対面
城へと連れて行かれた五人は、丁寧に扱われてまるで客のようだった。
捕らえて籠めようとしている動きではないので、美琴はうまくやったのだろうと思われた。
だが、話を聞きたいのだという。
恐らくは、デクス自身を見て決めようとしているのではないかと思われた。
デクスは、落ち着いていた。
もとより命など惜しいと思ってはいないようなので、何も怖いものなどないのだろうと思った。
そうして、城の奥へと連れて行かれた五人は、大きな扉の前に立たされた。
そして、案内をしてきた兵士が脇に寄って、声を上げた。
「デクス様、他四名をお連れ致しました!」
中から、低い声が答える。
「入るがよい。」
扉は、開かれた。
そこは、広い謁見の間のようだった。
正面の玉座には黒髪のそれは凛々しい男が座っていて、臣下らしき人々が真ん中に敷かれた毛氈の両脇に控えてこちらを見ている。
玉座に座る男の前には、美琴が一人、ポツンと立ってこちらを見ていた。
「…絶対に、嘘は付かないで。」
コンラートは、それを見るなり眉を寄せたかと思うと、小さな声で言った。
皆は頷き、堂々と前を行くデクスの後ろから、おずおずと歩いてついて行った。
両脇の臣下の視線が痛い。美琴の横にまで到達すると、デクスはそんなことは気にしていないように、頭を下げた。
「龍雅陛下とお見受け致します。我はデクス、お呼びにより参上致しました。」
「表を上げよ。」龍雅は言った。「我がヤマトの王、龍雅ぞ。主が、ミマサカの遺跡に封じられていたという男か。」
デクスは、頷いた。
「はい。仰せの通り、殺されることなくなぜか封じられておりました。陛下にはまず、我の過去からお話せねばなりますまい。」
龍雅は、頷いた。
「良い、聞こう。話せ。」
デクスは、タキの遺跡で話してくれた、ディンダシェリアでの自分の生涯を話して聞かせた。太古の昔の修道士であったこと、律子に黒い心を植え付けられてからの事…。
全て、シエラが聞いていたのと全く同じ事だった。
「…ゆえに、我は危険な男だと思われておってもおかしくはないのです。」デクスは、長い話を終えて、言った。「確かに、普通ではあり得ないほど邪悪な意識でありました。」
龍雅は、間に口を挟む事なく、じっとそれを聞いていたが、頷いた。
「…ウラノスに助けられたその命、なぜにミマサカの王が狙うのか理由は分かるか。」
デクスは、息をついた。
「…分かりませぬが、推測することは出来まする。単純に我という命がしでかした事を案じておるのか、それともアレクサンドルという神が実は神ではなく神に任じられた管理人、創造主であった事実を民に伝えると思うておるのか。」
それには、臣下達が息を飲むのが分かった。
ざわざわと皆が小声で話すのが聞こえる。
「静かにせよ。」龍雅が言うと、ピタリと静かになった。龍雅は続けた。「アレクサンドルが、神ではないと?」
デクスは、頷いた。
「これは我は、実は封じられる前には知らぬ事であり申した。こちらに居るコンラートが、ウラノスを呼び出す資格を持つので、こちらへ来てからタキの地下神殿でウラノスから直々に聞いた事でありまする。我は、こちらへ連れて来られはしましたが、ここがどこで、どんな信仰がなされているかもしらなかった。知る前に封印されてしもうたので。ですが、ウラノスに助けられたのを知った誰かが、ウラノスから我がそれを聞いて知っていると思ってもおかしくはありませぬ。アレクサンドルは四十年前、ウラノスから任を解かれてここを離れ、人の身を持ち死ぬはずだった。それが、ウラノスに逆らいリーリンシアという島の命の気を大量に使い、命を繋いでおったのだとか。今はウラノスに見つかったので、力のある者に術を施されて島を離れ、生き永らえておるのだと聞いておりまする。どこに居るのか、我にも分かりませぬ。ウラノスは、地上のことはあまり語ってはくれぬので。」
龍雅は、それを聞いて黙り込んだ。
臣下達は、ソワソワと龍雅を見ている。
龍雅は、じっと睨むようにデクスを見ていたが、唸るように言った。
「…全て真実ぞ。」
臣下達が、遂に声を上げて驚いている。シエラ達も別の意味で驚いていたが、コンラートは睨むように龍雅を見ているだけで、驚いてはいないようだった。
龍雅は、続けた。
「主らは誠実に我に真実を語った。欺こうという気持ちは欠片も感じなかった。後ろに立つもの達も、一人を除いて困惑しているだけで我に敵意はない。しかし、その男。金髪の。主は我に何か言いたい事があろう。」
コンラートは、ひたすらに真っ直ぐ龍雅を見つめていたが、言った。
「…山ほどあるよ。」
シエラは、その言い様に驚いた。ちょっと待て、王に何て口の聞き方を。
しかし、コンラートはお構いなしに続けた。
「天で会ってるよね?ウラノスからお前には全能の神の名をやろうとか言われて、でも断って最初に地上へ降りた時に人の親に付けられた名前を使ってた。それでもウラノスは好きにすれば良いって笑ってたよね、サディアス。」
