ヤマトから
龍雅は、自分の広い居間へと入って、正面にある大きな窓の前にある、ソファへと腰を下ろした。そして、皆を促した。
「どこへでも座るが良い。ここには、呼ばねば誰も来ぬし、安心して話せる。」と、シエラを見た。「主もの。しかし、思い出してもらった方が良いのではないのか。恐らくこれが一番よう知っておるはず。主は遊び回っておったが、これは大変に真面目でウラノスと共に地上を見ておったからな。」
コンラートは、息をついた。
「分かってる。でも、僕はこいつを許してないからね。ウラノスは、こいつのせいで黒くなろうとしてたんだからな。ラファエルに枷をつけた時、その色がグレーになって、ウラノス自身も驚いてた。その後、どんなにウラノスが苦悩していたか、こいつは知らないんだ!」
シエラは、ショックを受けて目に涙を浮かべた。なんだか分からないが、黒くなろうとしていたというのは、気持ちが暗くなってしまったということだろうか。自分が、ウラノスにそんな仕打ちをしたんだろうか。なのに、ウラノスはあんな優しい目で自分を見てくれたんだろうか…。
そう思うと、天に居た自分に、腹が立って仕方が無かった。
龍雅が、険しい顔になった。
「…枷の色が変わるなど。ウラノスにとって、かなり重い出来事であったのだろうの。まあ、ウラノスはこれを子供の頃から可愛がっておったゆえ、裏切られたとなればそれはそうなるやもしれぬが…。」
シエラは、何とか涙を落とすまいと踏ん張った。確かにウラノスの顔を見た時、優しそうだと思ったし、懐かしい安心するような気持ちがしたのだ。
「オレ…オレ、どうしてそんなことを。何をしたのか、全く覚えていなくて。」
誰にも顔を見られないように下を向いてはいたが、その声が震えているので、シエラの気持ちは痛いほど皆に伝わった。
デクスが、労わるように言った。
「それでも、主は案じて戻ったのだとコンラートは言うておったではないか。我はタキの地下神殿でウラノスに会うたが、結構穏やかであったぞ?そのように気に病むでない。」
だが、シエラは下を向いていて、顔を上げられないようだ。
誠二が、見ていられなくてシエラの背を撫でた。美琴とライナンも、訳が分からないながらも、シエラが悲しそうなので、同情したように顔を見合わせている。
コンラートはそんな様子を不貞腐れた様子で見ていたが、フンと鼻から息を吐くと、言った。
「もー分かった分かった!いいよもう!こいつが戻って来て、ウラノスは驚いたんだ。ウラノスが黒くなりかけてるってオオクニヌシから聞いて、止めるオオクニヌシを振り切って戻って来たんだって、泣きながらウラノスに縋ったんだよ。ウラノスは最初、相手にしなかったけど、ずっとずっと謝ってさ…ウラノスは、折れたんだ。それで、まだ未熟なのは分かっている、と言って、こいつを許した。でも、こいつは自分が未熟だから成長したいって言って。だったら地上へ降りて来るかって。それで、こいつは降りた。きっと、ウラノスの役に立ってみせるからって僕に啖呵切ってさ。ウラノスは何度も頷いて、こいつを見送ってた…その後試しに、僕に枷を巻いてみたら、白かったんだ。ウラノスは、元に戻ってたんだよ。だから、別に気にすることない。でも、ウラノスの役に立ってみせるって言ったんだからね?しっかりしろよ!」
シエラは、もう涙でぐしゃぐしゃになっていた、顔を上げた。ウラノスは、許してくれたんだ。オレが、役に立つって、頑張るって出て来たから。
だが、龍雅は別のことで顔をしかめた。
「なぜに大国主が出て参る。ウラノスと和解して、あれは頻繁に訪ねて来ておったのではないのか。ウラノスが少々面倒がるほどな。」
コンラートは、答えた。
「アレクサンドルが、オオクニヌシの所の命だったからだよ。」コンラートは、苦々し気に言った。「生きたいなら生かしてやれば良かった、みたいな。でもさ、あの時オオクニヌシだって同意してたんだよ。こっちで囚われてた創造主達を、天の循環に戻して新しい生を与えて穏やかに過ごさせようって。だから、最初ウラノスは、全部放り込もうとしたんだけど、生きたい命も居るかもしれないしって、いちいち話を聞いたんだよ?1072もある世界の創造主達全てのね。そうしたら、アレクサンドルがアレだよ。そりゃウラノスは怒るよ。だったら話なんか聞かずに全部取り決め通り放り込んでしまえば、こんなことにはならなかったって。それを、後から知ったからって怒りだしたオオクニヌシもオオクニヌシなんだよ。それをさ…シャルディークもシャルディークだ。理不尽だって言ってるらしい。こっちが理不尽だって言いたいよ。」
