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ミマサカの城

コンラートと龍雅の二人は、ミマサカのメグミにある城の上に浮いた。

あちらの街並みに慣れてからこちらへ来ると、いつもながら狭苦しくごちゃごちゃしているように見える。

これで人口がタキと同じなのだから街造りとは難しいと思わせた。

龍雅が単身飛んで来るのはいつもの事なので、空を見上げて兵士達が寄って来ているのが見えた。

コンラートはそれを見ながら、言った。

「サディアス、僕の事は、そうだな、コリンとでも呼んで。もしエイシンがシャルディークに手紙でも書いたら気取られるかもしれないし。」

龍雅は、頷く。

「分かった、ではそれで。」と、兵士に言った。「勝手に参るゆえ構い要らぬ!」

そうして、浮いたまま、足を城の上の方に向けた。

コンラートもそれについて飛ぶと、兵士達は慌てたようにそれを追って城の中へ走るのが見えた。

いくら他国の王でも勝手に飛んで王の部屋に向かうんだから気が気でないだろうなあ。

コンラートは、そんな事を思いながら、龍雅について城の部屋のひとつの、大きな窓へと飛んだ。


そこから中を覗くと、栄進らしい若い男と、更に若い男、それに四十代ぐらいの男が二人、座って話しているところだった。

一人が気付き、外を睨むように見ている。

それを見て、コンラートは思った…あれは、知ってる男だ!だが、若い…。

栄進が、慣れたように寄って来て窓を開いた。

「龍雅。なんだ来たのか。」

龍雅は答えた。

「何やら大事になっておるようではないか。詳しく聞きに来たのだ。」

栄進は、ため息をついた。

「入れ。」と、他のもの達を振り返った。「ヤマトの王の、龍雅ぞ。」

龍雅は、するりと窓を抜けて部屋の中へと降り立った。コンラートも、慎重にその後に続く。

若い男が、言った。

「…龍雅陛下。オレはショーン、ディンダシェリアの術士で、こちらに教師として来ています。」

龍雅は、頷く。

「ショーン。我が龍雅ぞ。」と、コンラートを振り返った。「これはコリン。我の従兄弟なのだ。」

コンラートは、従兄弟の設定なのかと頭を下げた。

「エイシン陛下。初めまして。僕は田舎に引っ込んでいたので、あまり都会の事は知らないんですけど。リュウガ陛下が術に長けてるなら一緒に来いとおっしゃるから。」

龍雅は、笑った。

「こやつは引っ込み思案で表に出たがらぬのでな。良い機会だし連れて来たのよ。」

栄進は、コリンを見た。

「確かにあまり飛ぶ人は見たことがないゆえ、驚いたが主の従兄弟ならば分からぬでもないの。」と、残りの中年の男達を見た。「こっちのガッツリした体格の方が翔太、もう一人は…」

栄進は、言葉に詰まる。全員が黙り込む中、龍雅は言った。

「…何を躊躇う?言いたくないか。」

栄進は、息をついて龍雅を見た。

「…ラファエル。」

龍雅は、眉を寄せた。

「偽りぞ。」

栄進は、観念したように頷いた。

「ああ、主に嘘は通用せぬわな。アレクサンドルぞ。」

龍雅は、ますます眉を寄せた。アレクサンドルだと…?

