龍雅王
美琴は、広い城の青い毛氈の上で、緊張して待っていた。
目の前には、数段ある階段の上に、玉座が鎮座している。
龍雅という王は、それは美しくとても威厳のある王だった。
それなのに、民の事が好きで、民達に混じって祭りなどに参加したりするそのギャップに、すっかり心を奪われて、絶対にヤマトへ移住すると決めたものだった。
臣下に、ミマサカの現状と、その遺跡に長く封じられた男から聞いた話を龍雅王に話したい、と言ったら、臣下はすぐに奥へと引っ込んで行き、そして戻って来たかと思うと、ここへ案内された。
会ってくれるということだった。
ここまで勢いで来たものの、美琴は何と言えば良いのかまだ考えていた。
とにかくは誠実に、真実を話そう。
美琴は、心に決めて龍雅を待った。
しばらく待って、臣下達がわらわらと入って来たかと思うと、一人が言った。
「陛下のおなりである。」
美琴が背筋を伸ばして頭を下げていると、玉座の方に気配がして、誰かが座ったのを感じた。
そして、低い声がした。
「表を上げよ。」
龍雅様のお声。
美琴は、緊張で青くなりながら顔を上げた。
そこには、あの時に見た黒髪に、うっすらと赤いような金色の瞳のそれは美しい王が座ってこちらを見下ろしていた。
「確かに。中等学校で一度見掛けたの。美琴と申したか。」
覚えていてくださった。
美琴は、今度は赤くなって来る顔を感じながら、また頭を下げた。
「はい。その節は教師達の話に耳を傾けてくださいましてありがとうございました。」
龍雅は、頷いた。
「何でもないことよ。して?主はミマサカから我に会いに参ったとか。」
美琴は、とにかく真実を、と、首を振った。
「最初は、こちらに逃れておった仲間のコンラートという者と、遺跡に長く封じられていた太古の修道士である、デクスを訪ねてミマサカから潜んで渡って参りました。」
龍雅は、片方の眉を上げた。
「ほう?なぜに主らはそれらに会おうと思うたのだ。」
美琴は、答えた。
「あの、遺跡で封を解いたのは、我らであったからでございます。」臣下達がざわめく。美琴は続けた。「遺跡には、神を呼び出す台座がありました。そこに、資格のあるものが登れば、この世界を作った神である、ウラノスを呼び出す事が出来ます。コンラートともう一人、シエラという仲間がその資格を持つので、ウラノスを呼び出し、我らが求める真実を知りたければ封じられている男の口からそれを聞くなら良い、と言われましたの。なので、我らは封を解きました。その男は直後、混乱する記憶に力を暴走させ、遺跡は崩れて…共に封を解いた仲間の、大半を瓦礫の下敷きになって失いました。今は落ち着いております。力を暴走させたことをそれは後悔していて、もう天へ帰りたいと申しておりましたが、我らが説き伏せて、事の次第をとりあえず龍雅陛下にお話しようと、こちらへ。」
龍雅はじっとそれを聞いている。臣下達は、龍雅の答えを待つように、じっと固唾を飲んで龍雅を見上げていた。
龍雅は、口を開いた。
「…真実ぞ。」美琴が驚いていると、龍雅は続けた。「美琴は嘘を言ってはおらぬ。全て真実ぞ。」
龍雅様は、嘘か真実か分かるのか。
美琴は、そう思いながらそれを聞いた。嘘なんかつかなくて良かった…ありのままを話した方が、聞いてくださるかただと信じて良かった。というか、聞いてはくれたけど、まだ捕まらないとは限らないんだけどね。
美琴がそんなことを思って緊張したまま龍雅の次の言葉を待っていると、龍雅は言った。
「とはいえ、主らは何を我に求めておるのだ。確かに、我は主らの情報は欲しいと思うておる。だが、内容によるのだ。封じられた男の件に関しては、あちらから連絡が来ておるから知っておる。それが解き放たれたゆえ、危険であるから見つけ次第拘束してこちらへ送り返して欲しいと。その際、生死は問わぬとの。」
殺さず封じたのに、逃げたら殺しても良いと。
美琴は、いまいち納得が行かなかったが、ここで龍雅の助力を得られなければミマサカ政府の思惑が分からなくなる。
なので、言った。
