タキへ
ヤマトの首都は、タキだった。
人口百五十万を抱え、ヤマトの全てが集まるメグミにも負けない大都市だ。
それでも、こちらは高原におっとりと建っているように見える。
何しろ、ここでは建築に制限があって、五階建て以上の建物は建ててはならないと定められているのだ。
なので、見通しが良くて、建築基準法でびっしり建てる事が出来ないので、建物の間にも余裕があって、そこがおっとりと見える要因のように思えた。
歩いてその都市の外れへと到着した一行は、服もきちんとコンラートが調達して来た服に着替えて、パッと見たところ現地の人達と大差ない。
デクスの外見は三十代後半ぐらい、そして残りの三人が二十代と十代なので、この中ではデクスが保護者に見えた。回りからはどんな集団に見えているんだろうと思いながら皆について歩いて居ると、コンラートが立ち止った。
「タキは広いからね。」コンラートが、言った。「ここもタキだけど、中心地までは歩けば何日も掛かるんだよ。何しろ人口は多いのに建物があれだからさあ。」
面倒そうだが、仕方がないことだった。
それが、ヤマトの良いところなのだ。
「その代わり鉄道が発達しているのよ。」美琴が言う。「家賃の問題で私はこの辺りに住んでいたけど、鉄道でお城まで二時間も掛からないわ。」
鉄道で二時間?!
シエラは、うんざりした。ここからまだ二時間も掛かるのか。
何しろ、夜明けに叩き起こされてここまで三時間以上歩いて来たのだ。
その上、更にここから鉄道で二時間って。
デクスは、シエラのうんざりした様子に、言った。
「シエラ、歩かずでも良いゆえ。座っておったら着くのだから、そのように落ち込むでないぞ。」
デクスは、何かと皆を気遣う性格のようで、少しの変化にも気付いてすぐにそうやって声を掛ける。
道中も、美琴が疲れていそうならまるで自分が疲れているかのように小休止を提案していたし、誠二の背の傷の事も、もうすっかり綺麗に治っているように見えているのだが、中はまだ自分の力で治している最中だとかで、様子を聞いていたりしていた。
シエラは、デクスに心配をかけてはいけないと、首を振った。
「大丈夫。ごめん、なんか心配ばっかり掛けて。」
デクスは頷いただけだったが、コンラートが言った。
「ほんとだよ。あのね、僕は昨夜君達が寝てる間に、タキまで一度飛んで来てるんだよ?君の着てる服だって僕が調達して来たんじゃないか。僕一人だったら飛んで来られたんだし。」と、何か言いたそうなデクスを見た。「それは、デクスも飛べるのは知っているけど。」
デクスは、息をついて頷いた。
「分かったと申すに。主が我らのために動いてくれた事には感謝しておる。」と、ゴソゴソと懐を探って袋を出した。「さあ。これを使うと良い。あの地下神殿の奥の宝物庫に残っておった貨幣を拾い集めておいた。腕輪を使うと履歴が残るのだろう?ミコトが言うておったから。」
コンラートは、それを受け取って驚いた顔をした。
「え、お金が要るのを知ってたの?」
デクスは、頷く。
「こちらはこちらで、お前が出掛けた後タキの旅の仕方を話しておったのだ。鉄道を使うには金が要るが、腕輪が使えぬからと。なので、ミコトと二人で神殿なら絶対にある宝物庫へ行って、隅々まで探して回った。小銭だが、金貨も数枚あったし何とかなろう。」
コンラートは、袋の中を覗いて見た。そして、頬を膨らませたが、言った。
「…分かったよ。僕だけが働いてたんじゃないって事が言いたいんだよね。助かるし、使わせてもらうさ。その服は、倉庫から盗んだんだけどさ。」
シエラは、それはそれで目を丸くした。これは盗品なのか。
「…まさか、これで捕まらないだろうな。」
コンラートは、不貞腐れた顔のまま背を向けた。
「この人口だから平気だよ。わかりゃしないって。切符買って来る。」
コンラートは、そう捨て台詞のように言うと、さっさと券売機の方へと走って行った。
デクスは、どこかまだ気持ちが通じ合っていないように見える、この集まりに少し不安があったが、しかしこうして一緒に旅をすることになったのだから仕方がない。
デクス自身、もういつ死んでも良いと思ってはいたのだが、この者達を巻き込んでしまっている以上、自分一人が死んで済む事ではないと思い、皆の安泰を見届けてから、逝こうと思っていた。
デクスは自分の罪を、忘れてはいなかったのだ。
コンラートが、無事に切符を手にして来て、それを手に、六人は城広場前行きの特急へと乗り込んだ。
いつも美琴が利用していた急行とは違い、特急では1時間10分で到着するということらしい。
三人掛けの椅子二つに向かい合って座った一同は、遅めの朝食をそこで摂りながら、窓の外を流れる景色を眺めていた。
窓の外を流れる景色は、本当にミマサカとは違った。
あちらのように建物が混雑はしておらず、確かに人は多いように思ったが、何より空がよく見えて、緑が多かった。
ヤマトでは、こういう自然を大切にする考えのもとに街づくりがされているのだ。
「私はこっちの方が好きだから、本当はこっちに就職したかったのだけど…両親がね。国外はって反対したの。だから、自分でもう少しお金を貯めたら、こっちに部屋を借りてこちらで教師の職を探そうと思っていたわ。ライナンもまだ学生だし。」
ライナンは、頷く。
「だよな。オレもこっちで就職先を探してたんだよ。来年にはオレが卒業するから一緒にこっちへ来ようと思ってたよな。」