「…なぜに隠そうとした?アレクサンドルという名が神と同じとてそのような男は大勢居るではないか。」

アレクサンドルが、地上に降りていることは誰も知らない事になっているのだ。

ここでそう答えたのは、龍雅の機転だった。コンラートなら、あっさりなんでアレクサンドルがここに居る、と詰め寄ってしまうところだった。

栄進は、ため息をついてソファを勧めた。

「座れ。話さねばならぬ事があるのよ。」

促されるままに長椅子に二人が並んで座ると、そこでやっと兵士達が追い付いて来て扉から入って来た。

「陛下、龍雅様がお越しに。」

栄進は、いつもの事なのかそちらを見もせずに手を振った。

「ああ、我と話に参ったのだ。構わずで良い。」

言われて兵士達がすごすごと戻ろうとすると、ショーンが言った。

「いや、兵士達には居てもらった方がいい。」栄進が驚いた顔をすると、ショーンは続けた。「こんな時だ。何が起こるか分からねぇ。」

その目は、コンラートを見ている。

栄進は、躊躇いながらも兵士達に言った。

「…では、扉の外で待て。」

兵士達は、頷いて扉を出て、それを閉じた。

龍雅は、気にしていない風に言った。

「結構な念の入れようよな。デクスと申す逃げた男は、それほどまでに危険か。」

栄進は、頷いた。

「ショーンからディンダシェリアでの事件を聞いた。アーシャンテンダのリーマサンデのシャデル王からも聞いておる。そんなものがこのシマネキヅキに封じられていたと思うと身の毛がよだつ。遺跡を立ち入り禁止にしておれば良かったと後悔しておる。まさかそれほどの大事だとは思わずで…父上があの場所は危ないゆえ地下には降りられぬようにせよと命じたのは、四十年前だと聞いておるし。それまでは、皆平気で出入りしておって問題なかったらしいのに。我はその意味も知らされずでおったから。」

龍雅は、ショーンを見た。

「聞いておると、このショーンという若者がいろいろ知っておるようよ。これから聞く方が良いか。」

栄進が頷くと、ショーンは言った。

「まず、そちらのコリン殿に聞きたい事がある。」

コンラートは、心の中で眉を寄せたが、表面には出さなかった。

「僕に?ええっと、ヤマトのタキの郊外しか知らないけど、何でも聞いて。コリンって呼んでくれていいよ。」

ショーンは、頷いて言った。

「ではコリン。まず、術は誰から習った?」

コンラートは、答えた。

「リュウガから。」コンラートは、スラスラと答えた。「僕、リュウガがそんなに偉いなんて知らずに育ったから。よく訪ねて来てくれたんだ。僕が小さい頃からいろいろ教えてくれたよ。リュウガが僕の教師なんだ。外では敬って話せと言われてるけど…。」

龍雅は、頷いた。

「まあ今は良い。さっきも言うたがこれは引っ込み思案でな。城の近くの学校にも来たがらなかったので、我が勉学も全て教えた。だがもう成人するし、そろそろ外の世界も知らねばと、城へ呼び寄せたところだったのだ。母の妹の子なのだが、叔母は…少し、訳があって。公には出来ぬで。もう亡くなったし、良いかと。」

龍雅の母も、それに妹ももう亡くなっているのは栄進も知っている。

栄進は、言った。

「…身内の何某かは聞かぬ方が良い、ショーン。コリンの何が気になるのよ。」

ショーンは、息をついた。

「…オレの知っている男と気と姿がそっくりなんですよ、陛下。だから警戒した。言っている事に嘘はないみたいなんで、恐らくシエラと同じで、記憶がないんでしょうが、このコリンは刻印持ちです。」

表面上は驚いた顔をしたが、コンラートは内心、思っていた。お前ごときに気取られるような気の変動なんかさせないよ、ショーン。

龍雅は、眉を寄せて言った。

「何ぞ、刻印持ちとは。」

栄進は、答えた。

「天の神が、己が目を掛けて育てている命の印らしい。命に刻印が刻まれていて、力を持っておるそうな。ショーンが言うには、主にも刻印があるだろうと。簡単に飛び回り、嘘を見抜くその能力は、刻印がなければ発現せぬらしくてな。」

龍雅は、ふむ、とショーンを見た。

「ではこやつもそうか?」

ショーンは、頷く。

「オレは別の神に刻印を授けられているのですが、前世の能力ぐらいまでしか与えられておりません。神にも考え方の違いがあるんです。」

龍雅は、息ついた。

「よう分からぬ。つまりは、神は複数居るということよな。して?このアレクサンドルはなんだ。神ではないの。見たところ、人であるな。力はあるようだが。」

アレクサンドルは、口を開いた。

「何から話せば良いものか。我は、元は創造主という、ウラノスという神に任じられた地位を持ち、この世界を任されていた、皆がこちらで信仰しておるアレクサンドル本人ぞ。ウラノスは良い顔をせなんだが、我はよく台座へ出て参って皆にいろいろ教示した。だが、創造主自体がなくなり、皆天の循環へ還ることになって…我は、己の世界を末まで見守ろうと思うておったし、突然の事に混乱した。ウラノスは、地上へ降りても良いと言うたので、地上へ降りて、そして命の気を使って体を維持して生き延びた。我が体の寿命以上を生きようと逃げた事を知ったウラノスに、追われてしもうてな。何しろ、時を進められて我の体感でもはや二百年、この体で生きておるのだ。」