「その、封じられていた男が危険ではない事は、陛下なら会っていただけば分かるかと思いますわ。デクスは…ウラノスが申すには、天に以前居た、リツコという創造主に黒い心を植え付けられて、地上を乱す役を与えられ、リツコはそれを楽しんでいたのだとか。本来のデクスは、敬虔な修道士であって、あちらの女神を信仰していた穏やかな性質の男でした。ウラノスは、それが不憫であちらで消される寸前、その本来のデクスだけを助けてこちらへ連れて参ったのだと聞きました。その後に、何者かに封じられたのだとか。なぜに殺されなかったのか、とデクスも疑問に思っておりました。デクス自身は、以前の自分を恥じて後悔しており、命をもって償いたい思いであるようですが、我らが…あの、ミマサカの政府が、なぜにそれほどまでにデクスを隠して、そうしてそれが逃げたとなれば戒厳令まで敷いて探して警戒しているのか、不審に思っておりますの。もしかして、デクスが何かを知っていると思って、その何かを国民から隠そうと必死になっておるのではと。」
龍雅は、それを聞きながらも美琴から目を離さなかった。その目はとても鋭く、全てを見通されているように感じる。恐らく虚偽が無いかを見定めているのだろうとは思うが、美琴は嘘は一切言っていなかった。
龍雅は、息をついた。
「…主は正直な女よ。言うておることに、何一つ偽りはない。とはいえ、デクスが主を謀っておる可能性もある。詳しい事は、そのデクスという封じられていた男に聞こうぞ。連れて来ておるのだろう?」
美琴は、デクスまで捕まったらと思ったが、しかしここまで来ては龍雅を信じるしかない。
なので、頷いた。
「はい。城の広場の前のカフェで、仲間の四人と共に待っていてくれるように申しました。」
龍雅は、頷いた。
「では、こちらへそれらを連れて参れ。」
後ろの扉から、頭を下げた兵士が出て行く。
美琴は、どうか龍雅がこちらについてくれますように、と心の中で願っていた。
その頃、シエラ達はカフェでお茶を飲んで座っていた。
期間限定で生レイマンミックスジュースというのがあって、とてもそそられたが値段がびっくりするほど高かったので、断念して結局これにしたのだ。
チラチラと王城の方を気にするデクスに、コンラートは言った。
「まだ入ったばっかりだし、そんなにすぐには出て来ないって。捕まるとしても人道的に扱われるから、心配ないよ。」
デクスは、コンラートを軽く睨んだ。
「いくらそうでも、ミコトの心の負担を考えると案じるではないか。主は誠にウラノスの愛ぐし子か?少しは相手の心情に立って考えてみぬか。」
しかし、シエラはなぜかコンラートは仕方がない、と思った。まるでコンラートの事を知っているかのように、コンラートの育ち方なら仕方がない、という気持ちが湧いて来るのだ。
なので、庇うように言った。
「デクス、コンラートはまだ若いうちに天へ昇ったんだし、仕方がないよ。地上の人とこうやって普通に接したことが無いんじゃないかな。分からないと思うんだ。ずっとウラノスに仕えてその命令で地上に降りて来るだけなんだったら、そこで誰かと接したとしても、目線が上からになってしまうから、意識が対等にならないと思うんだ。責めないであげて。」
コンラートが、驚いた顔をした。デクスは、それにあっさりと頷いた。
「…そうよな。普通に考えたのが間違いであった。だがの、コンラートも良い学びになるかと思うのだ。神とだけ接していては成長せぬぞ。だからこそ、ウラノスは己が印をつけた命を地上へ下して育てるのだろうしな。主も此度は、それを目的に遣わされたのではないのか。ならば少しでも、我が手助け出来たらと思うておる。」
そんな言い方をしたら、またコンラートが、という空気になったが、意外にもコンラートは、神妙な顔をした。
誠二もシエラも驚いていると、コンラートはため息をついた。
「…そうなんだよね…。僕、地上に降りたくないってウラノスに無理を言って長く天に居たんだ。でも、もういくら何でも学んで来た方が良いとか言われて、結構無理やり天を出されてさ…。ごねたんだけど、なんでだがあれだけ居た天の者達が、どんどん地上へ降りてってさあ。もう僕ぐらいしか残っていなかったから、仕方なく降りたんだ。だって、僕だけ何も学んでなかったらウラノスも相手してくれなくなるかもしれないって思って。それでなくても、最近のウラノスはおかしくて…。なんかイライラしてるし…。僕のせいだったら嫌だなあって思ったら、ちょっと地上で頑張って学ぼうかなって、そう思って。」