コンラートは、思い出して段々腹が立って来たのか、プンプン怒っている。
だが、あいにく誠二と美琴とライナンと、シエラには大国主が誰なのか分からなかった。
「ええっと…オオクニヌシって?」
ライナンが言うと、コンラートが答えた。
「ああ、ウラノスの兄弟。神だよ。違う世界を造ったんだ。昔は一緒に作ってたらしいけど、途中から別々に作り出したから、ウラノスとオオクニヌシでは管理している世界が別なんだ。ちなみに僕達は、ウラノスの方の命だよ。」
みんなチンプンカンプンなので、デクスが見かねて助け船を出した。
「では、まとめようの。まず、世界は神が作っておる。知っているのはウラノスという神と、大国主という神の二柱。このシマネキヅキ、それにディンダシェリア、アーシャンテンダ、リーリンシアはウラノスの作った世界。昔はウラノスは、多くの世界を抱えていたので、それに創造主というものを任じて据え、管理させていた。大国主は、違う世界の神で、アレクサンドルやリツコはそちらの命。ウラノスは、そちらの命も連れて来て、創造主としていた。だが、長く続く任に耐えられぬ者も出始め、狂う奴も出たので廃止。その時、アレクサンドルはウラノスの好意で地上へ下りたのに、寿命が尽きるのを嫌って逃げた。ウラノスはアレクサンドルを天の循環に戻そうと追った。それを理不尽とシャルディークや前のシエラ、それに大国主が手を貸してアレクサンドルを生かせ続けている。」と、皆がじっと聞いて理解しているのか見回してから、続けた。「時系列は、まず我が助けられてこちらへ連れて来られて、直後に封じられたのは60年前。その後ウラノスと大国主が再会して創造主制度が廃止されたのが40年前。そして、アレクサンドルをシャルディークが逃がしたのが20年前。という事で良いか。」
皆が、頭の中を整理しているのをじっと見つめているデクスを、美琴が感嘆の表情で見た。
「あなた、教師になれるわ、デクス。すごく分かりやすかったもの。」
デクスは、苦笑した。
「古来、修道士は教師でもあった。なので我は教師もしておったな。神に仕えるとはそういうことよ。神の教えを皆に知らせ、そうして生きる術を与えて奉じるのだ。」
本業だったのか。分かりやすいはずだ。
シエラは、思った。デクスの世話好きなところは、恐らく修道士としての仕事から来ているのだろう。
龍雅は、そんなデクスを見ていて、長い溜息をついた。
それを見て、美琴が言った。
「陛下?どうかされましたか。」
龍雅は、答えた。
「…実はミマサカから、デクスは昔ディンダシェリア大陸を乱した元凶であるから、見つけ次第捕らえて送り返すか、殺せと連絡が来ておるのだ。口が上手く騙される人も居るだろうから、解き放たれた今、大変に危険なのであちらでも戒厳令を敷いて、住民を守っていると。だが、どう見てもデクスはそんな男ではない。60年前を知っておる者も少なかろうに、なぜにそんなデマがまことしやかにまかり通っておるのか。」
デクスは、首を振った。
「シャルディークが居るのなら知っておろう。確かに我は、そのような男だった。そうなるように、リツコに操られておったから。なので、別に殺されても良いのだ。天の循環に戻るだけなのは知っておるし。我はこの体の生にこだわりは無い。ウラノスは、不憫に思うてくれて、助けてくれたがの。なので、もし主の立場が悪うなるのなら、我を殺して送り返してくれたら良いのだ。出来ぬなら、己でやるしの。」
美琴が、ブンブンと首を振った。
「そんなの!それこそ理不尽だわ!大国主という神様は、どういうつもりなのかしら。リツコという女のせいでデクスがそんな目にあったのよ?ウラノスは、その事で文句を言ってないんでしょう。自分の命だけが大事ってどうなの?」