龍雅は、それを聞いて眉を寄せた。

「…取り決められた命の期限を勝手に曲げる事は許されぬ。反魂術であっても、出来ぬ事とされておる。人は未熟であるから、それが長く生きて何をするか分からぬからぞ。どんな命でも地上を生きる期限を過ぎたら、一度天へ戻って己を省みる時間をとらねばならぬ。それを乱すのは、地上の乱れを生む。」

ショーンが、脇から言った。

「だが、アレクサンドルは望んで創造主であったんじゃなかったんです。元々はオオクニヌシの方の命だったのに、ウラノスに連れて来られて強制的に創造主をさせられていた。それでも、この世界をここまでにしたのに、要らなくなったからと天の循環へ還れと言うのは、横暴ではありませんか?アレクサンドルにも、生きる権利があるはずだ。」

龍雅は、ショーンを睨んだ。

「命の理に例外などない。皆同じ時を生きて、死ぬ。それが絶対的な理だからぞ。唯一地上で平等なその権利を、取り上げてしもうたら地上は乱れる。権力に憑りつかれた者が不死となれば何とする。いつかは死ぬからこそ、地上は平穏に保たれるのだ。ウラノスがしたことは、確かに理不尽であったやもしれぬ。だが、もうアレクサンドルは、自分の体の寿命を遥かに超える時間を地上で過ごしておる。ならばもうこやつの時は終わった。天へ還らねばならぬ。」

ショーンは、黙り込んだ。

龍雅が言うことは、間違っていなかったからだ。

アレクサンドルは、確かに不幸であったかもしれない。だが、普通の命である以上、記憶を持って次へ行くことは出来ない。未熟な命に記憶を持たせたら、それが悪い方向へ行こうとしていた命であった場合、次はもっと狡猾になって面倒な事になるのだ。だからこそ、未熟だと判断されたら皆平等に、天の循環へ入って真っ新になり、新しく生き直す。そうして、魂が磨かれて美しくなれば、神の目にも止まり、次は刻印を持って生まれ、その記憶を残すことも出来るのだ。

「…今は、オオクニヌシの刻印を持っています。」ショーンは、言った。「アレクサンドルは、オオクニヌシが目をかけていた命の一つだったらしく、それでもオオクニヌシの主義で、命は平等だと刻印は付けて来なかった。それを後悔して、アレクサンドルに刻印を付けたのです。なので、アレクサンドルは普通の命ではありません。」

龍雅はそれでも言った。

「ならば天へ戻って天から見守るが良いぞ。大国主がこれに目をかけておるのなら、それが許されようが。アレクサンドルが望んだ事が叶うではないか。地上に肉の身をもって存在しておったら、簡単には世界を見渡すことが出来まい。だが、天からは出来る。ここに居る意味がない。」

ショーンが答えに窮するのを見て、コンラートは内心いい気味だ、と思った。サディアスは天上でもシャルディークとためを張るほどの力と知識の持ち主で、真っ直ぐで正しい命だった。それにシャルディークほど己を犠牲にして闇雲に民を助けるのではなく、しっかりと自分の力を残して賢く立ち回る性質だ。

つまり、ウラノスに与えられた力をポンポン石にして与えてしまうシャルディークとは違い、サディアスは慎重で今もウラノスに当初与えられた力のほとんどを維持していた。

ウラノスから与えてもらったというよりも、借りているという意識が強いので、簡単には手放せないと思っているからだった。

そんなサディアスに、ショーンが敵うはずなどないのだ。

ショーンが黙ってしまったので、アレクサンドルが答えた。

「我もそのように。ゆえ、我が神が刻印をつけてくださったのだから、記憶も持って行けるので、天から見守ろうと申したのだ。我は、この記憶が無くなってこの土地を見守られないのが嫌で逃げてしもうたからの。別に生きたいとか、そんな気持ちではなかった。だが…。」