学びに来たのか。
結局、ウラノスが痺れを切らして追い出したような感じだったのだ。コンラートも何かを掴んでからでないと、帰れないと思っているのだろう。
デクスは、言った。
「そうか。主がそのように思うておるのなら、良いではないか。我とて神殿の中だけしか分からぬのだが、黒い我は人々の間で揉まれて皆と合わせて擦り寄る事を上手くやっておった。あれの記憶を使って、主に忠告は出来るぞ。お互いに学んで参ろう。」
シエラは、複雑な気持ちだった。同じように刻印を持っているという事は、もしかしたら自分もウラノスと過ごした事があるのではないだろうか。だが、コンラートのように生きながら天へ昇ってまた降りている命とは違い、シエラにはそんな記憶は全く無かった。
なので、何か疎外感を感じていると、コンラートはシエラを見て言った。
「君もね、みんなと同じような時に降りてったんだよ、ほぼ強制的に。今18歳でしょ?19年前かな。普通に生まれたら記憶は無くなるから、何も覚えてないだろうけど。でも、また天へ戻ったら思い出すから安心して。天での名前は…」
シエラは、身を乗り出した。天での名前は?それを聞いたら思い出すかもしれない?
だが、コンラートはそんなシエラを見て、急に口を閉じたかと思うと、ぷいと横を向いた。
「…やっぱ言わない。」
えーっ?!っという顔をしたシエラに、デクスはあからさまに顔をしかめて言った。
「こら、そういうところだと申すに。教えてやったら良いだろうが。主は覚えておるのだから。」
コンラートは、じとっとした目でデクスを見た。
「言わないよ。だってさ、僕あんまり天でシエラと仲が良くなかったんだもん。というか、シエラは何も思ってなかったけど、僕は好きじゃなかったから。だから教えてあげない。自分で思い出したらいいと思うよ?がんばったら解けるぐらいの記憶の封じだからさ。」
頑張ったらって、どうやって頑張ったらいいんだよ。
シエラが頬を膨らませながら拗ねていると、デクスがこちらにも言った。
「シエラ、本来前世や天での記憶など無いものだし、無い方が生きやすいと聞いておる。ゆえ、無理に思い出すでないぞ。出て来る時は、嫌でも出て参るのだしな。それよりは、今の生をより良くして行くことを考えよ。コンラートは前の事を引きずっておるようであるが、主は気にするでないぞ。」
シエラは頷いたが、いったい何を恨まれているのか分からないのがまた気になって、聞かなければ良かったと思った。逆に気になって、コンラートとギクシャクしてしまいそうだ。
そんな五人が微妙な空気になっていると、兵士が二人、そのカフェへと入って来て辺りを見回している。
店員も何事かと目を丸くしている中、コンラートが目をスッと細めてそれを見て、言った。
「…僕らを探してる。」
ライナンが、必要以上に動かないようにしながら、言った。
「捕らえようとかそんな感じか?」
それには、デクスが答えた。
「いいや。ただ探しておるだけ。」と、立ち上がった。「こちらへ。ミコトの遣いか。」
シエラが仰天していると、兵下達が助かった、という顔でこちらへと来る。シエラが、小声で言った。
「ちょっと、呼んで良かったの?もうちょっと見極めた方が良かったんじゃ。」
コンラートが、シエラを小声で窘めた。
「何言ってんだよ、あれが捕まえに来てたとしても、ここから逃げられるわけないじゃないか。だったら、ここから連れ出されてから隙を伺った方が良いに決まってる。」
誠二が頷く。
「どっちにしろ騒いだら二度とこの店には入れないしね。」
兵士が、目の前に来て並んだ。
「デクス様とお連れ様でしょうか?」
デクスは、頷く。
「我がデクスぞ。」
兵士達は、パチンと踵を揃えて立って、敬礼した。
「龍雅陛下がお話を聞きたいとお呼びでございます。城へご同行願いますでしょうか。」
デクスは、皆を少し見たが、全員が自分を見ているだけなので、答えた。
「…参る。」
そうして、デクスに続いて残りの四人も、客と店員の視線に晒されながら店を出て、兵士に連れられて王城の方へと歩いて行ったのだった。