龍雅は、首を振った。
「我はデクスをミマサカへ送るつもりなどない。何より、我は記憶が戻っていろいろ知っておるし、一度この我のまま、栄進に会うて来ようと思うておるのだ。主らの話が気になるし、栄進が何か隠しておるのなら、これまでより分かろうし。あやつは我が偽りを見抜く事を知っておるから、絶対に偽りは言わぬが、しかし伏せる事は出来る。今の我なら、伏せている事も何か伏せておるのだな、と分かる。なので、いきなり訪ねて聞いて来る。」
コンラートが、授業を受けている生徒のように、手を上げた。
「はいはい!僕も行く!」
龍雅は、顔をしかめた。
「主は顔を知られておるのではないのか。共には行けぬぞ。」
しかし、コンラートは首を振った。
「僕は誰にも顔を見られていないよ?知ってる子達はここに全員居るし、他は瓦礫の下敷きになって死んじゃった。たった一人知ってる子が居るけど、入院中だからね。」
ジェンナの事か。
シエラは、頷いた。
「入院中のジェンナ。でも、ジェンナは記憶を失くしていて…事故のショックで。だから、コンラートの事も覚えてないと思うよ。会う事は無いだろうけど。」
デクスが、手を上げた。
「ならば我も。」皆が退くほど驚いていると、デクスも驚いた顔をした。「なぜに驚く。今生きている中で我の顔を知っておる者など居らぬ。敢えて申すならば、シャルディークぐらいぞ。だが、あれは向こうの大陸の王であろう?そうそう出ては来ぬだろう。我は60年も前に封じられたのだぞ?今居る者の誰が知っておるのだ。」
「アレクサンドルが知っているかも。」シエラが、言った。「アレクサンドルは長く生きてるんだし、栄進陛下と一緒に居たらまずい事になる。だから、デクスは行かない方がいいと思うよ。」
デクスは、手を下ろした。
「そうか、そうであるな。アレクサンドルが我を封じておったなら、顔を知っておろうな。ならばリスクは負うまい。」
コンラートは頷いて、龍雅を見た。
「サディアス、だったら一緒に飛んで行こう。飛んだら一瞬だからすぐ帰って来れるじゃないか。飛び方覚えてる?」
龍雅は、頷く。
「それは記憶が無くとも飛んでおったからの。なので、栄進も我が急に来る事には慣れておる。我は単独で、あちこち飛んでこの国を見回っておるからな。」と、シエラを見た。「主も飛べるのだぞ。他人事のような顔をしておるが。」
シエラは、仰天して目を丸くしたが、隣りの誠二が嬉しそうに目を輝かせた。
「マジか!シエラ、練習だ練習!お前が飛べたら、オレ、運んでもらえるじゃないか!」
シエラは、とんでもないと両手を前に出して必死に振った。
「無理だって!自分一人も運べないのに、なんだっていきなりそんなことが出来ると思うんだよ!」
デクスが、横から言った。
「落ち着くのだ。では、コンラートと龍雅陛下がミマサカへ偵察に行っておる間に、我が教えよう。簡単なのだ、コツを掴めば、力さえあったら誰でも飛べる。案じるでないぞ。」
デクスに教えてもらったら、出来そうな気がする。
なので、素直にそう言った。
「…デクスに教えてもらったら、出来そうな気がして来た。」
デクスは、微笑んで頷いた。
「そうそう、自信を持て。」
コンラートと龍雅は、もう窓枠に足をかけていた。
「では、行って参るぞ?すぐに帰るゆえ、ここに居れ。何か食べたかったら召使に言えば持って来るゆえな。」
言うが早いか、二人は窓の外に浮いた。コンラートは、龍雅の服を見て言った。
「ちょっとー自分だけ良い服着てさあ。僕もそんなのが欲しい。サディアスと色違いでいいから。これ、郊外の工場から盗んだヤツだし。」
龍雅は、飛ぼうとしながらびっくりした顔をした。
「何と申した?!何をしておるのだ!盗人など、返して参れ!」
コンラートは、しかし飛びながらこちらを指さした。
「みんなそうだよ。だって着るもの無かったんだもの。」
龍雅は、それを追って飛びながら、叫んだ。
「こら!せめて金を置いて来い!後からそこへそっとで良いから。無いならやるゆえ!分かったの?」
二人は、言い合いながら飛んで行く。
だが、その後ろ姿は、なんだか楽しそうだった。