ショーンが黙っているので、栄進が言った。

「…それが、神同士が仲違いをしておるようで。」栄進は、ショーンが話してくれないかと見たが、ショーンが目を合わせないので、仕方なく続けた。「自分の所の命を、勝手に連れて行って不幸にしておると、オオクニヌシが激怒しておるとか。ウラノスは自分の作った理を曲げる神では無いから、どんな希望を持っていても普通の命は等しく天の循環へ戻すと考えておるので例外は認めぬ。なので、アレクサンドルを天へと戻したい。それで諍いになってしもうて。これまで刻印などつけずに居たオオクニヌシが、刻印をつけ始めたのはそれゆえらしいのだ。そうすることで、ウラノスが簡単にアレクサンドルに手を出せぬからと。アレクサンドルはこんな感じでもう天へ戻っても問題ないと申すのだが、今の状態ではウラノスの世界であるシマネキヅキを、オオクニヌシの天から見る事は出来ぬ。行き来していた頃ならいざ知らず、今は出来ぬのだ。もしかしたら、未来永劫出来ぬかもしれぬ。」

まだショーンは黙っている。

なので、ずっと黙っていた翔太という男が、仕方なく口を開いた。

「オレも、実は大国主の命なんですが、こちらへ連れて来られて、戻らずに残る選択してここで生きています。連れて来られたのはアレクサンドルを消すためだったようですが、オレ達は生かしてリーリンシアの命の気を戻した。…実際には、最初の旅では何も知らずにアレクサンドルを死なせてしまったので、二度目の旅で生かして事を成したんですが…。」

龍雅は、翔太を見て眉を上げた。

「二度旅をしたと?やり直したのか。」

翔太は、頷いた。

「はい。クロノスという時の神に、時を巻き戻してもらって。」

龍雅は、驚いた顔をした。コンラートは、それを見ながら思っていた…サディアスには、全て見えただろう。クロノスの裏切りで、ウラノスは一度は正した世界が別の方向で落ち着く事を許してしまったという事なのだ。

「…神が、時を巻き戻すなど。本来、起こった事はそのままにするのが理。そこから正しい道へ向かわせるために。二度とやり直せないからこそ、人はその時その時を必死に生きるもの。そんなことを簡単にした命に、時を任せるなど…ウラノスも、後悔したことであろう。」

龍雅の感想はそれか。

コンラートは思ったが、翔太は意外だったらしく、戸惑った顔をした。

ショーンが、やっと言った。

「…陛下。一度、シャデル陛下と会っては頂けませんか。」龍雅がそちらを向くと、ショーンは真剣な顔で言った。「シャデル陛下とお話を。あのかたなら、きっと龍雅陛下を納得させる答えが出せるはずです。」

龍雅は、眉を寄せた。シャデルとは、シャルディークだな。こやつ、己では言いくるめられぬと思うて、シャルディークにさせようとしておるのか。

「…なぜに我が異国の王と、今この時に会う必要がある。それよりも、今はデクスという逃げた男のことではないのか。」龍雅は、栄進を見た。「栄進よ、デクスを我も探そうぞ。だが、我は話を聞く。言いくるめる事は出来ぬ、我には全て見える。その男の命の色までの。命の色と申すものは、刻一刻と変わって参る。その時の心持で色は変わるが、悪しき者は黒い色に固定されて戻らぬもの。主が信じるものが間違っておらぬか、我が見極めようぞ。アレクサンドルは…」と、アレクサンドルを見た。「…ほとんど白。だが、これも何かに利用されておる可能性がある。今聞いたところ、どうやら神の争いに双方が巻き込まれておる状態のようだ。どちらを信じるとて、今は我は己の神を信じる。主も、全てを信じるのではなく、まずは疑って己の頭で考えよ。戒厳令は解け。我が探すのだから、すぐに見つかる。」

龍雅は、有無を言わさぬ様子でそう言い切ると立ち上がった。

コンラートも、それに合わせて立ち上がる。

栄進は、慌てて窓の方へと歩き出す龍雅を追った。

「当てはあるのか?戒厳令を解いて大丈夫なのか。」

龍雅は頷いた。

「我が探すと申しておるのだぞ。また知らせをやろう。」と、ちらとショーンを見た。「…民が、これでは檻に籠められた動物のようぞ。誰かの人生がどうのという以前に、今を生きておるミマサカの三百万以上の民達の人生の時を、無駄にしておる状況を考えるが良いわ。」

そうして、龍雅はそこを飛び立った。

コンラートはそれについて飛びながら、一言も言い返せなかったショーンを振り返って心の中でほくそ笑んだ。

シャルディークに頼るような男が、サディアスに敵うもんか。

コンラートは、以前ショーン達に殺されてウラノスに必死で復活させてもらった体をぎゅっと抱くようにしながら、龍雅と共にヤマトへと飛んだのだった。

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