龍雅は、目を見開いた。そして、額に手を置いて下を向く。
その仕草が、今までそんな無礼な言葉使いで接しられた事がないゆえの、気分を悪くした状態に見えて、皆は慌てた。
誠二が、小声で言った。
「こらコンラート!いくらなんでも陛下にいきなり何を言うんだよ!知り合いか?っていうか陛下は前の王のお子だし歴史で習ったぞ。」
美琴も、何度も頷いた。
「あなたとは違うのよ!きちんと王妃から生まれた王子であられて即位されたんだから!」
コンラートは、それでも首を振った。
「そんなの、どこに生まれても僕みたいに生きながら天へ昇ったのとはわけが違うんだよ。地上へ来る時は、体が要るんだからさ。シエラを見ろよ。」
言われて、シエラは自分の手を見た。確かに普通の父さんと母さんから生まれたんだけどさあ…。
龍雅は、黙れというように片手を上げた。美琴達は、口をつぐんだ。
「…コンラート。」龍雅は、言った。「主はコンラートか。なぜにここに居る。主は天から出ないと言うてウラノスに呆れられておったのではなかったか。」
皆が仰天した顔で龍雅を見た。臣下達もあんぐりと口を開けて声も出ないらしい。
「あれからいろいろあったんだよ。サディアスは知らないかもしれないけど、二十年ぐらい前に創造主制度を見直してね。今はみんな天の循環に還ったんだ。でも、アレクサンドルが嫌がってさあ…。」
龍雅は、深刻な顔をした。
「知らなんだ。今の今まで忘れておったわ。サディアスと呼ばれて一気に出て参った。なんとの、そうかアレクサンドルか。」
二人の間では通じているようだったが、皆には何も分からなかった。
しかし、龍雅はお構いなしにシエラをそれは懐かしそうに見ると、言った。
「では主は…」
「駄目だよ!」コンラートが、鋭く遮った。「自分で思い出せって言ってるんだ。だってさ、こいつはウラノスを裏切った癖に、また心配だとか言って戻って来たんだよ?それでウラノスが、思うようにやってみよって言って降ろしたんだからね!自分でやるって言ったんだから、自分でやらせて!」
ウラノスを裏切った?
シエラは、何も覚えていないのに苦悩した。あの、優し気な目で見ていた、ウラノスを裏切ったというのか?
龍雅は、顔をしかめて苦笑した。
「またか。変わらぬの、コンラート。良いではないか、ウラノスは寛大なのだ。しかし主は此度ばかりは天で安穏としておるのを許されなんだようだの。まあ良いわ。」と、ポカンとして見ている、他の面々を見た。「おお、そうであったな。デクスよ、主の事は知っておったわ。すまぬな、長く話させてしもうて。主が嘘を言っておらぬのは今の我には当然のように分かっておる。何しろ、主を助けたのは天で見ておったからの。コンラートは遊び回っておったから、あまり知らぬようであるが、我はある程度知っておるのだ。我が地上に降りたのは、三十二年前。主とシャルディークの対峙も知っておる。あれはすぐに戻って行って、では我もとこちらへ下りたのだ。そう言えばシャルディークはどうしておるのだ。知っておるのか、コンラートよ。」
コンラートは、ブスッとした顔で、答えた。
「…アーシャンテンダのサラデーナの王をしてる。もう六十近くのはずだよ。」
龍雅は、遠い目をした。
「あれなら良き統治であろうな。平和と聞いておったが、それも頷ける。」
だが、コンラートは龍雅をじっと見つめて、言った。
「…あのさ、いろいろあったって言ったよね。」
龍雅は、眉を寄せた。
「…何があった?そういえばアレクサンドルはウラノスに逆らって命の気を消費して体を維持してとか申しておったな。それで?」
コンラートは、ずいと龍雅に寄った。
「シャルディークだよ。」龍雅は、片方の眉を上げる。コンラートは続けた。「シャルディークが手を貸したんだ。だからアレクサンドルは、命を繋いであちこちウロウロしてる。アレクサンドルが何かうまく言いくるめたみたいで、シャルディークはウラノスに逆らってあいつを生かしてるんだ。今どうなってるのか、僕にも分からない。ウラノスは知ってるけど、地上の事にこれ以上口出しできないって言って、居所は教えてくれない。でも、何とかしなきゃ。もしかしたら、エイシン王が匿ってるのかもって。アレクサンドルと、利害関係が一致してて、とか。」
龍雅は、険しい顔をした。そして、臣下達を見ると、立ち上がった。
「…我の古い友人ぞ。居間へ参る。主らはもう、責務に戻れ。」
臣下達は、何かを問いたそうな顔をしたが、王は絶対らしい。
皆一斉に頭を下げる中、龍雅は玉座から降りて、歩いて来た。
「こちらへ。話したい事がある。」
六人は言われるままに、龍雅について歩き出す。
シエラは、旧知の仲のように話すコンラートと龍雅の二人に、どこか寂しい気持ちがして、トボトボとその背を見つめて歩いた。




