。」

シエラは、ゴクリと唾をのみ込んだ。いったい、前世の自分であるクロノスは、どんなことをしたんだろう。

龍雅は、額に手を置いて、困ったように天井を仰ぎながら、言った。

「リーリンシアでの一件で、アレクサンドルは一度、死んでおるのだ。」美琴達も、驚いた顔をしていたが、龍雅はそのままの姿勢で続けた。「他にも犠牲になった命があった。それを憂いた主が、あちらの命である翔太と申す男の望みを叶え、時を巻き戻した。ウラノスに逆らっての。そうして、二度目は犠牲は少なくて済み、アレクサンドルも生き残った。そういう事らしい。」

コンラートは、その後を引き継いだ。

「時っていうのはね、滅多に巻き戻したりしないものなんだよ。起こったことは起こった事として、そこから良い未来を掴み取って生きて行くために、今度は慎重に先を見てひとつひとつ選び取って生きて行くのが、人の地上での生き方だ。それを、君は巻き戻してしまった。結果、失われた命が少なかったから、良かったのかもしれない。だが、ウラノスとオオクニヌシの軋轢を生んで、こうして二十年経った今でも緊張感が続いてる。神同士の仲違いなんて、アレクサンドルの命一つでは済まないぐらいの犠牲を生む可能性があるのに、そんな物を生んでしまったわけだ。」

シエラは、事の大きさに身震いした。どうして、なんだって過去の自分はそんなことをしたんだろう。

一度起こってしまった事を巻き戻しても、どこかに不具合が生じる恐れがあるんじゃないだろうか。

そんなことぐらい、地上へ降りて何も覚えていない自分にでも分かるのに。

「…どうして、そんな事を。本当に、思い出せたらその時の気持ちを知りたい。オレ、時の責任者だったってわけでしょう?簡単に、そんな事をしちゃいけないことぐらい、分かったはずなのに。」

龍雅は、天井を見ていた目を、シエラに向けた。

「何か理由があったのやもしれぬが、今は分からぬ。とにかく、起こってしもうたことはどうしようもない。今さら巻き戻したところで、同じ事ぞ。ならばここから我らが尽力して世界の平穏を戻すことのみ。」と、デクスを見た。「デクス、主の事は、やはり要注意人物として、昔の所業から疑われておっただけであったわ。栄進は隠し事などせぬし、そもそも我には出来ぬ。あれは元々正直な奴でな。少なくともあれ自身は、主を恐ろしい人物だと思うておる。だが、傍に居ったショーンという若者は違うな。あれは、恐らく知っておる事の半分も口にしておらぬ。」

シエラは、ショーン、と聞いて龍雅を見た。

「ショーンは、魔法の先生で。オレに、城の士官学校へ入らないかと誘ってくれていました。」

龍雅は、それには手を振った。

「ああ、恐らくそれは主を監視するためよ。」シエラが驚いていると、龍雅は続けた。「あやつ、前世の力がどうのと言うておった。一度転生しておるのだ。中身は古かろう。」

シエラは、ショーンが自分を監視しようとしていたと知って、ショックを受けながらも言った。

「その…多分、18歳でオレ達と同じだと。」

龍雅は、それを聞いて目を鋭くさせた。

「やはり。あの気は18の気ではない。もっと中年期の男の気よ。今この時に、こうして刻印を持つ者達が集まって来る事を考えると、それを見越してわざと天へと昇り、転生して来たのだと考えると合点がいく。あちらの神の刻印があるのだと言うておった…もしや、この世界に何か仕掛けて来ようとしておるのでは。」

それを聞いた、コンラートが苦々しい顔をして、言った。

「ショーンは、僕を殺した奴らのうちの一人。実際には殺されなかったよ、天へ何とか帰り着いてウラノスが粉微塵になった僕を助けてくれたから。でも、もう少しでこのカラダを失うところだった。あの時、ウラノスとあっちの世界の住人が対立していて…結局、その時に出て来たオオクニヌシと話し合って、それで和解したんだけど。」

龍雅は、頷いた。

「覚えておる。我は地上へ降りるための準備をしておって出て参れなかったが、あの時は乱れておったの。」

コンラートは、訴えるように言った。

「サディアスが居てくれたら、あそこまでこじれなかったのに!シャルディークまで出て来てめんどくさかったんだよ?あいつは頑固だから面倒なんだからね!」

龍雅は、苦笑したが、ふと真剣な顔になった。

「…シャルディークが気に掛かる。主、知ることを我に話せ。」

コンラートは、頷いて話し始めた。

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