美琴と頷き合っている。
「え、二人は付き合ってるの?」
思わずシエラが聞くと、ライナンと美琴の方が驚いた顔をした。
「え、付き合う?!」と、美琴はライナンを指さした。「ライナンと?!違うわよ、私達幼馴染なのよ!」
ライナンも、ブンブンと首を振って手も振った。
「違う!オレはもっとおとなしい女が好みだ!こいつはそりゃあ気が強いし、ケンカばっかりしてるからあり得ない!」
違うのか。
誠二もシエラも思ったが、仲は良いように見えるし、二人が思っているほど不似合いでもないと思う。
「兄弟みたいなものなのよ。だから、ライナンと一緒だったら安心だなって思っただけで。お互いに他の人と付き合ってた事もあるし、私達はそんな仲じゃないわ。」
ライナンも、ふうと手で顔を扇いで熱を冷ましながら、頷いた。
「だよな。お前が変な男にばっか捕まるから、その度に愚痴聞いて来たもんな。」
そんな話にも、興味が無さそうに窓の外を見ているコンラートが、ふと気になったシエラが、言った。
「コンラートは、ディンダシェリアに誰か居ないの?」
コンラートは、シエラをチラと見たが、また窓の外へと視線を移して、首を振った。
「僕はそういうの、興味がないんだよね。これまで、ウラノスに仕えてそればっか考えてたからさ。」
そういえば、と誠二が言った。
「そういえばコンラートって幾つなんだ?留学してるって聞いてたけど、大学には居なかったよな。高校生?」
コンラートは、それを聞いて、ふうと息をつくと、皆に向き合った。
「僕は、君達よりずっと年上だよ。それを言ったら退くだろうから、言わなかっただけ。留学生ってのは嘘なんだ。こっちの現状を何とかしようと思って、こっちへ来てみんなに術を教えてたんだよ。」
美琴が、それに頷いた。
「やっぱり。あなたの名前が留学生の名簿に無かったから。退かないから、本当の事を教えてよ。私達、もう仲間でしょ?」
コンラートは、ブスッと下を向いていたが、長くため息をついて、言った。
「…八十歳ぐらいかな?もう分からない。」全員が、仰天して大きく体を反らした。コンラートは、それを見て頬を膨らませた。「ほら、退いたじゃないか。僕は、ウラノスと一緒に生きながら天へ昇った命なんだよ。何かあったら降りて来て、それで地上でウラノスの意思のままに正して行く生き方をしてたんだ。だから体の時は止まってる。だからって、ウラノスが知ることをみんな知ってるわけでも無いし、僕が地上へ降りてる間に何があったのかまでは分からないんだ。いくら僕でも、台座のある場所へ行かないとウラノスとは話せないし、アレクサンドルの事は深くは知らなかったんだけど。」
80年も神に仕えていたようには見えない。
シエラは、思った。コンラートは、デクスと違って修道士らしくない。そんなに長くウラノスに仕えて来たのなら、それなりに悟ったような感じになりそうなものだが、コンラートはその辺に居る学生たちと、印象が全然変わらなかった。
デクスが言った。
「…その割にはお主は神の使徒らしゅうないの。もしや主はウラノスに甘やかされておったのではないのか。天に昇った時に子供であったから、厳しく出来ぬで。」
コンラートは、デクスを見て抗議した。
「甘やかすってなんなのさ。そりゃデクスは模範的な修道士だったんだろうけど。僕は別にこれでも良いってウラノスが言うんだもの。」
それが甘やかすって事だと思う。
皆は思ったが、言うと面倒くさいことになりそうなので、黙っていた。
だが、シエラが言った。
「でも、コンラートは残ったんだよね?」皆が何のことかと思ってシエラを見ると、シエラは続けた。「だって、嫌なら帰ったら良かったじゃないか。あの地下神殿には台座があったんだからね。ウラノスがコンラートに甘いんだったら、もう帰るって言ったら帰れたはずじゃないか。こんなめんどくさいことになってるんだから、さっさと帰ることも出来たのに、コンラートは昨日の夜だってわざわざ服を調達に行ってくれたし、飛べるのに一緒に歩いてくれたし。だから、そこまで甘えた人じゃないと思うけどな。」
美琴とライナンが、顔を見合わせてから、言った。
「…そうよね。コンラートは帰ろうと思ったら帰れる立場よね。でも、残ってくれた。それって、私たちのためよね?」
ライナンは、それに頷いた。
「そうだよな。見た目が若いのは仕方ないよな。天に昇った時から体の時が止まってるんだもんな。ごめん、コンラート。お前は助けてくれてるのに。」
皆が何やら感謝の視線を送って来るので、コンラートは居心地悪げに横を向いた。
「なんだよ!しょうがないじゃないか、ほんとは帰りたいんだよ!でもさ、まともに戦うことも出来ない君達と、浮世離れしちゃってるデクスで何が出来るって言うのさ。せめて魔物ぐらい倒せるようになってよ?でなきゃ僕、いつまでも帰れないんだから!」
そう言って、体ごと向こうを向いてしまった、コンラートの耳は真っ赤だった。
どうやら、コンラートは表面上は人とうまくやれるようだったが、あまり人付き合いというものをしたことが無く、感謝されたりとかそんなことに、慣れていないらしい。
少しでも仲良くなれればいいなあ、同じ刻印を持つ命なんだし、とシエラは思いながら、それ以上はコンラートを突っつくのをやめて、車窓を流れる景色を見つめて黙ったのだった。